第26話 小悪魔と魔剣士3

 実の娘のレイナスから剣を向けられたローイン伯爵とレイラ夫人は、悪夢でも見たような表情をしている。

 伯爵が連れてきた兵士は、両親を守るように周囲を取り囲んでいた。

 そして、愛するフォルトは後ろに立っている。

 もちろん、死刑にさせるつもりはない。


「レイナス! 血迷ったか!」

「お父様、もう問答は無用ですわ」

「両親に剣を向けるだなんて……。とにかく落ち着いて、ね?」

「お母様……」

「お前は混乱しておるのだ。剣を捨てて、こちらに来なさい!」

「行けませんわ」


 レイナスは両親を拒絶する。

 両親のところに戻るつもりはなく、フォルトから離れるつもりもない。すでに家の名は捨てたとすら思っている。

 もちろん、話し合いで解決するとも思っていない。


「あ、あなた?」

「いったいどうしたというのだ? その男は何なのだ!」


 レイナスがまったく聞く耳を持たないので、両親は顔を見合わせる。

 そして二人の目は、フォルトに向けられた。娘が変わってしまった原因だと思っており、その目は憎悪の炎を宿している。


「貴様! レイナスに何をした!」

「調教、服従、人殺し。夜のお供と訓練だな。食事も、か?」

「なっ何を言っている?」

「レイナスにやったことを答えたまでだ」

「き、貴様っ!」


 フォルトは上から目線で、レイナスの両親に事実を伝えた。

 そのあまりにも酷い内容に、ローインが顔をゆがめる。続けて腰に差してある剣に手を添え、一歩前に出た。

 自身もそれに併せて、剣先を父親に向ける。


「お父様! それ以上は近寄らないでください!」

「レ、レイナス……」

「すみません」


 レイナスは暫くの間、父親とにらみ合いを続けた。するとローインが諦めたように、溜息ためいきを吐いてレイナスに提案する。

 普段から見せる笑顔を向けて……。


「はぁ……。分かった。話し合おうじゃないか」

「お父様?」

「お前が心配だったのだ」

「そっそうよ。レイナスちゃん」

「でも……」

「もう何もせん。無事であれば良いのだ」

「ああっ……。レイナスちゃん」

「お父様、お母様」


 ローインが笑顔を崩さず、レイナスに近寄ってくる。

 敵意が無いように剣から手を放して、両手を横に広げた。同時にレイラも、同じように近づいてくる。


「お前を愛しておるのだ」

「レイナスちゃん……」


 レイナスは両親の行動に戸惑ってしまう。

 先ほどまでの険悪な雰囲気がうそのように、二人の愛情が伝わってくる。

 確かに拉致される前であれば、両親に愛されていた。心配だったのは当然で、娘を取り返そうとするのも分かる。

 今なら誠心誠意伝えれば、両親は理解してくれるかもしれない。

 そう思って剣を下げると、レイラに抱擁された。


「レイラ、そのまま抑えておけ!」


 ローインの声と共にレイラが力を込めて、レイナスを締め上げる。

 腕の上から抱き締められているので、剣を振り上げられない。母親の腕力とも思えないが、今は何も考えられなかった。

 普段であれば、その違和感に気付いたかもしれないが……。


「レイナスちゃん、悪く思わないでね」

「お父様!」

「やれっ!」

「「はっ!」」


 ローインの命令を受けた兵士は、再び包囲を縮めてフォルトを拘束した。

 これには、レイナスも怒り心頭だ。


「だっだましたわね!」

「お前のためだ!」

「そうよ! とにかく落ち着いて話しましょうね」

「落ち着いていられないわ! 放しなさい!」

「暴れるな! 奴の身柄は抑えた!」

「フォルト様!」

「レイナスが何かすれば、この場で死刑だ!」

「ふざけるのもいい加減にしなさい! フォルト様!」

「………………」


 フォルトは何も言わず、兵士たちに拘束されている。

 魔人が本気を出せば、人間に拘束されず皆殺しにできるはずだ。その真意は分からないが、今のレイナスは動けない。


「フォルト様! お逃げください!」

「無理だな」

「私もろとも全員を殺してください!」

「レイナスの両親なのだろ? 殺すわけにはいかんな」

「え?」


 あり得ない言葉を聞いて、レイナスは呆気あっけにとられる。

 自分を玩具にしている者からは、想像もしていない言葉だった。


「ふん! 殊勝な心掛けだな」

「もういいわね? レイナスちゃん、大人しくしてね」

「お父様! お母様!」


 フォルトは完全に拘束されている。

 それを確認した両親は、レイナスからゆっくりと離れた。ローインの表情に笑顔は無く、レイラには申しわけなさが出ていた。


「話し合うと……」

「馬鹿者。簡単な演技に騙されおって……。それでも貴族の娘か!」

「ごめんなさいね。これもレイナスちゃんのためよ」

「帰ったら一から教育し直してやる!」

「さぁ貴方たち、レイナスちゃんを頼むわね」

「「はっ!」」


 レイナスは剣を取り上げられて、二人の兵士に両腕をつかまれた。

 このまま魔の森を抜けて、都市に帰るつもりのようだ。足に力を込めて拒否しようとするが、無理やり歩かされてしまう。

 そして後ろに顔を向けると、フォルトは拘束された状態で残っている。


「フォルト様! フォルト様は?」

「どうせ連れていっても死刑だ。ここで裁いても問題は無い!」

「なっ!」

「男のことは忘れろ。お前たち! 後は頼むぞ」

「「はっ!」」


 両親が連れてきた兵士のうち、十人が残っていた。

 残りはローインとレイラの護衛である。

 レイナスは両腕を兵士に掴まれて、何もできない状態だ。愛するフォルトからは遠ざかる一方だった。


「フォルト様!」


 フォルトは地面にひざまずかされて、頭を垂らしている。続けて兵士の一人が、剣を抜いているのをレイナスが確認した。

 このままでは、愛する男を失ってしまう。

 すぐにでも、助けに行かなければならない。


「大人しくしてください!」

「放しなさい!」

「できません!」

「放せええええええっ!」


 レイナスは全力で暴れようとするが、兵士の力が強い。

 レベルが二十五になっても、さすがに二人の男性兵士に抑えられれば無理か。もう一刻の猶予も無いので、咄嗟とっさに魔法を使った。



【フリーズ/凍結】



 レイナスは初級の氷属性魔法で、腕を掴んでいる兵士たちの足を凍らせた。

 とにかく動きを止めたいがために使った魔法である。とはいえそれが功を奏したのか、掴まれた手の力を緩んだ。


「ええいっ!」

「なっ! 何をっ!」

「たあっ!」

「「ぎゃあ!」」


 兵士の手を振り払ったレイナスは、剣を奪い取った。

 それから間髪入れずに、その兵士の首を斬る。すると、大量に血を噴き出しながら後方に倒れた。続けてもう一人を斬ると、フォルトに向かって走り出した。

 その進行方向には、ローインとレイラがいる。

 両親は両手を広げて遮ろうとしていた。


「どきなさい!」

「レイナス! 行くな!」

「行っては駄目よ!」

「おおおおおおおおおっ!」


 レイナスは怒りの咆哮ほうこうを上げる。

 それから足を止めずに、ローインとレイラに対して大振りで斬りつけた。しかしながら、両親はあり得ない行動をとった。


「うぎゃあ!」

「きゃあ!」

「え?」


 レイナスは当てようとは思っていなかった。

 道を切り開くつもりで、牽制けんせいのために振った剣である。にもかかわらず、両親は剣に向かってきたのだ。

 突然の出来事に剣を引くことがかなわず、完全に斬ってしまった。


「おっお父様! お母様!」


 ローインとレイラは血しぶきを上げて、前のめりに倒れた。

 そしてレイナスの声には反応ぜずに、ピクリとも動かない。両親を斬った感触は、体が覚えている。

 これは、人を殺したときの感触だった。


「あ……。あ……。あ……」


 この瞬間だけは硬直して、フォルトの存在を忘れてしまった。

 レイナスの目には、自然と涙が浮かぶ。と同時に両親から後ずさり、剣を落として両手で口を押さえた。

 すると、どこから声が聞こえる。


「いけえ!」



【サモン・シャドー/召喚・闇の精霊】



 声の方向に視線を上げたレイナスに、どす黒い何かが迫ってきた。

 両手を広げた人のようで、また足の無い幽霊のようでもある。暗黒とも闇とも表現できる真っ黒な何かだった。

 それが体に入り込んだ瞬間に、視界が真っ暗に染まるのだった。



◇◇◇◇◇



 シャドーは闇を司る精霊だが、精神を司る精霊でもある。

 レイナスの中に入った闇の精霊は、彼女の暗く沈んだ感情を増幅させて、両親への思いを闇に染め上げていった。


「うあああああああっ!」

「えへへ。大成功!」


 レイナスの近くにある木の枝に、突然カーミラが現れる。

 今までの光景を眺めていたフォルトは、苦笑いを浮かべて立ち上がった。試験の内容を聞いていたが、「手の込んだことを」と思ったものだ。

 彼女がガッツポーズをしているので、後は結果次第か。


「うあああああああああああああっ!」

「「なっ何だ!」」


 レイナスは頭を抱えて苦しんでいる。

 フォルトは「最後まで付き合うか」と、面倒臭そうにつぶやいた。もう大丈夫だと思われるが、彼女の目に映っていたら効果も薄れてしまう。

 兵士も驚いているので、それに合わせる。


「ふん。お遊びは終わりだ!」



【ファイア・ストーム/火嵐】



 フォルトが放った中級の火属性魔法が、周囲の兵士を襲う。渦を巻いた炎は、すべての兵士を焼き尽くそうと激しく燃え上がる。

 もちろん炎が消えた後には、ちりすらも残っていない。

 そしてカーミラが、木の枝から飛び下りて近づいてきた。


「カーミラ」

「はあい!」

「あれで良かったのか?」

「後はレイナスちゃん次第でーす!」

「壊れそうだが?」

「私は平気だと思いますよぉ」

「そうか?」

「ああああああああっ!」


 レイナスは斬り殺した両親の前で、頭を抱えながら絶叫を上げている。

 カーミラは平気と言っているが、フォルトから見ると壊れそうだ。状況は違うが、精神の壊れたジェシカという女性を思い出す。

 それも束の間、絶叫が小さくなって笑い声に変わった。


「あはははっ!」

「おっ! どうなった?」

「あははははははっ!」

「壊れちゃったかなぁ?」

「あはは……」


 レイナスを見ていると、次第に笑い声も消えて立ち尽くしている。

 そしてローインとレイラの頭を、足で踏みにじった。次に頭を蹴り上げて、無表情のままフォルトの所に戻ってくる。


「………………」

「レイナス?」

「あ……。フォルト様、御無事で何よりですわ」

「ま、まあな」

「つつがなくゴミを処理しましたわ」

「レイナスの両親だろ?」

「いえ。ゴミですわ」


 カーミラが召喚した闇の精霊が、肉親への情も完全に壊した。

 レイナスを縛るものは何も無くなり、フォルトだけを見つめている。


(カーミラも恐ろしいことを考えるものだ。かなり穴のある試験だったが、レイナスの感情を逆なでして強引にやったな)


 レイナスの両親が、こんな場所に現れるわけがないのだ。

 彼女が冷静だったなら、簡単に見破っていただろう。

 それを怒らせることで、冷静さを失わせた。また両親の行動も、彼女に考えれる暇を与えなかった。

 フォルトもそれに付き合ったことで、カーミラの描いた絵が完成した。

 最後の締めとしては……。


「俺だけはレイナスを許してやれる」

「はいっ!」

「レイナスに安らぎを与えられるのは俺だけだ」

「はいっ!」

「レイナスは俺だけを見ていればいい」

「はいっ!」


 フォルトが甘い言葉を吐くと、レイナスに抱き着かれた。

 これには恥ずかしさのあまり、ほほを赤らめてしまう。

 彼女に送った言葉は、実のところカーミラが書き残したメモの中身だ。屋根の上で覚えておいたので、スラスラと言えた。


「レイナス……」

「フォルト様……。ちゅ」


 最後はレイナスを強く抱きしめて、唇を重ねた。これで完全に堕ちて、フォルトに依存することだろう。

 以降は三人で自宅に戻って、リビングのテーブルに着いた。


「カーミラちゃん、試験は合格かしら?」

「半分ねえ」

「半分?」

「そうでーす」

「あれ?」

「ふふっ」


 レイナスは真面目な顔になって、カーミラに尋ねている。すべては仕組まれた試験なのだが、どこかで気付いていたようだ。

 確かに穴だらけだったので、当然と言えば当然か。


「どこからだ?」

「フォルト様の……」


 カーミラメモを口に出したときに、レイナスは気付いたらしい。

 フォルトは「そこかっ!」と、顔から火が噴き出しそうになる。とはいえ、冷静さを欠いたのは事実のようだ。

 途中で疑問に思うことはあっても、両親は本物だと思っていた。

 それを聞いたカーミラが、彼女に真実を伝える。


「本物でしたかぁ?」

「ええ。偽物とは思えませんわ」

「えへへ。あれらはドッペルゲンガーでーす!」


 ドッペルゲンガーとは、人物に化ける魔界の魔物である。

 本来の姿は、顔がノッペリとして細い目と口がある。体型は細長く、むちのように長い指が六本もある。

 本人とまったく同じに化けるため、見分けるのは難しい。

 そして化けるためには、人物を見る必要があった。


「もしかして、カーミラちゃんが留守にしたのは……」

「さすがに本物は連れて来られませーん!」


 カーミラから「試験に必要」と言われて、フォルトが召喚したのだ。

 彼女が数日の間留守にしたのは、ローインとレイラに化けさせるためだった。もちろん兵士もだが、これは適当な一般兵を使っている。


「あ……。フォルト様の召喚した魔物を殺してしまいましたわ」

「大丈夫でーす!」

「え?」


 レイナスが殺したと思っている両親は、三人が自宅に入ったところで魔界に送還されている。フォルトの周囲にいた兵士は、魔法で焼いた瞬間だ。

 レベルが高い魔物なので、あの程度では死んでいない。


「なら、本物を殺しておかないと駄目ですわね」

「両親は生きてるけど喜ばないねぇ」

「絶対にフォルト様の害になりますわ。だから……。殺すわ」

「それに関しては合格でーす! でもわざわざ殺さなくてもいいですよぉ」

「………………」


 カーミラの意地悪な問いだが、レイナスは迷いなく答えた。フォルトの敵は殺す。ただ、それだけであった。

 ともあれ、試験は半分しか合格していないと言っていた。


「あと半分はですねぇ。カーミラちゃんと模擬戦でーす!」

「え?」

「御主人様、いいですかぁ?」

「構わないけど……。レイナスを殺すなよ?」

「分っかりましたあ!」

「今からですか?」

「そうでーす!」

「今回は俺の操作がないからな。一人で頑張ってみろ!」

「はいっ!」


 カーミラは意気揚々と椅子から立ち上がって、自宅を出て庭の中央に向かう。レイナスも立ち上がり、同じ場所に続いた。

 その後を追ったフォルトは、二人の力量差に興味が移るのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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