第31話 聖女来訪3
聖女ソフィアを取り巻く環境は複雑だった。
まずは聖女として、異世界人を召喚できる人物。次に国王の側近である宮廷魔術師グリムの孫娘。
そして十年前の勇魔戦争で、魔王を討伐した勇者の従者である。
(さて。これをザイン殿に教えて良いのかどうか……。ですが、私だけで抱え込むのは無理というものです)
「ザイン殿」
「はい?」
「こちらに……」
意を決したソフィアは、野営の準備を指揮しているザインを連れ出す。
自身と考えを共有できる人物が、他にいないからだ。
「ザイン殿から見て、フォルト様はいかがでしたか?」
「最初に出会った頃のままですな」
「これからお伝えする話は、胸の内にしまっておいてください」
「は?」
フォルトに対するザインの感想は、召喚当時のおっさんだった。どこで入手したのか身なりはまともになっていたが、無礼な物言いは変わっていない。
はっきりと言えば、快く思っていなかった。
「まず、フォルト様の話には
「何ですと?」
「おそらくですが、ジェシカさんは訪れていますね」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「レイナス様がお持ちだった剣を見られましたか?」
「いえ。見ておりません」
「彼女の剣は兵士に支給されるものです」
「では、エジム隊の剣だと?」
「はい。魔の森では入手する手段がありません」
ソフィアは現在二十歳。勇者の従者として、魔王を討伐したのが十年前。
つまり、十歳のときである。
当時の勇者が彼女を従者にしたのは、その類まれな頭脳を持っていたからだ。フォルトと簡単に会話を済ませたことには訳がある。
全体を広く見渡して、違和感が無いか探っていた。もちろん、会話の内容も聞き逃していない。
嘘を見抜く目も持っている。
「よく観察しておいでですな」
「フォルト様は嘘を吐くのが苦手なようですね」
「他にも?」
「カードを捨てた。強くないというのも嘘です」
「なるほど」
「駆け落ちの件は分かりませんでしたけど……」
「レイナス様には一緒に帰っていただかねばなりますまい」
「それなのですが……」
(ローイン伯爵の御令嬢。連れ帰ることは私たちの義務ですが……)
エウィ王国の有力貴族であるローイン伯爵の令嬢を発見したのだ。
現在は報奨金を出して、国中を探している最中だった。王国に仕えているソフィアたちが連れ帰ることは必須だが、それは難しいとも思っている。
その原因は、やはりフォルトの存在だ。
「明日以降、フォルト様と話し合う必要がありますね」
「捕縛して強制連行するのが一番ですぞ」
「駄目です」
「なぜ、でしょうか?」
「理由は色々とあるのですが……」
「それは?」
「フォルト様が強いからです」
「は?」
ソフィアは様々な観点から、フォルトが強者だと結論付けた。とはいえ、冒険者の話を
状況がそう言っているのだ。
「この一帯は安全なようですね」
「みたいですな」
「森の魔物が現れない理由が分かりますか?」
「申しわけありません。残念ながら分かりませんな」
ソフィアは考える。
魔の森の魔物が出没しないのは、住み分けができているからだ。
それは、フォルトが強者だという証である。でなければ、魔物に襲われているはずなのだ。死と隣り合わせな場所で暮らしていること自体が異常だった。
ならば、どの程度の強さなのか。
おそらくは、オーガが襲ってこないほどの強さだと思われる。知能の低い魔物が、本能で戦いを避けているのだ。
結論としては、英雄級のレベル四十以上。
もしくは、勇者級のレベル五十以上だと推察した。
「馬鹿な! 召喚したときはレベル三ですぞ!」
「ですから、私も困っているのです」
「あり得ん……。あり得ませんぞ!」
「異世界人はあり得ないことを成し遂げるのですよ?」
「うーむ。さすがに考えられませんな」
ザインは戸惑った。
ソフィアの考えてる内容は、常軌を逸している。
確かに急激なレベルの上昇をした人物はいる。しかしながら、どう考えても早すぎるだろう。まずあり得ないと言って良い。
そうした者は状況が特殊で、ほんの一握りの強者のみ。つまり、ある程度の強さを手に入れてからの話だ。
どう考えても、フォルトには当てはまらない。
「えへへ。何を話してるのかなぁ?」
ソフィアがザインと会話していると、背後から声を掛けられた。
フォルトの隣で、レイナスと一緒に立っていた女性だ。
赤髪のツインテールが特徴的な少女である。何の力も持っていないように見えたので、あまり気にして観察しなかった。
肌の露出が凄くて、目を背けたぐらいだ。
「えっと……。カーミラさん、でしたか?」
「そうですよぉ。ちょっと兵士を貸してほしいでーす!」
「なぜ貴様に兵士を貸さねばならんのだ!」
カーミラに兵士を貸し出すことはできない。
エウィ王国の兵士であり、国王から借り受けているのだ。
一般の国民であっても無理である。しかも正体不明のフォルトと一緒に暮らしている女性で、兵士を貸し出す理由が無い。
そのような話は、一般常識の
ザインは「何を馬鹿なことを」と言いたげだった。
「御主人様が食料を分けてやれって言ってましたぁ!」
庭とはいえ、ソフィアたちを泊めると決めたのだ。
客人になるので、十分にもてなす必要があるらしい。だがフォルトは、人前に出るのが苦手である。
そこで、カーミラが頼まれた。
「食料だと?」
「倉庫に冷凍してありまーす!」
「それを運ばせたいのか?」
「魔物が運んできたのは嫌じゃないですかぁ?」
「確かに、な。済まない。礼を言う」
物事を大層に考え過ぎていたザインは、少し恥ずかしそうだ。
食料は魔の森を移動する間に減っているので、非常に助かる申し出だった。なので非礼を
「おい! お嬢さんから食料を受け取ってこい!」
「「はっ!」」
「俺もやるよ」
ザインの命令に、シュンが名乗りを上げる。
カーミラはとても可愛いので気になっていた。
そして、フォルトと
まずは移動中に、挨拶がてら自己紹介を始めた。
「俺はシュンだ。よろしくな」
「どうせすぐ帰るだろうし、よろしくはしませーん!」
「つれないなぁ。話は長くなりそうなんだろ?」
「分かりませーん! 御主人様は早く帰ってほしがってるけどねぇ」
「御主人様? もしかして奴隷か! それなら俺が……」
「違うよ!」
シュンの言葉に対して、カーミラが声を荒らげる。
その反応で理解してしまった。何かの間違いであってほしいが、なぜかフォルトに
ホストとしてのプライドが許さなかった。
人生に失敗したようなおっさんに負けるほど落ちぶれていないのだ。と考えたところで、彼女が倉庫の前で止まった。
「はい! 倉庫にある肉を持っていっていいよぉ」
「「おおっ!」」
「野菜は隣の倉庫でーす!」
「嬢ちゃん、助かるぜ」
「まったくだ。持ってきた保存食は味がしねぇんだわ」
「調味料は渡せないから、そっちで工夫して食べてねぇ」
「十分だ。何とかするぜ」
倉庫の中には、氷漬けにされたボアやペリュトンの肉が保管されていた。
ボアは大きな
これには兵士も喜んだ。
「解凍は勝手にやってくださーい! 火属性魔法は使えるよねぇ?」
「魔法使いがいるから平気だぜ」
「じゃあ後はよろしくねぇ。倉庫の扉は閉めといてくださーい!」
「カーミラ!」
兵士が倉庫に入ってすぐに、自宅から出てきたフォルトが近づいてくる。
隣にはレイナスを連れているので、シュンは苦虫を
しかもカーミラが、勢いよく腕に絡みついていた。
「御主人様の言ったとおりにしといたよぉ」
「偉い偉い」
「えへへ」
笑みを浮かべたフォルトは、カーミラの頭を
本来なら人間が
そのために、外に出たのだ。
「おっさんよお。カーミラちゃんなんだが……」
「どうした?」
「どこで引っかけやがった?」
「は?」
「レイナスちゃんもだぜ」
倉庫の前にいたシュンが、フォルトに近づいて話しかけてきた。
話すことは何も無いのだが、とても面倒臭い流れである。
「貴方に「ちゃん」呼ばわりされる
「あ、あぁ……。すまねぇ」
レイナスは
現在はフォルトの玩具とはいえ、ローイン伯爵家の令嬢でもある。身分が違い過ぎて、シュンが気軽に話しかけられる女性ではない。
「こいつは酷いんですよぉ。御主人様に対して奴隷を扱うクズとか……」
「そこまで言ってねえ!」
「奴隷?」
カーミラは舌を出しながら、シュンに向かって抗議した。
下等生物の中でも、さらに下等な奴隷と一緒にされては憤慨してしまう。そんな考えがありありと
さすがにそれは言えないが……。
「いや。おっさんを御主人様とか言ってるからよ」
「口癖だ。気にするな」
「それよりも、だ。おっさん、都市に戻ってこいよ」
「はあ?」
「魔の森は危険だぜ。何なら俺の従者にしてやるよ!」
(シュンは何を言い出すのか。真意は分からんが、無性に腹が立つ。いまさら従者だと? 馬鹿も休み休み言え! 俺は今の生活に満足しているのだ!)
額に眉を寄せたフォルトは、調子のよいシュンの言葉に
のけ者にして城から放り出したのに、いまさら従者にすると言っている。どんな手のひら返しだろうと思うほど、馬鹿馬鹿しい話だった。
ソフィアから何も聞かされていないと思っているのだろうか。
こういった行為が、人間嫌いの一つであった。
「もう一回言ってくれるか?」
「だからよ。二人を連れて都市に戻れって言ってんだ!」
「断る! 内緒話の件は聞いたぞ。今更だろ?」
「あ、あれはよ。俺も混乱してたんだよ」
「話しにならん! 二人とも行くぞ!」
「はあい!」
「はいっ!」
カーミラとレイナスは、二手に分かれた。
両腕に柔らかい二つのものを押し付けられて、フォルトは顔の筋肉を緩ませる。目的の場所に行けば、さらに堪能できるだろう。
そう思ってシュンから離れようとすると、ソフィアとザインが近づいてきた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、ソフィアさん……」
「シュン様、フォルト様を困らせてはなりませんよ?」
「そうだぞ。それよりも食料を運んでくれ」
「………………」
シュンは自分から、食料を運ぶ命令を受けたのだ。
今もザインから命令を受けた兵士たちが、人数分の食料を運んでいるので手伝わないと拙い。だがフォルトを引き留めて、都市に戻るように説得を続けたい。
そう思っていると、ソフィアが口を開いた。
「フォルト様はどちらに?」
「近くにある川ですね。水浴びに行きます」
「え?」
「風呂を作っても良かったのですが、川に慣れてしまってね」
「そっそうですか……」
「後で場所を教えます。汚れを落とすといいですよ」
「御主人様! 早くいきましょうよぉ」
「フォルト様、急ぎますわよ!」
もう体を洗い合いたいフォルトは、ソフィアとの会話を終わらせた。すると、カーミラとレイナスに腕を引っ張られる。
もうシュンのことなど頭に無く、この場から離れていった。
「自分の状況が分かっているのか? 気楽なものだ」
「川で水浴びとは……。そっそういうことですよね?」
「くそっ! 決まってる!」
ソフィアは内容を言及しないが、シュンとザインは分かっている。
三人で川に向かったからには、そういう行為をするのだろう。
「ソフィア様には女性の兵士を付けます」
「あっありがとうございます」
「ちっ」
ソフィアは
それに対してザインは、騎士らしく配慮した。
シュンは対照的に、小さく舌打ちする。フォルトが羨ましくて憎いのだ。タイプの違う美少女を、二人も侍らせている。
その場所は、自分の定位置だと言いたげだった。
「シュン! 何してんの?」
遠ざかる三人の背中を見ていると、恋人のアーシャが声をかけてきた。
ならばと気を取り直したシュンは、ホストスマイルを浮かべる。
「アーシャ、俺らも後で川に行くぞ!」
「いいよお。ご飯を食べたらね!」
シュンはアーシャを誘ったが、本音ではソフィアを誘いたい。しかしながら、この場では無理だった。
それをやれば、今までの苦労が水の泡になることを知っている。
ザインも女性の兵士を付けると言った。
(くそっ! ソフィアを手に入れたら同じことをしてやんよ。でもそれとは別に、三人を都市に戻さねえとな。おっさんには
欲望を宿したシュンは、ザインからの命令どおりに食料を運ぶことにした。ソフィアの前では、好青年を演じる必要がある。
そして、カーミラとレイナスを手に入れたくなった。
日本にいた頃は、女性に不自由していなかったのだ。アーシャだけでは足りないので、まずは三人を都市に戻すことが最適だろう。
近くにさえいれば、フォルトから寝取ることも可能なのだ。
そんなことを考えながら、空を見上げるのだった。
◇◇◇◇◇
ソフィアたち一行が訪ねてきてから、三日目に突入した。
まるで冒険者が居座ったときと同様に、フォルトは不機嫌な顔を隠していない。ダイニングの椅子に座り、ゲッソリしてうな垂れていた。
その顔を
「いつになったら帰るのか……」
二日目の内容は、当然のようにレイナスの件だった。
本来なら、魔物が
ソフィアは連れ戻そうとするが、当人は固辞している。
話は平行線だった。
「御主人様、もう殺しちゃってもいいですかぁ?」
「待て待て。ソフィアは策士で、都市の名前にもなっている奴だぞ」
「王国が森に攻め込んできますかねぇ?」
「それぐらいの手は打ってあるだろうなあ」
ソフィアと何回か会話して思ったことだが、とても頭が良い女性だ。カーミラの提案を実行してしまうと、窮地に立つのはフォルトだろう。
こちらの希望としては、何事も無かったかのように帰っていただく。
そして、元の自堕落生活へ戻りたい。となると面倒だが、対話が重要である。しかしながら、レイナスの身分が邪魔していた。
さすがに、伯爵令嬢を置いて帰らないだろう。
「フォルト様、それでしたら両親を殺してきますわよ?」
「余計に面倒なことになるぞ!」
レイナスの提案を受けると、親殺しの殺人犯で追われることになる。しかもその相手は、エウィ王国の大貴族なのだ。
殺害後は魔の森に戻ってくるので、同じく王国を激怒させるだろう。
またそこまでやってしまうと、対話の道が閉ざされる。
「本格的に新天地を探すべきかなあ?」
「御主人様と一緒ならどこでもいいでーす!」
「私も御一緒しますわ!」
「まぁもう少し様子を見るか。さあて寝るぞ!」
「はあい! ダーイブ!」
「でっでは失礼して……」
フォルトは寝室に入って、ベッドの上で横になった。
いつものようにカーミラが飛び込んでくるので、体で受け止めてから横に置く。続けてレイナスが、肩にもたれかかってくる。
そして、就寝前の運動を始めるのだった。
――――――――――
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