第30話 聖女来訪2

 カーミラとレイナスの模擬戦から数日後。

 いつものようにフォルトは、惰眠を貪っている。もちろん両脇には、あられもない姿の二人が寝ていた。


「誰かいるか!」

「ぐぅぐぅ」

「「スヤスヤ」」

「誰かおらんのか!」

「ぐぅぐぅ」

「ん、んっ!」

「カーミラちゃん?」

「なんか来たぁ?」


 カーミラとレイナスは、まぶたを擦こすりながら起き出した。

 当然のようにフォルトは目を覚まさず、まったく起きる気配がない。


「御主人様!」

「フォルト様!」

「ぐぅぐぅ」

「無理ね。ぐっすりですわ」

「しょうがないなぁ」

「森の魔物かしら?」

「分かりませーん! とりあえず起きるねぇ」

「そうね」

「誰もいないのか!」


 カーミラは欠伸をしながら、寝室を出た。どうやら声の主は男性で、ここまで迷い込んだ冒険者を思い出す。

 レイナスも起き出し、リビングを通って一緒に玄関扉を開けた。


「おっ! やはりいたか」

「「おおっ!」」

「誰ぇ?」

「「ここは天国かっ!」」

「「え?」」


 扉を開けると団体様が御到着のようで、二十人以上の武装した兵士がいた。

 その者たちは一斉に目を見開いて、カーミラとレイナスを凝視する。


「「きゃあ!」」


 カーミラとレイナスは、何かを思い出したように慌てて扉を閉める。

 二人は毎晩、フォルトと肌を合わせているのだ。寝ぼけて対応に出たので、あられもない姿のままだった。

 扉を閉めた後は、顔を真っ赤に染めている。


「ちょっとレイナスちゃん! 服!」

「ええ!」


 さすがに下着は身に付けていたが、ほとんど見られてしまった。

 一瞬だったので細かくは見られていないだろうが、急いで服を着る必要がある。もちろん服は寝室にあるので、慌てて戻ることになった。


「御主人様! 起きてくださーい!」

「フォルト様! お客様ですよ!」

「ぐぅぐぅ」

「さすがに起きないわね」

「レイナスちゃん! あれよ!」

「はいっ!」

「「ちゅ!」」


 カーミラとレイナスは服を着ながら、フォルトの左右のほほに口付けした。すると伸びをしながら、モゾモゾと動きだした。

 女性の口付けで起きるなど、おっさんには勿体もったいない体験だ。しかしながらそう命じているので、二人は喜んでやっている。


「ん、んーっ! まだ眠い……」

「御主人様! また兵士が来ましたよぉ」

「んー?」

「どうしたらいいですかぁ?」

「んー?」

「「ちゅ!」」


 再び口付けされたことで、フォルトの目が徐々に開いてくる。

 本当に現金なものだ。


「起きましたかぁ?」

「でへ。起きた」

「大勢の兵士が来ましたわ」

「なに? またか……。とりあえず対応する」


 フォルトはベッドから起き出して、『変化へんげ』のスキルでおっさんに戻る。極少人数だが、知り合いが来ていると拙いのだ。

 実際に前回は、ジェシカが訪れた。

 若者の姿だと、色々と詮索されて困ることになる。


(慎重すぎるかな? でも面倒事になるのは確実だしなあ。ちょっとスキルを使うだけだし、その程度なら……)


 スキルを使ったところで、大した苦にならない。

 そんなことを思いながら、準備をして玄関扉を開けた。フォルトは服を着た状態で寝ているので大丈夫だ。


「誰ですかね?」

「貴様! いたなら出てこんか!」

「えっと……。どこかで見た人ですね」

「ザインだ! 城の応接室で会っただろ!」


 フォルトは頭をきながら、ザインを確認する。言われてから思い出したが、聖女ソフィアと一緒にいた屈強そうな騎士だ。

 それにしても、参ってしまう。

 自分の慎重さに感謝だが、こうも知り合いが訪れるとは思っていなかった。とはいえ、対応するしかないだろう。何か用事があって訪れたのだろうから……。

 そして要件を聞こうとしたとき、二人の男女に話しかけられた。

 これも、聞き覚えがある声だった。


「ザインさんがなぜ……」

「おっさん、また寝起きかよ」

「うっは! 何そのコスプレ。超キモいんだけど!」


 フォルトは、カーミラの元主人が持っていた服を着ていた。まるで吸血鬼のようなコスプレで、普段から着ていたら恥ずかしい。

 それでも愛着が出たので、ずっと着用している。


「えっと……。シュン君とアーシャさんか?」

「君は止めろと言っただろ!」

「そうだっけ? それと後ろにいるのは……」


 何やら懐かしい面々であるが、アーシャとシュンの他にソフィアもいた。最初に出会ったときと変わらず、とても奇麗でアイドルのような顔立ちである。

 シスターのような格好も、当時を思い出させた。


「お前は服装以外、出会ったときのままだな」

「おかげさまで。こんな森の奥地まで何の用ですか?」

「用も何も……。お前に会いに来たのだ!」

「はい?」

「ソフィア様が、お前に用があると仰せだ」

「俺には無いです。お帰りください」

「貴様!」

「ザイン殿、良いのです。お話だけでもできませんか?」


 ジェシカと再会したときと同様で、フォルトは面倒臭そうな表情をする。

 こちらの世界に召喚されてからの出来事は、嫌な思い出しかないのだ。しかも、人間が二十人以上もいる。

 人間が嫌いなので、さっさと帰っていただきたい。


「訪ねてもらって恐縮ですが、俺のことは放っておいてください」

「そうでーす!」

「早々にお帰り願いますわ」


 フォルトを援護するように、カーミラとレイナスが左右に立つ。と言っても玄関扉は大きくないので、斜め後ろから顔を出した状態だ。

 その彼女たちを見たシュンとアーシャが、再び口を開いた。 


「なぁおっさん。この子たちは何だ?」

「うわぁ……。おっさん、ヤバすぎっしょ!」

「はい?」

「おっさんが可愛い女と暮らしてるのはおかしいぜ」

「じどーふくしほーってやつ? きゃは!」


 まるで犯罪者扱いである。

 確かに日本なら、警察に逮捕される案件だろう。二人の美少女と暮らすおっさんなどは、誘拐を疑われても不思議ではない。

 そういった事件も多かったので、さもありなんである。


「この金髪君は何を言ってるのかなぁ?」

「フォルト様をお慕いして一緒に暮らしているのですわ」

「なにっ!」

「マジで言ってんの? あり得ないっしょ!」


 シュンとアーシャは、目を丸くしている。

 金にモノを言わせる大企業の社長なら分かる。しかしながら、見た目も中身も普通のおっさんだ。金など持っているはずもない。


「お二人とも、私が話をしています」

「すっすまねぇ」

「ごめんねぇ」


 眉をひそめたソフィアが、二人をいさめる。

 フォルトは知らないが、小屋に訪れる前に「挑発するな」とくぎを刺していた。ザインも鋭い目を向けたので、シュンとアーシャは後ろに下がる。

 それも束の間、彼女はレイナスに視線を向けた。


「ところで……。その制服は魔法学園のものでは?」

「そうですわ」

「まさかと思いますが、ローイン伯爵家の御令嬢レイナス様では?」

「うっ!」

「そうなのですね?」

「う、う……」


 ソフィアが鋭い。

 シュンやアーシャとは違った視点で見ているようだ。フォルトではなく、レイナスを問い質してきた。


「何やら想像もしていないことが起こっているようですね」

「フォルト様……」

「これでは帰れません。お話を聞かせてもらえますね?」

「あ……。はい」


 バツが悪いフォルトは、ソフィアからの圧力に負けしまった。

 魔人に変わって人間を見限っていようとも、性格的に断れないのだ。


「では中で話しましょうか」

「はい。私だけで大丈夫です」

「ソフィア様!」

「先ほど決めたとおり、私が話します」

「でっですが!」


 玄関扉の前で口論を始められても困る。

 このまま扉を閉めても良いかなと考えてしまいそうだ。しかしながら話が進まないので、フォルトが助け船を出す。


「いいですよ。ザインさんも中にどうぞ」

「よろしいのですか?」

「嫌ですけどね。さっさと終わらせたいので……」

「ありがとうございます」


 フォルトは苦笑いを浮かべる。

 早く終わらせたくても、そうならないと思われた。しかも彼女たちがわざわざ訪れた理由も、容易に想像できる。

 まったく面倒な話だが、とりあえず二人を自宅に招くのだった。



◇◇◇◇◇



 いつもなら二人の美少女と一緒に、ダイニングで楽しく食事をしている。しかしながら今は、テーブルの上に何も乗っていない。

 そして対面の席には、ソフィアとザインが座っている。

 カーミラとレイナスは、フォルトの斜め後ろに立つ。


「お話というのは何でしょうか?」

「まずは突然の来訪を受け入れていただき、ありがとうございます」

「はい……」


(やりづらいな。最初に出会ったときもそうだったが、ソフィアさんって礼儀正しいんだよな。今までの奴らは酷かった。レイナスは……。今はいいな)


 フォルトが出会った人間でまともと言えるのはレイナスぐらいか。

 最初の調教が終わるまでは、誘拐犯や盗賊として対応された。とはいえ以降は、伯爵令嬢らしく礼儀正しい。

 シュンやアーシャは言わずもがな。

 ジェシカの対応は腹立たしく、エジムなど高圧的だった。冒険者のアイナは、簡単な約束すら破るような人間である。

 それらと比べると、ソフィアは好感が持てる。


「質問したい内容が増えましたので、何から話せば良いのやら……」

「やれやれですね」

「まずは森に住まわれた経緯からお願いします」

「えっと。ロッジを出たあとにカーミラと出会いまして……」


 ソフィアの質問に答えると、物凄く長くなる。

 本当のことは言えないので、うそを交えて物語を作り出す。違和感があっても、真実は知る由も無いのだ。

 都市で生活しなかったのは、ジェシカのせいだと伝えた。当然のように魔人や悪魔のことは隠している。

 穏便に済ますなら言えるわけがない。


「話を聞くかぎりでは、ジェシカさんの対応が拙かったようですね」

「右も左も分からないのに、あの対応でしたからね」

「アーシャさんとノックスさんが従者になった件ですが……」

「はい」

「四人で決めたと聞きました」

「え?」


 シュンが勇者候補だと言われたときの話である。

 最初も最初だが、ソフィアとザインだけにボソボソと何かを伝えていた。

 どうやらフォルトが、四人で協力しようという提案を断った。なので仕方なく城から退去させて、アーシャとノックスを従者として残したという内容だ。

 そんな提案はされていないが……。


(くそ! シュンめ。どう考えても足手まといだから要らないってことだろ? だがもう過ぎた話だ。そのおかげで、今の生活があると思えばいいか)


 召喚されたときの話は、過去の出来事だ。

 カーミラと出会わなければゾッとするが、もうどうでも良いと感じた。フォルトは過去ではなく、現在を大切にしている。

 今さら異議を唱えても意味が無いので、溜息ためいきを吐いて話の続きを促した。


「はぁ……。それで?」

「ジェシカさんの件ですが……」

「………………」

「フォルト様のところに訪れておりませんか?」

「来ていませんね」

「本当に?」

「はい」


 さすがに来ているとは言えない。

 それを言うと、確実に突っ込まれるからだ。とにかく何も不振に思われず、さっさと帰ってもらいたい。

 そんなことを考えていると、ソフィアが一呼吸置いて口を開く。


「ジェシカさんは亡くなりました」

「へぇ」

「それだけですか?」

「それ以上、何を?」

「仮にも知り合いが亡くなったのですよ?」

「先ほども話したように冷たくされましたからね」

「そっそうでしたね」

「はい」


 ジェシカがどうなろうが知ったことではない。「オークの子供は増えたかな」と思う程度で、それはアイナに対しても同様である。

 もちろんその言葉を、口に出すことは無い。だが憐憫れんびんも感じていないフォルトに対して、ソフィアから真意を探るような視線を受けた。

 何かを見抜かれそうな気がしたので、会話を進める。


「ここに向かっていたのなら、途中で魔物に殺されたのでは?」

「そう、なのかもしれませんね」

「エジム隊もいたのだ。辿たどり着いたはずだぞ!」

「ザイン殿! 私が話します」

「もっ申しわけありません!」


(あのときは騎士が剣を抜いて、俺を強制連行しようとしたな。憤怒が暴発して殺してしまったが、同じことになるのか? いや……。奴らとは違うな)


 ソフィアとザインのやり取りは、ジェシカとエジムに似ている。しかしながら、彼らとの違いは明らかだ。

 この先を考えると、フォルトは別の展開になると思った。


「それで?」

「ジェシカさんの件は分かりました」

「それは良かったです」

「次は……。やはりレイナス様です」


 ジェシカについて納得したとは思えないが、ソフィアは話を切り上げた。

 そして、一番気にしていた件に話題が移った。


「駆け落ちです」

「え?」

「まあ! フォルト様……」

「駆け落ちです」


 フォルトは、カーミラから聞いた出まかせを伝えた。

 城塞都市ソフィアで、彼女がノックスを丸め込んだ話だった。と言っても、おっさんの相手がレイナスでは釣り合いが取れないか。

 それでも彼女は喜んでいるので、辻褄つじつまは合うかもしれない。

 もし合わなくても、今はこれで乗り切るしかないのだ。


「レ、レイナス様。本当ですか?」

「本当ですわ!」

「駆け落ちです」

「わっ分かりました」


 駆け落ちとしか言わないフォルトに、ソフィアは疑念を持ったかもしれない。しかしながら、レイナス本人が認めている。

 今は納得するしかないはずだ。

 喧嘩けんかや戦闘をしたいわけでもないだろう。


「最後に……。フォルト様は強いと聞きました」

「どなたにですか?」

「一緒に来た冒険者たちです」

「ほう」

「レベルは三だったはずですが、オーガを軽く倒したとか?」

「たまたまです」


 アイナと一緒に魔物から逃げてきた冒険者だと思われる。

 男性の戦士が二人だったはずだ。

 これも彼女と同様に、フォルトとの約束を破っている。実に腹立たしいが、今はソフィアと会話中だ。

 ここで対応を誤ると、面倒な方向に転がりそうだ。


「カードを見せてもらえますか?」

「捨てました」

「はい?」

「森に引き籠った理由はお分かりになったはずです」

「ええ」

「だから捨てました」

「それとこれとは……」

「森での生活でカードは不要なのですよ」

「なるほど」


 実に苦しい言い訳だが、都市で暮らさなければ不要なのも事実である。

 それにカードを見られると拙いので、捨てたことで押し通すつもりだった。


「もう十分でしょう。お帰り願えますか?」

「いえ。まだ尋ねたいことがあります」

「それは?」

「話を続ける前に、私たちは疲れております」

「はい?」

「庭で構いません。泊めていただけませんか?」


(くそ! そう来たか。ソフィアさんって意外と策士だな。面倒だから殺してもいいけど、自分たちが死んだ後のことも考えていそうだな)


 あのときの冒険者たちと違うのは、森の入口まで戻れる戦力があることだ。

 フォルトの回答に納得していないので、遠まわしに居座ると告げている。まったくもって困ったものだ。

 そしてソフィアは聖女であり、ザインも身分が高そうだ。エウィ王国に無断で来ていないだろう。となると彼女たちを殺せば、確実に面倒な話になる。

 おそらく、それも考慮されていると思われた。


「仕方ないですね」

「ありがとうございます」

「なら続きは明日ということで?」

「はい。お願いします」

「御主人様、大丈夫ですかぁ?」

「フォルト様?」

「まぁいいじゃないか」


 カーミラとレイナスの気持ちは分かる。

 それでもフォルトは、庭に泊まることを許可する。

 本当に最悪になれば、彼ら殺して魔の森から出ていけば良い。しかしながら、それは最終手段にしたい。

 森での自堕落生活を捨てたくないのだ。

 そんなことを考えながら、ソフィアとザインを自宅から送り出すのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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