第22話 魔剣士の成長3
フォルトの自宅の外には、様々な施設が作られている。どれも小さなものだが、森で生活するには欠かせないものだ。
トレントが野菜の栽培をする農園。
ブラッドウルフが狩ってきた獲物の保管倉庫。
ブラウニーが使う材木置き場。
インプが世話をする養鶏場。
それらの施設を作るために、周囲に生えていた木々は、目印になる大きな木を除いてすべて伐採されている。
自宅の前は広い庭となっていた。庭には粗末なテーブルと椅子が置かれて、ちょっとしたテラスになっている。
その場所では、レイナスとニャンシーが魔法の勉強をしていた。
「氷属性魔法は得意であったの?」
「はいっ!」
「じゃが、攻撃魔法より補助魔法を教えろとはのう」
「フォルト様の育成方針ですわ」
「
フォルトはレイナスを操作するうえで、スキルの『
そのために、補助魔法の種類を増やしたかったのだ。
「捗っているか?」
「うむ。この人間は覚えが早くて助かるのう」
「そうか。偉いぞレイナス」
「きゃ!」
フォルトは状況を確認するために、テラスに出て二人に近づいた。
それからニャンシーの言葉に機嫌を良くして、レイナスの頭を
ニャンシーを
「何を覚えさせた?」
「まずは攻撃魔法じゃな。種類は多いほうが良いのじゃ」
「うむ」
「後は便利系の魔法を少々じゃな」
「便利系?」
「地面を凍らせたり簡単な幻影を出したりじゃな」
「嫌がらせ系か。すばらしいな!」
ゲームで遊ぶときのフォルトは、とても性格が悪い。嫌がらせ系の魔法やスキルは好んで使っていた。
それに相手が引っかかると、腹を抱えて大爆笑したものだ。
「そっそうかの? 攻撃魔法で押すほうが良いと思うのじゃが?」
「人間は魔力が低いからなあ」
「人間同士なら有効じゃぞ?」
「そうなんだがなあ」
「ふふっ。覚えておいて選択をするのは自由ですわよ」
「だな。臨機応変にやればいいか」
「はいっ!」
レイナスの言葉に
確かにニャンシーが言ったように、攻撃魔法の種類は多いほど良い。とはいえ彼女の魔力は、すべてを使えるほど多くない。
とりあえずは、その中で面白そうな魔法を選んで使用させてみる。
「では、ちょっと使ってみてくれ」
「分かりましたわ」
「カーミラ!」
「はあい! ただいまあ!」
「よし。やれ」
返事をしたカーミラは、自宅の中で料理の仕込みをしていた。なので、すぐに玄関扉から外に出てくる。
そこにレイナスは、フォルトに言われた魔法を使った。
【アイス・フロア/氷の床】
「きゃ!」
レイナスの魔法は、自宅の入口に氷の床を出現させる。
当然のようにカーミラが滑って、可愛い声を出しながら尻餅をついた。短いスカートがめくれ上がって、フォルトは「うひょ!」と声を出す。
「もう! 何よこれ!」
「はははっ。レイナス、グッジョブ!」
「ふふっ」
「御主人様のせいですね!」
「すまんすまん。レイナスの魔法の性能を見たくてな」
「実験台にしないでくださーい!」
「まぁまぁ。ほら、こっちに来い」
「はあい!」
カーミラは立ち上がって、フォルトの腕に抱き着いてくる。
それだけで機嫌が直るのだが、レイナスの笑顔を見て不貞腐れた。
「レイナスちゃん!」
「ごめんなさいね。でも使い方が分かったわ」
「だろ? 正面から向かってくる脳筋なら十分に有効だ」
「私は脳筋じゃないですよぉ!」
「今のはしょうがないさ。いきなりすぎて誰でも引っかかる」
「えへへ」
「本来の使い方ではないが、まぁ良いじゃろ」
ニャンシーの言った本来の使い方は、湖や川を一時的に凍らせることだ。しかしながら、フォルトは滑るという特性を活かしてトラップとして使わせた。
突然地面が凍れば、誰だって転ぶだろう。
「後は部位を凍らせて動きを封じる魔法などじゃ」
「ほう。使い勝手が良さそうだ」
「どれも初級じゃからな。大したことはできんのじゃ」
「上級は無理なのか?」
「レベルと魔力が足りんのう。他にも……」
魔法を覚えたところで、魔力が足りなければ使えない。
しかも中級からは、習得が格段に難しくなる。現在のレイナスだと、もっと勉強の時間が必要だろう。
ちなみにニャンシーも魔力が低いので、魔法を覚えているだけで使えない。だが習得している魔法の数は多く、先生役には適任だった。
「なるほどな」
「覚えが早いからのう。魔力さえ増えれば教えてやるのじゃ」
「ニャンシーちゃん。ありがとうね」
「ちゃんはやめい! 妾はケットシーの女王じゃぞ!」
「はい?」
子供扱いされて怒ったのか、ニャンシーが妙なことを言い出した。
フォルトは女王という言葉に興味が沸いたので問いかける。
「女王?」
「妾は魔人の眷属になったのじゃ。ゆえに同族の中で一番強いのじゃ」
「そうなのか?」
「うむ。あまり妾の命令は聞かぬがの」
「猫だしな」
「猫、言うな!」
「はははっ!」
(俺の眷属になるだけで種族のトップになるのか。魔人ってそんなに凄いのか。改めて強さを実感するな)
魔物は誰かの眷属になると、多少だが能力が向上する。
ゲームでいうところの補正値のようなものだ。上昇量は主人の強さに左右されるため、魔人の眷属であれば大きく上昇する。
もちろん数値としては分からないので、感覚だけの話だった。
魔物全般に言えることだが、強い者が王となる。しかしながら猫のように気まぐれな種族なので、肩書が付いただけにすぎない。
「フォルト様、レベルが上がりましたわ」
「魔法を習得しただけでか?」
「魔法の知識は総合力に入りますわよ」
「ふむふむ」
レベルは身体能力の総合力で決まるとの話だ。
身体能力は運動能力だけではなく、体が持つ能力全般を指すようだ。もちろん脳も含まれるので、魔法の知識も能力に入る。
確かに肉体能力だけであれば、魔法使いはレベルが低くなるだろう。
「二十五になりましたわね」
「オーガと互角か」
「ですが、それ以下でも勝てますわよ」
「そうなのか?」
「フォルト様の指示が体に染み込んでいますわ」
「さすがはレイナス。すばらしいな!」
「フォルト様のすべてが!」
「そっそうだな!」
「ぶぅ! カーミラちゃんもだもん!」
「そっそうだな!」
レイナスは目をキラキラさせている。
カーミラも張り合うが、それを見ているニャンシーは
「妾は新天地を探すかのう」
「レイナスの魔法はいいのか?」
「これだけ教えておけば十分じゃ」
「うーん。行かせるのが寂しいような?」
フォルトはニャンシーを旅に出すのが惜しくなった。
自分のイメージが具現化した姿をしているので可愛いのだ。しかもカーミラとレイナスにも人気で、隙を見てはじゃれ合っていた。
まさにマスコット枠である。
「嬉しいのう。じゃが、すぐに戻れるのじゃ」
「そうなのか?」
「シモベと同じで、主と魔力の
「ほう」
眷属だと、通常の召喚魔法では呼び出せない。
随分と前にソフィアから説明されたが、名前とは世界に個人を繋ぎ止める糸だ。なので眷属を呼び出すには、別の手段が必要だった。
その手段とは、眷属とするときに繋げた魔力の糸を使うこと。
ニャンシーを呼び出すには、その糸を通して命令する必要があった。
「命令があれば、魔界を走って戻ってくるのじゃ」
ケットシーは魔界の魔物である。
本来の居場所である魔界に入れば、能力を存分に発揮できるのだ。単純に走るだけでも、相当な差がある。
そのため何日も歩く場所にいようとも、すぐに戻って来られるらしい。
「それって……。また行くのが大変ではないか?」
「行った場所に印を付けるから平気じゃ」
「印?」
「出入口じゃな」
「なら大丈夫か」
「気長に待っておれ」
話が終わったニャンシーは、荷物を何も持たずに森の中に向かった。
見送った三人は寂しそうな顔をするが、すぐに元の生活に戻るのだった。
◇◇◇◇◇
ニャンシーが旅立ってからも、フォルトは怠惰な生活を満喫していた。
食べては寝て散歩する自堕落生活だ。しかもレイナスの自動狩りができなくなったので、常に二人の美少女と過ごしていた。
「御主人様、お肉ですよぉ。あーん」
「あーん。今日の肉は旨いな!」
「いつもと同じですよぉ?」
「そうなのか?」
「レイナスちゃんが凍らせた肉が一杯ありまーす!」
「冷凍保存?」
「そうでーす!」
それを、倉庫に放り込んでいるのだ。
「さすがは俺のレイナスだ!」
「そっそんな……。俺の、だなんて……」
「俺のカーミラちゃんも解凍で頑張ったもーん!」
「俺のカーミラも偉いぞ!」
「えへへ」
(昔は一人で引き籠っていたけどな。寄り添う人がいると変わるものだな。まだ引き籠ってることに変わりないが……)
フォルトは六畳一間の部屋を思い出す。
引き籠りを脱する要因として、身近で支えてくれる人がいると良いと聞いたことがあった。当時は母親だったが、今はカーミラとレイナスがそれである。と言っても母親の場合は血を分けた家族なので、どうしても甘やかしてしまうようだ。
この場合は当人も甘えてしまうため、引き籠りを脱することは難しい。
彼女たちに甘えるのは同様だが、こちらは申しわけなさが出てしまう。差については深く考えていないので、とりあえず一緒にいてくれるだけで良かった。
そして現在は……。
「主よ。すぐに呼び戻すのはやめてくれんかのう」
「ニャンシーちゃんにもお肉ですよぉ!」
「あーん。旨いにゃあ! ではないのじゃ!」
「いいじゃないか。食事はみんなで、な」
「先に進めんのじゃがな」
(食事なんて一人で寂しく食べるものだったが……。楽しいな。特に美少女三人っていうのがいい! おっさんは嬉しいよ!)
ニャンシーの抗議を無視したフォルトは、彼女たちと食事を楽しむ。
それにしても、楽しい時間はすぐに過ぎる。暴食のおかげで、ドンドンと料理が消えていった。
これでは拙いと思って、彼女に疑問を問いかけた。
「どこまで行った?」
「じゃから……。進んでおらぬと言っておろう!」
「そうなのか?」
「すぐに呼び戻されてはのう」
「ニャンシーがいないとカーミラが寂しがってなあ」
「私のせいですかぁ?」
「寂しくないのか?」
「モフモフ成分が必要でーす!」
「だろ?」
この時点において、ニャンシーはカーミラの膝の上に座っている。食事をしながらモフモフされていた。
その光景を、レイナスが羨ましそうに見ている。
「私もモフモフしたいですわ!」
「じゃあ次ねぇ!」
「はいっ!」
「次など無いのじゃ! 妾は進まねばならぬゆえな!」
「ゆっくりでいいぞ。別に急いでいないしな」
「そうは言うてもな。人間が森の中へ侵入しとるのじゃ」
ニャンシーから聞き捨てならない話を聞いた。
人間は魔の森の魔物に追い出されていたはずだ。しかしながら現在は、森の中まで入り込んでいるらしい。
「見たのか?」
「森を出るときにのう。ここまでは来られぬじゃろうが……」
「歯切れが悪いな」
「オーガを倒す人間がおったのじゃ」
「ほう。なら運が良ければ来られるかもなあ」
「家に来ても良いのかの?」
「追い返せばいいしな」
聞き捨てならない話には違いない。
それでもフォルトは、人間が来ても構わないと思い始めていた。
もちろん少人数ならだが……。
すでに自身を魔人だと理解しており、どんな対処でも可能である。相手が礼儀正しいなら話し合いで追い返しても良いし、もしも粗暴なら殺しても良い。
そのあたりは、臨機応変にやるつもりだった。
「来られないのが一番いいが、まぁ来てから考えるさ」
「なら良いのじゃがのう」
「それより道中は平気なのか?」
「妾は『
「ほほう」
「影猫ですしねぇ」
「猫、言うな!」
ケットシーの隠密能力は高い。
ゴブリンやオーク程度で苦戦しているような人間には発見できないだろう。しかもニャンシーは、魔人フォルトの眷属である。
「いざとなったら魔界に逃げるのじゃ。眷属の特権じゃのう」
「向かう場所は?」
「ここはエウィ王国じゃったかの? 国を出て探すつもりじゃ」
「近くに引っ越しても意味が無いからな」
「その後は森やら山やら。隠れ住めそうな場所を探すのじゃ」
「よろしく頼む」
「はぁ……」
ニャンシーは
モフモフ成分を補充できなかったレイナスが、残念そうに落ち込んでいる。
フォルトは最後の肉を口に放り込んで、二人を連れて寝室に入った。ベッドの上では人間の件を忘れて、彼女たちを相手に情事を始めるのだった。
――――――――――
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