第24話 小悪魔と魔剣士1
ニャンシーが旅立ってから数日後。
フォルトは自宅から出て、レイナスの訓練をボーっと眺めている。
剣を使って素振りをしているが、相変わらず効果のほどは不明だ。もちろん技量についても、サッパリ分からない。
「御主人様、ご飯ですよぉ!」
「レイナス! 飯だ!」
「はいっ!」
カーミラに呼ばれたフォルトは、レイナスの訓練を止めた。
タオルを彼女に手渡した後は、一緒に自宅に入る。するとリビングには、大量の料理が置かれていた。
当然のように、摘まみ食いをしながら椅子に座る。
(自動狩りができなくなって、レベルが上がらなくなったようだなあ)
レイナスのレベルは二十五になっているが、それ以上は伸びていない。現在は実践ができないので、日課の訓練だけでは駄目なのだろう。
ともあれフォルトの視線は、テーブルに並べられた料理に
「今日も大量だな!」
「はいっ! 裏山でも狩らせてますからねぇ」
自宅の裏山は、獲物が豊富だった。
魔の森は魔物との取り合いになるのだが、山には魔物が少ない。鳥系の魔物はいるが、森ほど消費量が多いわけではなかった。
「レイナスよ」
「はいっ!」
「装備をどうにかしないとなあ」
「装備ですか?」
レイナスの使っている剣は、随分前に自宅に訪れた騎士たちの装備品だ。
カーミラが始末したときに、戦利品として
そのときの話を食事の合間に聞かせたが、彼女は何とも思わなかったようだ。
「フォルト様を怒らせた人間が悪いですわ」と言っていた。
「レベルに合った装備をするのは基本だ!」
「鉄の剣で良いと思いますわよ?」
「いや。防具だ」
「確かにそうですわね」
レイナスの防具は、魔法学園の制服だ。
普通の学生服なので、防具とも言えない代物である。しかも彼女は、その制服以外を持っていない。
洗濯したときは、獣の皮から作製したボロい服を着ていた。
「レイナスの専用装備が欲しい!」
「え?」
「レイナスちゃんにはどういった装備がいいんですかぁ?」
「エロ……。いや。動きやすい装備だな!」
フォルトは恥ずかしさのあまり、慌てて言い直した。しかしながら、カーミラやレイナスは感づいている。
一緒に生活するようになって、趣味が分かっているのだ。
「あからさまなのは駄目でーす!」
「見えそうで見えないのがよろしいですわ!」
「なら売っているような装備じゃないですねぇ」
「カーミラちゃんのような服が良いのかしら?」
「レイナスちゃんの制服もいいと思いますよぉ」
「なななっ! 何を言っているのだ?」
「「え?」」
二人の会話に対して、フォルトは赤面してしまう。
いくら趣味がバレているとはいえ、性癖を言われると恥ずかしい。
「御主人様。レイナスちゃんの装備ですよねぇ?」
「そっそうだ!」
「恥ずかしいですわね」
「御主人様のために我慢でーす!」
「そうね!」
「そっその……」
「お腹を出すと防御力が落ちますわ!」
「太ももは平気かなぁ?」
「えっと……」
フォルトは会話に入れないので、料理を食べながら聞くことにする。女性同士の会話に、おっさんが入る余地は無いのだ。
それにしても、本当によく分かっていらっしゃる。
「フォルト様!」
「どどど、どうした?」
「残念ながら、フォルト様が望む装備は売っておりませんわ」
「だろうな」
当たり前の話である。肌を露出した部分は弱点になるのだ。
アニメや漫画などでは、ビキニアーマーといった露出の激しい防具があった。とはいえ現実的に考えると、それを装備して魔物と戦うなど狂気の沙汰である。
などとフォルトは思ったが、カーミラの一言で希望が出た。
「魔法付与すれば大丈夫でーす!」
「もぐもぐ。一時的じゃなくてか?」
「色々と必要ですけどねぇ」
「ふーん。どうやるんだ?」
「御主人様ならやれますよぉ」
「ふむふむ。面倒だが引き出すか」
目を閉じたフォルトは、アカシックレコードから情報を引き出した。
その内容には、「ほう」と感嘆の声を
布製の服も同様なので、魔法が存在する世界に感謝である。
ただし……。
「もぐもぐ。材料が必要のようだ」
「付与する種類によって変わりますよぉ」
「防御力を上げるぐらいでいいと思うが?」
「駄目でーす!」
「え?」
「サイズの自動調整と自動修復、汚れ落としも必要でーす!」
「あぁ……。確かに欲しいな」
細かい話だが仕方がないだろう。
オーダーメイドならば良いが、普通は体型に近いサイズのものを購入する。また体型に変化があると、オーダーメイドでも寸法が合わなくなるだろう。
自動調整が付与されていれば、完璧に体型と合わせてくれるのだ。
他にも壊れれば修復が必要であり、手入れも必要になる。だがそれすらも、魔法付与でどうにかなるようだ。
「でも材料が無いぞ」
「基本的なのは魔界にありますよぉ」
「おっ! なら後で取ってきてくれ」
「分っかりましたあ!」
フォルトは視線を落として、自身の服を見た。
この吸血鬼のコスプレのような服も、カーミラの言った魔法付与が施されている。今更ながら思うが、非常に重宝していた。
「ついでに魔法学園の制服も奪っといてね」
「はあい!」
レイナスの制服は、汚れていたり破れている個所がある。魔法付与を施すなら、さすがに新品が良い。
そう考えたフォルトは、二人と食事を楽しむのだった。
◇◇◇◇◇
魔法付与の話を聞いてから、一週間が経過した。
またまたフォルトは、屋根の上からレイナスの訓練風景を眺めている。
他にやることが無いので、はっきり言えば暇なのだ。と言っても、こういった怠惰な時間が好きなので問題は無い。
そしてカーミラの膝枕を堪能しながら、別の人物について口にした。
「ニャンシーはどこまで行ったかな?」
「分かりませーん! 直接聞くといいですよぉ」
「まぁそうなんだが、な。すぐ呼ぶなって言われたし……」
「報告と連絡と相談は基本でーす!」
「確かにな。ではニャンシー!」
電話など無い世界なので、結局は呼び出すしかない。ならばとフォルトは、自身から伸びている糸のようなものに意識を向ける。
不可視なので見られないが、この糸電話のような魔力の糸が、
大量に召喚すると、結構大変なことになる。
「にゃあ!」
暫く待っていると、フォルトの近くに澄まし顔のニャンシーが現れる。
数分で戻れる手段があるところも、あちらの世界との相違点だ。しかしながら、多少の待ち時間が必要である。
転移の魔法は無いようで、アカシックレコードにも情報は無い。カーミラに聞いても、残念ながら存在しない魔法との話だった。
「すまんな。ニャンシーのことが気になったもんで!」
「いや。ちょうど良かったのじゃ」
「うん? どういう意味だ?」
「旅の途中で魔族と出会ってのう」
「ほう」
「探しておったのじゃろ?」
「何で探してたんだっけ?」
「主!」
ニャンシーが腕をバタつかせながら怒っている。
猫が擬人化した姿なので、とても可愛らしい。だがフォルトの記憶には、魔族の件については無かった。
「レイナスちゃんに魔法を教えてもらうんでーす!」
「あ……。そうだったな」
単純に忘れていたようだ。
魔法の習得については、ニャンシーで事足りてしまったからだ。
「もしかして、魔族を助けたのは余計なことじゃったかのう」
「いや。確かもう一つ……。カーミラ?」
「限界突破でーす!」
「そうだった。ニャンシー、よくやったぞ!」
「調子がいいのう」
「はははっ!」
詳しい話を聞いたフォルトは、魔族を連れてくるように頼んだ。
知らない人と会いたくないのだが、魔族には興味がそそられる。新天地については急いでいないので、旅は後回しで良いだろう。
それに、折角発見したのだ。
レイナスの成長のためには、是が非でも連れてきてもらいたい。
もちろん、客人として迎えるつもりだった。
「魔族は
「分かった。丁重にな」
「それと食料を多めにもらえるかの?」
「倉庫から勝手に持っていっていいぞ」
「ところで、主が迎えに来るのは……」
「面倒! 怠い! ニャンシーに任せた!」
「さすがは御主人様です!」
「はぁ……」
ニャンシーは
フォルトが迎えに行けば手っ取り早いのは分かっていた。とはいえそれがやれるなら、新天地は自分で探している。
大罪の怠惰を持つせいで、日本にいた頃よりも駄目男なのだ。
「では行ってくるのじゃ」
「行ってらっしゃーい!」
報告が終わったニャンシーは、倉庫から食料を持って魔界に消えた。
二人分の食料を数日分なので、結構な量になる。フォルトからすると、食料を詰めた袋を魔法で浮かせていたところが面白かった。
「魔族なんてよく発見しましたねぇ」
「お手柄だな。でも限界突破の作業はできるのか?」
「分かりませーん!」
「来てから考えればいいか。魔法の先生ぐらいはできるだろ」
「はい! それよりレイナスちゃんの装備ですねぇ」
「そうだった。材料は取ってきたか?」
「取ってきましたよぉ」
「じゃあレイナスの制服を持ってきて」
「はあい!」
現在のレイナスは、カーミラが都市から奪ってきた新品の制服を着ている。
指令を受けた小悪魔は、その制服を剥ぎ取ろうとするのだった。
「ちょ、ちょっと! カーミラちゃん!」
「早く脱いでくださーい!」
「嫌よ!」
「水浴びじゃいつも脱いでるでしょ!」
「それはそうだけど……。ダメエ!」
「さあさあ。早く早く!」
(これは良い眺めだ。いけ! カーミラ! あと少しだ!)
まるで、キャットファイトのようだ。
フォルトの応援が届いたのか、カーミラは見事に制服を剥ぎ取っていた。結果としてレイナスは、あられもない姿で地面に座り込んでいる。
そして、制服が届けられた。
「えへへ。御主人様、持ってきましたあ!」
「でかした! さすがはカーミラだ」
さすがに嗅いだりしない。そっち系の趣味はないのだ。
それでも生暖かくて、まさに脱ぎたてのホヤホヤだった。
「では早速付与してみよう」
「ドキドキ」
フォルトは受け取った制服を、屋根の上に広げた。
これは、魔法学園の制服である。スカートが短くて、訓練の最中は見えそうで見えない一品だ。黒のニーハイソックスも、絶対領域を演出する重要なものだった。
次にカーミラの持ってきた材料を、制服の上に置いた。
後は付与魔法を使うだけだ。
【フィクスト・エンチャント/固定・魔法付与】
付与魔法自体は、中級に属する。
扱える魔法使いは多く、もちろんアカシックレコードにも入っていた。
「きゃー! 初めて見ましたぁ!」
「できたか?」
「鑑定するといいでーす!」
続けて鑑定魔法を使うらしい。
これにより、制服の性能が分かるとの話だ。フォルトは制服を手に取って、アカシックレコードから魔法を引っ張り出した。
続けて、魔法を使う。
【アプレイザル・オール・マジックアイテム/鑑定・全魔法道具】
「きゃー! 上級の鑑定魔法ですよぉ!」
「ふふん! もともと俺のじゃないけどな!」
「でも今は、御主人様のものでーす!」
「まさにチート」
カーミラが言ったように、上級に属する鑑定魔法だ。
扱える魔法使いは、ほとんどいない。
フォルトは魔法の仕組みを理解していないが、その一握りの人物だった。カーミラの前の主人とやらに感謝である。
「カーミラが言ってたやつとシールドの魔法が付与されたな」
「自動修復って超高級品なんですよぉ」
「なっ何っ! 基本的なものだと言ってただろ?」
「御主人様にとっては基本的なものでーす!」
「え?」
「制服が好きですよねぇ。だから自動修復でーす!」
「ぐっ!」
「えへへ」
カーミラに趣味を知られているので、フォルトは負けを認める。
レイナスの制服姿はそそるのだ。しかも防御力が上がるとなると、ずっと着用してもらいたい。
目の保養のために……。
「じゃあ。返してきて」
「下着はどうしますかぁ?」
「ちょ!」
「えへへ。取ってきまーす!」
「ちょ、ちょっと! 待って!」
「きゃあ!」
カーミラは制止を聞かず、レイナスの下着を脱がしに向かった。
その後は言うまでもない。
フォルトの目の前には、脱ぎたてでホヤホヤの下着が置かれた。ならばと諦めて、下着にも魔法付与を施すのだった。
――――――――――
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