第14話 (幕間)エウィ王国にて

 エウィ王国首都、城塞都市ソフィア。

 聖女の名前が付けれらた都市の中心には、多くの軍事施設が建てられた王城が存在する。一般的な王城と違って、敷地面積は町が一つ入るほど広い。

 王族が住まう場所は、この都市だと王宮にあたる。

 そして城塞と呼ばれるように、二重の防壁によって守れていた。

 まず第一に、都市を囲む壁。

 城塞都市全体を囲むように造られており、その長さは相当なものだ。三百年という歴史を持ち、広大な領地を有する王政国家だからこそであった。

 第二に、王城を守護する壁。

 フォルトたちが使ったロッジや教会も、この壁の内側にある。他にも様々な施設が存在して、王城だけで一つの都市と言えるだろう。

 

「今日はここまでだ!」


 その王城にある騎士訓練所。

 訓練所では下級騎士たちに混じって、三人の異世界人が訓練に励んでいた。

 日本から召喚された勇者候補のシュンである。他にも従者のアーシャやノックスも汗を流していた。


「「ありがとうございました!」」

「明日もみっちりと鍛えるからな! 疲れが残らないように休め!」


 聖女ソフィアの隣に座っていた騎士ザインが、シュンたちの面倒を見ていた。

 同様の騎士が他の勇者候補の面倒を見ているが、まだ対面したことはない。しかしながらその者たちも、訓練に励んでいるはずだ。

 ともあれ三人は、その場に座り込んで雑談に花を咲かせる。


「疲れたあ」

「召喚されてどれぐらいだ?」

「一年ぐらいかな」

「もうそんなに経つんだあ」

「俺のレベルは二十になったぜ」

「たかっ! あたしは十だよ」

「僕は十二だね」

「別のメニューもやってるんだっけね」

「勇者候補だしな」

「でもシュンが拾ってくれて良かったよぅ」

「だね。たまに都市に出るけど生活が大変そうだったしね」


 エウィ王国での生活は、日本と大違いだ。格差が酷く人権など無い。

 それに、技術力が段違いに低い。日本での生活に慣れている三人では、まさに地獄のような生活だと思われた。

 異世界人でも勇者候補でなければ、一般の国民である。搾取される側であって、王城から放り出されていれば苦労しただろう。


「一緒に召喚されてさ。はい、さよならじゃな」

「おっさんは拾わなかったよね?」

「きゃは! キモいから要らないっしょ」

「レベルも三だったしな。国民の平均より低いんだぜ?」

「魔物もいるしね。足手まといがいると一緒に死んじゃうよ」

「そうだぜ。おっさんと心中なんて御免だ」


 シュンは人間の倫理観から、二人を拾ったと勘違いされている。

 本当のところは、アーシャだけを狙っていた。彼女だけ拾うと体裁が悪いので、仕方なくノックスも従者にしたのだ。


「称号のおかげでさ。簡単な火属性魔法を使えるようになったよ」

「ノックスは「初級魔法使い」だっけ?」

「うん。本来は魔法学園で勉強するらしいけどね」

「学園なんてあるんだ?」

「あるみたいだよ」


 魔法学園。

 その名称どおり、魔法の勉強をする施設だ。魔法使いを志す者は、学園に入学して知識を学びながら習得を目指す。

 卒業すれば、駆け出しの魔法使いとして認められる。


「ノックスは学園に入るの?」

「どうしようか悩んでるんだ」

「入れよ。魔法使いとして、俺の従者になってもらわねぇとな」

「そうすると二人から離れちゃうし……」

「大丈夫だって。他の異世界人も入ってんだろ?」


 他の勇者候補も、同時に召喚された者を従者としている。

 フォルトのように、レベルが極端に低い者はいなかったようだ。もちろん戦えない者は城から放り出されて、新しい人生を歩んでいる。

 その内の何名かは魔法使い系の称号を持っており、魔法学園に入学した者もいた。卒業後は勇者候補と共に行動するか、兵士に取り立てられているらしい。


「そうするかな」

「おっさんのように捨てられたくねぇだろ?」

「アーシャは?」

「あたしは城に残るよ。学園とかマジ勘弁って感じぃ」

「中退したんだっけ?」

「おっさんのような先生から言い寄られてさあ。マジ、キモすぎ」

「よく聞いた話だね」

「それに「舞姫」だからね!」

「学園は関係ないってか?」

「簡単な風属性魔法を覚えたけど、あたしは剣を使うほうだわ」


 アーシャは風の魔法が使える剣士のような成長をしていた。

 身軽なので、舞うように戦う感じだ。ゆえに「舞姫」である。称号に適した訓練を積んでいくのが一般的であった。

 彼女の魔法は補助的なものだ。今は剣での訓練が第一である。


「じゃあ学園に入るよ」

「そうしろ。強くなって戻ってこい!」

「なら手続きをしてくるね」


 ノックスが二人から離れていく。

 魔法学園に入学するためには、事務手続きを行う必要があった。すぐには入学できないが、早いに越したことはない。

 手続きが完了次第、数日後には入学することになる。

 彼の離れていく背中を眺めながら、アーシャがポツリとつぶやいた。


「戻すつもりはないっしょ?」

「分かる? アーシャがいりゃいいよ」

「きゃは! ノックスが可哀想だね!」


 まったく可哀想だと思っていないアーシャが、シュンの腕に絡みついた。

 彼女からしたら、どちらでも良い話だ。


「しょうがねぇだろ。男なんて邪魔なだけだぜ」

「さっすがホスト。でも、あたしは捨てないでね!」

「当たり前だぜ。オメエは俺の女だからな」

「きゃは! うれしい!」


 ノックスは知る由もないが、シュンとアーシャは恋人同士になっていた。当然のように、体の関係も持っている。

 ホストとギャルという単純明快なカップルであった。


「なぁアーシャ、抱かせろよ」

「いいよ。お風呂に入ったら部屋に行くね!」

「じゃあ俺も風呂に入るか」


(オメエも要らなくなったら捨てるけどな。ソフィアを落とすまでの女だ。いや、遊びとして取っておいてもいいか?)


 シュンは勇者候補だが、その性格は下衆げすだった。

 日本では売れっ子のホストとして、女性には困っていなかった。常に彼女を用意しておき、独り身になることはなかった。

 しかも、簡単に捨てられる女性だけを狙っていた。


「へへっ。行こっ!」


 二人は恋人つなぎをしながら、騎士訓練所を後にして風呂場に向かう。

 シュンの本性を知らないアーシャは、満足そうな笑顔を浮かべているのだった。



◇◇◇◇◇



 エウィ王国の王宮には、貴族たちがティータイムを楽しむ部屋が存在する。一般的にサロンと呼ばれる場所だ。

 豪華で気品があふれ、高級な酒も用意されている。しかしながら貴族でも、男爵から子爵までの下級貴族たちしか集まらない。

 なぜかと言うと、貴族でなくても要職に就いている者が使えるからだ。

 他にも騎士が利用している。同席を嫌がる伯爵以上の上級貴族には、別のサロンが用意されていた。

 その下級貴族たちが使うサロンで、二人の男女が会話をしている。


「ジェシカさんが発見された、と?」

「魔の森を縄張りにしているオークの巣から発見されました」


 二人の男女とは、騎士ザインと聖女ソフィアである。

 フォルトとカーミラが暮らしている森は、「魔の森」と呼ばれていた。

 多数の魔物が棲息せいそくする危険な森だ。エウィ王国は森の資源を確保するために、冒険者を雇って魔物の討伐を開始していた。

 その過程において、今まで行方不明だったジェシカが発見されたらしい。


「無事なのですか?」

「何と申しましょうか……」

「死亡したのですか?」

「一緒に発見された冒険者の女性は、残念ながら死んでおります」

「では?」

「体の傷は神殿の信仰系魔法で治りましたが……」


 オークの巣で発見されたジェシカは、かろうじて生きていたらしい。

 一緒に行方不明となっていた冒険者アイナは、上半身だけを残して無残な姿で発見された。死んだ後に食べられたのだろう。

 そして二人とも、オークの苗床になっていたという話だ。


「もしかして精神ですか?」

「はい」


 信仰系魔法を受けたジェシカは、一命を取り留めている。しかしながら、精神が激しく壊されていた。

 まともに会話するのは不可能である。


「それと……。大変言いづらいのですが……」

「何でしょうか?」

「ジェシカ殿はオークの子供を身籠っています」

「っ!」


 こちら世界に、中絶の技術が無い。ゆえに、望まぬ出産も多い。

 望まれない子供のほとんどは、都市や町にある孤児院に放り込まれる。だからと言って、ジェシカが産んだオークの子供を入所させることは無理だった。

 人間からすると魔物なのだ。


「何体も産んだと思われます」

「あぁ……。ジェシカさん……」

「ソフィア様……」

「ジェシカさんはどうなりますか?」

「恐らくは……」

「処分、ですか」

「魔物をはらんだ神官。神殿勢力は許さないでしょう」

「聖神イシュリルよ。ジェシカさんの魂を救い給え……」


 ソフィアは聖女と呼ばれているが、神殿勢力での権限は無い。神官ではなく、召喚魔法が使える魔法使いだからだ。

 エウィ王国の切り札となる異世界人を、国王からの命令で召喚するだけの人物。異世界からの召喚を可能にする称号、「聖女」を持っているだけなのだ。

 ゆえに神殿勢力から見れば、ただの信者であった。


「嘆かわしいことです」

「致し方ありませんな」

「では彼女の行動を無駄にしてはなりません」

「と申しますと?」

「ジェシカさんが魔の森に向かった理由は何でしょうか?」

「森で暮らす異世界人の確認をするためです」

「なぜ異世界人と分かったのですか?」

「ジェシカ殿が記憶する異世界人と名前が同じという話でした」


 ソフィアが召喚した異世界人は多い。

 聖女の務めとして、すべての異世界人を把握している。とはいえ、どの人物が該当するか分からない。

 そこで、ザインに問いかけた。


「はて? どなたでしょう」

「シュンたちと一緒に召喚された者です」

「なるほど。ですが三人は、城に残って訓練中でしたよね?」

「ソフィア様に無礼を働いた男です」

「フォルトさん、でしたか?」

「はい」

「そう言えば……。二回目の面会がまだでした」


 ジェシカは奇跡が起きないかぎり、神殿勢力に処分されるだろう。

 ソフィアは彼女の死を無駄にしないために、情報を集めることにした。


「城から出た後は、都市で暮らしてるのでは?」

「捜索しましたが、都市にはいないようなのです」

「他の町は?」

「門衛の記録では、都市を出た形跡がありません」


 城塞都市ソフィアは、堅固な高い壁で囲まれている。

 エウィ王国の中枢である王城が存在する首都なのだ。他国からの侵攻や魔物の侵入を阻む必要があった。

 都市から出るには、通行門を通過する必要がある。門ではカードを使って、通行人をチェックしている。

 その中に、フォルトの名前は無かった。


「都市におらず出た形跡も無い、ですか」

「死亡届も提出されておりません」

「空を飛んだ?」

「まさか。彼はレベル三ですぞ」

「これは確認する必要がありますね」

「ですが案内役がおらねば向かえませんぞ」


 魔の森では多数の魔物が、人間の侵入を阻んでいた。

 異世界人が暮らす場所は、森の奥地である。何の準備もせずに向かっても、道に迷った挙句、魔物に殺されるだけだった。

 案内役がいれば良いが、それを引き受けた冒険者アイナは死亡している。


「案内役は死亡した女性冒険者だけですか?」

「いえ。他に二名おります。ですが道を覚えていないそうです」

「困りましたね」

「それに、たががレベル三の異世界人のために戦力を割けませんぞ!」

「危険ですか?」

「魔物が多すぎます。森の奥地など、どれだけの被害が出るか」

「そう、ですか……」


 ソフィアは悲しそうな表情になる。

 これでは、ジェシカが無駄死だった。異世界人の確認だけであっても、彼女の目的は達成させたい。

 それが生きた証になるのだから……。


「シュン様は出られませんか?」

「レベルが二十になったばかりですぞ」

「不十分ですか?」

「せめて三十。いや……。二十五は欲しいですな」

「一般兵の平均レベルは十五ですよね?」

「数でモノを言わせられるレベルです」


 魔の森で一番強いとされる魔物はオーガだ。

 推奨討伐レベルは二十五で、一般兵では太刀打ちできない。ゴブリンやオークであれば対処できるが、これらも群れると推奨討伐レベルが跳ね上がる。

 森の奥地に向かうならば、最低でもオーガを倒せるレベルは欲しい。


「小規模では?」

「厳しいですな。一体のオークでも複数人が必要です」

「世界は残酷ですね」

「それゆえの勇者召喚です」

「であれば、時を待つしかありませんか」

「残念ながら……」


 ソフィアとザインの会話が終わって暫く経った頃。救出されたジェシカが、神殿勢力によって処分された。

 その話を聞いたとしても、フォルトは罪悪感を持たないだろう。

 魔人に変わって、人間を見限ったのだから……。



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