第二章 小悪魔と魔剣士 ※改稿済み

第15話 血濡れの令嬢1

 エウィ王国城塞都市ソフィア。

 この都市に向かったフォルトは、カーミラと新たな屋敷に引き籠っていた。よく手入れされた大きな庭と彫刻の立つ噴水がある。

 もちろん、日本から召喚されたときに宛がわれたロッジではない。


「カーミラ、飯!」

「はあい! ただいまあ!」

「カーミラ、風呂!」

「はあい! 一緒に入りまーす!」

「カーミラ、寝る!」

「はあい! ダーイブ!」

「むぐっ!」


 その屋敷の一室で、フォルトはベッドの上に寝転んでいた。

 今はカーミラのダイブを受け止めて、隣に置いたところだ。いつものように、大人しくちょこんと置かれていた。

 実に可愛い。


「御主人様は寝てばかりじゃないですかぁ」

「家に入ると……。つい、な」

「人間の品定めをやるんですよねぇ?」

「あぁそうだったな」

「忘れていましたかぁ?」

「忘れてないけど面倒臭くてな」

「だから御主人様じゃ無理だって言ったじゃないですかぁ」

「言ってたな」


 フォルトが思いついた遊びは、美少女育成型の対戦ゲームである。

 そのキャラクターになり得る人間を見定めるために、わざわざ城塞都市ソフィアに来たのだ。とはいえ、寝所が確保できたら面倒になった。

 そして、魔の森と変わらない自堕落生活をしている。

 くつろぐと動きたくなくなるのだ。


「カーミラ用のカードはできたのか?」

「はい! できましたよぉ!」

「見せて!」

「きゃ! 恥ずかしいでーす」


 上体を起こしたフォルトは、カーミラが取り出したカードを受け取る。

 少し温かいので、どこから取り出したかは察していた。きっと、二つの柔らかいモノを隠した部分のどちらかだろう。

 これは、彼女の秘密が詰まったカードである。

 恥ずかしがるのも無理はない。


「カーミラのレベルは百五十か」

「そうでーす!」

「称号は「魅惑の小悪魔」と「フォルトのシモベ」か」

「やあだ。もう!」

「他にも「魔界のアイドル」か。分かるなあ」

「えへへ。御主人様だけのアイドルでーす!」

「スキルは『精神系魔法せいしんけいまほう』と『闇属性魔法やみぞくせいまほう』。エトセトラっと……」

「凄い? 凄いでしょ?」

「作り直し」

「ええっ! なぜですかぁ?」


 カーミラのカードを見て、フォルトはあきれてしまった。

 城塞都市ソフィアは、多くの人間が暮らしている。情報収集を行うなら、人間に成りすまさないと拙いのだ。

 このカードでは、衛兵などに提示を求められたらアウトである。


「そういうわけだ」

「でもでも。偽造なんて無理ですよぉ」

「偽造じゃないのか?」

「裏ルートで作りましたけど、カード自体は本物でーす!」

「なるほど」


(カーミラのカードだと、大っぴらに町を歩けない。まぁそれは俺も同じこと。「魅惑の小悪魔」なら可愛らしいが「神々の敵対者」とかヤバいだろ!)


 フォルトは現在、『変化へんげ』を解除しておっさんに戻っていた。

 その理由は、知り合いと出会ったときのためだ。知人など数人しかいないが、いつどこで誰と会うか分からない。

 実際に魔の森の自宅には、ジェシカやアイナが訪れたのだ。

 カードの持ち主と姿が違ってしまうと面倒なことになるだろう。


「あっ! 御主人様」

「どうした?」

「『人形マリオネット』が解けそうなのでぇ。かけ直してきますねぇ」

「あぁ……」


 フォルトがカードを返すと、カーミラが部屋から出ていった。

 彼女は屋敷の住人を、スキルの『人形マリオネット』を使って操っているのだ。

 このスキルは、効果中の記憶は失われる。同じような効果の魅了や支配の魔法は、残念ながら記憶が残ってしまう。

 この差は小さいようで大きい。

 香辛料を奪う程度なら、魅了で十分だろう。しかしながら、まったく知らない人間の屋敷に居座るには不十分である。

 彼女はその使い分けを分かっていた。


「戻りましたあ! とぅ!」

「ほいさ!」


 フォルトは再びダイブしてきたカーミラを抱きしめる。

 それから隣に置くと、二つの柔らかいモノを隠した部分から羊皮紙を取り出した。きっと先ほどのカードは、もう片方に入れているのだろう。

 ともあれ、受け取った羊皮紙を開いた。


「名前が書かれてるな」

「見所がありそうな人間のリストでーす!」

「おおっ!」

「こうなると思って、屋敷の人間に調べてもらいましたあ!」

「気が利くな。偉い偉い」

「えへへ」


 フォルトは満面の笑みを浮かべたカーミラの頭をでる。

 これは、とても良いものだ。都市で調査する必要が無くなったのだから……。


「ふむふむ。なるほど……」

「良い玩具はいましたかぁ?」

「ちょっと待て。ふんふん……」

「わくわく」

「レイナスって奴が気になる。ローイン伯爵家令嬢で十七歳だ」


 羊皮紙には他にも、コメント付きで名前が書かれていた。と言っても、フォルトが気になる人間は書かれていない。

 とりあえずレイナスのコメントを、カーミラに聞こえるように読み上げる。


「魔法学園の生徒会長で、文武両道の天才だそうだ」

「文武両道ってことは、きっと剣と魔法ですねぇ」

「多分な。魔法剣士にぴったりかもしれん」

「じゃあその女に決定でーす!」


 確かに他の人間は興味がそそらない。

 ならばレイナスで良さそうだが、フォルトには一抹の不安があった。


「うーん。コメントは屋敷の持ち主の主観だろ?」

「そうですねぇ」

「レイナスのカードを見たいな」

「カードですかぁ?」


 レベルやスキルが記載されているカードは良い判断材料になる。

 おおよその強さが分かるため、ハズレを引かないで済むだろう。ならば、どうにかしてレイナスのカードを確認したい。


「カーミラちゃんが『人形マリオネット』で見てきますねぇ」

「頼む。というわけで寝る!」

「あっ! 御主人様!」

「ぐぅぐぅ」

「むぅ。御主人様の色欲はもっと強くても良いと思いまーす!」

「ぐぅぐぅ」

「もう! じゃあ行ってきまーす。ちゅ」

「んごっ! ぐぅぐぅ」


 フォルトのほほに口付けしたカーミラは、屋敷を出てレイナスを探しにいった。

 「果報は寝て待て」と言う。

 すでに惰眠に入っているので、彼女の行動は分からない。とはいえ起きる頃に戻ってくるだろう。

 そして夢の中では、まだ見ぬゲームキャラクターを思い浮かべるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは深い眠りに入っていたが、徐々に目が覚めてくる。

 薄く目を開けると周囲が静かで、寝る前と何も変わっていないようだ。ならばと目を閉じて、二度寝に入った。


「ぐぅぐぅ」

「………………」

「んんっ!」


 時間の経過は分からないが、フォルトは二度寝から目覚めた。

 少し眠いが、三度寝に入るほどではない。寝ぼけまなこを擦りながら上体を起こして、隣にいるであろうカーミラを見る。


「すぅすぅ」

「カーミラ?」

「すぅすぅ」


(カーミラが俺より寝てるとは珍しいこともあるものだ。いつもは俺より先に起きてるんだがな。ちょっと悪戯でも……)


 カーミラを起こさないように、フォルトは手を開いてソッと近づける。

 もちろん悪戯とは、大人の悪戯だ。起きたら情事を始めても良いかもしれない。いや起きなくても始めて良いだろう。

 そう思ってイヤらしい表情に変わると、周囲にガタッという音が響いた。


「ん?」


 フォルトはカーミラに向けていた視線を、ベッドの周囲に動かした。すると、部屋の隅でモゾモゾと動いている何かを発見する。

 しかも、苦しそうな声を発していた。


「んー! んー!」

「何だ?」

「ふあぁ」

「カーミラ、おはよう。」

「御主人様、おはようございまーす!」

「ところで、あれは何だ?」

「レイナスちゃんでーす!」

「は?」

「カードが見られなかったので連れてきちゃいましたあ!」

「なっ何ぃ!」


 部屋の隅で動いている何かは、なんとレイナスだった。

 ひもで硬く縛られた状態で、猿轡さるぐつわまでされている。フォルトに対して非難の目を向けながらうなっていた。

 見た目は奇麗なお嬢様だ。手入れの行き届いた金髪を、腰まで伸ばしている。着用している服は、魔法学園の制服だろう。

 少しスカートがめくれており、黒のニーハイソックスがそそられる。


「だって、魅了が効かなかったんだもーん」

「効かないだと?」

「精神魔法無効の指輪を持っていましてぇ」

「なるほど」

「御主人様が気に入りそうだったから連れてきちゃった。テヘッ!」

「テヘッじゃない!」

「だってだってぇ!」

「はぁ……。連れてきたものは仕方ない」

「さすがは御主人様です!」


 フォルトは諦めたように溜息ためいきを吐いた。

 当初の目的とは違うが、キャラクターを引いたことには違いない。カーミラガチャが、当たりだと祈るのみだ。


「あれ? 縛れるなら指輪を取れるんじゃ……」

「取れないでーす!」

「なぜだ?」

「キーワードが必要のようでしたぁ」

「なるほど。魅了が効かないうえにロック機能があるのか」

「そうでーす!」

「高級そうな指輪だな」

「伯爵令嬢ですからねぇ」

「無効化系の装備は高いだろうなあ」

「そうですねぇ」


 基本的に魔法が付与された装備は高い。

 国家予算でも買えない装備もあるほどだ。効果次第だろうが、レイナスの指輪は相当な値打ちものだろう。

 とりあえず、指輪のことを考えても話が進まない。

 フォルトはカーミラに命令する。


「では猿轡を取ってやれ」

「騒がれますよぉ?」

「貴族の屋敷だし平気だろ? よろしく!」

「はあい!」


 カーミラがベッドから下りて、レイナスに近づいていく。

 そして猿轡に手を伸ばした瞬間を見計らって、フォルトは耳に指を入れる。このパターンは、確実に怒声が飛んでくるからだ。


「貴方たち! こんなことをしてタダで済むと思ってるの!」

「………………」

「ちょっと! 聞きなさいよ!」

「………………」

「絶対に死刑だわ!」

「………………」

「だから聞きなさい!」

「………………」


 予想通りにレイナスが怒鳴る。しかしながらフォルトには、彼女が何を言っているか分からない。

 それでも、予想はついている。


「はぁはぁ」

「終わったか?」

「もう声が枯れたようですよぉ」

「じゃあ話を聞くとするか」

「貴方たちはふざけてるのかしら?」

「うるさいのが苦手でな」

「今すぐに私を解放しなさい!」

「お前のカードを見たらな」

「見たければどうぞ。スカートのポケットの中よ」

「カーミラ」

「はあい!」


 レイナスは諦めたのか、カードの在処を素直に明かした。断ったところで、体じゅうを調べられるのが分かっているのだろう。

 そしてフォルトは、カーミラが持ってきたカードを操作した。

 若い女性の秘密を知るようで、とても恥ずかしくなってくる。


「えっと。レベルは十二。称号は「剣士」と「氷の魔女」か」

「ふん!」

「スキルは……。ん? 『素質そしつ』とは何だ?」

「成長が早くなるスキルですねぇ」

「なるほど。称号の「召喚されし者」と同じか」

「そうでーす!」


 カードの内容から察すると、レイナスはかなり優秀のようだ。魔法剣士になり得る称号も持っており、育成キャラクターとして申し分無い。

 「カーミラガチャは当たりか?」と思っていると、彼女が問いかけてきた。


「目的は何かしら? 身代金なら払うわ」


 レイナスは落ち着いたようだ。

 おそらくだが伯爵令嬢として、誘拐などに対する教育を受けているのだろう。

 そういった話は、フォルトが日本にいた頃に聞いたことがあった。本当のところは定かではないが、「あり得る」とは思っている。


「貧乏そうに見えるか?」

「そういう意味ではありませんわ」

「ハッキリ言おう。貧乏だ!」

「なっ! ふざけないで!」

「俺が持っている金は奪ったものだからな」

「盗賊かしら?」

「御主人様へ向かって盗賊とか言うなあ!」


 カーミラが両手をあげて抗議する。主人であるフォルトを、下賤げせんな盗賊と一緒にされたくないだろう。

 言われて当然なことをやっているが……。


「あら失礼。それで? 私はカードを見せましたわ」

「そうだな」

「なら解放してもらえるかしら?」

「俺の目的は……。レイナス、おまえ自身だ!」

「え?」


 フォルトは言いきった。

 ゲームキャラクターとして、レイナスを育てるのだ。身代金など必要無く、彼女の言ったように貧乏だろうが魔の森で生活できている。

 他には何の目的も無いが、彼女には勘違いされてしまった。


「おじさんに抱かれるなんて嫌よ!」

「お、じ、さん……」

「そうよ。おじさん」

「まっまぁ……。確かに俺はおっさんだ」

「分かっているのなら、歳相応の女性を抱きなさい!」


 レイナスはうら若き伯爵令嬢である。

 そして隣に座るカーミラは、肌の露出が激しい服を着ている。ほとんど下着と言っても過言ではないので、そう受け取られても仕方ないか。


「分かりましたか?」

「お前の考えてることは否定できんが、な。目的は違うぞ?」

「どういう意味かしら?」

「俺のゲームキャラになってもらう!」

「はい?」

「俺がレイナスを育てる。そして、人間と対戦してもらうのだ」

「私を剣奴にする気ですか!」


(剣奴ってなんだっけ? 剣闘士奴隷か。まぁ当たらずといえども遠からずだな。俺に忠実な魔法剣士キャラになってもらうのだから……)


 グラディエーターと呼ばれる剣闘士奴隷は、闘技場などで見世物として戦闘を強要される奴隷のことだ。

 養成所で育成され、観客の前で人間や猛獣と戦わされる。

 解放されることはまれで、基本的には死ぬまで戦わされるのだ。


「似たようなものだ」

「嫌ですわ!」

「だろうな。だが俺の玩具になってもらうぞ。ニンゲン!」

「ニン、ゲン?」

「カーミラ!」

「はあい! カーミラちゃんにお任せでーす!」


 フォルトの言葉を察したカーミラは、レイナスの首筋に手刀を入れる。

 以降は気絶した彼女を肩に担いで、「良い玩具が手に入った」とほくそ笑む。おそらくは騒ぎになるだろうが、そんな些細ささいなことは気にしない。

 そして居座った貴族の屋敷を出た後は、魔の森の自宅に帰るのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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