第17話 血濡れの令嬢3

 フォルトの怠惰が全開である。

 毎日のように堕落しきった生活を満喫中だ。二度寝、三度寝は当たり前。好きな時間に起き出して、好きなだけ食べる。

 つい先日、城塞都市ソフィアで玩具を手に入れた。

 やっている遊びは、美少女育成型の対戦ゲームである。レイナスという美少女を育成して、他の人間と戦わせるのだ。

 現在は育成段階である。


(でも……。思っていたのと違うな)


 眠気が消えたフォルトは、ベッドの上で横になっていた。

 自宅は魔の森の奥地なので、他に知らない人間がいない。なので『変化へんげ』のスキルを使って、若者の姿である。

 ふと隣を見ると、当然のようにカーミラが就寝中だ。体を密着させて、寝息を立てていた。悪戯をしたいところだが、今は控えておく。

 そして自身の体を挟んだ反対側に、レイナスも寝ている。

 従順なゲームキャラクターにするため、彼女には三日間の調教を行った。もちろん演技かどうかを確認したが、とりあえず目的は達したと思われる。

 しかし……。


「これではハーレム系アドベンチャーゲームではないか!」

「んんっ。御主人様?」

「ふぁ……。フォルト様?」

「もう起きる! 飯!」

「はあい!」

「分かりましたわ」


 思わず後頭部をかいたフォルトは、カーミラとレイナスを見送る。

 これから食事を作るのだろう。女性の人数が増えただけで、今までの自堕落生活と何も変わっていない。

 変わっていないのだが……。


(育成のやり方が分からないからか? 素振りや走り込み、魔法の練習とかはやらせているが……。俺が思っていたのと違う気がするな)


 フォルトの虜になったレイナスは、従順に指示されたことだけを行っている。とはいえ、訓練メニューは昭和の根性論からきている。

 また彼女は魔法学園の学生だったので、魔法については授業の復習だった。

 「うーん」とうなった後は、料理が並び始めたリビングに行く。


「レイナスよ」

「はい?」


 椅子に座ったフォルトは、配膳中のレイナスに問いかける。

 とりあえず、現在の状態を聞いておくのだ。


「強くなっているか?」

「まだ七日ほどですので、よく分かりませんわ」


 確かに七日程度では、結果など出ないだろう。

 それに自身についてだと、実感が無いかもしれない。


「そっそうか。カーミラ?」

「私には分かりませーん!」

「レベルはどうなのだ?」

「変わりませんわね」

「そっそうか……」


 フォルトはに落ちない感じで、ガツガツと飯を食べ始めた。カーミラやレイナスも続き、一家団欒だんらん状態になる。

 食事の間も首を傾げるが、原因は何となく分かっていた。


「やはりステータスが分からないのがいかんな」

「ステータス、ですか?」

「俺のいた世界のゲームでは、キャラの能力を数値化しているのだ」

「はぁ……?」

「レイナス、腕力はいくつだ?」

「分かりませんわよ」

「ですよね」


 レベルという概念があっても、腕力などの細かい数値は分からない。腑に落ちない理由は、成長の変化が視認できないところからきている。

 成長の確認とは、過去との比較があってこそ成り立つものだ。現在のレイナスと拉致したときの彼女を比較しても、何も変わっていないように思える。

 たった七日なので何とも言えないが、所詮はゲーム脳からの話だった。


「スキルの『状態測定じょうたいそくてい』じゃ駄目ですかぁ?」

「アレは数値と言うよりは目安だな。長い棒みたいのが横に伸びる」

「その長さで何となく差が分かるってことですねぇ」

「うむ」

「力とかは分からないんですかぁ?」

「残念ながら、な」


 スキルの『状態測定じょうたいそくてい』を使うと、視界の左上に棒のような線が現れる。

 これが対象の生命力になっており、比較することが可能だ。しかしながら数値が出るわけではないので、あくまでも目安なのだ。

 これもゲームのようだが、それなりに便利であった。


「ところでレイナスよ」

「はい?」

「人間を殺したことはあるか?」

「ありませんわよ!」

「殺せるか?」

「無理ですわ!」

「伯爵令嬢だものな」

「それ以前に殺人は犯罪ですわよ!」

「そう思ってた時期が俺にもあったなあ」


 フォルトは人間から魔人に変わった。すでに、常識や倫理観を改めている。

 その考えを伝えると、目を閉じたレイナスは黙って聞いていた。思考変化のきっかけを作ったカーミラは、ニヤニヤと口角を上げている。


「堕ちたのですわね」

「そうだ」

「戻れませんの?」

「戻る気はないし、レイナスもそうなる」


 魔人に変わってからのフォルトの行動を鑑みると、レイナスの言った表現は合っている。現代日本であれば、「無敵の人」と言われるかもしれない。

 氷河期の引き籠りの中年が人間を殺し、人間を玩具にしているのだ。しかしながら自身は、こちらの世界に順応しただけと思っている。

 それでもまだ揺れ動いているのだが……。


「私はフォルト様がいなければ生きていけませんわ」

「そういうわけで、次の訓練を決めた」

「何をやれば?」

「準備ができるまでは、いつものメニューと剣の訓練をしていろ」

「分かりましたわ」


 食事を終えたレイナスは、自宅から出て訓練を始める。

 彼女は魔法も使えるが、フォルトが欲しいのは魔法剣士である。魔法は後回しにして、まず剣技を磨くところからだ。

 そしてカーミラに、とある依頼をする。


「カーミラ、頼みがあるんだが……」

「はあい! カーミラちゃんにお任せでーす!」

「用意して欲しいものがあるんだが……」

「何ですかぁ?」

「ボソボソ」

「きゃー! さすがは御主人様です! ちゅ!」


 内緒話に喜んだカーミラは、フォルトのほほに口付けして自宅を出た。

 一人だと難しいかもしれないが、彼女の能力があれば可能だろう。まるで香辛料を奪いに向かうかのように、軽やかな足取りである。

 そしてレイナスの訓練を、欠伸をしながら眺めるのだった。



◇◇◇◇◇



 カーミラに頼み事をしてから、数日が経過した。

 フォルトは両手に華で、寝室のベッドから起き出す。


「ふぁあ。カーミラ、準備はできているか?」

「はあい! 御主人様の希望通りでーす!」

「何の話かしら?」

「ははっ。後のお楽しみだ」


 レイナスには何も伝えていない。

 そして彼女は、深く聞いてこない。完全にフォルトの虜になっているので、従順に言われたことだけをやる玩具だった。

 以降はリビングに出て、いつものように食事を始める。

 その最中に、本日の訓練内容を伝えた。


「今日の訓練は水浴びだ」

「水浴び、ですか?」

「うむ。川でな」

「いつも一緒に浴びていますけど?」


 フォルトの自宅に無いものがある。

 それは、風呂とトイレだ。

 風呂はレイナスが言ったように、近くの川で済ませている。飲み水になるほど水質が良いので、何の問題も無く体を洗えていた。

 ちなみにトイレが必要なのは、人間の彼女だけである。女性のトイレ事情は趣味から完全に外れるので、カーミラに任せて何も聞いていない。

 ともあれ……。


「趣向が違うぞ。これをクリアしたら褒美をやる」

「ほっ褒美……。頑張りますわ!」

「二人とも行くぞ!」

「はあい!」

「はいっ!」


 三人は手をつなぎながら、近くの川に向かう。

 フォルトの自宅周辺は、魔物が出ないので安全だった。何かにおびえているようで近寄ってこないのだ。


(俺の召喚した魔物は強いし、あのときのオークは俺たちを襲わないとか言っていたような気がする。もしかしたら、カーミラが何かしたか?)


 魔物が寄ってこない理由は、何となく理解している。

 フォルトの考えが正しければ、魔人や悪魔の縄張りとして認知されたのだろう。魔物は本能に忠実なので、力量差を察知して避けられているのだ。

 そんなことを考えていると、目的の川に到着した。


「おっと。これは面白いな」


 いつもと風景が違った。

 木で作製した十字架が、河原に何本も刺さっているのだ。この異様な光景にレイナスは驚いて、カーミラはニヤリと口角を上げる。

 やはりレベル百五十の悪魔には、簡単なお仕事だったようだ。


「フォルト様?」

「レイナスのために準備したものだ」

「訓練ですか?」

「そうだ」

「十字架、ですわよね?」

「まぁ作りは最低だけどな」

「何の意味があるのかしら?」

「こちら側では分からないな。反対側に行くぞ!」


 三人は川を渡って、十字架を見る。

 そこには、数人の男性が十字架にはりつけにされている。口に猿轡さるぐつわをはめられて、声が出せない状態だった。

 体は強く固定されて動けないようだ。


「なっ!」

「驚いたか? 盗賊だ」

「とっ盗賊ですか?」

「城塞都市ソフィアの近くに盗賊団がいてな」

「聞いたことがありますわね」

「そうなのか?」


 都市や町の外は無法地帯と言っても過言ではない。

 魔物に襲われる危険があり、盗賊団も吐いて腐るほどいる。といった事情は誰でも知っているので、フォルトの答えは納得できるだろう。


「なぜ盗賊が磔にされているのかしら?」

「先日の話を覚えているか?」

「……。まっまさか!」

「そのまさかだ。殺せ」

「できませんわよ!」

「やれ!」

「嫌ですわ!」


 レイナスは頑なに嫌がる。

 調教されたとしても、さすがに人殺しはやれない。人間である彼女は、常識と倫理観を捨てていないのだ。

 フォルトの人殺しは、騎士エジムで終わっている。ジェシカとアイナについては興味を失っており、今も生きているかは分からない。

 仮に彼女と同じ立場なら、何の躊躇ちゅうちょもせずに殺せるだろう。


「できなければレイナスを捨てるしかないな」

「そっそんなのは嫌ですわ!」

「こいつらは犯罪者だ! レイナスが裁いてやれ」

「国法では裁判ですわ!」

「知らん! やらなければレイナスを盗賊にくれてやる」

「え?」

「俺の相手と盗賊の相手。どっちがいい?」

「決まってますわ!」

「コレを使え」


 問答は終わりと言いたげに、フォルトは懐からナイフを取り出した。

 それを恐る恐る受け取ったレイナスは、震えながら盗賊に近づいていく。

 猿轡をされている盗賊は、目を見開きながら体を動かそうとしている。しかしながら、磔にされているので動けない。


「んー! んー!」

「やっぱり無理ですわ!」

「そうか? ならば手伝ってやろう」

「え?」


 冷めた表情を浮かべたフォルトは、ナイフを持ったレイナスの手を力強く握る。続けて盗賊の胸に、深く突き入れた。

 最後は下半身に向かって、一気に切り裂く。


「がはっ!」


 盗賊の体からは、大量の血が噴き出した。

 その血で全身を赤く染めたレイナスは、ガタガタと震えている。


「やったな。人間を殺した気分はどうだ?」

「はっ、はっ……」

「レイナスにもナイフを突き入れた感触があるだろう?」

「はっ、はっ……」

「これが人間を殺した感触だ!」

「いっいやあ!」


 レイナスは悲鳴を上げて、地面に崩れ落ちる。

 それを見たフォルトは、観察するかのような視線を彼女に向けた。いま止めたらカーミラの苦労が報われないので、無理やりに立ちあがらせる。


「まだいるぞ? こいつらは盗賊だ。何の遠慮がいるものか」

「はっ、はっ……」

「どうした? 俺の熱い褒美は欲しくないのか?」

「っ!」


 レイナスの目前には、十字架に磔にされた盗賊が絶命していた。

 それを彼女は、息を切らしながら眺めている。だがそれも束の間、フォルトの一言で立ち直ったようだ。

 調教が完全に終わっているので、甘い誘惑に勝てなかったか。


「………………」

「んー! んー!」

「やあああああああああっ!」

「ごはっ!」


 レイナスの惨殺が始まった。

 ここからは、彼女次第である。なのでフォルトは、カーミラと一緒に近くの大きな岩に腰かけた。

 それからは何を話すでもなく、鮮血で赤く染まっていく彼女を眺めている。周囲には血生臭いにおいが立ち込め始めて、盗賊のうめき声も消えていった。

 そして、数十分後。

 すべてを終わらせた血れの令嬢が近づいてくる。


「フォルト様、終わりましたわ」

「ははっ。真っ赤ではないか」

「…………。はい」

「川で自分の顔を見てこい」

「…………。はい」


 フォルトはレイナスを連れて、一番近い川辺に移動する。

 座った彼女の頭をでると、自身の顔を下に向けた。川は透き通っていて、水面に映った顔が揺れている。

 彼女の美しい顔は、鮮血で染まっていた。

 そして驚くべきことに、口角を上げて笑ってる。無抵抗の盗賊たちを惨殺したにもかかわらず、だ。


「御主人様?」

「どうした?」


 カーミラが近づいてきた。

 それでもレイナスは、ずっと自分の顔を見ている。混乱しているのか、彼女が来たことに気付いていないようだ。

 おそらくは、声も届いていないだろう。


「調教と同じで堕ちるのが早くないですかぁ?」

「人それぞれなんだろ」

「あの盗賊たち……」

「ははっ。後で伝えてやれ」

「でもでも」

「まぁいいじゃないか。カーミラにも褒美はやるぞ」

「やったあ!」


 悪魔のカーミラには、簡単な仕事だったかもしれない。とはいえフォルトからすると、大変な作業だったように思える。

 労う意味も込めて、彼女にも熱い褒美をあげるつもりだ。


「ふむ。ちょっと早いが風呂にするか」

「はあい!」

「レイナス! 風呂だ。風呂!」

「はいっ!」


 フォルトの一言で、レイナスは正気に戻ったようだ。

 磔にされた盗賊たちは、そのままの状態だ。さすがに絵面が悪すぎるので、死体が視界に入らない位置まで移動する。

 そして暫く歩いたところで、彼女の肩に手を置いた。すぐに振り返った表情は、瞳に光が無い満面の笑みだった。

 壊れたかと思ったが、水浴びをするために服を脱ぐのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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