第16話 血濡れの令嬢2

 魔の森に戻ったフォルトとカーミラは、自宅で空腹を満たしていた。

 留守番のブラウニーたちは送還してある。ずっと召喚していると、日々魔力が減っていくからだ。

 必要なときに、また召喚すれば良い。


「長い旅から帰ってきた気分だな」

「そうですかぁ?」

「あんなにも森から離れるとは……」

「たった三日じゃないですかぁ」

「三日間も、だ! 俺にとっては長すぎる!」


 フォルトは思う。

 森は天国で、自宅の中はもっと天国である。離れたくないのだ。

 城塞都市ソフィアなど行きたくなかった。しかしながら、レアキャラクターを入手するために仕方なく向かったのだ。


「あの女はどうするんですかぁ?」


 カーミラの言葉で床に視線を向けると、城塞都市ソフィアから拉致したレイナスが寝転がっている。

 まだ気絶しているようだ。


「決める前に聞きたいんだが……」

「何ですかぁ?」

「いまさらだが、シモベと召喚は違うのか?」

「召喚は魔力を渡して契約しまーす!」

「うん」

「シモベはお互いの同意のもと、魔力の器をつなぎまーす!」

「魔力の器を繋ぐ?」

「そうでーす! 赤い糸ですよぉ」

「あぁ……。イメージはできた」


 水が入った瓶で例えると、水が魔力で瓶が器である。

 召喚は魔力という水をプレゼントすることで、魔物と契約が結ばれるのだ。

 シモベの契約は、瓶自体に穴を通して繋げる契約だった。とはいえ、魔力の共有ができるわけではない。

 あくまでも繋げるだけだ。


「どうやるんだ?」

「アカシックレコードで分かりますよぉ」

「あっはっはっ!」

「御主人様は怠惰でーす!」

「で、どうやるんだ?」

「儀式ですよ! 儀式!」


(カーミラを困らせるのも悪いな。アカシックレコードから儀式を……。うーん。難しそうだな。レイナスは絶対に拒否するだろう)


 シモベ契約を結ぶには、お互いの同意が必要である。無理やり拉致してきたレイナスが同意するわけがない。

 他にも様々な制約があるが、スタートからつまずいていた。


「カーミラは前の主人と同意したのか?」

「前の御主人様は魔人でしたからねぇ。強かったでーす!」

「それだけ?」

「強いは悪ですよぉ?」

「そっそうだったな」

「強者とのシモベ契約は、悪魔にとって憧れでーす!」

「ほう」

「何をやっても守ってもらえるもーん!」


 世間では、泣くことが子供の仕事と言われている。

 それと同じように、悪魔は悪事をするのが仕事だ。天界の神々に敵対する悪魔王の従者として、人間をおとしめるためである。

 カーミラの場合は、進んで悪事をやりたいわけではない。何かをやった結果が、悪魔王の喜ぶ内容なら望ましい程度であった。


「もしかして……。俺を堕落させようとして近づいた?」

「もっと堕落してほしいですけどぉ。理由はシモベだからでーす!」

「どういう意味だ?」

「相性がバッチリなんですよぉ」

「相性かあ」


 フォルトにとって、カーミラが近づいた理由はどうでも良い。

 興味が出たから聞いただけであり、すでになくてはならない存在となっている。体の相性はもちろんのこと、会話の相手としても最高の相手だ。


「結局どうするんですかぁ?」

「まずは同意を取る必要があるな」

「シモベにするんですかぁ?」

「嫌か?」

「弱い人間をシモベにしても意味ないですよぉ」

「なら使えるのが分かってからでいいな」

「シモベはカーミラちゃんだけで十分でーす!」

「そうだが……」」

「御主人様のお世話は、カーミラちゃんが全部やりますねぇ」

「たっ確かに全部やっているな!」


 フォルトは怠惰なので、カーミラに丸投げ状態だった。

 常に一緒にいるので、身の回りの世話を任せているのだ。また面倒なことは、召喚した魔物に任せている。

 まさに怠惰の極みであり、シモベ使いが荒く魔物使いも荒い。

 ともあれ、まずはレイナスと会話しないと始まらないだろう。


「さてと……。レイナスを起こしてくれ」

「騒ぎますよぉ?」

「まぁ分かっているだろ?」

「さすがは御主人様です!」

「ではよろしく頼む」


 カーミラがレイナスを起こすと、「んんっ」と声を出して目を開ける。続けて椅子に座っているフォルトに視線を向けると、やはり大声を上げた。

 もちろん理解しているので、指は耳の中である。

 ある意味ではデジャヴだが、これは「お約束」のようなものだ。


「はぁはぁ」

「気が済んだか?」

「うるさい!」

「お前のほうがうるさかったが……」

「………………」


 大声を出し続けていると疲れるものだ。

 レイナスはフォルトをにらむが、何かがおかしいと周囲を見渡した。


「ここが気になるか?」

「え、えぇ……」

「俺の家だ。確か魔の森だったか? まぁ森の奥地だな」

「え?」

うそは言っていないが……。どうせ後で分かることだ」

「………………」


 カーミラに気絶させられるまで、レイナスは城塞都市ソフィアにいた。

 そして魔の森は、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な場所である。人間が住めるような土地ではないので、彼女が信用していないのは見て取れた。


「それと「早く帰しなさいよ!」とかは要らない。分かっている」

「そう……。帰す気は無いのね?」

「お前も分かっているじゃないか」

「ふん! 私をどうするつもりかしら?」

「そこからが話の続き、だ」

「私を剣奴にするって話ね?」

「うむ」


 レイナスは冷静さを取り戻したようだ。

 自分の置かれている立場を、十分に理解しているのか。はたまた殺されることはないと高を括っているのか。

 それは定かではないが、フォルトは彼女について問いかける。


「レイナスは魔法剣士を目指しているのだろ?」

「そうね。でも戦うことないわ」

「伯爵令嬢だからか?」

「そうよ。嫁ぎ先も決まっているわ」

「婚約者がいるのか?」

「会ったことはないわ。でも貴族とはそういうものよ」


(確か政略結婚だっけ? 貴族の娘は家の道具と聞いたことがある。こっちの世界でも同じか。まぁ俺には関係ないけどな)


 貴族は家の存続を一番に考えている。

 結婚は政治の一環で、貴族令嬢に自由恋愛など認められない。嫡男がいなければ婿を取るため、また貴族家同士の繋がりで送り出す。


「とにかく理解したか? お前は俺の所有物になった」

「どういうわけよ!」

「育てた後は人間と戦ってもらう」

「言ってたわね。答えは嫌よ!」


 当然の返答だろう。

 それにしても、この状況から明確に拒否している。フォルトから逃げるために、話に乗る演技をしても良いはずだ。

 もしかしたら、おっさんの姿に拒否反応でも示したか。ならば事実を伝えれば、彼女も考えを改めるかもしれない。

 カーミラも面体より、魔人の強さに憧れているのだ。


「俺を見てどう思う?」

「気持ちの悪いおじさんだわ」

「ははっ。俺もそう思う。だが面体は関係無い」

「はあ?」

「俺は魔人だからな」

「魔、人……?」

「知っているか?」

「天災級の災害を起こす種族と聞いてるわ」


 今のフォルトに、天災級の災害を起こせるかはさておき。

 人間のレイナスも、悪魔のカーミラと同様の回答をした。ならば魔人とは、そういう存在なのだろう。

 しかし……。


「その魔人がお前の御主人様だ!」

「ふざけないで!」


 フォルトが魔人だと伝えても、レイナスが信用するわけがない。見た目は人間の中年男性なのだ。魔人だという証拠は何も無い。

 それは分かっているので、『変化へんげ』のスキルで翼を出した。


「なっ!」

「魔人だと理解したか?」

「人間じゃないことだけは、ね」

「気丈だな」

「当り前だわ。力だけで何でもできると思わないで!」

「さすがは伯爵令嬢。そして生徒会長。そそるものがあるな」

「貴方に犯されるくらいなら死んだほうがマシだわ!」

「そうだろうな。俺もそう思う」

「くっ! 殺しなさい!」


(くっころきた! 女騎士の定番だが、貴族の令嬢でも言っちゃうものなんだな。だが、まだレイナスというキャラでゲームをやっていない)


 フォルトは感動する。

 いい歳をして厨二病ちゅうにびょうが入っているので、一人だったら涙を流したかもしれない。演技ではなく、本物の「くっころ」である。

 もちろん殺害するつもりはないので、カーミラに視線を移す。


「カーミラ」

「はあい!」

「何日ぐらい必要かな?」

「私も参加するとしてぇ。五日ですかねぇ?」

「なら、さっさとやってしまうか」

「何を……」

「了解でーす! えいっ!」

「きゃあ!」


 カーミラの肩に抱え上げられたレイナスは、フワッと浮かされて寝室に投げ込まれた。猿轡は取っても、体を縛る縄は解かれていないのだ。

 これから始まるのは調教である。

 やり過ぎると、ジェシカやアイナのように壊れてしまう。しかしながらどの程度で再起不能になるかは、先の二人で理解している。

 フォルトは口角を上げて、ベッドでおびえる貴族令嬢に近づくのだった。



◇◇◇◇◇



 レイナスを寝室に放り込んで三日目。

 フォルトとカーミラが、リビングに戻ってきた。今まで寝室にずっといたので、暴食が悲鳴を上げているのだ。

 椅子に座った後は、彼女に催促する。


「カーミラ、飯だ!」

「はあい! ただいまあ!」

「おっ! 準備してあったのか?」

「二日目の途中で寝室を出ましたよぉ」

「悪いな。気付かなかった」

「ですよねぇ。もう冷めっちゃってますけどぉ」

「大丈夫だ! とにかく腹を膨らませるぞ!」


 さすがはカーミラである。

 フォルトの行動などお見通しで、色欲を満足させたら暴食か怠惰なのだ。怠惰なら寝るのだが、どのみち起きれば同じこと。

 暴食を満足させるために、料理をストックしてあった。


「御主人様!」

「もぐもぐ……。ん?」

「五日も必要がなかったですねぇ」

「決意は固かったようだがなあ」

「すぐに堕ちちゃうなんて情けないですよねぇ」


 カーミラの読みでは五日だったが、たったの三日でレイナスが堕ちてしまった。と言うか、初日ですらで怪しかった。

 気丈だっただけに、彼女は拍子抜けしたようだ。


「あれだけやれば、な。お代わり!」

「はあい。ただいまあ!」


 冷めていても旨いので、フォルトはガツガツと料理を口に運ぶ。

 そして暫く料理を胃に納めていると、寝室の扉が開いた。四つんいで歩いてきたレイナスが、足に擦り寄ってくる。

 乱れた魔法学園の制服と上気している顔が、調教の結果を物語る。


「フォ、フォルトさまぁ」

「レイナス、お前の主人は誰だ?」

「フォルト様ですわ!」

「俺を見てどう思う?」

「離れられないほどに愛おしいですわ!」

「こんなおっさんが、か?」

「おっさんなどと……。意地悪を言わないでくださいませ」


(完全に堕ちた。カーミラのサポートが凄いんだよなあ。こういうのが得意と言うか何と言うか……。見ていたこっちが恥ずかしい。でへ)


 まさにリリスの本領を発揮していた。

 はっきり言うと、カーミラだけで堕とせただろう。男性だけでなく女性も堕落させられるところが恐ろしい。

 もちろんフォルトがやらないと、レイナスの主人は彼女になってしまう。なので、負けないように頑張ったつもりだ。


「お、お情けを……」

「俺の期待したとおりに育てば、な」

「分かりましたわ」

「とりあえず飯を食え!」

「はい!」


 レイナスは才色兼備である。

 見た目は良しスタイルも良し、頭も良しだ。カーミラガチャは大当たりだった。まさに、レアキャラクターである。

 食事の後は自宅を出て、現在の強さを見させてもらった。魔法学園の中ではトップクラスの実力なので、フォルトの期待通りだった。

 これなら、ゲームを楽しめるだろう。


「レイナス」

「何でしょうか?」

「お前が学園からいなくなるとどうなる?」

「大騒ぎになることは間違いないと思いますわ」

「じゃあ一回戻るか?」

「嫌ですわ。フォルト様から離れたくありません!」

「そうか……」

「今後の私は何をすればよろしいのですか?」

「あ……」


 フォルトとしては、テレビゲームの延長線上として遊ぶつもりでいた。現実で育てる方法など考えていなかったのだ。

 ゲームでは魔物を倒していれば、勝手にレベルが上がっていた。

 他にも成長ポイントと呼ばれる数字を、ステータスに割り振れば良かった。しかしながら、いま魔物と戦わせれば死んでしまうだろう。

 そこで、まずは頭に浮かんだことをやらせてみる。


「素振り」

「はい?」

「その辺に落ちてる木の棒でも拾って、素振り一万回!」

「分かりましたわ」


 フォルトに言われたとおり、レイナスは木の棒を拾う。

 そして、素振りを始めた。表情は真剣そのものだ。称号に「剣士」があったので、なかなか様になっている。

 カーミラはその光景を見て、クスクスと笑っている。続けて腕を組んだ後、首を傾げて問いかけてきた。


「御主人様、あれで強くなりますかぁ?」

「さあ?」

「え?」

「自慢ではないが、俺は人を育てた経験が無い!」

「ええっ!」


 フォルトは教員でもなんでもない。

 自宅に引き籠る前の仕事はブラック企業勤めだったので、新入社員として入社しても「自分で考えろ」であった。

 そういった社風だったためか、部下が付いても同様なことを伝えていた。


「まぁいいや。カーミラよ」

「何ですかあ?」

「アレは演技かもしれない。調教の経過を見ておいてくれ」

「はあい!」

「では任せた。俺は寝る!」

「カーミラちゃんも一緒しまーす!」

「一緒に寝たら経過が分からないだろ?」

「ぶぅ! じゃあ後で行きますよーだ!」


 フォルトは惰眠を貪るために寝室へ戻る。

 掃除は新たに召喚したブラウニーたちが終わらせていた。調教した後の部屋は、大変なことになっていたのだ。

 木窓を開けて換気も万全なので、惰眠に入る前に閉めておく。


「さ、寝よ」


 奇麗になったベッドに飛び込んだフォルトは、ゆっくりと目を閉じた。

 それと同時に、レイナスをどうやって鍛えようかと考える。

 ゲームはゲームでも、現実世界で育成するのだ。折角のレアキャラクターなので、それなりに気を配らないと死んでしまうだろう。

 そして人間の成長に必要なものは、努力と根性である。ならば、それに合わせた練習メニューが必要かもしれない。

 そんな昭和時代の体育教師を思い浮かべながら、深い眠りに入るのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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