第33話 聖女の誤算と爆炎の薔薇姫2

 自宅の外からは、物凄い爆発音や人の悲鳴が聞こえてきた。

 とても騒がしいはずだが、フォルトは深い眠りに入っているので気付かない。連日ソフィアと会話しているせいで、脳が休息を欲していたからだ。

 隣で眠るカーミラとレイナスは、薄目を開けたところだった。

 同時に子供のような背丈の誰かが、寝室に勢いよく入ってくる。


「主! 大変なのじゃ!」

「ぐぼっ!」


 ベッドで寝ていたフォルトに対して、ニャンシーが飛び込んできた。

 さすがに無防備状態なので、この攻撃によって目を覚ましてしまう。続けて上体を起こし、キョロキョロと周囲を見る。


「なっ何だ! 何事だ!」

「ふぁ? あっ! ニャンシーちゃん、お帰りなさーい!」

「どうしたのかしら?」

「そうじゃ。顎の下をゴロゴロされるのが良いのじゃ」


 どうやら、ニャンシーに起こされたようだ。とはいえカーミラに抱かれ、モフモフされている。

 とても幸せそうな顔で和んでた。


「ニャンシーじゃないか。帰ってきたのか?」

「そっそうじゃ! ええい! カーミラよ。放さんか!」

「ええっ!」

「すぐ外に出るのじゃ! わらわが連れてきた魔族が大変なのじゃ!」

「は?」

「いいから出るのじゃ!」

「わっ分かった……」


 フォルトには何が何やら分からないが、ニャンシーの勢いに負けた。

 そこで仕方なく寝室に設置した梯子はしごを使って、屋根に向かう。途中で下に視線を向けると、彼女たちも続いて上ってきた。


(うわぁ……。何だこれ?)


 屋根の木窓を開けて、外に顔を出した瞬間。状況に驚いたフォルトは、口をあんぐりと開けて絶句する。

 その間も、耳を塞ぎたくなるような爆発音が鳴り響いていた。


「御主人様? そこで止まったら上れないですよぉ」

「何かが爆発しているのでしょうか?」

「あぁ……。あちこちで爆発してる、な」

「「え?」」


 とりあえずフォルトは、屋根の上に出る。

 それから梯子を上っている三人を引き上げて、庭で起きている光景を眺めた。はっきり言って、情報量が多すぎる。

 どうして良いかも分からないので、今は大人しく状況を見守るのだった。



◇◇◇◇◇



 魔の森から出たすぐの場所に、ゴシック調の可愛い黒服を着た女性がいた。

 スカート部分が大きく膨らんでおり、薔薇ばらの紋様が装飾されている。左右の側頭部からは、魔族特有の立派な角が生えていた。

 そう。人間ではなかったのだ。

 魔族の女性は満面の笑みを浮かべて、庭にいる兵士たちに視線を向けている。


「魔族!」

「あはっ! なぜ森に人間がいるのお? 死んじゃえ!」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 魔族の女性が魔法を使う。

 この魔法は一見すると、初級の火属性魔法である火弾だった。しかしながら、兵士の手前に着弾して爆発を起こす。


「「うあああっ!」」


 爆発の余波を受けた兵士が何人も倒れるが、すぐに立ち上がり盾を構えた。

 突然の攻撃で面を食らっていたが、後方にいたソフィアたちも戦闘態勢に入る。同時にザインが、戦況を立て直すべく命令を下した。


「魔法で防御を固めろ! まともに食らえば一まりもないぞ!」

「「はっ!」」



【ファイア・レジスト・シールド/火属性軽減の盾】



 兵士たちの中には神官もいた。

 この魔法は、初級の信仰系魔法である。効果は高くないが、少しでも威力を下げないと爆風で火傷を負うだろう。

 だが……。


「あはっ! 何それえ? 死んじゃえ!」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 魔族の女性が次々に魔法を撃ち、兵士たちの前で火弾を弾けさせた。

 火弾を爆発させる魔法は中級に属する。威力も格段に上がるので、初級の信仰系魔法など気にしていないようだ。

 しかも遊んでいるのか、兵士に直撃させていない。とはいえ爆発は強烈で、次々と後方に吹き飛ばされていた。


「無様に踊りなさあい!」


 兵士たちが近づこうとすると、その手前で爆発が起きる。

 まったく前に進めない兵士たちは、ザインに指示を仰いだ。


「ザイン様! 近づけません!」

「ええい! 壁を作れ! 盾を構えて前進しろ!」

「「はっ!」」

「あの魔族は……」


 魔族の女性を観察していたソフィアは、何かを思い出そうとする。

 もちろん戦闘中なので、そんなことを考えている暇など無い。ザインが前方に立って、爆風で飛んでくる石礫いしつぶてから守るように盾を構えた。


「ソフィア様は下がってください!」

「はいっ!」


 ソフィアは邪魔にならないように、ザインから言われたとおりにする。

 そして、魔法の支援を受けた兵士たちが前進を始めた。とにかく魔族の女性を取り囲み、捕縛するなり殺す必要がある。


「私に近づきたいのかしらあ? でも駄目よお」



【ファイア・ウォール/炎の壁】



 前進を始めた兵士たちの前に、巨大な炎の壁が出現した。

 中級の火属性魔法である。

 圧倒的な熱気でひるんだ兵士たちは、一斉に下がった。炎の壁の熱量だと、初級の防御魔法では耐えきれないか。


「ザイン様、これでは近づけません! 熱すぎます!」

「ぐぬぅ」

「俺が行く!」

「ならあたしも行くね!」

「シュン様! アーシャ様!」


 まったく前に進めない兵士たちに業を煮やしたのか。

 シュンが後方から飛び出した。勇者候補としての実力を見せつけるチャンスとでも考えたのだろう。

 その後ろからは、アーシャが追いかけていく。

 彼女は従者として、一緒に戦うのが仕事である。一般兵程度の強さしかないが、援護や支援なら十分にやれる。


「駄目です! あの魔族は!」

「俺たちに防御魔法を寄越せ!」

「戻ってください!」

「一気に駆け抜けてやるぜ!」


 ソフィアからの制止を聞かずに、シュンとアーシャは炎の壁に向かって走った。同時に神官から、火属性軽減の魔法を受ける。

 炎の壁が吹き上げていても、一気に抜けられると考えていた。


「おおおおっ!」

「やあああっ!」


 シュンとアーシャは、躊躇ちゅうちょ無く炎の壁に飛び込んだ。

 確かに熱いが我慢できないほどではない。物理的に侵入を阻む壁ではないので、二人は一気に駆け抜けた。

 服がところどころ焼けているが、燃え広がるほどではない。

 手のひらで、パンパンとたたくだけで消える。


「お前! やめろ! やめるんだ!」


 炎の壁を抜けたシュンは、魔族の女性に自制を促す。しかしながら聞くつもりが無いようで、周囲の地面が連続で爆発する。

 そして、高慢に見下しながら拒否してきた。


「あはっ! 人間が私に命令するのお? 生意気ねえ」

「ちっ。動けなくさせてもらうぞ!」

「やってみなさあい」


 シュンは魔族と戦った経験がない。

 もちろん戦争も経験しておらず、人を殺めたことがなかった。しかも相手は女性なので、殺害を躊躇ためらってしまう。

 そこで、生け捕りを狙った。

 刃を立てずに、剣の平面部分で殴るつもりだ。


「怪我しても文句を言うなよ?」


 爆発が止んだ瞬間を狙って、シュンは走り出した。

 それでも魔族の女性は、薄笑いを浮かべている。肉薄すれば、剣の間合いになるにもかかわらずだ。


「きゃは! あたしも行くよ!」


 後ろからは、アーシャも追ってきている。

 これは、二人がよく使う連携である。シュンが敵に肉薄したら、彼女が左右から攻撃するのだ。

 称号の「舞姫」らしく、華麗なステップを踏みながら走り込んできた。

 そして二人が、魔族の女性に近づいた瞬間……。


「お疲れさまあ。『炎獄陣えんごくじん』!」

「なにっ!」

「きゃあ!」


 まさにシュンが剣を振り上げて、アーシャが横から飛び出そうとした瞬間。

 魔族の女性を中心に、地面から炎が柱が何本も立ち昇った。直撃を受けた二人は体を燃やしながら、熱風により後方に飛ばされた。

 炎の壁がかすむほどの圧倒的な威力だ。


「残念ねえ。もうちょっとだったのにねえ」


 魔族の女性は炎の柱を消して、シュンとアーシャの間に歩いてきた。

 それから両手を腰に当てて、二人を交互に眺める。どう見ても大怪我で、全身に酷い火傷を負って立ち上がれない。


「ぐうぅ……」

「かっ、かはっ!」


 怪我の度合いはアーシャのほうが酷く、炎を吸い込んでいた。

 まだ動いているので、軽く吸っただけだろう。しかしながら肺が焼けて、息をするにも苦痛が伴っているようだ。


「弱いわねえ。魔王が人間に負けたなんて、今でも信じられないわあ」

「なっ何を……」

「あはっ! 魔族を相手に、人間が二人で勝てると思ったのお?」

「くっ!」


 実力の差がありすぎて、まさに完敗であった。

 魔族の女性は勝ち誇り、シュンは一撃も与えられずに地面に伏している。


「はっ、かっ……」

「そっちの女は死んじゃいそうねえ」

「ア、アーシャ!」

「面白いことを考えたわあ。片方を生かしてあげるわよお?」

「なん、だと……」

「選びなさあい。私の炎に焼かれて死ぬのはどちらかしらあ?」

「シュ、ン……。た、たす、け、て……」


 アーシャは苦しそうだ。

 そして、可愛かった顔は見る影もない。火傷で肉がただれ、水ぶくれが大量に生じている。髪はチリチリと燃やされていた。

 小麦色で艶々した肌は、無残にも焼け焦げてむくれている。


「どっちが死ぬか決めたかしらあ?」

「お、俺を……」

「俺を?」

「俺を生かしてくれ!」

「あ……。シュ、ン……」


 シュンの回答にアーシャは絶望して、体の力が抜けてしまう。

 それを見た魔族の女性は、高らかに笑った。


「あはははっ! やっぱり人間は醜いわあ」

「たっ頼む!」

「いいわよお。じゃあこの女を燃やし尽くしてあげるわあ」


 魔族の女性は、片手でアーシャの額をつかんだ。

 それから物凄い腕力で、ゆっくりと持ち上げる。シュンは知らないが、魔族は人間よりもはるかに強い。

 魔力もさることながら、腕力でも相当な差がある。


「やだ! やだ!」


 アーシャは暴れるが、その行動は弱々しい。

 全身に火傷の痛みが走って、力を込められないのだ。息をするのも苦しいようで、手足を動かしても続かない。

 それでも行動しないと、魔族の女性に焼き殺されてしまう。


「じゃあねえ人間。『炎纏えんてん』!」

「いっいやあっ! 痛いっ! 熱いっ!」


 魔族の女性が、アーシャを持っている手に炎をまとわせた。

 その炎は彼女の顔を焼き続け、徐々に煙を吹き出す。すると人肉が焼ける嫌な臭いが、周囲を包み込んだ。

 彼女の絶叫を聞いている魔族の女性は、歓喜の表情に変わっていく。人間をいたぶるのが楽しいようで、時間をかけて焼くつもりだろう。

 だがその表情が、急に無表情になる。


「そこまでにしてもらっていいかな? 俺の客人だ」

「貴方は?」

「ニャンシーの主人だよ」


 いつの間にか近づいて、腕を掴んでいる男性がいた。

 それが目的の人物だと理解した魔族の女性は、アーシャを地面に落とした。続けて腕を組み、男性と向かい合うのだった。



◇◇◇◇◇



 魔族の女性の腕を掴んだ男性はフォルトである。

 この堕ちた魔人は、人間がいくら死のうと構わないと思っていた。

 それでもシュンとアーシャは、同じ日本から召喚された異世界人だ。馬鹿にされていたが、これも同郷のよしみだろう。助けておかないと、夢見が悪い。

 惰眠が幸せなので、夢見は大事である。


「魔人には見えないわねえ」

「それは言うなよ?」

「いいわよお。やめてあげるわあ」

「助かるよ」

「人間を見ちゃうとねえ。暴れたくなっちゃうのよお」

「はぁ……」

「お姉ちゃんの影響ねえ」

「とにかく、だ。家の中で待っていてくれ」

「分かったわあ」


 フォルトの指示通りに、魔族の女性は自宅に向かった。

 大人しく頼みを聞いてくれて助かる。

 それを見送っていると、ソフィアとザインが駆け寄ってくる。どうやら炎の壁が消えたようで、何名かの兵士も二人を追いかけていた。

 地面に倒れているシュンとアーシャが何かを言いたそうだが、重症なので話すことは無理そうであった。

 おそらくは、会話も聞かれていないだろう。


「フォルト様!」

「悪かったな。俺の客人が失礼をしたようだ」

「魔族が客人ですか?」

「そんな話より、二人の治療をしたほうがいいんじゃないか?」

「そっそうですね。神官さん!」

「はっ!」


 額に眉を寄せたフォルトは、シュンとアーシャの治療を見守る。

 今後について考えたいところだが、大まかな予想はついていた。



【ヒール/治癒】



 神官が信仰系魔法を使っている。

 初級なので、傷を塞ぐのが関の山か。だが痛みは治まったようで、シュンとアーシャから苦痛の声が消えた。


(クソが百個ぐらい付きそうなほど面倒な話になったぞ。人間による魔族狩りがあると聞いたな。その魔族が俺を訪ねてきた、と……。やれやれだな)


 シュンとは違って、フォルトにポーカーフェイスは無理だった。

 とても面倒臭そうな表情になっていたようで、ソフィアとザインがにらんでいる。さすがにバツが悪く目を逸らしたいが、彼女が問いかけてきた。


「詳しく聞かせてくださいますね?」


 ソフィアが詰め寄ってくる。

 実のところ、詳しく話そうにも魔族に会ったのは初めてだ。先に魔族の女性と話したかったが、フォルトの予想通り自宅に帰してもらえない。

 本当に面倒臭い話になってしまった。


「嫌だ! 面倒だ! 寝る!」


 こう言えたら、何とすばらしいのか。

 残念ながら、とても言える雰囲気ではない。死者は出ていないが、多数の負傷者がいる。中でも、シュンとアーシャは重症だ。

 それをやらかした魔族が、フォルトを訪ねてきたのだ。

 この場から帰してもらえるわけがない。


「俺がやったわけじゃないので、そんなに怒らないでくださいね」

「………………」

「あの魔族には、もう襲わないようにさせます」


(ザインさんの顔が怖いよ! 今にも斬りつけてきそうだよ! ソフィアさんも怖いよ! 奇麗な顔で睨まれるのはキツイよ!)


 目の前の惨状は、フォルトがやったことではない。と言っても、そのような言い訳が通用するとは思えなかった。

 当然のように、ソフィアとザインからは厳しい目を向けられる。


「なぜ魔族がいるのですか?」

「俺を訪ねてきました」

「それは分かります。理由を聞きたいのです」

「呼んだから?」

「はい?」

「俺が呼びつけました」


 フォルトはうそを言っていない。ニャンシーに頼んで、魔族を連れてきてもらったのは事実なのだ。

 ともあれ、もっと深い話を聞きたいのだろう。


「なぜ呼んだのですか?」

「すべてを話す必要が?」

「魔族は人間の敵です。私たちを襲いましたよ」

「不幸な出会いでしたね」

「何だと!」

「それしか言えません。指示したわけではないです」

「貴様っ!」

「ザイン殿!」

「ソフィア様が止めても、もう我慢がなりませんぞ!」


 まさに、一触即発だった。

 ザインは戦闘をしていたので、すでに剣を抜いている。いつでも、フォルトを斬り捨てられる状態だ。

 それをソフィアが二人の間に割って入り、両手を広げて制止する。


「今はそれどころではありません! 先に彼らの治療をお願いします!」

「むぅ……」


 ソフィアとて、心中は穏やかではないだろう。

 それでも暴力沙汰は避けて、会話で事の収拾をつけようとしていた。ならばとフォルトはお言葉に甘えて、この場から去ることにする。


「俺も客人の相手をします。失礼させてもらいますね」

「明日で良いので、事の経緯を詳しくお聞かせください」

「はいはい。はぁ……」


 溜息ためいきを吐いたフォルトは、重症のシュンとアーシャを一瞥いちべつする。

 それから、足早に去っていく。もう寝たいのだが、それは無理な相談だろう。まずは自宅に戻って、魔族の女性と話す必要がある。

 その後は、今後の対応だ。

 本当に面倒なことになったと思いながら、玄関扉を開けるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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