第23話 ニャンシー日記1

 時を遡ること数日前。

 ニャンシーはフォルトから指令を受けて、新天地を探す旅に出発した。

 そして魔の森を進んでいたときに、オーガを討伐した人間たちを発見した。推奨討伐レベル二十五の巨人で、森では上位に入る強さだ。

 それが倒せる集団なら――苦労はするだろうが――奥地まで進める。となると、自宅まで到達する可能性が高い。


(主は魔人じゃからのう。人間如きに後れを取らぬが、こ奴らは何をするか分からぬ種族じゃ。観察ぐらいはしておこうかの)


 ニャンシーの主観で強そうな人間は二人。

 一人は体格の良い屈強な男性である。

 この人間がオーガを倒したので、集団の中では一番強いだろう。周囲の人間に指示を出していることから、リーダー的な存在だと思われる。

 もう一人は金髪の男性で、屈強な男性をサポートしていた。強さは劣るとしても、おそらくはオーガと互角かもしれない。

 他はよろいを着た者が多いが、ローブの人間もいた。

 総勢は二十人で、女性は四人ほどいる。


(屈強な男はレベルが高そうじゃ。金髪の男はレイナスと同じぐらいかの? 他は大したことがないと思うのじゃが……)


 魔の森には他の人間も侵入しているが、そちらは魔物を討伐中である。

 そしてニャンシーが気になった集団は、長期の探索を目的としていた。荷物にテントがあることから、やはり森の奥地を目指しているか。


(この人間どもは、主に用があるのかのう? まぁ怒りに触れんことじゃ。わらわはどうなっても知らぬからの)


 ニャンシーは『透明化とうめいか』のスキルを使っていた。

 発見されるのを恐れて木の裏にも隠れているが、どうやら見破る人間はいなさそうだ。とはいえ、これ以上観察しても収穫が無いだろう。

 フォルトからの指令が最優先なので、人間の集団から遠ざかる。


「主はゆっくりでいいと言っておったが、そうも言ってられんのう」


 二足歩行のニャンシーだが、魔の森を出たところで四足歩行に変える。

 召喚されたときは人型でも、本来は影猫と呼ばれる魔物だ。森から北に存在するエウィ王国の国境を目指すため、草原地帯を颯爽さっそうと走る。


「いやはや。体が軽いのじゃ」


 現在のニャンシーは、通常のケットシーより速く走れる。

 魔人フォルトの眷属けんぞくになったことで、能力が飛躍的に上がっているからだ。


(常に主の魔力を感じるのじゃ。すばらしいのじゃ!)


「あのリリスには感謝せねばならぬのう」


 フォルトにケットシーの召喚を勧めたのは、リリスのカーミラだ。

 それがなければ眷属になれなかったので、とても感謝している。魔人の眷属になることは、召喚される魔物からすれば、宝くじに当たるようなものだ。


(魔人の眷属など、上級悪魔や竜族と相場が決まっておるからのう。妾のような下級の魔物など見向きもされぬわ)


「眷属になったからには、妾が使えるところを見せねばならぬ」


 ニャンシーは全力で疾走する。

 もしもフォルトの気が変わって、眷属の契約を解消されたら目も当てられない。主の望むことは、すべてを成し遂げる覚悟が必要だ。


(じゃが……。主は解消せんかもしれぬのう。ペット枠というのがしゃくに障るが、一度自分のものにしたら見捨てなさそうじゃな)


「ぬおっ! 主からじゃと?」


 魔の森を出て間もないが、魔力のつながりから突然の呼び出しを受けた。

 もしかしたら、何か急変でもあったかもしれない。主人に呼び出されたら、何を置いてでも戻る必要がある。

 急停止したニャンシーは、地面に印を設置して魔界に戻った。


「魔界に戻ると更に体が軽いのう。では急ぐのじゃ」


 風景がまったく違うとしても、自らが設置した印の位置は分かる。

 魔界の魔物と出会わないように、『影潜行かげせんこう』のスキルも使う。影から影に移動することで、移動時間の短縮にもなる。

 そして目的の印に到着したニャンシーは、「にゃあ!」と叫んで飛び込んだ。

 この印の先は、フォルトの影である。


「戻ったのじゃ!」

「おっ! 悪いなニャンシー」


 魔力の繋がりは、眷属との距離感も分かる。

 所詮は感覚なので、「何となく近くにきたな」程度のものだ。とはいえそれが分かれば、突然飛び出しても驚くことはない。

 フォルトはダイニングの椅子に座りながら、ニャンシーを出迎えてくれた。


「うむ。で、何の用じゃ?」

「飯を食おう」

「何じゃと?」

「飯の時間だ! さぁ一緒に食べよう!」

「はあ?」


 急変があったと思っていたニャンシーは、フォルトの言葉にあきれた。

 確かにテーブルの上には、大量の料理が用意されている。


「ニャンシーちゃん! ご飯ですよぉ」

「待っていましたわよ」


 カーミラとレイナスは、料理の配膳中だった。いつもの和やかな雰囲気で、ニャンシーは毒気を抜かれる。

 本当に勘弁してもらいたい。


「腹が減ってないのか?」

「減ってなくはないのじゃが……」

「なら食べよう!」

「まさかと思うのじゃが……。飯のためだけに呼び戻したのかの?」

「そうだけど?」

「先に進めんじゃろうがっ!」

「はははっ!」


(こっこの主だけは……。眷属を何だと思っているのじゃ? 普通は目的を達成するまで戻さないのじゃぞ。それにしても良い匂いじゃ……)


 ニャンシーはジト目になり、フォルトに非難の目を向ける。だが戻ってきてしまったので、文句を言っても始まらないか。

 それでも伝えるべきことは言うべきだ。


「主よ。すぐに呼び戻すのはやめてくれんかのう」

「ほーら! ニャンシーちゃんも肉ですよぉ」

「あーん。旨いにゃ! ではないのじゃ!」

「いいじゃないか。食事は人数が多いほうがいい」


 無駄だった。

 カーミラの膝の上に座ったニャンシーは、モフモフされながら肉を食べる。少し戸惑うが、気持ちが良いので成すがままにされていた。

 そしてフォルトには、魔の森で発見した人間たちの件を伝える。

 何でもないような感じで聞き流されてしまったが……。


(うーむ。この面子なら問題なかろう。レイナスは屈強な男に負けそうじゃが、金髪の男ならば勝てるのじゃ。主も……。カーミラもおるしの)


 人間たちと戦闘になった場合だが、フォルトが戦うか一抹の不安を覚えた。主人の怠惰っぷりは目に余る。

 それでも、カーミラがいるので安心か。


「なら良いのじゃがのう」


(何となくじゃが……。またすぐに呼び出されそうじゃ。どうも妾の扱いが眷属とは違うのう。楽しいことは楽しいのじゃがな)


 食事を終えたニャンシーは、再び魔界に戻って旅の続きを開始した。

 フォルトのことを考えると、首を傾げたくなる。今の対応が続けば、いつまで経っても新天地など発見できないだろう。

 それでも、自然と口角が上がるのだった。



◇◇◇◇◇



「なんとか頼みを聞いてくれたのじゃ」


 あれからも頻繁に呼び戻されたニャンシーは、一向に先に進めなかった。

 そこで誠心誠意頼んで、呼び出しを減らしてもらったのだった。


(主にも困ったものじゃ。それを受け入れてしまう妾にも問題はあるのかのう。何だか普通の魔人とは違うようじゃ。面白い主じゃな)


「目の前の山を越えれば良いかの?」


 視線の先には、大きな山脈がそびえ立っていた。

 この山脈は、エウィ王国が定めた国境になる。人間が通る道には検問所があるので、ニャンシーは迂回うかいして越えていく必要があった。


「妾のスキルなら問題無いじゃろうが……」


 指令の失敗だけは、絶対にしたくない。

 少しでも発見される行動は避けるべきだろう。『透明化とうめいか』や『影潜行かげせんこう』のスキルなら発見される可能性は低いとしても、それらを見破る方法があるからだ。

 失敗しても、フォルトは何も言わなそうではあるが……。

 そして獣道を進んでいると、人影を発見した。


(こんな場所に人間がおるとはのう。やれやれ。見つかれば面倒じゃ。妾の姿は主の想像した姿じゃからの。きっと興味を引いてしまうのじゃ)


 ニャンシーは人影の観察をする。

 どうやら女性のようで、ゴシック調の可愛い黒い服を着ている。木に体を預けて座り込んでるが、随分と疲れた様子だった。


「はぁはぁ……。もう動けないや……」


(むっ! 頭に立派な角が生えとるのう。人間ではなく魔族じゃったか)


 魔族の女性が一言発すると、それっきり何も言わなくなった。とはいえ、肩が上下しているので生きてはいるようだ。

 声を出す気力がないのだろう。


(そう言えば……。主の望みに魔族の捜索があったのう)


 ニャンシーは考えた末に、スキルを解除して姿を現すことにした。

 フォルトの望みの中でも、特に強い思念だった。ならば眷属として、魔族の女性を助けたほうが良いという判断である。

 まずは敵意が無いように、両手を上げて近づいていく。


「お主、生きておるかの?」

「だっ誰? 人間? 獣人族!」

「待つのじゃ! 妾はケットシーのニャンシーじゃ」

「ケットシー?」

「うむ。お主は魔族じゃろ?」

「そうだけど……」

「どうやら腹が減ってるようじゃのう。これを食うが良い」


 笑顔を浮かべたニャンシーは、腰から下げた袋に手を入れた。

 中身は非常食の肉だが、渡してしまっても問題は無いだろう。

 フォルトに呼び出しを減らしてもらったとはいえ、あの性格である。いつもの気まぐれで、すぐに戻ることになると思われた。

 ならば、渡しても問題が無いという判断である。


「いいの?」

「良いぞ。まずは食べるのじゃ」

「ありがとう」


 魔族の女性は肉を小さく摘まんで、上品に食べ始めた。

 かぶりつくフォルトとは大違いだ。

 目を細めたニャンシーは、生まれや育ちが良いのだろうと推察する。彼女からは、レイナスのような気品を感じた。


「食べながらで良いのじゃが、どうしてこんな山奥におるのじゃ?」

「もぐもぐ。今は人間の魔族狩りから逃げているのよ」

「魔族狩りとは何じゃ?」

「知らないの?」

「すまぬ。魔界から召喚されておるからよく分からんのじゃ」

「ケットシーだっけ?」

「ふふん! 妾は魔人の眷属じゃ!」

「………………」


 ニャンシーは「どうだ!」と言わんばかりに胸を張る。しかしながらフォルトの腰ぐらいまでの身長なので、カーミラより小さい。

 それに比べて魔族の女性は大きいが、レイナスよりは小さいかもしれない。

 ともあれ冗談と思ったのか、魔族の女性は首を傾げている。


「そう言えば、お主の名前を聞いてなかったのう」

「ルリシオン・ローゼンクロイツよ。お肉の礼にルリって呼んでいいわ」


 家名と名前を名乗ったので、やはり貴族のようだ。

 ルリシオンが名前で、ローゼンクロイツが家名だろう。ちなみにレイナスは、ローインが家名である。


「では、ルリと呼ぶとするかの。改めて、妾はニャンシーじゃ」

「お肉をありがとうねえ。助かったわあ」

「口調が変わったの?」

「疲れてたのよお」


 ルリシオンは、語尾を伸ばす話し方をするようだ。

 カーミラと似た感じだが、甘えるような口調ではない。彼女からは、魔族の貴族らしい傲慢さがにじみ出ている。


「なるほどのう。じゃが魔族狩りとは災難じゃったな」

「ふん! 人間どもなんて返り討ちだわあ」

「そっそうかの。ルリは逃げておるのじゃろう?」

「お姉ちゃんとねえ」

「姉がおるのか? 近くにおらぬようじゃが……」

「はぐれちゃったのよお」

「ほう。それは難儀じゃな」

「二人で人間どもの町を襲ったら、大量に兵士が出てきてねえ」

「お主ら……。なかなか攻撃的じゃな」


(魔族狩りに遭ってるはずじゃが、自分から人間を襲うとはのう。この娘……。確かにレベルと魔力は高いが自滅するタイプじゃな)


 ニャンシーは詳しい事情を聞いたが、身から出たさびとしか思えない。

 それでも無事に逃げ切っているのは、ルリシオンが強い証拠だろう。


「姉の名前を聞いても良いかの?」

「マリアンデール・ローゼンクロイツよお。知ってるのお?」

「知らぬ。見かけたらじゃが、お主が無事とだけ伝えてやるのじゃ」

「助かるわあ。お姉ちゃんは暴走すると何をするか分からないしねえ」

「暴走じゃと?」

「あはは……」


 ルリシオンの言葉にはギョッとした。

 暴走などと言って、ニャンシーと出会った瞬間に襲われたら困ってしまう。ケットシーは、魔界で最弱の部類なのだ。


「ま、まぁ良いのじゃ。それよりも妾の主に会わぬか?」

「本当に魔人なのお?」

「そうじゃ。魔族の捜索を望んでおってのう」

「ふーん。やめとくわあ」

「なぜじゃ?」

「魔人はすべての種族の敵じゃなあい。死にたくはないわあ」


 一般的な認識として、魔人は世界に存在するすべての種族と敵対している。しかしながら、フォルトの行動を見ていると違う。

 ニャンシーからすると、余計な争いを避けているように思えた。


「妾の主は違うのう」

「そうなの?」

「うむ。自分勝手じゃが、一緒におると楽しいのじゃ」

「へぇ」


(あの主が、自分から望んだ魔族に何かするとは思えん)


 ニャンシーは、通常の眷属と違う扱いを受けている。またレイナスは玩具と聞いているが、とても大切にされているように見えた。

 そのような主人が、魔族を望んでいるのだ。

 ルリシオンが害されるとは考えづらい。


「どうじゃ? 会ってみぬか?」

「どこにいるのお?」

「ほれ。遠くに薄っすらと山が見えるじゃろ?」

「薄っすらとねえ」

「山の麓には広大な森があってのう」

「とっ遠いわあ……」


 ニャンシーが場所を示すが、ルリシオンはゲッソリとした表情をした。

 距離にすると、百キロメートル以上はあるか。


「ニャンシーちゃんも一緒に来てくれるのでしょお?」

「指令を受けておる身じゃが……」

「一緒じゃないと嫌よお」

「まぁゆっくりで良いと言われておる。構わぬのじゃ」

「あはっ! 決まりねえ」

「ここは危険かもしれぬのう。もう少し移動するのじゃ」

「分かったわあ」


 ルリシオンは魔族狩りから逃げていたので、山狩りが行われるかもしれない。ならばと安全を取って、もっと山脈の奥地に向かう。

 そしてニャンシーは、フォルトの喜ぶ顔を頭に浮かべるのだった。



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