第27話 (幕間)勇者候補と聖女

 魔の森は木々が無数に生い茂り、昼間であっても暗い。

 森の魔物は夜目を持っているため、夜でも活動が可能だった。しかしながら人間にとっては、月明かりがあっても闇は深い。

 魔法で明かりを灯せるが、それでも遠くは見通せなかった。


「魔物が多いな」

「今日も疲れたぜ」

「マジ勘弁って感じなんですけど!」

「お疲れさまです」


 森の入口近くに張った天幕の中に、勇者候補のシュンと従者のアーシャがいる。彼が目標となるレベルに達したので、魔物討伐に参加することになった。

 他にも、騎士ザインと聖女ソフィアも同行している。


「ソフィア様まで参加することはないのですぞ?」

「成長されたシュン様もいます。大丈夫だと思いますよ」

「へへ。俺に任せておけば平気だぜ!」

「今日もオーガを倒してたもんね」

「馬鹿を言うな。一体を相手に時間を掛け過ぎだ!」

「しょうがねえべ。オーガは大きくて深く斬れねえんだからよ」

「踏み込みが甘いだけだ!」


 オーガの身長は約三メートル前後。

 人間の大人でも、天を見上げることになるだろう。筋肉も隆々で、軽い攻撃ならビクともしない。

 下手に踏み込むと、リーチの差で致命傷を負う可能性が高い。

 それを聞いたアーシャが、シュンをからかう。


「だっさーい」

「うるせえ! あんな魔物は日本にいなかったんだぞ!」

「そうなんだけどさぁ」


 日本でのオーガは人食い鬼と言われていた。

 もちろん、そのような魔物は創作物の中だけだ。

 人間を襲う動物であれば、獰猛どうもうな熊を思い浮かべるだろう。だがそれすらも、可愛く見える相手だった。

 多少なりとも知能が有り、武器を振り回して攻撃してくる。


「アーシャのレベルは?」

「あたしは十三になったよ」

「遅いな」

「シュンが早いだけっしょ」

「だがよ。さすがに上がらなくなってきたぜ」


 シュンとアーシャは、着実にレベルを上げている。とはいえ、レベルが二十五になったあたりから伸びなくなっていた。

 このレベル帯で大抵の者が足踏みをすると、騎士ザインは言う。


「人間の限界に近いからな」

「俺はムキムキじゃねえけど?」

「筋肉の話ではない」

「へぇ。そうなんだ」

「そこから先は、戦闘の経験や知識の蓄積によるところが大きい」

「要は戦ってりゃいいってことか?」

「今はそうだ」

「うーん」


 ザインの言葉に、シュンが渋い顔をする。

 ここまで戦いが連続してるため、疲労が蓄積されていた。時折、「何で自分が」と思うときがある。

 本来なら売れっ子ホストとして、人生を楽しく謳歌おうかしているはずだった。


「ところでよ。俺らが戦う必要はあんのか?」

「それは何度も話しただろ?」

「納得したわけじゃねえぜ」

「だが処分されたくはあるまい?」


 異世界人は戦うことを強要されている。

 そのように、エウィ王国が決めているからだ。しかしながら、「はいそうですか」と納得できるものではないだろう。


「そこよ! なぜ処分されるんだって話だ」

「人権しんがーいってやつ?」

「お前たちのいた国は知らんが、エウィ王国は王制国家だぞ」

「王様の決めたことが一番なんだろ?」

「国王だけではないが、上級貴族の意向も無視できん!」

「勝手すぎ!」


 異世界人は厳しく管理されている。

 その理由としては、「勇者はエウィ王国から輩出されるべき」という思想の上に成り立っているからだ。

 しかも勇者召喚の儀は、王国でしか執り行えない。

 その異世界人が他国に流れては、優位性が失われてしまう。だからこそ、管理下に置けない場合は処分するのだ。

 そして処分とは、処刑と同義である。

 そのように国王や貴族が考えているので、万に一つも覆えらない。


「王国の制度に戸惑うのも分かるが、もう帰れないのだ。諦めろ」

「だからよ。こうやって馴染なじもうとしてるんだけどな」

「人権のある日本が懐かしいわ」


 日本であれば、専制国家に拉致されたようなものだ。

 未だに慣れないが、シュンとアーシャは諦めている。

 もちろん、魔法学園に入学したノックスや他に召喚された異世界人の全員が諦めていた。と言っても、「諦める」と「慣れる」は違う。

 民主国家で育った人間が、専制国家に馴染むには何年もの時間が必要だ。


「ところで皆さん。そろそろ森の奥地に参りませんか?」

「ソフィア様……。まだ危険ですぞ」

「おっさんに会うなんてさ。ちょー馬鹿馬鹿しいんですけど!」

「本当におっさんか? レベル三だったんだぞ」

「それを確認するために向かうのですよ?」

「意味があるとは思えねぇな」

「ジェシカさんの無念を晴らす必要があります」

「確認するだけっしょ?」

「無念とか……。言い過ぎじゃね?」


 シュンとアーシャには理解できない話だろう。だがこちらの世界では、ソフィアの考えが正しい。

 魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界において、人間は無力なのだ。だからこそ、生きた証というものが大切にされる。

 それが些細ささいなことであっても、だ。


「明日で良いので、森の奥地に向かってみましょう」

「そこまで仰るなら……」

「いいぜ。俺がソフィアさんを守ってやるよ!」

「ちょっとシュン! あたしも守ってよ!」

「あ、あぁ。もちろんだぜ!」


(ソフィアと外出できるから意気込んできたが、なかなか二人きりになれねぇ。まぁ焦っても女は落ちねぇか。アーシャで我慢すっか)


 シュンは目を細くして、ソフィアの体を眺める。

 今までに付き合ったことがないタイプの女性で、見た目や体つきも好みだった。アーシャは上玉と言えるギャルだが、彼女と比べるとかすんでしまう。


「んじゃ明日のために寝るぜ」

「はい。お疲れさまでした」

「シュン! 待ってよ!」

「あっ! アーシャさん?」

「分かってるって。寝るときには戻るよ!」

「そっそうですか……」


 天幕から離れたシュンとアーシャは、誰からも見られない場所に向かった。

 この二人は、夜の情事をしているのだ。しかしながら魔の森の魔物討伐には、王国軍からも兵士を出している。

 いくら二人が軍属ではないとしても謹んでもらいたい。


「お二人は……。何と申しましょうか」

「困ったものです」

「他の異世界人でも、たまに見受けられますね」

「そうですな。あれではオークと変わりませんぞ!」

「はぁ……」


 エウィ王国では、性に関する法律は厳しい。

 王族や貴族のような支配階級の人間には当てはまらないが、平民に対しては厳しく取り締まっていた。

 望まぬ子供を受け入れる孤児院の運営には、王国の税金が使われている。また性に関して遊べるのは、王族や貴族の特権なのだ。

 シュンとアーシャは異世界人なので、今は大目に見てもらえている。


「森の奥地に向かうなら準備が必要ですな」

「そうですね」

「同僚たちに陽動を依頼しておきましょう」

「ありがとうございます」

「お気になされず。どうせ魔物は討伐するのですからな!」

「ふふっ」


 ザインは一礼した後、ソフィアを残して他の場所に向かった。同僚とは、十年前の勇魔戦争に参加していた戦友の騎士たちだ。

 そのうちの何名かは、魔の森の討伐に参加していた。


「さて。この先は予想できませんが……」


 ソフィアは自分の天幕に入る。

 明日からは一歩一歩前進して、魔の森の奥地を目指すことになる。何があっても良いように、入念な準備を始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンたちの部隊は、魔の森の奥地に前進中だった。アーシャ、ソフィア、ザインに加えて二十人の兵士たちが同行する。

 その中には信仰系魔法を使える神官もいるので、数日の探索は可能だった。

 治療が行える者がいない探索など、愚の骨頂である。


「この場所に間違いないですか?」

「あぁ。ほら野営の後があるだろ?」

「ありますね」

「俺らが野営した場所だぜ」

「では道は合っていますか?」

「うろ覚えなんだよ。期待はするな」


 ソフィアと会話しているのは、二人の男性である。

 死亡したアイナと一緒に、森の奥地から戻った冒険者だ。とはいえこの二人は、道を覚えていない。

 それでも多少の記憶はあるらしいので、案内として同行してもらった。


「ならば安全であろう?」

「どうだかな。森から戻って何日も経ってるから分からんぞ」

「もうすぐ夜になる。この場所で野営するぞ!」


 冒険者がザインに答えたように、当時は安全だったとしても、現在は危険かもしれない。だが夜になると、暗闇に包まれてしまう。

 下手に進むことはできず、他に安全な場所も見当たらない。

 野営をするなら、この場所以外には無いだろう。


「ソフィアさんは疲れてないか?」

「シュン様、お気遣いありがとうございます」

「女性を守るのが俺の性分だぜ」

「ふふっ。実を言うと少しだけ……」

「じゃあソフィアさんを手伝ってやるぜ!」

「それは助かります。ですがアーシャさんはよろしいのかしら?」

「あいつは一般兵と同じぐらいのレベルだしな」


 ホストスマイルを浮かべたシュンは、ソフィアに近づく。

 彼女の言葉を受けてアーシャをチラリと見ると、他の兵士に混ざって、楽しそうに野営の準備をしていた。

 きっと、キャンプをやっている気分なのだろう。


「ではお願いしようかしら」

「天幕を張るわけじゃねえけどな」

「木々が生い茂っていると無理ですね」

「横になれるスペースは作ってやるさ」

「ありがとうございます」


(やっと二人で話せる機会ができたぜ。今のうちに少しでも親密にならねぇと。やっぱり近くで見るといい女だぜ!)


 シュンの恋人はアーシャだが、本命はソフィアである。

 なかなか忙しい人物なので、一緒に行動する今がチャンスだった。


「ソフィアさんは付き合ってる奴がいるのか?」

「え?」

「凄ぇ奇麗だからさ。男が放っておかねぇだろ」


 これはお世辞ではなく、シュンの偽りない言葉だった。

 本来なら、すぐにでも口説き落として抱きたいのだ。とはいえ手順は重要なので、まずは軽く褒めることから始めた。


「わっ私は聖女ですから……」

「聖女は男と付き合えねえのか?」

「私には資格はありません」

「なぜだ?」

「異世界人を無理やり召喚して、魔物退治に従事させてるのですよ?」

「それは別の話だと思うぜ」

「他人の幸せを奪う者が幸せになってはなりません」

「そうか? 立派なんだな。憧れるよ」

「………………」


 シュンにとって、女性の本心を聞くことは簡単だ。

 相手を肯定したり聞き上手に徹したりして、警戒感を解いていく。身振り手振りを交えながら、得意のホストトークで、ソフィアと親密になろうとする。

 それも束の間、近くから魔物の声が聞こえた。


「グオオオッ!」

「こっこの声は!」

「オーガだ! オーガが出たぞ!」


 突然聞こえたオーガの咆哮ほうこうで、周囲に緊張が走った。

 剣と盾を手に取ったシュンは、急いで立ち上がる。今はソフィアを口説いている場合ではない。


「グオ! グオオオッ!」

「なっ何っ!」


 オーガの咆哮は、シュンの前方から聞こえていた。しかしながらもう一つの声は、アーシャと兵士がいる方向だ。

 そちらに目を向けると、もう一体のオーガが現れた。

 どうやら挟まれたようだ。


「二体もいるぞ!」

「シュン! そっちは任せるぞ!」

「任された! アーシャはザインさんをサポートしてやれ!」

「う、うん!」

「ソフィアさんは俺の後ろへ隠れてくれ」

「はい!」


(カッコイイところを見せるチャンスだな。苦戦してるフリでもしてり橋効果でも狙うか? いや、そんな余裕を見せられる相手じゃねえや)


 シュンは余計なことを考えるが、今は真面目にやらないと拙い。

 まずはソフィアの前に立って、オーガと対峙たいじした。他の兵士たちでは、太刀打ちできない魔物である。

 戦っている間は、彼女を護衛してもらう。


「手を出すなよ? 俺が倒すからソフィアさんをガードしてくれ!」

「「はい!」」

「魔法を使います」



【ストレングス/筋力増加】



 サポートに入ったソフィアが、シュンに対して魔法を使う。対象の筋力を、一時的に増加させる身体強化系魔法だ。

 これで、圧倒的なオーガの筋力にも負けないだろう。


「ありがてぇ!」

「私にはこれぐらいしか……」

「グオオオオッ!」

「ぬんっ!」


 オーガは頭上から棍棒こんぼうを振り下ろしてくるが、シュンが盾で受け止める。

 筋力を増加する魔法のおかげで可能な行為だった。魔法がなければ、腕が折れるほどの威力である。

 そして、棍棒を押し返してから一歩前に出る。

 この場面で、ザインに「踏み込みが甘い」と言われたことを思い出した。なので、もう一歩踏み込んだ。


「死ねや!」

「グオ! グオオオオオッ!」

「ちっ」


 二歩踏み込んだおかげで、オーガの脇腹を深く斬りつけることができた。しかしながら怒らせてしまって、棍棒をブンブンと振り回される。

 この攻撃は、さすがに盾を持っていても受けられない。

 そしてシュンが射程圏外に出たところで、再びソフィアが魔法を使う。



【ファイア・ボルト/火弾】



 炎のつぶてを撃ち出す初級の火属性魔法である。

 狙いは外れずに、オーガの顔面に直撃した。それほどの威力はないが、棍棒を落として両手で顔を覆っている。


「今です!」

「ナイスだぜ!」


 オーガの厚い胸板に、シュンが剣を突き入れる。

 魔法で上がった筋力のおかげで、一気に貫いて心臓をえぐった。


「グオオオオッ!」

「おっと」

「シュン様!」


 オーガから剣を引き抜くと、シュンに向かって巨体が倒れてきた。動かないと押し潰されるので、すぐさま後ろへ飛びのく。

 それを見たソフィアは、ホッと胸をなで下ろしていた。


「こっちは終わったぞ!」

「こっちもだ!」

「あたしがオーガを倒したよ!」

「ザインさんがだろ?」


 アーシャの称号は「舞姫」である。

 それに合わせた訓練をしており、すばやい動きでザインをサポートしていた。基本的には近づかず、チクチクと腕や足を刺していたようだ。

 それが牽制けんせいとなって、オーガの注意を引いていた。


「同じようなものだと思うしぃ」

「「そうですね!」」

「きゃはっ! そう思うよね?」

「「さすがです!」」


 オーガを倒せるほどの腕力を、アーシャは持っていない。だが得意満面の笑みで、自分が倒したと言いふらしている。

 それを、周囲の兵士が合わせていた。


「ソフィアさんの魔法のおかげで勝てたぜ」

「そんなことはありません。シュン様が強いのですよ」

「そうかあ? だがソフィアさんの言葉だ。そう思っとくぜ」

「ふふっ。頼もしいですわね」


(良い雰囲気じゃね? 他に人がいなきゃホテルに直行だぜ。この調子なら、もう少しで口説き落とせるな。はははっ! 楽しみだぜ!)


 ソフィアにその気はまったくないが、シュンはご満悦であった。

 戦闘後の始末は兵士に任せて、彼女との距離を縮めることに専念する。この距離がさらに縮むかは、まだ誰にも分からないのであった。



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