第34話 聖女の誤算と爆炎の薔薇姫3
フォルトが自宅に帰ると、魔族の女性が待っていた。
レイナスが人間なので襲っていないか心配だったが、それは
「魔人様、初めまして。ルリシオン・ローゼンクロイツですわ」
魔族のルリシオンは、ゴシック調の可愛い黒服を着ている。
そして頭部には、左右から立派な角が生えていた。容姿は可愛く、目がくりくりしている。銀色の髪を肩口まで伸ばしていた。
見た目は十六歳ぐらいに見える。
「フォルトだ。名前で呼んでくれ」
「
なかなか礼儀正しいが、戦闘を止めたときの口調ではない。
これには背中がムズ
「堅苦しいのは苦手なんだ。普段どおりでいいよ」
「えっ! いいの?」
「別に偉いわけじゃないしな」
「私も肩が凝っちゃうからねえ。そうさせてもらうわあ」
「それでなんだが……。ルリシオン」
「ルリでいいわよお」
「そうか。なぜルリは人間を襲ったんだ?」
腕を組んだフォルトは、ルリシオンに兵士を襲った理由を聞いた。
魔族狩りが横行しているなら、人間の兵士と遭遇したら逃げそうなものだ。一人で何十人も相手に戦って平気なのかと疑問に思う。
戦闘だけを見ると、圧倒的な差はあったようだが……。
「人間が嫌いだからよお」
「それだけ?」
「弱いくせに魔族に牙を
「家の近くにいた人間を、俺の客だと思わないのか?」
「人間を見ちゃうとねえ。お姉ちゃんの影響だわあ」
「言ってたな」
フォルトは屋根の上から眺めていたが、兵士をからかうように戦っていた。おそらくだが、放っておけば全滅したと思われる。
そして、アーシャを焼き殺そうとしたときに見せていた笑顔が印象的だった。
残虐なだけかもしれないが、人間が嫌いな証拠だろう。
「私を人間に引き渡すのかしらあ? それとも謝らせるのお?」
「何で? 世界は弱肉強食だ。負けた奴が悪い」
「そうねえ」
「しかも面倒臭い。謝らせたいなら自力でやってくれ、だ」
「へえ」
フォルトの一言に、ルリシオンが感心している。
一緒に暮らすなどあり得ないらしい。
「ニャンシーちゃんの言ったとおりねえ」
「じゃろ? 七つの大罪を持っておる魔人じゃ」
「すべて!」
「普通の魔人なら、二つか三つじゃな」
「ニャンシーちゃんは詳しいわねえ」
「うむ。
魔人については、風聞や風説・文献ぐらいしか情報が無いらしい。ニャンシーは魔界の魔物なので、人間や魔族よりは知っているようだ。
カーミラも元主人が魔人なので、ある程度は知っている。
「そう言えば、魔人のことは詳しく知らなかったな」
「アカシックレコードで調べるのが面倒なだけですよねぇ?」
「あっはっはっ! だって……。面倒だし?」
「さすがは御主人様です!」
「まぁ自分のことだし引き出しておくか」
簡単に言うと、大罪を
必ず二つ以上の大罪を持っているらしい。大罪は精神に作用して、その原理に忠実だ。大罪の組み合わせによっては、凶悪な魔人が誕生する。
それが、天災級の災害を引き起こす魔人だ。
一番凶悪なのが、憤怒との組み合わせである。
カーミラの元主人は、怠惰と暴食を持っていた。怠けながら食べているのが、何よりの幸せだった。
そういった組み合わせであれば、天災級までの災害は起こさない。
生物は食料として腹に収まってしまうが……。
「そういうわけだ」
「御主人様。いちいち口に出さなくてもいいですよぉ?」
「あっはっはっ! 癖だ」
「ふふっ。面白いわねえ」
「そうだ。飯を食いながら話そう。ルリも腹が減ってるだろ?」
「そうねえ。暴れちゃったしねえ」
「ではカーミラとレイナス。頼んだ!」
「はあい!」
「はいっ!」
カーミラとレイナスは、料理を作るの準備を始めた。
わざわざ倉庫に行かなくても、二回分の食材は家の中に置いてある。よって、面倒事になっている外に出なくても良い。
料理が運ばれてくるまでの間に、フォルトはルリシオンと会話する。
「話の続きだが、レイナスに魔法を教えられるのか?」
「人間に教えるなんて嫌よお」
「レイナスは人間だが、成長すれば悪魔になるぞ」
「そうなのお?」
「クラスチェンジだ!」
「はい?」
フォルトがドヤ顔を決めた。
ゲーム用語を知らないルリシオンは、
その表情を見て、レイナスのことを得意げに説明する。
「といったわけで、レイナスは堕落の種を食べたのだ」
「人間を玩具にしてから悪魔にするって……」
「俺のキャラだからな。俺の好きにする!」
「あはっ! あはははっ! 面白いわあ」
ルリシオンも人間を玩具にすることはあるが、その内容はまったく違う。壊すだけの玩具で、先ほどのように人間をいたぶってから殺すのだ。
もちろん、どちらかを生かす約束も守るつもりはなかった。アーシャを殺害した後は、シュンも同様の道を歩ませるつもりだった。
その玩具に対するフォルトとの違いが面白いのだ。
「もう一度聞くが、魔法を教えられるか?」
「でも氷属性魔法でしょお? 私とは相性が悪いわねえ」
「そうなのか?」
「私が得意なのは火よお」
ルリシオンの得意な魔法は火属性魔法だ。
スキルも火に傾倒していた。レイナスも覚えようと思えば覚えられるが、氷属性魔法とは相性が悪い。
火属性魔法を覚えるくらいなら、氷属性魔法を伸ばしたほうが良い。
そこまで話したところで、料理が運ばれてくる。
「じゃあニャンシーが引き続き頼む」
「結局は妾か……。連れてきた意味が無かったのう」
「そうでもないぞ。限界突破がある!」
「やれないわよお?」
「なっ何だってえ!」
「御主人様?」
フォルトの
それに対応くれるカーミラには感謝しかない。何も言われないと恥ずかしいだけなので、二度と口走ることがないだろう。
「あ……。いや。何でもない。そうか。やれないのか」
「司祭じゃないしねえ。知り合いはいるけど、今どこにいるかは……」
「仕方ない。ゆっくりと探すかあ。探すのはニャンシーだけどな!」
「妾かっ!」
「あはっ! ニャンシーちゃんも大変ねえ」
「せっかく眷属に昇格したのじゃ。頑張らせてもらうのじゃあ!」
フォルトの怠惰に、ルリシオンが笑っている。
何か面白いところでもあったのかと首を傾げてしまうが、とりあえず目の前の料理に食いついた。
ニャンシーはカーミラの膝の上で、両手を上げながら意気込みを語っている。実に愛くるしく、まさにペット枠であった。
今はソフィアたちが来訪して、面倒事になっている。しかしながら、この瞬間だけは楽しい思いをするのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトの家では一家団らん状態だが、庭は葬式のようだった。神官は怪我人の治療に追われ、他の兵士たちも戦闘の後始末をしている。
現在問題になっているのが、シュンとアーシャの容体。
そして、魔族の女性についてだった。
「二人はどうだ?」
「シュン様は大丈夫ですが、アーシャ様は……」
「死にそうなのか?」
「いえ。傷を塞いで、一命は取り留めております」
「では?」
「火傷の跡が酷いです。女性には……」
「なるほどな」
治療にあたっていた神官の言葉に、ザインは額に眉を寄せる。
シュンの火傷も酷かったが、時間をかければ治るだろう。だが、アーシャの火傷は治らない。顔の肉が焼けただれ、初級の信仰系魔法では元に戻らないのだ。
治療するには上級の信仰系魔法が必要だが、一行には使える人間がいない。
「神殿に頼むしかないか」
「多額の寄付を要求されます。アーシャ様では払えないでしょう」
「むぅ」
神殿の治療は、生活の基盤になっていた。
日本でいうところの病院と同義である。強制的に治療を行わせると、神殿勢力が猛反発するのだ。
神殿勢力と対立すると、国民も離れていく。
こうなると、他国に付け入らせる隙を与えてしまう。最悪は戦争を仕かけられて、甚大な被害が出てしまう。と言った事情のため、腐敗している部分があった。
それが、寄付金だ。
初級の信仰系魔法なら、大した金額ではない。しかしながら、中級以上を望む場合は別である。
平民では支払えない金銭を要求してくる。
「ザイン殿、少しよろしいですか?」
「ソフィア様?」
「まさか魔族が現れるとは……」
「まったくです。あの男に関わるとロクなことがありませんな」
ソフィアは天幕からザインを連れだし、兵士たちのいない場所に移動した。
今から伝える内容を、他の者に聞かれるのは拙いのだ。
「それで?」
「あの魔族のことです」
「確かソフィア様は知っているような口ぶりでしたな」
「はい。〈爆炎の
「なっ何ですと! 帝国軍が手を焼いた魔族ですぞ!」
「間違いありません」
エウィ王国とは別に、人間の国は他にも存在する。
ソル帝国。
皇帝ソルが治める国であり、勇魔戦争ではエウィ王国と共に連合軍の中核を担っていた。魔族の国に侵攻したときは、別方面から攻め込んでいる。
その帝国軍を、一時的に壊滅の危機まで追い詰めた魔族の姉妹がいた。
その片割れが、〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンである。姉のマリアンデールと一緒になって、戦場で大暴れした魔族だった。
「ローゼンクロイツ家の姉妹ですか」
「見たことはないですが、報告にあった面体と格好が同じです」
「なぜ魔の森に?」
「分かりません。明日フォルト様から聞けると思いますが……」
「あの男が
現状では、何も分かっていない。
フォルトは秘密の多い人物だが、ソフィアたちは被害を受けたのだ。納得できる説明を求めるつもりだった。
それでもザインが言ったとおり、何も話さない可能性は高い。
(フォルト様の力は未知数。それにルリシオンですか。ジェシカさんの目的は、魔の森に住む異世界人の確認です。最低限ですが、目的は達成ですね。なら……)
「私たちは退いたほうが無難です」
「退くですと? 魔族がいるなら討伐せねばなりませんぞ!」
「目的は達成してます」
「あの男を連行することでしょう?」
「違いますよ。森に住む異世界人の確認です」
やはり、ザインは勘違いしている。
フォルトについての対応は、何も決まっていない。エウィ王国からも、具体的な命令を受けていない。魔の森に住む異世界人の確認に訪れただけなのだ。
それに弱者なら強制連行は可能だが、強者であれば難しい。
ここは一度撤退して、王国に判断してもらうほうが無難だった。
「我々は攻撃を受けたのですぞ!」
「誤算でした。まさかルリシオンが現れるとは思わず……」
「ぐむぅ……」
「森を戻れる状態になったら撤退しましょう」
「シュンが動けるようになるまでは無理ですな」
「分かりました。これもフォルト様に相談します」
本当に誤算だった。
ルリシオンが現れたことで、状況が一変してしまったのだ。せめてジェシカについての真相を知りたかったが、フォルトは何も話さない。
現状では伯爵令嬢のレイナスを連れ帰ることも無理ならば、〈爆炎の薔薇姫〉を討伐することも不可能である。
ここに訪れた収穫は、魔の森に住む異世界人の確認だけだった。
(本当に誤算でした。もっと友好的に話せると思いましたが……。森に引き籠った理由を考えるべきでした。やはり異世界人は手厚くする必要がありますね)
フォルトから今までの経緯を聞いたソフィアは、異世界人の待遇を考える。
エウィ王国の勝手な事情で召喚して、無理やり働かせているのだ。待遇は良くして然るべきであった。
聖女になってから進言はしているが、残念ながら改善されていない。
「シュン様の所に戻りましょう」
ソフィアはザインを連れて、シュンを治療している天幕へ戻った。すると、体を起き上がらせようとしていた。
どうやら、意識が戻ったようだ。
「シュン様、まだ寝ていなければ駄目ですよ」
「だがよ」
「フォルト様が魔族には襲わせないと……」
「おっさんが? そういや、あの女を止めてたな。ぐっ!」
まだ体が痛むようで、シュンは苦痛の表情を浮かべている。
傷が塞がったとはいえ、完全に治ったわけではないのだ。
「俺は負けたのか?」
「そうだ。まったく無茶しおって……」
「もっと強く引き留めれば良かったです」
「いや。ソフィアさんのせいじゃねえよ。俺が甘かっただけだ」
「シュンには対人戦闘の経験が無い。魔族は魔物と違うのだぞ!」
「そうだな。身をもって知ったよ」
「だがお前らのおかげで、他の兵士に被害は出なかった」
「くそっ! こんな世界から帰りてぇぜ」
相手は魔族だったが、シュンは魔物以外との殺し合いをやったことがない。魔物は狩れるが、人は狩れないのだ。
そして、魔族に殺される寸前だった。
平和な日本が懐かしい。
「そっそうだ! アーシャは?」
「生きてはいます」
「良かった……」
「良いかどうかは分かりません」
「どういうことだ?」
「顔に大火傷を負って、元に戻す望みが薄いのです」
「なに?」
「完治させるには、神殿に多額の寄付が必要になります」
「なんだと!」
神殿の事情を伝えられるたシュンは
命懸けで戦った者の治療に、金銭を要求する神殿に対してだ。しかしながら、これはエウィ王国に限った話ではない。
ソル帝国や他の人間の国でも同じだった。
「どうにかなんねえのか?」
「アーシャさんが用意するしかないかと……」
「いくらだ?」
「上級の信仰系魔法の儀式は、最低でも白金貨十枚です」
こちらの世界で使われる通貨は七種類ある。
銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨・大金貨・白金貨だ。
日本円に直すと、銅貨が十円。大銅貨が百円。銀貨が千円。大銀貨が一万円。金貨が十万円。大金貨が百万円。白金貨が一千万円である。
つまり、アーシャを治療するには一億円が必要だった。
「はあ?」
「ハッキリ申しまして、貴族しか使えません」
「そりゃそうだろうよ。王国からの保障はあんのか?」
「残念ですが……。ありません」
「マジかよ!」
このあたりの常識も、日本とかけ離れている。
日本では
死んだ場合も、遺族に対して数年の税が免除されるだけだった。
「アーシャに会ってくる!」
「駄目です! まだ目覚めていませんよ」
「近くにいるだけでも!」
「駄目です。シュン様も休まねばならないのですよ?」
「くっ!」
ソフィアから強く言われたので、シュンは渋々ながらも諦める。
実際、まだ体が痛い。それに、アーシャの焼けた顔が脳裏に浮かんだ。改めて異世界にいることを感じながら、地面の上で横になるのだった。
※日本の賞恤金制度では、残念ながらアーシャの傷は保障されない可能性が高いです。今まで国から支給されたものは死亡のみ。しかも、最高額は九千万円です。
要件拡大の議論も進んでいません。
令和三年現在。
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