第11話 堕ちた魔人1
フォルトの面前には、広大な草原が続いていた。
現在は森の出口まで、冒険者たちを送り届けたところだ。カーミラと一緒に軽く手を振って、「さっさと視界から消えろ」と念じていた。
森から出る気はないので、草原に足を踏み入れない。
「はぁ……。疲れた」
「邪魔者がいなくなりましたねぇ」
「だな。やっと静かな生活に戻れる」
「でも御主人様、あいつらは約束を守るでしょうか?」
「さすがになぁ。俺たちのことを黙ってるだけだぞ?」
「じゃあ賭けをしませんかぁ?」
「賭けねぇ……」
カーミラの提案に、フォルトは首を傾げる。
約束の内容は、「森で暮らしている二人について誰にも話さないように」だ。はっきり言うと簡単すぎる約束で、逆の立場なら確実に守る。というよりは、森から脱出できた時点で二人のことを忘れる。
また誰かに話したところで、何の得にもならないだろう。中年の男性と可愛い女性が、森で静かに暮らしているだけだ。
魔物が
「俺が勝ったらどうするんだ?」
「カーミラちゃんを好きにできまーす!」
「今までと変わらないような……」
「もっと凄いことをしてもいいのですよ?」
「そっそうか」
「えへへ」
「じゃあカーミラが勝ったら?」
「人間を見限ってくださーい!」
「………………」
人間を見限れとは、人間に期待しないこと。
約束をした時点で、フォルトは三人の冒険者に期待しているのだ。人間を嫌っているのだから、人間に期待するなとカーミラは言っている。
(人間を見限れ、か。カーミラも酷なことを言うな。俺は人間だった。四十七年間は人間だったのだ。今すぐに変えるのは無理がある。だけど……)
「分かった。俺が負けたら人間を見限ろう」
「やったあ!」
「そんなに人間が嫌いか?」
「嫌いですよぉ。今だって面倒臭かったじゃないですかぁ」
「まぁそうなんだがな」
「えへへ。私が勝ちまーす!」
「そうか?」
「でも今は結果が出ないので、早く家に帰りましょう!」
「そうだな」
いつまでも森の出口にいても仕方ない。
冒険者たちは、もう視界から消えている。ならばとフォルトは『
カーミラも『
歩けば数日ほど必要だったが、魔人の力で空を飛べば数分だった。大きな木を目印に、魔力を使って一気に降下する。
家の中に入ると、誰もいない静かな空間が出迎えてくれた。
やっと、二人だけの時間が訪れたのだ。
「よし! カーミラ、寝るぞ!」
「やったあ!」
フォルトは急いで寝室に向かって、勢いよくベッドに飛び込む。続けて仰向けになり、上体だけを起こした。
カーミラを見ると、同様にダイブしてくる。
もちろん避けることはせずに、彼女を受け止めて抱きしめた。とはいえ情事は始めずに、そのまま隣にちょこんと置く。
そして腕を枕にして横になり、一瞬で目を閉じた。
「あ、あれ? ちょ、ちょっと御主人様!」
「ぐぅぐぅ」
「もう! ばかぁ!」
「ぐぅぐぅ」
「ツンツン、ツンツンツン」
「んごっ! ぐぅぐぅ」
「ぶぅ。カーミラちゃんも寝る!」
フォルトの怠惰が全開だ。
自宅に戻った後は、何時間も眠り続ける。カーミラがちょっかいを出してくるが、起きる気配はなかった。
起きてからも怠惰である。
目を擦りながらも、二度寝に入ってしまう。まさに幸せの時間だが、この程度で収まるわけはない。三度寝、四度寝と惰眠を貪り尽くす。
「ちぇ。まだ寝てるよぉ。でも怠惰の次は色欲ですよねぇ?」
「ぐぅぐぅ」
「ツンツン。ちゅ!」
「んっ! んんっ」
姫の口付けならぬ悪魔の口付けで、フォルトは目を覚ました。さすがに四回も惰眠を貪ると体が怠くて、ベッドから降りるまで時間がかかる。
それでも、カーミラの笑顔を見ると元気が
「カーミラ、俺は起きるぞ!」
「わくわく」
「飯!」
「御主人様、それはガッカリです」
「カ、カーミラ?」
不貞腐れたカーミラは、背を向けて寝室を出ていった。
その変化にあたふたしたフォルトは、「何か嫌われるようなことでもしたか?」と思ってしまう。
そして急いでベッドから起き上がり、彼女の後を追いかけるのだった。
◇◇◇◇◇
冒険者たちが訪れてから数カ月は、特に変わった出来事はなかった。
日々を自堕落に過ごしているフォルトは、日常に変化を求めていない。食べては寝て、森の中を散歩する。
まったりとした生活を飽きずに満喫していた。
「気分がいいな」
自宅のリビングでは、フォルトとカーミラが食事をしている。
テーブルの上には彼女の手料理が並び、半分以上を平らげた。
「御主人様、賭けはカーミラちゃんの負けかなぁ?」
「どうだろうな」
「あんな口約束なんて、すぐに破ると思ったんだけどなぁ」
「まぁ結果なんて分からないけどな」
もし約束が破られていても、残念ながら確認できない。
当然のように確認するつもりもないので、あの賭けは冗談の類と思っている。カーミラとの自堕落生活を続けたいがための約束であり、現状は希望通りだった。しかしながらその幸せな生活を壊すかのように、自宅の外から声が聞こえた。
「誰か住んでいるか!」
「ぶぅ。また誰かが来ましたよぉ」
男性の声だ。
また冒険者でも迷い込んだのかと、彼女は不機嫌な顔になった。もちろんフォルトも同様で、額に眉を寄せて玄関扉を見る。
玄関はリビングと一体化しているため、外に出る扉は一つだ。
「ちっ。面倒だな」
「じゃあ殺しちゃいますかぁ?」
「カーミラが賭けに勝ったらな」
「いるなら出てこい!」
「まったく……。とりあえず対応する」
「はあい!」
二人とも不機嫌だが、それでも人間としての常識で対応することにした。
フォルトは『
そして二人で確認し合った後、ゆっくりと玄関扉を開けた。
「誰かな?」
「おっ! やはり住んでいたか」
「はい?」
「貴様! 誰の許可を得て森に住んでいるのだ!」
「は?」
自宅の外で叫んでいた男性は、鉄製の
その後ろにも同じ格好をした者が、十人ほど並んでいた。鎧が統一されていることから、もしかしたら騎士か兵士かもしれない。
「えっと。まず名乗られてみては?」
「むっ! 私はエウィ王国騎士団所属のエジムだ!」
何やら怒っているエジムは、無精
三十代後半から四十代前半と言ったところだ。
「エジムさんですね。初めまして。フォルトです」
「この森はエウィ王国領である!」
「はあ?」
「貴様は国民として、森の魔物討伐に参加する義務がある!」
(こいつは何を言ってるのだ? 森は誰のものでもないはずだ。王国領と言っても、魔物に追い出されてるだろ)
三人の冒険者を送った後も、魔物の討伐は続いていたようだ。とはいえ森の入口から先に進んでいない状況は、カーミラが空から確認済みだった。
そのような状況であるにもかかわらず、よくエウィ王国領と言えたものだ。まずは森の魔物を掃除してから言ってもらいたい。
「義務と言われても……」
「貴様は強いと聞いた。ならば、魔物の討伐に参加せよ!」
「よく森の奥地まで来られましたね」
「案内役がいたのだ。それで参加するのか? しないのか?」
「案内役?」
「フォルトさん、ごめんね」
エジムの後ろで整列している兵士の中から、二人の女性が現れる。
一人は出会ったばかりなので分かるが、もう一人は懐かしさを覚えた。
「アイナさんとジェシカさんですか」
「名前に聞き覚えがありましたので同行しましたわ」
「どういうことですか?」
「それにしても相変わらずですわね」
「質問に答えてもらえるかな?」
「町で働かずによく生きていましたね」
「質問に答えないつもりですか?」
「あ、いえ。失礼しましたわ」
教会で会話したときと変わらずか。こちらの質問に対して、ジェシカは面倒臭そうな表情をした。
その反応に嫌なことを思い出し、フォルトは苛立ちが募ってきた。「面倒なら来なければいいだろう」と思いながら、彼女と同様の表情になる。
「貴方たちのことは、アイナさんから伺いしましたわ」
「アイナさん!」
「ごめんって言ったでしょ」
「まったく……。それで?」
あのような簡単な約束も守れないアイナに、フォルトは渋面で返した。しかしながらジェシカとの会話が続くため、それ以上は何もできない。
本当に困ったものだ。
「森の魔物を討伐している話は聞いていますよね?」
「冒険者を雇ってやっていると聞きました」
「今回から兵士を使って行うことになりましたわ」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「家の中に女性がいるようですが?」
「いますね」
「お二人は魔物討伐に参加する義務があるのです」
「なぜですか?」
「森はエウィ王国領です」
「そうは思えませんが?」
「命令を受けた国民には参加義務が発生しますわ」
「ふざけるな!」
フォルトは
冷たい対応をして追い出したジェシカと、約束を守らなかったアイナに対して。他にもエジムや後ろで整列している兵士たちも気に入らない。
これでは連行するようなものだ。
「落ち着いてください!」
「これが落ち着けるか!」
「分かっておりますわ。ですが話を聞いてくださいね」
「ちっ」
「立ち話も何ですので、中に入っても良いでしょうか?」
玄関扉を開けた状態なので、全員の視線を受けている。人間嫌いのフォルトには辛いので、ジェシカの提案を受け入れた。
ただし……。
「そうするか。でも中に入れるのはジェシカさんだけだ」
「エジムさんもお願いします」
「ぐっ! 分かった」
問答をしても押し切られそうなので、ジェシカの望みどおりにする。とはいえ譲歩はここまでで、アイナや他の兵士たちは外で待たせることにした。
まずは細かい内容を聞かないと始まらない。
「こちらに座ってください」
「ありがとうございます」
フォルトは歓迎しない二人を、リビングのテーブルに案内した。
エジムは席に座らず、ジェシカの隣で立った状態である。どうやら事の説明をするのは彼女のようだ。ならばとフォルトは対面に座り、カーミラを立たせておく。
「それで?」
「先ほど伝えたとおり、貴方たちには魔物討伐に参加してもらいます」
「ぶぅ。やるわけがないでーす!」
「カーミラの言ったとおりです。参加する気はありません」
「何だと貴様!」
この席を設ける前は、義務やら命令といった言葉が出ていた。エジムが高圧的なので、フォルトは空気が重くなったと感じる。
ジェシカも同様だったようで、片手を上げて言葉を遮っていた。
「私が話しますわ」
「わっ分かりました」
「はぁ……。ではジェシカさん。俺は城から放り出されたのですよ?」
「城から出ましたが、王国からは出ておりませんわ」
「魔物討伐なら、勇者候補のシュンがやればいいですよね?」
「シュン様と従者の二人は訓練の最中ですね」
「俺は勇者候補でも従者でもないですよ?」
「アイナさんから強いと聞きましたわ」
「レベル三ですよ?」
「オーガを簡単に倒したとか?」
「たまたまですよ」
「そうは思われません」
(話にならん! 何のサポートも無いまま放り出したくせに! そんなものは勇者候補のシュンにやらせればいいだろ! 弱い俺に戦わせるな!)
現在のフォルトは魔人なので強いが、ジェシカの知っている自分は弱い。しかもあれだけ冷遇しておいて、今さら手を貸せと言う。
激昂するのも無理はないのだ。
「見てのとおり、俺はロッジを出てから働いていません」
「みたいですわね」
「王国からは何も支援もなく、ひっそりと森で暮らしてます」
「職業紹介所か冒険者ギルドに、と伝えましたよね?」
「俺は事情があって働けません。精神的なものですが……」
「申請していただければ支援できましたわ」
「そんな制度が? 教えてもらいましたっけ?」
「聞かれませんでしたので……」
「ふざけるな!」
「っ!」
ジェシカの言葉は、温厚なフォルトでも我慢できなかった。
制度のついては、日本でも同様である。
支援されるような制度があっても教えてもらえない。仮に知っていても、役所は突き放すような対応をする。意地でも制度に該当させないようにするのだ。
そのような話は腐るほど聞いた。フォルトも身に覚えがある。本来なら制度に該当していたが支援を断られた。
その後に色々と調べてみると該当していた。以降は何度も詰め寄った。しかしながら、首を縦に振ったときには期限切れだった。
人情の欠片も無く、誰のための制度かと思ったものだ。
「勝手に日本から召喚されて、右も左も分からなかったんだぞ!」
「………………」
「嫌な顔をされりゃ聞けねえだろ! しかも質問を絞りやがって!」
「そっそれは……」
「一週間もロッジから出なかった俺を心配したのかよ!」
「っ!」
フォルトは一気に
その急激な変化に驚いて、ジェシカは目を見開いている。
最初に支援があるのか聞ければ良かったかもしれない。だが、あのように冷たい対応をされれば無理である。
人によっては「甘えだ」と切り捨てるが、いきなり日本から召喚されて混乱していた。質問の数を減らされてうえ、嫌な顔をされれば仕方ないだろう。
性格が温厚な者ほど強く言えないのだ。彼女の対応が悪すぎた。
「ですが、その件と魔物討伐は関係がありません。参加は義務ですわ」
「………………」
王国として手を差し伸べなかったのに、国民の義務を果たせと言う。
それにも我慢ならなかった。
フォルトの憤怒がせり上がってくる。
「えへへ。御主人様、賭けは私の勝ちでーす!」
怒声が消えて静寂になったリビングに、カーミラの楽しげな声が響いた。
それを聞いたフォルトは、ゆっくりと目を閉じるのだった。
――――――――――
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