第21話 魔剣士の成長2

 フォルトは一日のうち、半日以上は寝ていた。

 現在は寝室のベッドの上で、カーミラと身を寄せ合っている。とはいえ二度寝、いや三度寝か。何度かは目覚めていた。

 そういったときは、眠りが浅い。

 何かの刺激があれば、簡単に目覚めてしまう。


「フォルト様」

「ぐぅぐぅ」

「フォルト様」

「ぐぅぐぅ」

「ちゅ!」

「んっ、んんっ!」


 ほほに気持ちの良い刺激を受けたので、フォルトは目覚めた。

 薄く目を開けると、レイナスの潤った唇が見える。確か自動狩りに向かっていたはずだが、もう戻ってくる時間になったか。

 それにしても、彼女の表情は硬かった。


「おぉレイナスか。どうした?」

「少し困ったことになりましたわ」

「え?」


 レイナスからは、自動狩りの最中に起きた出来事を伝えられる。

 それは魔の森の魔物が、フォルトに服従を誓うというものだった。

 さすがに驚いたフォルトは、カーミラを起こして寝室を出る。次に顔を洗って眠気を完全に覚ましてから、ダイニングテーブルを三人で囲んだ。


「各種族の代表者が来ておりますわよ?」

「待たせておけばいい」

「分かりましたわ」

「それで?」

「私が彼ら? を狩り続けるので困っているとの話ですわね」

「どういうことだ?」

「縄張りを守れないと言っていましたわ」

「うーむ。人間の侵入を阻めないってことだよな?」

「はい」


(魔物を倒して数分後にポップするならいいけど、さすがにゲームとは違うか。確かに魔物が人間に負けるのは望ましくないな)


 オークの巣を再生処理場と言った記憶がある。

 随分前になるが、発狂したジェシカとアイナを放り込んだ。

 その目的はオークの子供を大量に産んでもらい、人間を森の奥地まで来させないことだった。もちろん、処分に困ったことも多分にあったが……。


「後はフォルト様に、森の王になってほしいとか?」

「あ……。そういうのはいいから!」


 フォルトに森の王などやる気はない。

 そんな面倒なことがやれるなら、日本で落ちぶれていないのだ。


「俺がグーたらオヤジなのは知っているだろ?」

「オヤジなどと……。フォルト様はフォルト様ですわ!」

「そっそうか」


 自分でオヤジと言っているが、現在は『変化へんげ』のスキルで若者だ。しかしながらフォルトの中身は、おっさんのままである。

 レイナスの言葉には、少しだけ慰められた。


「でも御主人様。どうしますかぁ?」

「森に人間が入ってくるのは困る」

「では?」

「自動狩りは中止だな」

「分かりましたわ」

「レイナスちゃんのレベルが上がらないですよぉ?」

「うーん。それなんだよなあ」


 カーミラの指摘はもっともなので、フォルトは腕を組んで考え込む。

 そして、今さらながら一つの疑問点が浮かんだ。


「裏にある山には何がいるんだ?」

「知能のある魔物はいませんよぉ」

「そうなのか?」

「鳥系の魔物ですねぇ。後は食料になる獣でーす!」

「うーん。残念だな」


(参ったな。俺が降参したいぐらいだ。せっかくレイナスを育成しているのだ。ここで諦めたら興ざめしてしまうじゃないか!)


 実際には自動狩りなので、フォルトは育成していない。

 自身が手を掛けて育てているわけではないが、レイナスの成長は自分が育成した結果だと思っていた。

 これは、ゲーム感覚なので仕方ない。


「まず確認だ。俺は森の王にならん!」

「召喚した魔物じゃありませんしねぇ」

「うむ」


 召喚した魔物は、フォルトに忠実である。

 命令には逆らわず、文句も言わずに働いてくれる。しかも必要が無くなったら送還すれば良いので、とても気軽だった。

 それとは違って、魔の森の魔物は独自に生活している。森の王になったところで、面倒事が増えるだけだ。

 彼らを守る義理も無い。

 こちらのことは気にしないで、勝手に人間を撃退してもらえれば良い。


「なので、もう襲わないと伝えてくれ」

「分かりましたわ」


 レイナスが席を立って外に出ていった。

 それを眺めたフォルトは、再び腕を組んで考え込む。すると、カーミラが何かを思いついたようで問いかけてくる。


「森を出ますかぁ?」

「嫌だ!」

「えへへ。ここと似たような場所があるかもしれませんよぉ」

「あるのか!」

「分かりませーん!」

「だよなぁ」

「でも探すのは有りだと思いますよぉ」

「うーむ。魔物を召喚して探させるか。じゃあ外に行こう」

「はあい!」


 カーミラの意見は的を射ている。

 魔の森の奥地は気に入っているが、他にもある可能性は高い。人間の手が入らない場所も発見できるかもしれない。

 そう考えたフォルトは召喚魔法を使うために、彼女と自宅を出る。外にはレイナスがおり、各部族の長とやらを見送っている最中だった。

 ゴブリンやオーク、オーガが一緒にいるところも珍しい。知能が低くても、自分たちに降りかかる脅威には団結できるようだ。

 なかなか興味深いが、今はそれを置いておく。


「フォルト様」

「帰ったか?」

「渋々でしたわ」

「渋々、か」

「魔人の庇護下ひごかに入れば安全ですからねぇ」


 フォルトは魔人だが、その力を存分に発揮したことはない。と言っても、自身に内包している力は理解しているつもりだった。

 その魔人のところに逃げ込めば安全なのは分かる、が……。


「俺は人間も魔物もどうでもいい。自堕落生活をしたいだけだ」

「さすがは御主人様です!」

「さてと……。どの魔物を召喚するかな」

「御主人様ならケットシーでいいと思いまーす!」

「俺なら?」

「召喚してくださーい!」

「おっおう……」


 カーミラの言葉には、少し戸惑いを感じる。

 それでも、フォルトに対してうそを言ったことがない。彼女が良いと言えば、ケットシーで良いのだ。



【サモン・ケットシー/召喚・猫王】



 フォルトが召喚魔法を使うと、目の前の地面に召喚陣が形成された。何度も見ているので、それ自体に真新しいものは無い。

 ただし召喚したケットシーは、自身が思っていたイメージと違った。


「にゃあ!」

「おおっ!」

「お初にお目にかかるのう。わらわの主になるのはお主かの?」


 ケットシーとは、魔界に住まう猫の魔物だ。

 通常は、猫の形をした黒い影のような魔物である。しかしながら目の前に現れたのは、猫耳と猫の尻尾がある少女だった。


「これは……」


 白いモフモフ付きの黒レオタードを着て、短めの白いマントを羽織っている。

 他にも、猫の手をイメージしたグローブをはめていた。しかも、猫の足をイメージしたロングブーツを履いている。

 小さい王冠をかぶり、高級そうなつえを持っていた。

 そして子供のように小さく、大人の腰ぐらいまでの身長である。


「やっぱり御主人様は最高でーす!」

「どっどういう意味だ?」

「ケットシーは、召喚主のイメージに合わせて姿を変えるんですよぉ」

「何だと!」

「きゃー! モフモフ!」

「おっお主! やめんかっ!」

「いいじゃないですかぁ。ゴロゴロ」

「ゴロゴロ。気持ちがいいにゃ」


 満面の笑みを浮かべたカーミラは、ケットシーに飛びついてじゃれ合う。耳裏に顔を埋めながら、顎をでている。

 なんとも微笑ましい光景だった。


(こっこれが俺のイメージだ、と? 確かに猫の擬人化は好きだったが、こうもリアルに出てくるとビビるな! いや……。可愛いは正義だったか?)


「んんっ! カーミラ、離してやれ」

「はあい!」

「ケットシーには名前があるのか?」

「妾に名など無いのじゃ」


 フォルトは感極まった。

 のじゃロリで猫を擬人化した姿なのだ。自身はロリコンではないのだが、このケットシーは妙にマッチしている。

 とりあえず召喚した目的を伝える。


「そうか。頼み事をしたいのだが?」

「苦しゅうない。話すのじゃ」

「魔の森と同じように隠れ住める場所を探してくれないか?」

「主の頼みなら聞かねばならぬ。が……」

「が?」

「時間が必要じゃのう。ゆえに眷属けんぞくとするのじゃ」

「眷属?」


 眷属という言葉自体は聞いたことがある。

 ただし、こちらの世界の眷属と同義かは分からない。なのでフォルトは、何でも知っているカーミラに視線を向けた。


「ペットですよぉ。ペット!」

「ペットって……。」

「眷属を知らぬとな? ならば教えて進ぜようかの」

「う、うむ」


 ケットシーが答えてくれた。

 召喚魔法で魔物を呼び出すと、同族の中から個体をランダムに呼び出す。

 そして、送還すると召喚されていたときの記憶を失う。だが眷属の場合は、同じ個体を使役するため記憶が残る。

 隠れ住む場所を探すなら、眷属にしたほうが得だろう。

 いちいち同じ命令をしないで済む。


「そういった話なら眷属にしてもいいな」

「じゃろう?」

「眷属にするにはどうすればいい?」

「ちょっと耳を貸すのじゃ」

「いいぞ」

「ちゅ!」

「おわっ!」


 ケットシーが頬に口付けした。

 それに驚いたフォルトは、後ろに大きく飛びのいた。見た目は猫耳少女だが、魔界の魔物なのでまれたと思ったのだ。

 ともあれ、猫耳少女はすまし顔だった。


「妾に名前を付けるのじゃ」

「それと今の行動と、何の関係が?」

「眷属になるための契約じゃ。主の望むことをやっただけじゃぞ」

「うーむ。では名前は……。ニャンシーだ!」

「嫌じゃ」

「へ?」

「もっと可愛らしいのが良いのう」


(何という我儘わがまま。召喚した魔物は命令を聞くんじゃなかったのか? でもニャンシーが駄目だと? 可愛いと思うんだが……)


 フォルトは再び名前を考える。

 自分にネーミングセンスがあるとは思っていない。「ニャンシーが駄目なら他に何があるのだろうか」と腕を組んで空を見上げる。

 なかなか思い浮かばなかったが、簡単な名前を思いついた。


「では……。タ」

「ニャンシーで良いぞ」

「は?」

「お主の困った顔を見たかっただけじゃ」

「御主人様は可愛いですねぇ」


 ニャンシーがニヤリと笑った。

 それを合図にカーミラが、フォルトの腕に抱き着いてきた。次に一瞬遅れて、レイナスも反対側の腕に胸を押し当てる。


「お主は好かれておるのう」

「ま、まあな」


 二人の柔らかい感触に、フォルトは顔の筋肉を緩ませる。

 今は若者の姿だが、おっさんの姿でも愛情表現は変わらない。今までの経緯はともかく、彼女たちに好かれているのは間違いない。

 それが分かるだけに、ニャンシーの指摘が恥ずかしい。


「これで契約は済んだのじゃ」

「では新天地を探してくれ」

「嫌じゃ」

「またか……」

「探しに行くのは良いのじゃが……。そこの人間!」

「わっ私かしら?」


 フォルトの命令を断ったニャンシーが、レイナスに杖を突き付けた。

 いきなり指名された彼女は、呆気あっけに取られている。


「魔法を教えてやるのじゃ」

「魔法、ですか?」

「違うのかの? 主の思念はそう言っとるがのう」

「俺の思念?」

「そうじゃ」

「勝手に思念を読むとは……」


 思念を読まれるということは、フォルトの思考が分かるということ。先ほどの指摘より恥ずかしいので、ニャンシーに抗議した。

 ただし見た目が愛くるしいので、あまり強く言えない。


「読んだわけではないわ! 勝手に流れ込んできたのじゃ」

「勝手にか……。なら仕方ないな」

「妾の姿と同じじゃ。主の望むことなのじゃろ?」

「そうだ。レイナスに魔法を覚えさせたかった」

「思念の強さから、それが先と思ったまでじゃ」


 どうやら、フォルトの懸念した内容と違うようだ。

 眷属の特性かケットシーの特性かは分からない。しかしながら、普段から考えている内容までは分からないらしい。

 強い思念に限って、何となく理解できる程度であった。

 ニャンシーが理解した内容は四個。

 レイナスの成長、新天地の探索、魔族の捜索、そして今の姿だった。


「では、出発は後日でいい」

「そうじゃろう。そうじゃろう」


(棚から牡丹餅だな。こうなることをカーミラは予想していたのか? まぁ俺には分からないことだらけだしな。それにしても……)


 カーミラは提案するだけで、決定はフォルトに任されている。

 それでも満足できる内容ばかりだった。


「ニャンシーちゃん! 眷属への昇格、おめでとう!」

「うむ。お主のおかげじゃな。こっこれ。抱き着くでない!」

「いいじゃないですかぁ。モフモフ! ゴロゴロ!」

「にゃあ。気持ちがいいにゃ……。ではないわ!」


 いったんは離れたカーミラが、ニャンシーに抱き着いてじゃれ合っている。

 確かに、別の意味でも気持ち良さそうだ。フォルトも抱き着きたいという衝動に駆られたが、ロリコンではないので自制した。

 これは大事なことだ。


「ならばニャンシーよ。暫くレイナスのことは任せる」

「うむ。任せておくのじゃ。ちょちょっと! にゃあ」

「可愛いですわ!」


 とうとうレイナスが我慢できなくなったか。

 ニャンシーに抱き着いて、カーミラと一緒にじゃれ合う。モフモフできるところは限られているが、二人なら奪い合いにならないようだ。

 ほっこりしたフォルトは、愛らしい猫眷属に笑みを浮かべるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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