第22話 魔剣士の成長3

 フォルトの自宅の外には、様々な施設が作られている。どれも小さなものだが、森で生活するには欠かせないものだ。

 トレントが野菜の栽培をする農園。

 ブラッドウルフが狩ってきた獲物の保管倉庫。

 ブラウニーが使う材木置き場。

 インプが世話をする養鶏場。

 それらの施設を作るために、周囲に生えていた木々は、目印になる大きな木を除いてすべて伐採されている。

 自宅の前は広い庭となっていた。庭には粗末なテーブルと椅子が置かれて、ちょっとしたテラスになっている。

 その場所では、レイナスとニャンシーが魔法の勉強をしていた。


「氷属性魔法は得意であったの?」

「はいっ!」

「じゃが、攻撃魔法より補助魔法を教えろとはのう」

「フォルト様の育成方針ですわ」

わらわには理解できぬがの」


 フォルトはレイナスを操作するうえで、スキルの『魔法剣まほうけん』を活かした戦闘方法を確立させていた。

 そのために、補助魔法の種類を増やしたかったのだ。


「捗っているか?」

「うむ。この人間は覚えが早くて助かるのう」

「そうか。偉いぞレイナス」

「きゃ!」


 フォルトは状況を確認するために、テラスに出て二人に近づいた。

 それからニャンシーの言葉に機嫌を良くして、レイナスの頭をでる。自分のキャラクター褒められたようでうれしいのだ。

 ニャンシーを眷属けんぞくにして半月程度だが、早いペースで魔法を習得していた。


「何を覚えさせた?」

「まずは攻撃魔法じゃな。種類は多いほうが良いのじゃ」

「うむ」

「後は便利系の魔法を少々じゃな」

「便利系?」

「地面を凍らせたり簡単な幻影を出したりじゃな」

「嫌がらせ系か。すばらしいな!」


 ゲームで遊ぶときのフォルトは、とても性格が悪い。嫌がらせ系の魔法やスキルは好んで使っていた。

 それに相手が引っかかると、腹を抱えて大爆笑したものだ。


「そっそうかの? 攻撃魔法で押すほうが良いと思うのじゃが?」

「人間は魔力が低いからなあ」

「人間同士なら有効じゃぞ?」

「そうなんだがなあ」

「ふふっ。覚えておいて選択をするのは自由ですわよ」

「だな。臨機応変にやればいいか」

「はいっ!」


 レイナスの言葉にうなずいたフォルトは、習得した魔法について聞いた。

 確かにニャンシーが言ったように、攻撃魔法の種類は多いほど良い。とはいえ彼女の魔力は、すべてを使えるほど多くない。

 とりあえずは、その中で面白そうな魔法を選んで使用させてみる。


「では、ちょっと使ってみてくれ」

「分かりましたわ」

「カーミラ!」

「はあい! ただいまあ!」

「よし。やれ」


 返事をしたカーミラは、自宅の中で料理の仕込みをしていた。なので、すぐに玄関扉から外に出てくる。

 そこにレイナスは、フォルトに言われた魔法を使った。



【アイス・フロア/氷の床】



「きゃ!」


 レイナスの魔法は、自宅の入口に氷の床を出現させる。

 当然のようにカーミラが滑って、可愛い声を出しながら尻餅をついた。短いスカートがめくれ上がって、フォルトは「うひょ!」と声を出す。


「もう! 何よこれ!」

「はははっ。レイナス、グッジョブ!」

「ふふっ」

「御主人様のせいですね!」

「すまんすまん。レイナスの魔法の性能を見たくてな」

「実験台にしないでくださーい!」

「まぁまぁ。ほら、こっちに来い」

「はあい!」


 カーミラは立ち上がって、フォルトの腕に抱き着いてくる。

 それだけで機嫌が直るのだが、レイナスの笑顔を見て不貞腐れた。


「レイナスちゃん!」

「ごめんなさいね。でも使い方が分かったわ」

「だろ? 正面から向かってくる脳筋なら十分に有効だ」

「私は脳筋じゃないですよぉ!」

「今のはしょうがないさ。いきなりすぎて誰でも引っかかる」

「えへへ」

「本来の使い方ではないが、まぁ良いじゃろ」


 ニャンシーの言った本来の使い方は、湖や川を一時的に凍らせることだ。しかしながら、フォルトは滑るという特性を活かしてトラップとして使わせた。

 突然地面が凍れば、誰だって転ぶだろう。


「後は部位を凍らせて動きを封じる魔法などじゃ」

「ほう。使い勝手が良さそうだ」

「どれも初級じゃからな。大したことはできんのじゃ」

「上級は無理なのか?」

「レベルと魔力が足りんのう。他にも……」


 魔法を覚えたところで、魔力が足りなければ使えない。

 しかも中級からは、習得が格段に難しくなる。現在のレイナスだと、もっと勉強の時間が必要だろう。

 ちなみにニャンシーも魔力が低いので、魔法を覚えているだけで使えない。だが習得している魔法の数は多く、先生役には適任だった。


「なるほどな」

「覚えが早いからのう。魔力さえ増えれば教えてやるのじゃ」

「ニャンシーちゃん。ありがとうね」

「ちゃんはやめい! 妾はケットシーの女王じゃぞ!」

「はい?」


 子供扱いされて怒ったのか、ニャンシーが妙なことを言い出した。

 フォルトは女王という言葉に興味が沸いたので問いかける。


「女王?」

「妾は魔人の眷属になったのじゃ。ゆえに同族の中で一番強いのじゃ」

「そうなのか?」

「うむ。あまり妾の命令は聞かぬがの」

「猫だしな」

「猫、言うな!」

「はははっ!」


(俺の眷属になるだけで種族のトップになるのか。魔人ってそんなに凄いのか。改めて強さを実感するな)


 魔物は誰かの眷属になると、多少だが能力が向上する。

 ゲームでいうところの補正値のようなものだ。上昇量は主人の強さに左右されるため、魔人の眷属であれば大きく上昇する。

 もちろん数値としては分からないので、感覚だけの話だった。

 魔物全般に言えることだが、強い者が王となる。しかしながら猫のように気まぐれな種族なので、肩書が付いただけにすぎない。


「フォルト様、レベルが上がりましたわ」

「魔法を習得しただけでか?」

「魔法の知識は総合力に入りますわよ」

「ふむふむ」


 レベルは身体能力の総合力で決まるとの話だ。

 身体能力は運動能力だけではなく、体が持つ能力全般を指すようだ。もちろん脳も含まれるので、魔法の知識も能力に入る。

 確かに肉体能力だけであれば、魔法使いはレベルが低くなるだろう。


「二十五になりましたわね」

「オーガと互角か」

「ですが、それ以下でも勝てますわよ」

「そうなのか?」

「フォルト様の指示が体に染み込んでいますわ」

「さすがはレイナス。すばらしいな!」

「フォルト様のすべてが!」

「そっそうだな!」

「ぶぅ! カーミラちゃんもだもん!」

「そっそうだな!」


 レイナスは目をキラキラさせている。

 カーミラも張り合うが、それを見ているニャンシーはあきれている。続けて、旅に出る旨を伝えてきた。


「妾は新天地を探すかのう」

「レイナスの魔法はいいのか?」

「これだけ教えておけば十分じゃ」

「うーん。行かせるのが寂しいような?」


 フォルトはニャンシーを旅に出すのが惜しくなった。

 自分のイメージが具現化した姿をしているので可愛いのだ。しかもカーミラとレイナスにも人気で、隙を見てはじゃれ合っていた。

 まさにマスコット枠である。


「嬉しいのう。じゃが、すぐに戻れるのじゃ」

「そうなのか?」

「シモベと同じで、主と魔力のつながりがあるからのう」

「ほう」


 眷属だと、通常の召喚魔法では呼び出せない。

 随分と前にソフィアから説明されたが、名前とは世界に個人を繋ぎ止める糸だ。なので眷属を呼び出すには、別の手段が必要だった。

 その手段とは、眷属とするときに繋げた魔力の糸を使うこと。

 ニャンシーを呼び出すには、その糸を通して命令する必要があった。


「命令があれば、魔界を走って戻ってくるのじゃ」


 ケットシーは魔界の魔物である。

 本来の居場所である魔界に入れば、能力を存分に発揮できるのだ。単純に走るだけでも、相当な差がある。

 そのため何日も歩く場所にいようとも、すぐに戻って来られるらしい。


「それって……。また行くのが大変ではないか?」

「行った場所に印を付けるから平気じゃ」

「印?」

「出入口じゃな」

「なら大丈夫か」

「気長に待っておれ」


 話が終わったニャンシーは、荷物を何も持たずに森の中に向かった。

 見送った三人は寂しそうな顔をするが、すぐに元の生活に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 ニャンシーが旅立ってからも、フォルトは怠惰な生活を満喫していた。

 食べては寝て散歩する自堕落生活だ。しかもレイナスの自動狩りができなくなったので、常に二人の美少女と過ごしていた。


「御主人様、お肉ですよぉ。あーん」

「あーん。今日の肉は旨いな!」

「いつもと同じですよぉ?」

「そうなのか?」

「レイナスちゃんが凍らせた肉が一杯ありまーす!」

「冷凍保存?」

「そうでーす!」


 血魔狼けつまろうが狩ってきた獲物は、レイナスが氷属性魔法を使って凍らせていた。

 それを、倉庫に放り込んでいるのだ。


「さすがは俺のレイナスだ!」

「そっそんな……。俺の、だなんて……」

「俺のカーミラちゃんも解凍で頑張ったもーん!」

「俺のカーミラも偉いぞ!」

「えへへ」


(昔は一人で引き籠っていたけどな。寄り添う人がいると変わるものだな。まだ引き籠ってることに変わりないが……)


 フォルトは六畳一間の部屋を思い出す。

 引き籠りを脱する要因として、身近で支えてくれる人がいると良いと聞いたことがあった。当時は母親だったが、今はカーミラとレイナスがそれである。と言っても母親の場合は血を分けた家族なので、どうしても甘やかしてしまうようだ。

 この場合は当人も甘えてしまうため、引き籠りを脱することは難しい。

 彼女たちに甘えるのは同様だが、こちらは申しわけなさが出てしまう。差については深く考えていないので、とりあえず一緒にいてくれるだけで良かった。

 そして現在は……。


「主よ。すぐに呼び戻すのはやめてくれんかのう」

「ニャンシーちゃんにもお肉ですよぉ!」

「あーん。旨いにゃあ! ではないのじゃ!」

「いいじゃないか。食事はみんなで、な」

「先に進めんのじゃがな」


(食事なんて一人で寂しく食べるものだったが……。楽しいな。特に美少女三人っていうのがいい! おっさんは嬉しいよ!)


 ニャンシーの抗議を無視したフォルトは、彼女たちと食事を楽しむ。

 それにしても、楽しい時間はすぐに過ぎる。暴食のおかげで、ドンドンと料理が消えていった。

 これでは拙いと思って、彼女に疑問を問いかけた。


「どこまで行った?」

「じゃから……。進んでおらぬと言っておろう!」

「そうなのか?」

「すぐに呼び戻されてはのう」

「ニャンシーがいないとカーミラが寂しがってなあ」

「私のせいですかぁ?」

「寂しくないのか?」

「モフモフ成分が必要でーす!」

「だろ?」


 この時点において、ニャンシーはカーミラの膝の上に座っている。食事をしながらモフモフされていた。

 その光景を、レイナスが羨ましそうに見ている。


「私もモフモフしたいですわ!」

「じゃあ次ねぇ!」

「はいっ!」

「次など無いのじゃ! 妾は進まねばならぬゆえな!」

「ゆっくりでいいぞ。別に急いでいないしな」

「そうは言うてもな。人間が森の中へ侵入しとるのじゃ」


 ニャンシーから聞き捨てならない話を聞いた。

 人間は魔の森の魔物に追い出されていたはずだ。しかしながら現在は、森の中まで入り込んでいるらしい。


「見たのか?」

「森を出るときにのう。ここまでは来られぬじゃろうが……」

「歯切れが悪いな」

「オーガを倒す人間がおったのじゃ」

「ほう。なら運が良ければ来られるかもなあ」

「家に来ても良いのかの?」

「追い返せばいいしな」


 聞き捨てならない話には違いない。

 それでもフォルトは、人間が来ても構わないと思い始めていた。

 もちろん少人数ならだが……。

 すでに自身を魔人だと理解しており、どんな対処でも可能である。相手が礼儀正しいなら話し合いで追い返しても良いし、もしも粗暴なら殺しても良い。

 そのあたりは、臨機応変にやるつもりだった。


「来られないのが一番いいが、まぁ来てから考えるさ」

「なら良いのじゃがのう」

「それより道中は平気なのか?」

「妾は『透明化とうめいか』が使えるのじゃ。影にも潜れるからのう」

「ほほう」

「影猫ですしねぇ」

「猫、言うな!」


 ケットシーの隠密能力は高い。

 ゴブリンやオーク程度で苦戦しているような人間には発見できないだろう。しかもニャンシーは、魔人フォルトの眷属である。


「いざとなったら魔界に逃げるのじゃ。眷属の特権じゃのう」

「向かう場所は?」

「ここはエウィ王国じゃったかの? 国を出て探すつもりじゃ」

「近くに引っ越しても意味が無いからな」

「その後は森やら山やら。隠れ住めそうな場所を探すのじゃ」

「よろしく頼む」

「はぁ……」


 ニャンシーは溜息ためいきを吐きながら、カーミラの膝から降りる。続けて魔界に戻ったので、旅の続きを始めるのだろう。

 モフモフ成分を補充できなかったレイナスが、残念そうに落ち込んでいる。

 フォルトは最後の肉を口に放り込んで、二人を連れて寝室に入った。ベッドの上では人間の件を忘れて、彼女たちを相手に情事を始めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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