第12話 堕ちた魔人2

 ジェシカとの対話は険悪な雰囲気で進んで、リビングは静寂で包まれる。カーミラの言葉を最後に、誰もが口をつぐんでいた。

 怒声を上げたフォルトは目を閉じて、彼女の言葉をみしめる。思うところは多いが、その答えを出して良いのかと逡巡しゅんじゅんしているのだ。

 もう少し時間を掛けたかったが、この静寂を破る人物がいた。


「貴様! 黙って聞いておれば調子に乗りおって!」

「エ、エジムさん! やめなさい!」

「ジェシカ殿の言葉でも、もう我慢なりませぬ!」

「きゃ!」


 ジェシカの制止を振り切ったエジムは、腰に差していた剣を抜き放った。

 そして問答は無用として、剣の切先をフォルトに向けた。


「つべこべ言わずに一緒に来れば良いのだ!」

「………………」

「何を黙っておるのだ? さっさと立て!」

「もう……。いい……」

「何だって? ハッキリと言わんか!」

「もういいって言ったんだ。ニンゲン!」


 フォルトは座りながら、エジムに対して魔法を使う。

 静寂が破られたことで、「人間を見限る」という答えを出したのだ。カーミラとの約束だが、身の危険を感じて吹っ切れた。



【インプロ―ジョン/内部爆裂】



 魔法を受けたエジムは、剣をフォルトに向けた状態で体内から爆発した。

 そしてリビングの隅々まで、鮮血と肉片をぶちまける。床には金属製の剣とよろいが転がって、ガシャンという音が響く。

 周囲には薄い血煙が舞った関係で、血生臭さが漂い始めた。

 この凄惨な光景を見たジェシカが悲鳴を上げる。


「きゃあ!」

「うるさいですよぉ」

「うっ!」

「黙っててねぇ」


 フォルトの一連の行動を予想していたのか。瞬時に動きだしたカーミラが、ジェシカの首筋に軽い手刀を入れた。

 意識を絶って気絶させるためだ。


「カーミラ」

「何ですかぁ?」

「賭けは……。カーミラの勝ちだなあ」


 椅子から立ち上がったフォルトは、カーミラに対して笑みを浮かべる。

 初めて人を殺害したが、特に思うところは無かった。魔法を使用したことで、何の感触も無かったからか。はたまた魔人として堕ちたのか。

 今であれば人間を何人殺しても、憐憫れんびんすら浮かばないだろう。


「えへへ。だから言ったじゃないですかぁ」

「だったな」

「これからどうしますかぁ?」

「外の奴らを殺すか……」

「じゃあ私がやりまーす!」

「そうか?」

「簡単ですよぉ。カーミラちゃんにお任せでーす!」

「アイナだけは殺すな」

「はあい! 行ってきますねぇ。ちゅ」


 フォルトのほほに口付けしたカーミラは、笑顔のまま玄関扉から出ていった。

 それを見届けた後は、気絶しているジェシカを眺めた。机の上に突っ伏した彼女の姿から、教会での出来事を思い出す。


(あのときは憤怒と色欲が湧き上がってきたな。今は憤怒を解放してしまった。対象はジェシカじゃなくて騎士に飛んだがな。まぁ何だ……)


 教会で、ジェシカに別れを告げたときに感じた憤怒と色欲。

 もちろんフォルトは抑えたが、先ほど憤怒を解放した。まるでかせが外れたかのように、心が軽くなっている。

 そう思っていると、自宅の外が騒がしくなった。


「何だ?」

「ぎゃ!」

「こっ殺せ!」

「きゃあ!」

「斬れ! 斬れ!」

「うぎゃあ!」

「たっ助けて……。ぐぼぉ!」


 兵士の悲鳴や金属のぶつかる音が聞こえてくる。

 それを脳が理解した瞬間に、フォルトは行動に移った。ジェシカを抱え上げて、寝室のベッドに投げ入れたのだ。


「………………」


 フォルトには、それ以降の記憶が無い。

 気付いたときにはベッドに座って、夢見心地の良い気分に浸っていた。しかしながら意識が鮮明になったところで、ふと思い立って寝室を出る。

 リビングでは、カーミラが椅子に座っていた。


「えへへ。御主人様、大好きだよぉ」

「俺もだ」

「兵士の死体は処理済みでーす!」

「ありがとう。カーミラに怪我は無いか?」

「後で御主人様に見てもらうもーん!」

「ははっ。お安い御用だ」

「でも、ですね」

「どうした?」

「あれから七日も経ってますよぉ」


 カーミラの話だと、ジェシカや兵士たちが訪れたのは七日前。

 それらの処理は数分で済ませた。とはいえ、寝室に入ったフォルトが一向に出てこなかったようだ。

 邪魔するのも悪いからと、今まで待っていたらしい。


「なっ七日もか!」


 その話を聞いたフォルトは、目を見開いて驚いた。今しがた寝室に入ったばかりだと思っていたのだ。

 口角を上げたカーミラは、ゆっくりと寝室をのぞいた。


「酷い有様ですねぇ」

「何が、だ?」

「あの女。ボロボロですよぉ」

「え?」

「生きてはいますねぇ。でも、まともな思考を残してるかなぁ?」


 フォルトは恐る恐る寝室を覗く。

 まさに見るも無残な光景だった。どうやらジェシカに、色欲をぶつけたようだ。彼女の奇麗で澄ました顔はすでに無かった。

 よだれを垂らした顔は、喜びでゆがんでいる。魅力的だった体はビクンビクンと跳ねており、白い液体にまみれていた。

 寝室には嗅いだことのある臭いが充満して、吐き気がするほどだ。


「これを……。俺が?」

「色欲が全開でしたねぇ。すてきでしたよぉ」

「覚えてないな」

勿体もったい無いですねぇ。後で思い出すんじゃないですかぁ」

「そっそうか。どうすれば?」

「好きにすればいいでーす!」

「好き、に?」

「御主人様は魔人ですよぉ」

「弱肉強食だったな」

「そうでーす!」


 フォルトは絶句した。

 受け継いだ魔人の力を、良い方向に使っている間は問題無かった。

 召喚魔法で家を建てたり獲物を狩らせたり、と。しかしながら、力を悪い方向に使った結果が今の有様だった。


(参ったな。だが……)


 これは、フォルトの罪である。

 そして、人間も罪を犯していた。アイナは約束を破った。ジェシカとエジムは理不尽な話で、強制的に連行しようとしていた。


「人間を見限りましたかぁ?」


 カーミラの言葉が胸に突き刺さる。

 賭けはフォルトの負けなのだ。約束は守らねばならない。破ればアイナと同じになってしまうだろう。


「ははっ」

「御主人様?」

「はははははっ! カーミラよ。賭けはお前の勝ちだ!」

「はい!」

「約束通り人間を見限ろう」

「やったあ!」


 フォルトはひとしきり笑った後、冷たい視線をジェシカに向けた。

 それから寝室の扉を閉めて、カーミラに問いかける。


「アイナは?」

「縛ってから木の枝にるしてありますよぉ」

「寝室は使えんな」

「ですねぇ」

「なら外で懲らしめてやろう」

「カーミラちゃんも一緒にいいですかぁ?」

「ははっ。二人で壊すとするか」

「はあい!」


 フォルトは散歩でもするような感覚で、カーミラと自宅を出た。

 それから、木の枝に吊るされたアイナを眺める。ご丁寧に猿轡さるぐつわまでされて、身動きが取れないようだ。

 ならばとジェシカと同じ七日間を使って、二人で彼女を玩具にしたのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトはカーミラと共に、とある場所を目指していた。

 二人の後ろには、四体のスケルトンがいる。自宅を出るときに召喚し、二つの大きな袋を持たせて追従させていた。

 骸骨兵と呼ばれるそれは、人の骨だけで動く下級アンデッドだ。


「ゴミは捨てないとな」

「生ゴミですからねぇ」

「そろそろ到着だな」

「ところで御主人様?」

「うん?」

「どこに行くんですかぁ?」

「再生処理場だ」


 二人は何の警戒もせずに、森を進んでいた。

 道すがら魔獣らしき大きな獣が現れたが、あっという間に倒している。フォルトは持っている力を、好きなことに使うと決めたのだ。

 魔人として堕ちているのだから……。


「あっ、はぁ、もっ……」

「んくぅ、はひぃ」


 スケルトンたちに運ばれている袋の中から声がする。

 何やらモゾモゾと動いているので、フォルトは後ろを向いた。どうにも持ちづらそうだが、骨だけのクセにバランス良く歩いている。

 袋の中身は、本当の生ゴミではない。


「えへへ。御主人様は凄かったですよぉ」

「カーミラも、な。アレが連携というやつだ」

「御主人様と連携なんて、カーミラちゃんは感激でーす!」


 木の枝に吊るされたアイナを、二人で玩具にしたときの話だった。

 フォルトとカーミラの連携は凄まじく、彼女は七日間で発狂している。魔法使いの冒険者だが、今後は魔法は使えないだろう。

 もう壊れてしまって、まともな会話もできない。


「さぁ着いたぞ」

「この洞窟ですかぁ?」

「そうだ。おーい! いるか?」


 暫く森を進んでいると、洞窟らしき穴に到着した。フォルトが自身の能力を確認しているときに発見した場所だ。

 声は奥まで響いて、豚顔で体格の良い魔物が出てくる。

 オークと呼ばれる亜人だ。人間を殺して食料にするので魔物とされているが、本来なら亜人種に分類される。

 これについては、ゴブリンやオーガも同様だ。


「何ダ?」

「お前たちオークだな?」

「人間、殺ス!」

「人間、マタ来タ!」

「懲リナイ。死ネッ!」

「人間ではない。一緒にするな!」


 オークは人間より知能は低いが、集団で生活できる程度の知恵を持つ。

 たどたどしいが言葉も話せるので、戦闘を回避することも可能である。


「デハ何ダト言ウノダ?」

「魔人だ。聞いたことはあるか?」

「魔人? アノ魔人カ?」

「その魔人だ!」


(どの魔人か知らないけどな!)


 フォルトはすっとぼける。

 魔人のことを知っているようだが、見た目が人間なのに納得している。さすがは知能が低いと言わざるを得ない。


「御主人様。オークなんかに何の用ですかぁ?」

「まあ見てろ」

「メス!」

「メス! 仲間増ヤス!」

「捕マエル!」


 カーミラを見たオークたちが、一斉に襲い掛かってきた。彼らは他種族の女性を犯し、子供を産ませて種族繁栄につなげる。

 本能がそうさせるのだ。


「ふん!」


 オークの動きを見ていたフォルトは、一歩前に踏み出した。次に持っていた木の棒で、一体のオークの頭を吹き飛ばす。

 一瞬で仲間を殺されて、他のオークたちは立ち止まった。警戒のために後ろに下がり、武器を振り上げて威嚇している。

 ちなみに武器は、人間から奪った剣や自作の棍棒こんぼうだった。


「知能の低い奴らだな」

「オークですもん!」

「オマエ! メス渡セ!」

「カーミラはやらん!」

「デハ奪ウマデ!」

「まぁ待て……」


 フォルトはスケルトンに命じて、大きな袋をオークの前に放り出した。

 乱暴な扱いだが、袋の中からは嬌声きょうせいが上がった。


「それをやる」

「何ダソレハ?」

「メスだ」

「メス!」

「壊れた玩具の再利用を兼ねてくれてやる」

もらウゾ!」


 恐る恐る袋に近づいたオークは、二つとも肩に担いだ。

 その後は洞窟の入口に置いて、一番体格の良いオークと話し合っている。フォルトにはどれも同じに見えるが、おそらくは群れのボスだろう。


「メスの代わりに森の奥に入ろうとした人間を殺せ」

「ソレハヤッテイル!」

「縄張リ入ル。殺ス!」

「そうか。なら褒美として受け取れ。今後も頼む」

「言ワレナクテモヤル!」

「仲間増ヤセル!」

「オマエ強イ。襲ワナイ」

「好きにしろ」


 オークたちに背を向けたフォルトは、後ろにいたカーミラの手を握る。

 『変化へんげ』のスキルを発動した後は、黒い翼を出して空を飛んだ。もう用事は終わったので、さっさと自宅に戻るのだ。

 まるで近くのゴミ置き場に、不要物を捨てにきたかのようだった。


「ただいま」


 急いで自宅に戻ったフォルトは、無造作にリビングの椅子に座る。

 それから机に突っ伏したところで、彼女から賞賛を受けた。


「さすがは御主人様です!」

「そうだろう」


 アイナは約束を破った。

 森の出口に送ってあげたときの約束を破ったのだ。他に二人の冒険者いたが、三人だけでは途中で死ぬ。

 その対価としての約束である。破った場合は、命で償わなければならない。

 ジェシカに関しては、発狂した状態で都市に帰しても生きていけないだろう。精神が完全に壊れていた。

 どちらの女性も、魔人の怒りに触れたのだ。


「何体のオークができるでかなぁ?」

「さあな。大して産まれないかもな。二人だし……」

「でも死ぬまで産ませ続けますから、三十体はいけるかなぁ」

「ほう。オークもお盛んだな」

「はい!」


(アイナ……。約束は守ったほうがいいぞ。それにジェシカは……。もう何も言うまい。思い出したから満足だ。それにしても二人は……)


 彼女たちには魅力的な体を使って、一体でも多くオークを産んでもらう。フォルトは自堕落生活を邪魔されないように、精神が壊れた二人を利用したのだ。

 後味が悪くないと言えばうそになるが、もう魔人として生きるつもりだった。


「人間は見限りましたかぁ?」

「アレでは足りなかったか?」

「思ってた以上でした!」

「だろ?」

「あの二人ばかりズルいです!」

「何の話だ?」

「だからぁ。今日はぁ。カーミラちゃんとぉ」

「遠出をしたから寝る!」

「えっ?」

「寝室はブラウニーたちが奇麗にしてあるし……。とぅ!」

「ちょっと御主人様!」


 カーミラの制止も何のその。

 フォルトは寝室に入って、ベッドに飛び込んだ。すると戸惑いながらも、彼女も同様にダイブしてくる。

 それを受け止めて隣に置いた瞬間、静かに目を閉じて眠るのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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