第20話 魔剣士の成長1

 魔の森の奥地にあるフォルトの自宅前。

 レイナスが日課の一つとして、素振りをしていた。

 まずは基礎訓練を終わらせてから、自動狩りに臨ませているからだ。要は準備運動のようなものだった。

 その光景を眺めているフォルトは、彼女に問いかける。


「レイナス」

「フォルト様、どうかしましたか?」

「カードを見せてみろ」

「はいっ!」


 レイナスは首から下げているカードを、フォルトに渡した。

 それを受け取った後は、指で操作して状態を見る。

 やはり、育成方法は間違っていなかった。基礎訓練の効果は分からないが、実践を経験させることでレベルが上がっているようだ。


「レベルは二十二か。頑張っているな!」

「私も驚いていますわ」

「称号が「剣士」から「魔剣士」に変わったな」

「フォルト様が言っていた魔法剣士ということでは?」

「なら俺の期待通りの成長だ」

「それはうれしいですわね」


 レイナスはどうだと言わんばかりに胸を張る。

 すぐにでもみたいが、これはグレープフルーツと言えるだろう。寝室で確認したが程よく手に収まって、丁度良い重量感もあった。

 ちなみにカーミラは柿である。


「スキルは……。『魔法剣まほうけん』?」

「武器に魔力を帯びさせるスキルですわね」

「理解した。魔法の属性付与とは違うのか?」

「無属性ですわね。汎用性が高いと思いますわ」

「魔力を使わないのが良いかもな」

「そうですわね。私は魔力が少ないですから……」


 スキルは魔法と違って、魔力を使わない。

 その代わり集中力というものを使うのだ。スキルを使用するたびに、集中力が散漫になっていく。また連続で使用し過ぎると気絶する。

 ちなみに魔力を使うと、徐々に体が怠くなる。しかも集中力と同様に、魔力が枯渇すると気絶してしまう。

 使い分けが重要だと思われる。


「魔法は増えてないのか?」

「レベルで魔法は習得できませんわ」

「そうなのか?」

「魔法は学問ですわ。書物や熟練の魔法使いから習うものですわね」

「なるほど」

「今まで私が使っていたのは、魔法学園で習った魔法ですわ」

「成績が優秀な天才と聞いたぞ?」

「いやですわ。でも加速の魔法を覚えたのは私だけでしたわね」


 身体強化系魔法の【ヘイスト/加速】は中級に属し、習得も難しい部類に入る。魔法学園の卒業生でも使える者は数えるほどしかいない。

 ゆえにレイナスは、天才と呼ばれていた。

 カーミラガチャは、まさにレアキャラクターを引いたのだ。


「うーん。じゃあ書物を手に入れるしかないなぁ」

「フォルト様が教えてくれるのでは?」

「ぐっ! 俺には無理だ!」

「そうですか……」


 フォルトが覚えている魔法は、カーミラの元主人から譲られた魔法だ。

 記憶情報のアカシックレコードから引き出しただけなので、残念ながらレイナスに教えることはできない。

 教える場合は、最初から理解する必要がある。魔法は学問という話なので、一から勉強するということだ。

 今さら勉強など、怠惰な自分にやれるわけがない。

 ならばと、自宅の中にいる愛しのシモベを呼んだ。


「カーミラ!」

「はあい! ただいまあ!」

「レイナスに魔法を教えられる?」

「無理でーす!」

「そっそうか……」


 カーミラの魔法も、悪魔の特性で使えるようなものだ。リリスとして存在したときから覚えていたという話だった。

 フォルトと同じく、他人には教えられない。


「都市で奪うか」

「難しいと思いますわよ」

「そうなのか?」

「魔法関連の書物は、魔術師ギルドが管理していますわ」

「ふんふん」

「魔法の防御結界が張られていますので……」

「なるほど」

「書物よりは熟練の魔法使いに弟子入りするのが一般的ですわね」


 フォルトとしては、弟子入りなど実行したくない。

 レイナスはレアキャラクターであり、自身が育成しているのだ。熟練の魔法使いに預けるなど言語道断である。もちろん、女性としても手放したくはない。

 その思いが顔に出たのか、カーミラが提案した。


「カーミラちゃんに良い案がありまーす!」

「おおっ! でかした!」

「魔族に教えてもらいましょう!」

「ま、魔族? 魔人とは違うのか?」

「簡単に言うとですね」

「言うと?」

「人間が神の子なら、魔族は悪魔王の子でーす!」

「な、なんだってえ!」

「御主人様?」


 こちらの世界の人間は、天界の神々が創造したとされている。

 そして魔族は、魔界の神である悪魔王が創造したとされていた。真偽のほどは分からないが、悪魔のカーミラが言うなら間違いないかもしれない。


「あ、いや。何でもない。ちなみに魔人は?」

「人間が現れる前から存在したとか?」

「まぁいいや。それで?」

「それだけですよぉ」

「どこにいるのだ?」

「分かりませーん!」

「おいっ!」

「だってぇ。勇魔戦争で魔族の国は滅亡しちゃいましたし……」


 勇魔戦争とは、十年前に起きた戦争である。

 魔王が率いる魔族の国が引き起こしたらしい。人間の国々は災厄とも言える被害を受けたが、亜人の国と連合を組んで勝利した。

 魔王が勇者に倒され、魔族の国は滅亡したのだ。生き残りは散り散りになって、大陸の各地に逃げたらしい。

 カーミラの提案は、その生き残りを探せということだ。


(ゲームではよくある戦いだな。まぁ勇者と魔王のシチュエーションなんてそんなものか。人間は勇者候補を召喚していたし……。魔王候補もいたりしてな)


 フォルトのゲーム脳で考えると、魔王候補がいると胸熱だったりする。

 ともあれ、カーミラに話の続きを促した。


「魔族は魔法に長けてまーす!」

「どうやって見つけるのだ?」

「それはぁ……。御主人様がぁ……」

「無理! 面倒! ダルい! 却下!」

「さすがは御主人様です!」


 怠惰なフォルトに人探し、もとい魔族探しなど無理だ。

 それでも発見することができれば、レイナスの育成に使えるだろう。誰かに預けたくないが、手元に置いて教えてもらうなら構わない。

 ゲーム脳だと、育成のボタンを押せば先生が登場するイメージだ。


「何か良い手はないかな?」

「珍しいですねぇ。いつもなら考えただけで寝るのに……」

「レイナスが育っているからな。成長を止めたくないだろ?」

「じゃあ探してみますかぁ?」

「駄目だ。カーミラがいないと寂しいだろ」

「きゃー! 御主人様、大好き! ちゅ!」

「わ、私も……。ちゅ!」

「ちょっちょっと!」


 カーミラに続いて、レイナスにもほほに口付けされた。

 これには、フォルトは戸惑ってしまう。寝室以外でされるのは、中身がおっさんなので慣れないのだ。

 そして恥ずかしさを隠すように、腕時計が無いのに腕を見る。


「レ、レイナスは自動狩りの時間だ!」

「分かりましたわ」

「頑張ってねえ!」

「ふふっ。フォルト様のために頑張りますわ」


 レイナスは名残惜しそうにしていたが、期待には応えるつもりのようだ。

 調教や精神的な追い込みで、完全にフォルトに依存している。ゲームでいうところの好感度マックス状態だった。

 それに気を良くして、カーミラと一緒に自宅の中に入るのだった。



◇◇◇◇◇



 魔族について考えだしてから数日後。

 フォルトは自宅の屋根で、カーミラの膝枕を堪能している。

 その視線は、本日も自動狩りに向かったレイナスを眺めていた。いや、スカートとニーハイソックスの間にある絶対領域に視線を送っている。

 それは頭の下にもあるので、スリスリと触りながらだ。


(魔族、か。難題だな。探そうにも俺は森から出たくない。カーミラやレイナスは出したくない。その辺に落ちていないものか……)


 本当に難題である。

 レイナスの成長に魔族は鍵になりそうだが、様々な理由で探せない。当てあるわけでもないので、ひょっこりと現れてもらえれば非常に助かる。

 そんなことを考えていると、カーミラからとんでもない話が飛び出した。


「お肉ですよ! あーん」

「あーん」

「御主人様、どうせ森の外には出ますよぉ?」

「もぐもぐ。なぜだ?」

「そろそろレイナスちゃんがレベルの上限でーす!」

「なっ何っ! 上限だと!」

「普通はレベル三十で止まっちゃいますねぇ」


 レベルとは、身体能力を数値化したものと聞いている。

 名前は忘れたが、こちらの世界に召喚されたときにいた騎士からだ。しかしながら鵜呑うのみにしていないので、もっとあやふやなものと思っていた。

 うまく言葉にできないが、レイナスの育成で感じたことだ。

 彼女の身体能力が、目に見えて上がっている様子は見られなかった。筋肉が盛り上がっているわけでもなく、足が速くなったわけでもない。

 ただしレベルの上限については、カーミラの言葉なので信用している。人間が化け物になるわけではないので、能力に限界があるのだろう。


(まさか限界突破の作業が必要だとは……。もう日本での常識など知らん。そういうものだと割り切っている。ということは……)


「限界突破か。どうやるんだ?」

「人間は神殿かなぁ。神からの試練を受けるみたいですねぇ」

「ほう」

「神と交信した司祭から言い渡される感じでーす!」


 神と聞いたフォルトは、レベルについて確信に近づいた。

 実際に存在する神が関与しているなら、完璧に計算されていると考えるのが普通だろう。とはいえ万能と思っていないので、自身の考えを肯定した。

 自分が天邪鬼なのは否定しない。


「レイナスを人間の町に連れて行けん。騒ぎになっているのだろ?」

「ならやっぱり、魔族の出番でーす!」

「限界突破も魔族か……」

「魔族もやりますよぉ」

「なるほどな」

「ですので、どうせ森から出るという話でしたぁ」

「俺の引き籠り生活があ!」


 フォルトは珍しく絶叫する。

 現在の自堕落生活が気に入り過ぎているので、それを変えるのが辛いのだ。と言っても、自らがいた種だった。

 美少女育成型対戦ゲームを始めたせいである。


(仕方ないな。そう、仕方がないのだ。仕事をするわけじゃない。遊びだ。これは遊びなのだ。遊びなら俺は外に出られる! はずだ……)


 実際レイナスを手に入れるために、城塞都市ソフィアに行った。

 到着早々にダラけてしまったが、森を出たことには変わりない。


「よし! レイナスのレベルが三十になったら考えよう」

「はあい! さすがは御主人様です!」

「それまでは惰眠を貪る。来い! カーミラ!」

「やったあ!」


 起き上がったフォルトは、屋根の上に設置された窓をスライドさせる。窓と言っても雑な造りの木窓で、ガラスは使われていない

 怠惰なので、ブラウニーに自宅を改造させたのだ。

 これのおかげで、屋根から寝室に直接下りられる。


「これ……。いいですよねぇ」

「完璧だろ?」


 寝室の中も変化している。

 レイナスを拉致する際に占拠した貴族の屋敷があった。その屋敷から、光を発する魔道具や寝具を奪ってきたのだ。

 フォルトの自宅の外観は、城にあったロッジのようにみすぼらしい。しかしながら入手した物品のおかげで、快適な惰眠を貪れている。

 それにも気を良くして、カーミラと一緒に寝室に下りるのだった。



◇◇◇◇◇



 レイナスは自動狩りと言われるレベル上げのために、魔の森を進んでいた。

 そして討伐対象を発見すると同時に、スキルを発動させる。


「ギャッギャ! 人間!」

「『魔法剣まほうけん』! やあああっ!」


 視線の先には、三体のゴブリンがいる。

 この魔物の推奨討伐レベルは、エウィ王国の一般兵でも討伐できる十だ。レベル二十二のレイナスなら、簡単に倒せる。


「ギャア!」

「逃ゲル! 逃ゲル!」

「ギャッギャ、逃ゲル!」


 『魔法剣まほうけん』を使ったレイナスは、まるで紙を切るかのように、一体のゴブリンを斬り裂いた。とはいえそれを見た二体は、一目散に逃げ出してしまう。

 これでは自動狩りにならないが、最近になってよく見る光景だった。


(レベルが二十を越えたあたりからかしら? 一体を相手にすると、すぐに逃げてしまうわね。でもフォルト様からは、オーガは駄目と言われているわ)


 オーガの推奨討伐レベルは二十五である。

 レイナスよりも高いので、もし一人で戦えば負ける可能性がある。なのでフォルトからは、自動狩りでの戦闘を禁止されていた。


「困ったわね」

「ウゴオオオオッ!」

「この声は!」


 レイナスが聞いた声は、オーガの雄叫びだ。

 ここは、魔の森である。ゴブリンに逃げられたのなら、すぐに安全を確保するために移動するべきだった。

 それを怠ったがために、今は戦いたくない魔物に発見されてしまう。

 しかも、その人食い鬼は……。


「ギャッ、ギャ!」

「ゴブリンもですって! 戻ってきたの?」

「人間!」

「オークまで……」


 魔物のわなにはまったのか、ゴブリンが連れてきたのか。

 それは分からないが、周囲から他の魔物も現れる。レイナスの視界に入っているだけでも、数は三十体以上いるだろう。

 どうやら、魔物の群れに包囲されているようだった。ゴブリンやオークだけなら突破は可能だが、オーガがいるので難しいか。

 絶体絶命のピンチだ。


(拙いわ! 数が多い……。オーガだけならギリギリ勝てるかもですが、これだけ魔物が多いと無理だわ!)


 オーガが一体であれば、フォルトの操作がなくても勝てる可能性は高い。

 何度か操作してもらっているので、体が覚えているのだ。だが簡単に勝てるゴブリンやオークでも、数は脅威である。

 魔物が一対一で、正々堂々と戦うわけがない。

 数で押されれば、レイナスは死んでしまうだろう。


「どっどうすれば……。え?」

「降参スル」

「襲ッテスマナカッタ」

「許シテホシイ」


 絶体絶命の危機だったが、魔物たちは武器を捨てて両手を挙げている。

 これの意味するところは、魔物が言ったように降参の仕草である。敵意が無いことを示すために、人間と同じ仕草をするのだ。


「なっ何が……。どうなって?」

「聞イテホシイ」

「はい?」

「縄張リ、守レナイ」

「オ前、人間、違ウ」

「魔人、近クニイル」

「降参スル」


 魔物たちはレイナスに対して、両膝を地面に付けて服従の仕草をした。

 これも罠だと思ったが、数的有利は魔物側である。知能が低い魔物なので、優勢なら襲ってくるはずだった。

 これには困惑を隠せないが、とにかく窮地を脱せられそうだ。


「なら話を聞きますわ」

「助カル」

「歩きながらでいいかしら? 戻らないと私が殺されてしまうわ」

「殺サレル! ワ、分カッタ」


 この場での会話は危険である。

 もしも対応を誤れば、今度は間違いなく襲われるだろう。だからこそレイナスは、フォルトに殺されるとうそを言っておく。

 おびえさせるために……。


(実際のところはどうなのかしらね。私がいなくなったら殺されるのかしら? ですが、フォルト様から離れるつもりはありませんし……)


「それで……。話というのは?」


 あり得ない仮定を考えても意味は無い。今は無事に、フォルトのところに戻ることだけを考えれば良いだろう。

 レイナスは慎重に話を聞きながら、主人との愛の巣に向かうのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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