第三章 魔族の姉妹 ※改稿済み

第29話 聖女来訪1

 カーミラとレイナスが、庭の中央で向かい合っている。

 距離は十メートルほど開けていた。一騎打ちの形式なので、距離を開けておかないと公平性が保てない。


「レイナスちゃん! 準備はいいですかぁ?」

「はい。傷つけたらごめんなさい」

「ぶぅ。レイナスちゃん如きに傷つけられないよーだ!」


 カーミラはどこから取り出したのか、片手に大鎌を持っていた。まさに悪魔が持つような武器である。

 一瞬、死神という言葉が頭を過った。

 フォルトは椅子に座り、テーブルの下に足を伸ばして、その光景を眺めている。完全にダラけきった格好だった。

 腰を前にずらして、全身から力を抜いている。


「いつでもいいよぉ!」

「では……。行きますわ!」



【ヘイスト/加速】



 初手としてレイナスは、身体強化魔法を使ってすばやさを上げる。カーミラは見た目どおりに動きが速い。

 普通に戦ったのでは追いつけないだろう。


「えへへ。どんどんいこう!」

「お言葉に甘えますわよ?」



【ストレングス/筋力増加】



 次も同じく身体強化魔法を使ったレイナスは、筋力を上げた。

 フォルトの操作では、鉄板の行動である。強敵に対しては基本戦術として、最初にバフと呼ばれる自己強化を行う。

 彼女の体に染みついている行動だった。


「やあああっ!」

「おいでぇ」


 まだカーミラは何もしておらず、レイナスの行動を眺めていただけだ。

 その行動に対しては何も思わない。模擬戦と言えども、両者は武器を持って対峙たいじしたのだ。何もしないなら、何もしないほうが悪い。

 そして、一気に駆け出す。

 彼女は瞬時に距離を詰めて、覚えたてのスキルを使う。


「『魔法剣まほうけん』! たあっ!」


 それでも、カーミラは動かない。避ける気も受け止める気もないようだ。

 レイナスにとって、それはどうでも良い。強いのは分かっているため、先手必勝で戦うのみであった。


「なっ!」

「残念でしたぁ!」


 レイナスの初撃がカーミラに当たったとはいえ、なんと弾かれてしまった。

 これには驚いてしまったが、立て続けに攻撃を仕かける。


「こっこれなら!」

「はい、残念!」

「ええいっ!」

「ほい、残念!」

「たああああっ!」


 なぜかカーミラには、レイナスの攻撃が効かない。

 剣が当たった瞬間に弾かれているのだ。何度繰り返しても同じだった。


「残念無念、また明日ぁ! えいっ!」


 攻撃を弾ききったカーミラが、レイナスに対して蹴りを放つ。

 その威力は強烈で、彼女を数メートルほど吹っ飛ばしてしまった。とても細く奇麗な足で蹴られたとは思えないほどだ。

 それに対してフォルトは、目を見開いて腰を前に動かす。続けて、テーブルの下からのぞき込んだ。

 こういった行動だけはすばやい。


「きゃあ!」

「よっと!」


 吹き飛んだレイナスは、地面に転がって受け身を取った。

 そこにカーミラが一気に詰め寄って、首筋に大鎌を軽く当てる。完全にあしらわれてしまったようで、勝負は決まってしまう。


「えへへ。カーミラちゃんの勝ちでーす!」

「えっ!」

「自分が弱いって分かったかなぁ?」

「………………」

「何で負けたか理解していないようですねぇ」

「は、い……」

「教えてあげるから立ってくださーい!」


 カーミラは手を差し出して、レイナスを立ち上がらせる。

 そして、フォルトのところに戻ってきた。とりあえず怪我はしていないようなので、手を振りながら出迎える。

 二人は武器を置いて、両隣に座った。


「戦い方はいいんだけどねぇ」

「なぜ攻撃が効きませんの?」

「簡単に言うとレベル差ですよお」

「レベル差、ですか?」

「カーミラちゃんはレベル百五十でーす!」

「な、んて?」

「レベル百五十でーす!」

「ええっ!」


 レイナスは、カーミラのレベルを聞いたことがなかった。

 それを教えてもらったのだが、レベル差は百二十五もある。確かに相手は悪魔なので強いのは分かっていたが、まるでお話にならない。

 フォルトは知っていたので、苦言を呈する。


「戦わずに教えてやっても良かったのでは?」

「えへへ。身をもって知ったほうがいいんですよぉ」

「そうか」


 身をもって知ることは重要である。

 身の程が分かれば、その差を埋めるために努力する。もちろん相手によりが、悪魔に挑んだレイナスならばそうするだろう。

 逆に嫉妬されたり、諦めの境地に入られると困る。

 このあたりのさじ加減を、カーミラはよく知っていた。

 だからこそ戦ったのだ。


「後は装備と能力ですねぇ」

「なるほどな」

「そんなナマクラ剣じゃ、カーミラちゃんの装備に傷は付きませーん!」

「はぁ……」

「能力はスキルでーす! 『物理攻撃軽減ぶつりこうげきけいげん』とかありますよぉ」

「パッシブスキルか」

「パッシブ……? よく分かりませんけど、それでーす!」


 フォルトの言葉はゲーム用語である。当然のようにカーミラは理解していないが、伝えたいことは分かったようだ。

 それを聞いているレイナスは、呆気あっけにとられたままであった。


「これが力の差でーす! 人間のレイナスちゃんだと弱いんですよぉ」

「うーん。どうしようもないのでは?」

「そうですねぇ。なのでレイナスちゃんは不合格でーす!」

「くっ!」


(こればかりはなあ。人間と悪魔は差があり過ぎる。俺はレベル五百だけど、レイナスに伝えると拙いか。再起不能になりそうだな)


 カーミラのレベルでも十分に再起不能になりそうだが、さすがにフォルトのレベルは伝えられない。

 レイナスは絶望を感じてしまうだろう。


「そんなレイナスちゃんに朗報でーす!」

「朗報、ですか?」

「精神的には人間を捨てたのでぇ」

「そうですわね」

「完全に人間を辞めましょう!」

「え? ええっ!」


 カーミラが笑いながら、突拍子もないことを言い出した。

 現在のレイナスは、人間が持っている倫理観や常識を捨てた。いや、壊された。精神的に人間を捨てたと言えるだろう。

 まさに、悪魔の所業だった。

 そうは言っても、肉体までとなると可能かどうか分からない。しかしながらフォルトは、人間から魔人へと変わった。

 もしかしたら可能なのかもしれない。


「どういうことだ?」

「えへへ。悪魔になりましょう!」

「な、なんだってえ!」

「御主人様?」

「あ。いや、なんでもない」

「悪魔になれば寿命はありませーん!」

「レイナスは人間の状態で強くしたいのだが?」

「問題ありませーん!」

「なに?」

「簡単には悪魔になれませんよぉ」


 カーミラの説明では、堕落の種というアイテムを使う。

 そして強さを手に入れてから、種を芽吹かせて悪魔になるのだ。


(こっこれは……。まさかクラスチェンジというやつか! 何と面白いことを考えるのだろうか。カーミラは天才だな!)


 カーミラの提案が、フォルトの琴線に触れた。

 まさにゲーム脳を刺激する提案だ。人間の状態で強くしてから悪魔になれば、途中で飽きることはなくなるだろう。


「過去にも悪魔になった人間はいますよぉ」

「いやはや。カーミラは最高だな。その案、乗った!」

「御主人様はこう言ってますけどぉ?」

「いっいいわ! フォルト様が望むなら悪魔にでもなるわ!」


 フォルトを愛し、完全に依存しているレイナスは承諾する。

 最初の調教からドッペルゲンガーを使った試験で、完全に堕ちていた。


「えへへ。じゃあ条件付きで合格でーす!」

「レベルをいくつまで上げればいいのだ?」

「レベル四十程度かなぁ」

「先は長いな」

「そうですねぇ。人間だと英雄級でーす!」

「ほう。英雄級……」

「レイナスちゃんは『素質そしつ』があるから大丈夫でーす!」


 天使が堕天使になる世界なので、人間が悪魔になる方法もある。とはいえ、レイナスのレベルは二十五だ。

 レベル四十までは、相当な時間が必要か。


「何年ぐらいかかるのか……」

「御主人様は若い女性が好きですからねぇ」

「ちょっと! カーミラは何を言ってるのかな!」


 カーミラの指摘に、フォルトは顔から火を噴いた。文字通りではないが、顔は真っ赤に染まってしまう。

 確かに若い女性は大好きである。しかしながら、死んだアイナに言ったようにロリコンではない。そう。ロリコンではない。

 これは、二回も言うほど大事なことだ。

 低年齢には興味が無いが、ストライクゾーンは広い。


「えへへ。堕落の種は肉体の老化を止めますよぉ」

「何そのご都合主義……」


 老化が止まるということは、若い肉体と美貌を永遠に保てるということ。

 まさにレイナスこそ享受するべきだが、やはり都合が良すぎる。


「そうは言ってもですねぇ。そういうものでーす!」

「へぇ」

「肉体の衰えた悪魔に用は無いんですよぉ」

「では渡してやれ」

「はあい! じゃあレイナスちゃん、堕落の種を飲んでねぇ」

「わっ分かったわ!」


 カーミラが取り出した堕落の種は、ヒマワリの種のような大きさだ。

 それを受け取ったレイナスは、み砕かずに飲み込んだのだった。



◇◇◇◇◇



 ソフィアたち一行は、魔の森の奥地まで歩を進めた。

 前方には木々が伐採されて、かなり開けた庭になっている。小屋も建っており、誰かが暮らしていることに間違いは無い。

 そして、森から出る前にミーティングを始める。


「ここを抜ければ着くぜ」

「そうですか」


 この先にいるであろうフォルトを強制連行するために、森の奥地に向かったエジム隊が戻っていない。

 それに関連して、隊に同行したジェシカとアイナがオークの巣で発見された。

 森の危険度を考えると、奥地まで辿たどり着けなかった可能性は高い。だが、もしも辿り着いていれば要注意だろう。

 だからこそ、ミーティングを行うのだ。


「おっさんなんて警戒しても意味なくね?」

「だよね! ただのキモい、おっさんだよ?」

「それは浅はかな考えです」

「お前たちが強くなってるように、奴もどうなっているか分からん」


 シュンとアーシャは、気楽に構えている。しかしながら、こちらの世界の住人であるソフィアとザインは警戒する。

 これは、危機感の差であった。

 平和な日本で育った二人と、常に命の危険がある世界の住人。召喚されてから時間が経っていたとしても、本格的な実践はつい最近である。

 この差は暫く埋まることはないだろう。


「まず、強制連行の話はしないでください」

「分かりました」

「お二人には、フォルトさんを挑発しないようにお願いします」

「は?」

「なんで?」

「冒険者の二人は、フォルトさんが強いと言っています」

「はあ?」

「オーガを木の棒で一発だぜ」

「その後は苦戦してたがな。ありゃ演技だと思うぞ」


 冒険者は抜け目ない。

 自身の生存確率を上げるために、どんな些細ささいな情報も見逃さないのだ。フォルトが演技していたのは、当然のように見抜いている。

 演技が下手だったということだ。


「一緒にいた小娘もヤバかったぜ」

「可愛い子ぶっていたが隙が無かったな」

「はい?」

「おっさんは一人じゃないの?」

「言ってなかったか?」

「どんな女性ですか?」

「赤髪の若い娘だな。おっさんにれている感じだったぞ」

「「は?」」


 シュンとアーシャは、冒険者の話が理解できない。フォルトが強いという話も納得できないが、若い娘と一緒に暮らしている。

 しかも惚れていると言う。


「ちょっと! 犯罪よ、犯罪! 超ヤバ、超キモッ!」

「た、確かにヤバいな」

「お静かに……」

「こっち世界だと平気なのか?」

「いえ。騒ぐのは駄目だということです」

「あ……。そうだな。すまねぇ」


 ソフィアの言ったとおり、この場所で騒ぐのは拙い。

 もう森を抜けるところだ。すぐそこには、フォルトの家が建っている。まだ何も決めていないのだ。

 来訪が知られて、先に警戒されても困ってしまう。


「私がフォルト様と話します」

「危険では?」

「かの者は聞く耳を持っていましたよ?」

「無礼を働きましたぞ!」

「聞くべきことを聞き、納得するべき話には納得していました」

「していたようには……」

「ふふっ。文句を言いながらも納得していましたよ」


 聖女のソフィアは、アーシャのように外見で判断しない。

 エウィ王国の都合だけで、勝手に異世界から召喚した負い目があるからだ。


「それでは参りましょうか」

「ソフィアさんは俺の近くに、な」

「ちょっとぉ。シュン!」

「アーシャ。時と場合を考えろよ」

「うぅ。分かったわよ!」


 方針が決まったソフィアたち一行は、警戒しながら森を抜けた。

 小屋と庭は分かっているが、他にも倉庫らしき建物や畑がある。だが彼らが驚いたのは、そこにいる魔物たちだった。


「なっ! 魔物の巣だと!」

「あれはトレント! インプもいるぞ!」

「まっ待ってください!」

「え?」


 攻撃態勢に入ろうとした兵士たちを、ソフィアが急いで止めた。

 それは、とあることに気が付いたからだ。


「あの魔物は私たちを見ても襲ってきません」

「そういえば……」

「おそらくは召喚された魔物でしょう」

「召喚ですと?」

「私も召喚魔法が使えるので分かります」

「な、なるほど」


 確かに仕事をしているだけで襲ってこない。

 ソフィアは聖女と呼ばれていても、召喚魔法が使える魔法使いだった。魔法の特性を知っているのだ。

 それを、ザインに伝えるのだった。


「ですが、こちらから攻撃すると襲ってきます」

「無視すればいいと?」

「はい。まずは目の前の小屋に向かいましょう」

「分かりました。ソフィア様は中央に。アーシャもな!」

「はあい……」

「ありがとうございます」

「俺とシュンは先頭を歩く。他の奴は周囲を警戒しろ!」

「「はっ!」」


 ザインが的確な指示を出して歩き出した。たとえ襲われないと言われていても、魔物は脅威の対象である。

 警戒をしながらも、ゆっくりと進む。


「ふむ。平気だったようだな」

「はい」

「ではソフィア様、呼び出しますぞ」

「お願いします」


 フォルトが住むであろう小屋に到着したので、ザインが大声で呼び出す。

 その声を聞いても、魔物は襲ってこないようだ。とはいえ警戒は怠れず、周囲の兵士は腰の剣に手をかけている。

 そして何度か声を張り上げていると、玄関扉が開くのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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