第13話 堕ちた魔人3

 日本から召喚されて、一年が経過した頃。

 スキルの『変化へんげ』で若者の姿に変わっているフォルトは、屋根の上に寝そべりながら、カーミラの膝枕を堪能していた。

 彼女は細身だが、太ももは柔らかい。非常に気持ち良かった。


「ゲームがやりたい」

「ゲームですかぁ?」

「そう。パソコンが欲しい」

「御主人様が言っていた箱ですよねぇ?」

「そうそう。多くの情報が詰まった箱だ」

「よく分かりませーん!」


 こちらの世界の住人に、パソコンのことを一から説明するのは難しい。

 一応は、魔法としての電気が存在する。とはいえ化学技術は進んでおらず、電力を発生させるような機械は無かった。

 カーミラに説明しても、イメージができないようだ。


「俺の説明下手もあるんだけどな」

「欲しければ奪えばいいと思いまーす!」

「そうなんだが、こっちの世界には無いんだよな」

「御主人様のいた世界の技術ですかぁ」

「まぁ諦めてるけどな」

「奪いに行けませんしねぇ」


(日本で引き籠ってたときは、パソコンが無いと人生が終わるとすら思っていた。やはりゲームをやりたい。AVは……。まぁカーミラがいるし……)


 夜の情事を思い出したフォルトは、カーミラの口元を見てほほを赤らめた。

 自分は猿であると改めて思う。

 惰眠を貪るが、彼女も貪っている。まるで、若い女性にハマってしまったモテない中年のようだった。いや、他人事ではないか。

 ともあれ、魔人の体力に感謝である。


「御主人様?」

「い、いや。何でもない」

「こっちの世界でゲームですと……」

「ですと?」

「賭博や闘技場とかですねぇ」

「闘技場?」

「エウィ国には無いですよぉ」

「へぇ」

「御主人様が出場すれば、絶対に優勝でーす!」

「嫌だ! 面倒臭いだろ?」

「じゃあ人間でも捕まえて、代わりに出場させますかぁ?」

「人間を捕まえるねぇ……」


 カーミラの一言で、フォルトは考え込む。

 非常に良い案なのだが、何かが足りない。もう少し、あと一歩という提案だ。ならばと、日本のゲームを思い出す。


(闘技場、対戦、人間。そこから導き出される答えは……。育成か! レベルやスキル、魔法が存在する世界だ。美少女育成ゲーム!)


「でへ」

「御主人様、何かイヤらしい顔をしていますよぉ?」

「あ……。すまん」

「とっても素敵な顔でしたぁ!」

「そっそうか……」

「カーミラちゃんと寝室で起きてるときにしてる顔でーす!」

「あぁうん。そうだな」

「えへへ」


 リリスのカーミラらしい答えである。

 あちらの世界のリリスは、赤子を殺す女性型の悪魔と定義されていた。しかしながら、こちらの世界ではサキュバスに近いようだ。

 日本のゲームでも似たような捉えられ方をしている。

 そのサキュバスは、性行為を通じて男性を誘惑する悪魔だ。似たような悪魔であれば、もともと堕落しているフォルトだと物足りないかもしれない。


「カーミラは天才だな」

「え?」

「一緒に召喚された人間で、勇者候補のシュンという若者がいる」

「そうなんですねぇ」

「今は城で訓練中だと聞いた」

「オークにあげた女が言っていましたねぇ」

「そこで、だ。俺も人間を育てる!」

「ええっ!」


 怠惰なフォルトが、人間の育成を思いついた。

 これにはさすがに、カーミラは驚きの声を上げた。面倒な仕事はすべて、召喚した魔物にやらせているからだ。

 彼女の結論としては……。


「御主人様には無理でーす!」

「カーミラ、よく考えろ」

「え?」

「俺の育てたキャラが人間を倒す!」

「なるほどぉ」

「これを日本では対戦ゲームと言う」


 対戦ゲーム。

 キャラクターを選んで、他人と対戦するゲームだ。とはいえフォルトの考えているものは、育成を伴っていた。


「本来なら仮想世界のキャラ同士を戦わせるのだ」

「それを現実世界でやるとぉ?」

「不満か?」

「御主人様には難しいかな、と思いましてぇ」

「まぁ飽きたらやめればいいだろう」

「そうですね!」


(問題は育てるキャラだな。俺の知ってるゲームではガチャが主流だった。でもレア度の低いキャラは弱い。まずは最上級レア度のキャラを手に入れる!)


 ゲーム脳。

 本来は脳神経学を称している仮説なのだが、広義の意味で使われている造語だ。現実とゲームの区別がつかない人を指すこともある。

 フォルトの場合は、現実とゲームは区別していた。ゲーム脳としては、思考回路の中に組み込むことで、物事や環境に対する理解を早めている。

 こちらの世界に順応・適応している要因の一つだ。


「異世界から人間を召喚できるのは聖女だけなのか?」

「他の国では聞きませんねぇ」

「こっちの世界の人間と異世界人の差は何?」

「えっとですねぇ……」


 カーミラの話だと、それは成長のスピードだ。

 異世界人が持つ「召喚されし者」という称号が、その効力を発揮する。要はレベルの上昇が速いため、勇者級の強さを目指しやすくなるのだ。 


「前の御主人様から聞きましたぁ!」

「じゃあ俺も知ってるんだな」

「そうでーす! でも面倒だから引き出さないんですよねぇ?」

「あっはっはっ!」


 カーミラの元主人から受け継いだアカシックレコード。

 キーワードさえあれば引き出せるのだが、怠惰なフォルトはサボっている。


「もぅ!」

「カーミラと話したいのさ」

「きゃー! 御主人様、大好き! ちゅ!」


 おっさんのフォルトは、カーミラの愛情表現にデレてしまう。

 四十代の中年が、見た目が若い彼女を相手にするのだから無理もない。日本にいた頃は、一万パーセントあり得ない状況である。

 それ以上に、警察に捕まる可能性が高い。


「まぁ差は分かったが、一つ問題がある」

「何ですかぁ?」

「キャラだ! どの人間を育てるかが問題だ」

「対戦ってことは戦闘ができる人間ですねぇ」

「ゲームに関して、俺は負けず嫌いだ!」

「なら強い人間ですねぇ」

「最後に、男は嫌だ!」


 オンラインゲームだと、フォルトは常に女性キャラクターを使っていた。

 モニター越しとはいえ、男性キャラクターの尻を見るのが嫌だったからだ。俗にいうネカマではない。

 それを聞いたカーミラの頬が膨れた。


「ぶぅ! カーミラちゃんがいるのに女ですかぁ?」

「ソレはソレ。コレはコレだ」

「じゃあ女騎士とかになりますかねぇ?」

「闘技場は魔法が禁止か?」

「色々とあるみたいですよぉ」

「魔法が禁止でなければ、魔法剣士とか良いな」

「器用貧乏じゃないですかぁ?」

「あぁ。そうかもな」


 ゲームの内容にもよるが、魔法剣士を選択する人は少ない。ステータスは専門職に負ける設定なので、立ち回りが重要な職業だった。

 他にも同じ職業を並べたほうが、戦闘を早く終了できる。といった事情もあって、パーティメンバーに入るのも大変だった。


「だが! それはゲームの話。今は現実世界にいる!」

「そうですねぇ」


 召喚された世界は、現実の世界である。

 レベルという概念があっても、ステータスと呼ばれる数値は無い。しかも、上限があるかも分からない。

 育て方によっては、専門職以上の強さを身に付けられるかもしれない。


「剣と魔法が両方使える最強職に成り得るな」

「その人間次第じゃないですかぁ?」

「なら……」


(人間を確保したいが、カーミラガチャよりは自分でスカウトしたい。レアキャラ選択チケットのようなものだな。好きなキャラを選ばねばならない!)


 カーミラに任せると、フォルトの希望通りになるかは分からない。

 ゲームの趣旨を理解できても、キャラクターの選択にはこだわりがあるのだ。説明するには難しい類の話なので、ここは自分の目で確かめたいところだ。

 そうは言っても、基本的なものは教えておく。


「アカシックレコードには個人の情報は無い」

「食料でしたからねぇ」

「天才と呼ばれる人間が欲しい! もしくは情報だ!」

「調べればいいですかぁ?」

「最後に重要な話だが、若い人間じゃないと育てる期間が短くなる」

「それは御主人の趣味ですよねぇ?」

「あっはっはっ!」

「もぅ!」


 人間を見限ったフォルトには、人間は玩具になった。

 今まで持っていた常識と倫理観は壊れたのだ。魔法でエジムを殺して、ジェシカとアイナを再起不能まで壊した。

 そして、あろうことかオークの苗床としてあげてしまった。

 すでに人間を殺害することや犯すことに抵抗は無い。しかしながら、まだ完全には壊れていない。

 さすがに出会っただけで殺すことはない。


「調べたいが、俺は人間嫌いで怠惰だ」

「カーミラちゃんが行きますよぉ?」

「いや。キャラの選択は自らがやらなければつまらない」

「そういうものですかぁ?」

「自分で育てるキャラだからな」

「じゃあ早速、人間の都市に行きますかぁ?」

「そうだなぁ。とりあえず寝るか!」

「はあい! さすがは御主人様です!」


 ここまで考えたところで、フォルトは面倒臭くなった。ならばとカーミラを連れて寝室に入り、いつものように惰眠を貪る。

 そして、目覚めてから再び考える。

 現在の生活で堕落しきっているので、自分からは動きたくない。とはいえ動かなければ、キャラクターが手に入らない。

 なかなか悩ましい問題だ。


(さて、どうしようか。動きたくないが、俺は娯楽のためなら家を出られるはず。引き籠りと言っても、外に出られなかったわけじゃないしな)


 買い物をするために、コンビニエンスストアやスーパーへ行くことはできた。免許の更新や選挙の投票も行っていた。病院通いもしていた。

 人間を嫌っているのは、人間不信が原因である。対人恐怖症ではない。人間という存在が信用できなくなった。

 これは様々な要素が絡み合った結果だが、人間が怖いわけではなかった。

 自分も人間だったので、自分自身も嫌いだったが……。


「仕方ないな。城塞都市ソフィアに行ってみるか」

「ふぁ………。御主人様、起きましたかぁ?」

「俺が都市に行くと言ったらどう思う?」

「カーミラちゃんはついて行くだけですよぉ」

「好きにすればいいんだっけ?」

「都市に向かいたければ向かってぇ……」

「帰りたくなったら帰ればいい。だったな」

「そうでーす!」

「はははっ」

「えへへ」


 寝起きの笑顔を浮かべたカーミラが、フォルトの体に密着してくる。

 彼女の頭をでた後、食事をするために起き出した。昼か夜か分からないが、暴食が悲鳴を上げ始めたからだ。

 そして一息ついた後は、城塞都市ソフィアに向かう準備を始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは一人で、寝室のベッドの上で横になっていた。

 暫くすると部屋の扉をあけて、カーミラが入ってくる。


「御主人様、奪ってきたよぉ!」

「ありがとな」

「えへへ。簡単簡単」


 カーミラには、金銭を奪ってきてもらうことを頼んだ。

 人間の都市に向かうなら、金が無ければ何もやれないだろう。人間社会というものは、そういうものだ。


「キラキラした服を着てる人間からもらったよぉ」

「予想通りだ。金持ちはそういう服を着てるんだな」

「ですねぇ。魅了したら全部くれましたぁ!」

「そうか。金貨に銀貨。後は……。白い硬貨?」

「カーミラちゃんには価値が分かりませーん!」

「だろうな。俺も分からん」


 フォルトが日本にいた頃の知識である。

 どのような人間が、金銭を持っているかを予想したのだ。王国と言うからには、貴族がいるだろう。彼らは見栄を張るので、豪華な服を着ているはずだと……。

 そういった人物を、カーミラに狙い撃たせた。


「カーミラ、行こうか」

「はあい!」

「ではブラウニーたち、家の管理は任せた」

「「分カリマシタ」」


 何日か留守にするので、ブラウニーを召喚しておいた。

 出発の準備を終えたフォルトは自宅を出て、『変化へんげ』のスキルで翼を出す。

 これから向かう場所は城塞都市ソフィア。エウィ王国の首都にあたり、自身が召喚された城が存在する。

 良い思い出は皆無だが、城のロッジが頭に浮かんだ。

 それには額に眉を寄せて、渋い表情に変わる。とはいえ、予定に変更は無い。以降はカーミラと手をつないで、空に舞い上がるのだった。



――――――――――

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