第32話 聖女の誤算と爆炎の薔薇姫1

 ソフィアたちがフォルトを訪ねてきて四日目。

 おっさんと話して何が楽しいかと思うが、今日も向かい合って座っている。内容は二日目と同じで、レイナスの件だ。

 この話は平行線なので、終わりが見えず精神的に疲れていた。


「レイナス様には父君と母君の下に戻っていただきます」

「戻らないと言っていますよ?」

「ローイン伯爵家の御令嬢です。そういうわけには参りません」

「もう四日目ですよ?」

「何日でも。私たちはレイナス様を置いて帰れませんので……」


 これだ。

 今度はレイナスを理由に居座っている。確かにソフィアの話は分かるが、本人は戻らないと固辞している。

 もちろん、フォルトも渡すつもりはない。

 正直なところ、兵士を使って強制連行しないことには好感が持てる。だが、他に狙いがあるようにも思えた。


(はぁ……。本当はレイナスの件を諦めてるだろ。ソフィアさんは俺に疑念を持っている。おそらく、それが晴れないかぎりは居座るつもりだ)


 フォルトとて、それぐらいのことは分かる。引き籠りで無駄に生きていたと思われるだろうが、それなりの蓄積はあるのだ。

 どんな状態であったとしても、人生に無駄というものは無いのだから……。


「では、そろそろ本音を聞かせてもらえますか?」

「本音ですか?」

「ソフィアさんが居座る理由です」

「それはレイナス様を……」

「建前、ですよね?」

「………………」


 ソフィアにしても、建前が通用しなくなっていると理解していた。と言っても、どうしても切り出せないのだ。

 真実を聞きたいが、確実にうそを言われる。たとえ見抜く目を持っていても、覆すだけの証拠が無い。

 それ以前に、予想通りになることが怖い。

 現状は両者ともに困っていた。


「ふぅ」

「どうかしましたか?」

「フォルト様は追い詰められています」

「はい?」

「伯爵家令嬢との駆け落ち。魔の森の不法占拠。討伐命令の拒否」

「ちょっと待ってください!」


 今まで話題にあがっていなかった件を、ソフィアが持ち出した。

 その内の一つはレイナスに関わるが、他の二つは今更感がある。

 エウィ王国が魔の森を領地だと言い張っても、現状は魔物に追い出されている。そんな管理もやれない状態の地を領地とは言わない。

 そしてフォルトは、王国の民ではないと思っている。

 勝手に召喚して勝手に放りだして、支援も何も無い王国だ。所属する意味など、これっぽっちもない。

 当然のように、魔物の討伐命令など聞くつもりはない。

 そのようなことなど、今までの会話で理解しているはずだ。


「不本意なのは分かります」

「そうですよ!」

「ですが、国は違います」

「はあ?」

「国とは個人の考えが及ばないものなのですよ?」

「それは分かっていますが……」


 フォルトが危惧しているとおり、レイナスを渡さなければ、エウィ王国が本格的に動くという話だった。

 ローイン伯爵には、王国を動かすだけの力がある。

 娘の情報が伝われば、確実にそうなるだろう。


「本格的に動けば、魔の森は戦場になります」

「魔物の討伐ではなく、魔物と戦争になると?」

「はい。動員令が下されるので、王国側が有利になるでしょう」

大袈裟おおげさ過ぎない?」

「そうとも言い切れません。焼き払う話も出ておりました」

「森の資源が欲しいんじゃ?」

「開拓すれば十分に埋め合わせができます」

「なるほど」


 領地として確保してしまえば、開拓村を設置して農作物や畜産物を生産できる。長期的に考えれば、消失した資源の損は回収できるという目算である。

 それを今まで行っていないのは、資源を失いたくないのが本音だろう。要は勿体もったいないということだ。

 それでも、ローイン伯爵が動けば変わる可能性が高い。


「後は……。フォルト様の処遇ですね」

「へ?」


 フォルトの強さがソフィアの予想通りなら、エウィ王国は選択する。

 確保か処分かの二択だ。確保できるなら、勇者候補としてシュンと同じ道を進むだろう。逆に確保が無理なら処分となる。

 異世界人の扱いは、国法で定められているのだ。


「俺が勇者級? 馬鹿馬鹿しい」

「ここが魔物に襲われない理由が、他に思いつきません」

「縄張りの外だからでしょう」

「違いますね。人間がいれば縄張りの外でも襲ってきます」

「たまたまですよ」

「たまたまで? 一年以上も?」


(ソフィアさんは何という思考をしてるんだ! 日本なら有名進学校に入れるだろ。それとも有名探偵とかになれるな。俺の演技は完璧なのに……)


 フォルトは弱いと演技している。

 見た目もおっさんなのだ。普通にしていれば、そう思われているはずだった。しかしながら、ソフィアは強いと見抜いている。

 その根拠は分からないが、確信めいた表情をしていた。


「何か誤解されてるようですが、俺は弱いですよ」

「そうですか? どちらにせよ、フォルト様は窮地に立っています」

「うーん。何も見なかったことにしてもらえれば……」


 ソフィアたちは、フォルトと会っていない。

 そう報告してもらえれば済む話だが、さすがに虫が良すぎるか。


「それは無理というもの。私たちは王国に仕えている身です」

「俺たちを放っておいてくれませんかね?」

「申しわけありません」

「また謝るだけですか?」

「謝ることしかできないのです」


 ソフィアは最初に出会ったときと同じで、謝罪しかしない。いや、できない。当時も思ったことだが、何の権限も持っていないのだろう。

 国に仕える身とは、何と不便で面倒なことか。聖女と言えども、命令に従う官僚のようなものなのだ。

 これには、フォルトも同情してしまう。


「それで俺にどうしろと?」

「フォルト様がレイナス様と一緒に都市に戻ることです」

「嫌です」

「でしたら魔の森から退去して、エウィ王国から出ることですね」

「そんな話を俺に勧めていいのか?」


 ソフィアが代替え案を出すのは意外だ。

 ある意味で反逆行為になると思うが、返答は簡単な話だった。


「フォルト様をどうするかは命令されていません」

「それでいいのか……」

「私たちは森の奥地で暮らす異世界人を確認するために訪れました」

「そっか。ならもう帰ってもらっても……」

「駄目です」

「ですよね。でも面倒だなあ。他は?」

「私たちを殺すことです」

「っ!」


 ソフィアの誠実さと潔さに、フォルトは感心する。しかしながら人間を見限った魔人なので、その心は揺さぶられない。

 殺せない理由があるのだろうと邪推おり、しかも見当が付いている。

 要は結果が同じになるのだ。だからこそ彼女たちを殺さずにいたのだが、これは試されているのかもしれない。


「ソフィアさんたちを殺しても同じですよ」

「分かりますか?」

「それぐらいは、ね」

「ふふっ。聡明そうめいな人ですね」


 ソフィアの笑顔が、フォルトの色欲を刺激する。

 毎晩のように発散していても、今にも襲い掛かってしまいそうだ。とはいえそれに対しては、とある考えを持っていた。


(ヤバいな。ジェシカのように襲いたくなる。でも、それは俺に対して罪を犯してからだな。ただの獣になる気はないのだから……)


 カーミラが聞いたら笑うかもしれない。

 欲望に任せて行動すれば、何も考えていない魔物や魔獣と同様。人間を見限った魔人だからこそ、知性は捨てたくない。


「今日のところは終わりにしましょうか」

「はい。よろしいですよ」

「自堕落生活が板についてるので、人と話すのは苦手です」

「ふふっ。羨ましいですね」

「そうですか?」

「そうですよ」


 自由への憧れとでもいうのか。エウィ王国に縛られたソフィアにとって、フォルトの生活はまぶしく見えている。

 勇者の従者だったときは、自由に動いていた。だが魔王討伐という目的のために、自由な行動を許されていただけだ。

 そして現在は、聖女としての務めを果たす必要があった。


「では、本日はこれで……」

「…………」


 カーミラとレイナスは、今までの問答を黙って聞いていた。

 フォルトが今後の方針を決定するまでは、何もできないのだ。


「御主人様?」

「眠い。寝るぞ!」

「もう寝るのですか?」

「寝ると言ったら寝る!」

「はあい!」

「では私も失礼して……」


 ソフィアを相手にすると頭を使うので、とても眠くなってしまった。

 それにしても、好感は持てるが油断できない女性である。

 そしてフォルトは、カーミラとレイナスを誘って寝室に入った。先ほどたかぶった色欲を鎮めたいが、今は怠惰のほうが上にくるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトの自宅を出たソフィアは、広い庭を眺める。

 そこではザインが、兵士たちの訓練をしていた。もちろん、シュンとアーシャも混じって剣を振るっている。


「ザイン殿は何を?」

「訓練ですな」

「見れば分かります。ですがフォルト様の庭ですよ?」

「森には違いないですな。私有地ではなく国有地ですぞ」

「それはそうですが……」


 ソフィアは危惧する。

 フォルトの認識では、魔の森は誰のものでもないと考えている。自宅近辺は、自分のものとすら思っているだろう。

 確かに庭で良ければと、宿泊許可をもらっている。しかしながら目と鼻の先で戦闘訓練などすれば、挑発と受け取られてしまう。

 それでは、今後の話し合いが難しくなってくる。

 はっきり言えば控えてもらいたい。


「ザインさん、休憩しねえか?」

「もうシュンは疲れたのか?」

「いや。そうじゃなくて、な」

「どういうことだ?」

「ソフィアさんが困ってるなと思ってよ」

「そうなのですかな?」

「は、い」


 シュンが来てくれたことで、ソフィアが考えた危惧を伝える。

 するとザインは渋い表情をして、訓練の中止を告げた。


「よし! 休憩に入れ!」

「「はっ!」」

「ソフィア様はあの男に気を遣い過ぎですな」

「私の考えは伝えたはずですが?」

「そうですが……。納得したわけではありませんぞ」

「何の話だ?」


 ソフィアからすれば、シュンには聞かせたくない話だった。と言っても隠しておけないので、自身の考えを聞かせる。

 フォルトが強者だと、また嘘を伝えていることなどを……。もちろん、勇者級ではないかという憶測は隠す。

 それを勇者候補に伝えると、さすがに怒り出すだろう。


辻褄つじつまは合いそうだが、俺も納得できねえな」


 シュンはザインと同じで、ソフィアの話に納得できない。

 それでも彼女は、恋人にしたいと思っている女性だ。ならこの場では、好感度を上げることが肝要である。


「そう、ですか……」

「やっぱり最初がなあ。おっさんはレベル三だったんだぜ?」

「確かに……」

「さすがによ。納得しろってほうが無理だぜ」

「………………」

「だがソフィアさんの言ったことだ。信じてもいいかもな」

「シュン様……」

「間違ってたところで損はねぇだろ?」


 ソフィアの考えを理解してあげれば、間違いなく好感度は上がる。

 要は承認欲求を満たしてやれば良いのだ。フォルトが強いと言っても、レベル三だった者が十や十五になったぐらいだと思っている。


「そうかもしれんな」


 シュンの話には、ザインも納得した。

 最悪を想定して動くのは、危機管理のうえで当然の話である。強者として対応した者が弱者でも、こちらが困ることはないだろう。

 感情的に損をするぐらいだが、その程度であれば我慢できる。


「ありがとうございます」

「いいってことよ。それよりも一緒に飯でも食おうぜ」

「はいっ!」


(へへ。チョロいぜ。ソフィアのガードは堅いが、少しずつ壊してやる。おっさんと話してる間に、どこまで壊せるかだな)


 シュンは自然な動作でソフィアの手を握って、食事をする場所に移動する。ほほを赤らめているが、自然体なので手を放せなかったようだ。

 後ろからは、恋人のアーシャが追いかけてきた。

 それをポーカーフェイスで迎え、握った手が見られない位置を取る。

 実に慣れた行動だった。


「ねぇシュン、何を話してたの?」

「おっさんがな」

「シュン様!」

「アーシャと共有しといたほうがいいぜ」

「そうですか?」

「俺の従者だしな。知らないと困る」

「きゃは! そうだよ。あたしはシュンの従者だよ!」

「っ! そっそうですね……」


 マメなシュンは、アーシャの機嫌を取ることも忘れない。

 そして従者という言葉を発したときに、ソフィアの手を強く握ることも忘れない。意識を手に向けさせて、恋人への機嫌取りを軽く受け流させるのだ。

 本当に慣れた行動だった。


「おっさんが? あり得ないっしょ!」

「そうなんだがなあ」

「あたしに近づかなきゃ何でもいいけどさ! きゃは!」

「そこまでフォルト様がお嫌いなのですか?」


 首を傾げたソフィアには、アーシャの言動が分からない。

 シュンも発している言葉だが、「おっさん」とはフォルトを侮蔑の対象とした呼び名だと理解している。とはいえ、そこまで嫌われる要素が見られなかった。

 謎の多い人物だが、聡明で賢い男性と思っている。

 特殊な事情が無ければ好感が持てた。


「だってさ。キモいじゃん!」

「キモい、とは?」

「気持ち悪いの略だよ!」

「それは面体の話ですか?」

「面体ってなんだっけ? もうさ、全体的にキモくない?」

「相手を見た目で侮蔑するのは感心しませんね」

「うるさいなあ。キモいものはキモいの!」


 ソフィアからすると、フォルトの面体も気持ち悪いとは思っていない。

 こちらの世界の女性は、男性を面体で判断しないのだ。魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界なので、常に生存本能が刺激される。

 強い男性を求めるのが一般的だった。

 ジェシカはアーシャのように嫌っていたようだが、それは少数である。簡単に言ってしまえば、シュンよりはザインのほうがモテる。

 そういった世界だった。


「とりあえず飯を食おうぜ」

「お腹が減ったぁ」

「そうですね」


 ソフィアがアーシャと会話していると、食事をする天幕の前に到着した。

 中には入らず地面に座って、兵士たちが調理した飯を食べる。

 何気に食材が、ボアやペリュトンといった希少な肉だ。調味料が無くても旨く、野菜も採れたてで新鮮である。

 それにしても、提供された食料は大量だった。

 これだけの量を魔の森で入手することは、本来なら難しいはずだ。


「おっさんの良いところは、いっぱい飯があることだけね!」

「だがよ。こんなに用意できるものなんだな」

「召喚魔法ですね。魔物に狩らせれば可能です」

「なるほどな」


 ここでソフィアが、フォルトの強さについて説明を始める。

 ただ強いと口頭で伝えても、彼らが納得しないのは当然なのだ。


「ですが召喚する魔物が強い必要があります」

「例えば?」

「狩りから戻った魔物を見ましたが、ブラッドウルフですね」

おおかみだろ? 狩りは得意なんじゃねぇか?」

「一体の強さは、推奨討伐レベル十七ですよ?」

「げっ! マジ? あたしより強いじゃん!」

「確認したと思いますが、二十頭も召喚されています」

「なるほどな。だからおっさんが強いと?」

「それもありますが……」


(これ以上は伝えられませんね。レベルの高い魔物を複数体召喚するなんて、人間業とは思えません。もう勇者級を超えていますよ)


 ソフィアは同様のことをやった人物を知っている。だからこそ、フォルトを危険視して丁寧に対応していたのだ。

 その人物とは、十年前に討伐した魔王である。

 人間なので魔王候補ではないだろうが、そうならないと決めつけられない。下手に扱って良い人物でないのだ。

 そんなことを考えていると、魔の森の奥から声が聞こえてきた。

 他の部隊が来るとは聞いておらず、それに何やら和やかな感じだ。


「ニャンシーちゃん、ここかしらあ?」

「そうじゃ。やっと着いたのう」

「ねえ。何か騒がしくないかしらあ?」

「そうじゃのう。わらわは暫く戻っていないので分からんのじゃ!」


 ソフィアたちが声が聞こえる方向を見ていると、二人の女性が現れた。シュンや兵士たちは立ちあがり、警戒しながら武器を取る。

 そして、魔の森から現れた来訪者を凝視するのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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