第25話 小悪魔と魔剣士2

 フォルトとレイナスの関係は、主人と玩具である。支配する魔人と支配される人間なのだ。壊れれば捨てるし、興味が失われれば捨てる。

 ただ、それだけであった。


「なんて思っていたときもあったな」

「何がですかぁ?」

「レイナスだ」

「飽きましたかぁ?」

「逆だな」


 レイナスには飽きていない。逆に楽しませてもらっている。

 成長もさることながら、夜の情事でも満足していた。


れましたかあ?」

「それとは違うな」

「じゃあ独占欲ですねぇ」

「独占欲?」

「大罪の強欲でーす!」


 レイナスへの感情は、キャラクター愛と呼ばれるものだ。

 ゲームのおいて、特定のキャラクターを使い続ける理由の一つである。彼女は美少女育成型対戦ゲームのキャラクターとして拉致した。

 その関係で、フォルトにはこだわりや愛着があった。


「御主人様は身内に甘いですよねぇ」

「身内かあ……。そうかもしれないな」

「シモベにしたいですかぁ?」

「どうだろうな」

「でもでも。レイナスちゃんは駄目でーす」

「なぜだ?」

「シモベにするのは、御主人様の自由なんですけどねぇ」

「人間だからか?」

「それ以前に弱すぎまーす! 盾にもなりませんよぉ」


 カーミラは笑顔だが、いつになく辛辣だった。

 彼女もレイナスを玩具としか見てないが、フォルトの所有物なので一緒にいることを認めているだけだ。

 これは、冷静に分析した結果である。

 単に主人を喜ばせることだけが、シモベの役割ではない。

 どんな命令でも、確実に遂行できる強さが必須条件なのだ。


「そういう話は、私がいない所でお願いしたいわね」

「えへへ。知ってもらうのは重要でーす!」


 現在は三人で食卓を囲みながら、料理を食べているところだった。

 当然レイナスも同席してるので、今の話は最初から全部聞いている。


「でも強くなったと思うわよ?」

「どこがですかぁ?」

「私の歳でレベル二十五は異例だわ」


 すでにレイナスの実力は、エウィ王国の一般兵を超えている。しかも、魔法学園を卒業していない華の十七歳だ。

 確かに強くなったと言えるだろう。


「えへへ。盗賊のような小悪党と一緒でーす」

「なんですって!」

「人間を殺せるだけの人間ってことですよぉ」

「………………」

「レイナスちゃんは平気で人間を殺せるようになりましたぁ」

「おかげさまでね」

「罪も無い人間を虐殺したからですねぇ」

「そっそうよ!」


 レイナスは人道にもとる行為をした。

 フォルトから強要されたことだが、それを受け入れて堕ちている。すでに奇麗で白い手は、血で汚れているのだ。


「そんなことはですねぇ。養鶏場のインプでもできまーす!」

「カーミラ、言い過ぎだぞ」

「でもでも。御主人様のためでーす!」

「ふーん」


 カーミラは止まらないが間違いではない。

 確かに召喚した魔物であれば、レイナスと同様に、罪の無い人間を殺害できる。盗賊や夜盗のような人間も同様だろう。

 ちなみにインプこそが、本来小悪魔と呼ばれる下級悪魔だ。

 体長は人間の子供より小さく、全身の色が赤黒い。とがった耳や醜悪な顔が邪悪さを誘う。かぎのある長い尻尾や翼が特徴的である。

 小さな悪魔。ゆえに小悪魔であるが可愛くはない。


「そこでぇ。レイナスちゃんには試験をしてもらいますねぇ」


 フォルトに限らず、男性が小悪魔と呼ぶのはカーミラだろう。

 もう一つの意味合いとしては、男性の心を翻弄する魅力的な女性を指す。真の小悪魔は、同性すらも虜にするらしい。

 ともあれ試験という言葉に、怪訝けげんな表情を浮かべる。


「試験だと?」

「駄目ですかぁ?」

「レイナスを壊されるのは困る」

「それはレイナスちゃん次第ですねぇ」

「やるわ。やるわよ!」

「えへへ。レイナスちゃんもこう言ってますよぉ?」

「うーむ」


 フォルトからすると、折角入手したレア・キャラクターを失いたくない。

 試験の内容によっては、レイナスが壊されるかもしれない。しかしながら挑発的な発言に乗ったのか、彼女はやる気満々だ。


「壊れたら、新しい玩具を見つけてきますよぉ?」

勿体もったいない気も……。ちなみに何をやるんだ?」

「内緒でーす! 言っちゃったら試験になりませーん!」

「うーん」

「人間なんてどうなってもいいじゃないですかぁ」

「そう、なんだがな……」

「この程度の人間なら、すぐに見つけまーす!」

「むっ。フォルト様、やらせてください!」

「わっ分かった」


 カーミラの挑発で、レイナスがカチンときたようだ。

 フォルトは二人に言われると強く返せないので、渋々ながら了承する。彼女には、何か考えでもあるのだろう。

 主人の損になることはやらないはずだ。


「じゃあ難しい話はここまででーす。楽しくご飯を食べましょう!」

「そうだな」

「はいっ!」


 カーミラは食事を終えた後、フォルトに耳打ちして自宅から飛び立った。

 そこそこ大掛かりな試験なので、準備の必要があったのだ。

 ついでに、試験の全容を聞いている。内容には一抹の不安を覚えながらも、どうなるか楽しみになった。

 確かに最終試験としては良いかもしれない。

 そんなことを考えながら、レイナスと寝室に入るのだった。



◇◇◇◇◇



「やあっ! やあっ!」


 試験の話を聞いてから、数日が経過した。

 いつものようにレイナスは、剣を使って素振りをしている。

 まだカーミラは戻っていない。にもかかわらず、それを気にすることはなかった。彼女が留守の間は、フォルトを独占できてうれしいからだ。


「こんな森の奥にレイナスが?」

「そうでーす!」

だましてはおらぬだろうな!」

「えへへ。うそは言いませんよぉ」


 レイナスが訓練の休憩に入った頃、森から複数の声が聞こえてきた。

 一人は聞いたことのある声で、いつも陽気なカーミラだろう。挑発されたが、別に嫌ってはいないので出迎えてあげるべきだ。

 他の声は分からないが、フォルトが人間を嫌っているので連れてはこないだろう。だとすると、魔の森の魔物かもしれない。

 そこで、声が聞こえた方向に歩いていく。


「レイナスちゃーん。帰ったよぉ!」

「ほっ本当におったぞ!」

「まあまあレイナスちゃん」

「お父様、お母様?」


 これは、夢か幻か。

 カーミラと一緒に現れたのは、レイナスの父親であるローイン伯爵である。エウィ王国の有力貴族であり、国内の軍を統括する人物だ。

 もう一人は母親のレイラで、他にも護衛の兵士が二十人ほどいる。

 突然のことで、思わずほうけてしまう。


「小娘! 礼を言うぞ!」

「いえいえ。連れてきただけですよぉ」

「それでも、だ!」

「本当にありがとうね」

「探したぞレイナス!」

「レイナスちゃん、心配したのですよ?」

「なぜ両親が……」


 レイナスは困惑して、その場から動けなかった。

 それでも事の説明を、カーミラに求める。


「カーミラちゃん! どういうことですか!」

「レイナスちゃんの居場所を教えれば報奨金がもらえるもん!」

「なっ! 私を売ったのですか!」

「えへへ」


 カーミラから出た報奨金という言葉に、レイナスは激昂げきこうする。

 たとえ彼女が悪魔だとしても、一緒にフォルトを喜ばせる女性として、仲間意識が芽生えていたのだ。

 その相手に金で売られたことで、ほほを引っ張たきたくなる。

 ともあれ、ローインとレイラは近づいてきた。


「レイナス! とにかく帰るぞ!」

「嫌ですわ!」

「お前のせいで、どれだけ迷惑が掛かっとると思っておるのだ!」

「そうですよ。何があったかは屋敷に帰ってからね」


 当然のように両親は、レイナスを連れ戻そうとする。

 それは当たり前の話なのだが、戻るつもりは毛頭無い。大好きなフォルトの傍を離れたくないのだ。


「私は残りますわ! どうぞお帰りになってくださいませ」

「馬鹿を申すな! お前は伯爵令嬢なのだぞ!」

「レイナスちゃんがいてはいけない場所よ? 早く帰りましょう」

「とにかく、私は戻れませんわ!」

「こんな我儘わがままな娘に育てた覚えはないのだがな。お前たち!」

「「はっ!」」


 ローインの命令で、兵士たちがレイナスを取り囲む。無理やりにでも連れていくつもりなのだろう。

 この展開に戸惑って、冷静な判断ができない。

 そこで判断を仰ごうと、フォルトを見る。


「フォルト様! 私はどうすれば?」

「フォルトだと? 誰のことだ!」

「フォルト様!」

「あの屋根の上の男か? 貴様がレイナスを誘拐したのか!」

「………………」


 レイナスは助けを求たが、フォルトは無視している。

 ローインからの言葉も同様だった。屋根の上で寝転びながら、こちらの状況を眺めているだけだった。

 自分で判断しろとでもいうのだろうか。


「貴様! 降りてこい!」

「………………」

「無礼な奴だ。おい! お前たち!」

「「はっ!」」

「ちっ!」


 レイナスが考えている間にも、状況は悪い方向に向かっていた。

 兵士の一部が、屋根によじ登ろうと動きだしたのだ。しかしながらフォルトも立ち上がって、屋根の上から隣まで飛び下りてきた。

 物凄い跳躍力である。

 これには嬉しさのあまり、腕に抱き着いてしまう。


「きっ貴様!」

「レイナスは帰りたくないようです。お引き取りください」

「はあ? 馬鹿も休み休み言え! 貴様を連行する!」

「なぜでしょうか?」


 両親を前にしても、フォルトは冷静に対応している。

 レイナスにとっては意外であり、てっきり殺すのかと思っていた。もしかしたら、肉親だからと遠慮しているのかもしれない。


「娘を誘拐した罪だ。貴様を死刑に処す!」

「死刑?」

「貴族の娘を誘拐したのだ。当然だろう」

「お父様!」

「レイナスは黙っていなさい。おい! 捕まえろ!」

「「はっ!」」


 ローインの命令で、兵士がフォルトを拘束する。

 これも意外だった。

 なんと成すがまま拘束されてしまったのだ。

 彼が魔人だと知っているレイナスは、人間如きに簡単に捕縛されている理由が分からない。とはいえ拙いと思って、伯爵令嬢として兵士に命令する。


「フォルト様を放しなさい!」

「お嬢様の命令でも聞けません!」

「お母様!」

「貴族の娘として自覚を持ちなさい」

「お父様!」

「帰るぞ! 先ほどレイラが言ったように、何があったかは後でな」

「…………。しなさい」

「何か言ったか?」

「フォルト様を放しなさいと言ったのです!」


 兵士はレイナスの命令を聞かず、両親は取り付く島もない。

 それにも激昂してしまって、訓練で使っていた剣を抜いた。

 そして、フォルトを連行しようとした兵士の一人を斬る。人間を殺すことには、何の躊躇ためらいも戸惑いもないとでも言いたげな一撃だった。

 確実に急所を捉えている。


「ぎゃあ!」

「レイナス!」

「レイナスちゃん! 何をするの!」

「うるさい! うるさい! うるさい!」

「やめっ!」

「ぐおっ!」

「ぎゃ!」


 レイナスは怒声を上げながら、フォルトを取り囲んでいた兵士たちも斬る。

 その目には涙が浮かんでいた。

 両親の目の前で、人を殺しているのだ。いくら殺すことに戸惑いがなくても、これに耐えられるものではない。


「伯爵様!」

「どうすれば?」


 兵士たちはフォルトから離れて、ローインの前に戻る。

 さすがに彼らは、レイナスを攻撃することはできない。

 本来の目的は、伯爵の娘である彼女を連れ戻すために訪れたのだ。殺してしまっては、本末転倒である。

 怒りを買って処分されてしまうだろう。


「レイナス! やめんか!」

「レイナスちゃん! 何をやったのか分かってるの?」

「フォルト様に手を出すからだわ!」

「その男が何だというのだ!」

「私の御主人様だわ!」

「何を言ってるの? レイナスちゃんには婚約者が……」

「………………。帰ってください」


 何をやったかは、レイラに言われなくても分かっている。しかしながら、愛する男を死刑などと言われて捕縛させるわけにはいかない。

 レイナスは顔をうつむかせて、フォルトの前面に立つ。

 そして両親に対しても、剣を向けるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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