第10話 森に引き籠り3

 川で水浴びをした冒険者の三人が戻っていた。

 大きな木の根元に腰を下ろして休憩している。よろいや服にこびり付いた血痕は残っていたが、それでも少しは洗い流せたか。

 夕食を終わらせたフォルトは、その光景を自宅の前で眺めていた。まだ夜になっていないが、カーミラは寝室で待っている。

 気になる点といえば、服が乾いていることか。女性冒険者が魔法使いなので、おそらくは便利な魔法を使えるのだろう。

 そんなことを思っていると、女性冒険者が近づいてきた。

 フードを下ろして現れた顔は整っているが、化粧はしていない。化粧品が無いのか高いのかは分からないが、すっぴんでも男性の心を射止められる美人さんだ。


「家の中に入ってもいいかしら?」

「なぜですか?」

「ほら。男の人たちと外でって……。ねぇ?」

「仲間では?」

「違うのよ。私は別のチームでね。はぐれたの」

「何チームかで戦ってたんですか?」

「そうよ。全部で五チームだったかしら」

「バラバラに逃げてしまったと?」

「失敗したわ。あ、自己紹介がまだだったわね」


 女性冒険者の名前はアイナ。

 三人の仲間と魔物討伐に参加したが、オーガの群れと遭遇して散りぢりに逃げたらしい。以降は別チームの男性二人と、逃走経路が同じになった。

 それでも何とか逃げきったという話である。


「一つしかベッドが無いんですよね」

「家の中ならどこでもいいわよ」

「なら大丈夫ですよ」

「ふふっ。ありがと」


 女性の頼み事に弱いフォルトは、アイナを自宅に入れる。

 木の根元に座っていた二人の男性は、それを恨めしそうに眺めていた。気候は穏やかだが、彼らは野ざらしである。


(さすがに全員を入れると狭すぎるし、男なんぞ入れたくもない。外で我慢してもらおう。どうせ数日で帰るだろうし別にいいだろ)


 フォルトは昭和生まれのおっさんなので、男性の扱いなど決まっている。「男なんだから我慢しなさい!」といった言葉が思い出された。

 そして寝室にいたカーミラから、毛布の代わりになるシーツを受け取る。もちろん城塞都市ソフィアから奪ってきた品だ。

 それはともあれ、アイナに手渡した。


「助かるわ。フォルトさんでしたわね?」

「はい」

「いつから森に?」

「半年ぐらい前ですかね」

「カーミラさんと一緒に?」

「そうですね」

「親子なの?」

「違いますよ」

「へぇ……。ロリコン?」

「違いますよ!」


 フォルトは『変化へんげ』を解除している。

 今は見た目も中身もおっさんだ。確かに他人から見れば、親子に見えるだろう。逆に親子でなければ危ない。

 こちらの世界の常識は分からないが、日本なら逮捕される可能性が高い。しかしながら、見た目の歳が離れてるだけだと思われる。

 リリスのカーミラは、永遠の寿命を持つ悪魔だ。


「アイナさんは冒険者ですよね?」

「そうね」

「異世界人を知ってますか?」

「称号に「召喚されし者」がある人たちね」

「アイナさんは違うんですか?」

「私は違うわね。でも冒険者ギルドに在籍しているわよ」

「どんな感じなんです?」

「普通じゃない? でも最初は色々と非常識だったそうよ」

「世界が違いますからね。亡くなった人はいますか?」

「冒険者で死んだという話は聞かないわね」


 他の異世界人とは面識が無く、フォルトにとっては親近感も無い。

 この森で暮らすかぎり、彼らと出会うこともないだろう。生活はできているようなので、その情報が聞けただけで十分だ。


「フォルトさんも異世界人なの?」

「違いますよ。興味があっただけです」

「珍しいですものね」


 本当のことを伝えられないのでうそを言う。

 称号が「召喚されし者」ではなく「帰ってきた者」だからだ。カードの提示は求められないと思われるが、余計なトラブルを避けたかった。


「俺は寝室で寝ますので、アイナさんは好きに寝てください」

「襲っちゃ駄目よ?」

「襲いませんよ!」


 美人のアイナだが、残念ながらフォルトの琴線には触れない。

 人間と話すのが苦手なので、カーミラの待つ寝室に逃げた。


「カーミラちゃんを待たせすぎです!」

「すまんな」

「それにしてもオーガごときに逃げ出すんですねぇ」

「俺は戦ったことがないから強さは分からんぞ?」

「御主人様ならデコピン一つで倒せますよぉ」

「デ、デコピン……」

「やるなら私がやっちゃいますけどね!」

「頼もしいな」

「えへへ」


 アイナが家の中で寝ているため、今日のフォルトは大人しく寝る。

 彼女からはロリコンと言われてしまったので、自重する必要もあった。とはいえ惰眠を貪るのが得意なので、カーミラの体を弄りながら寝入るのだった。



◇◇◇◇◇



 三人の冒険者は休息を取っていたが、一向に帰る気配を見せない。アイナが毎日家の中で寝ているため、カーミラは不機嫌になってきた。

 そこで催促をするために、フォルトは木の根元に向かった。


「帰られないのですか?」

「もう少しだけいいかしら?」

「さすがに七日目ですよ。聞き飽きました」

「そうは言ってもよ」

「出口は反対側だろ? 魔物に殺されちまうぜ!」


 冒険者たちは帰る気が無いようだ。

 オーガの群れに対して、五チームが逃げ出したのだ。たった三人で森を抜けることは不可能という切実な話だった。


「森に住む気ですか?」

「んなわけねぇだろ!」

「助けが来るとは思えませんけど?」

「そうなのよね」

「オメエ、森に住んでるなら強いんだよな?」

「俺みたいなおっさんが強そうに見えますか?」

「そっそうなんだがよ……」


 三人の冒険者は、フォルトの体型を見て納得する。

 彼らが訪れてからは『変化へんげ』を解除しているので、今も小太りのおっさんだ。吸血鬼のコスプレを着ていても弱そうに見える。

 それでも納得したのも束の間で、すぐに話をぶり返してきた。


「やっぱり強くなけりゃ、こんな森に住んでるわけがねえ!」

「そうだ! なぁ俺たちを出口まで送ってくれねえか?」

「報酬なら払うからよ。頼むよ!」

「は?」


 フォルトは唖然あぜんとする。

 冒険者たちにはお帰りを願って、カーミラとの自堕落生活に戻りたいのだ。しかも森の出口に送るとしても、人間は空を飛べない。

 徒歩で進むとなると、何日も必要となるだろう。


「お断りします」

「何だと!」

「冒険者なのでしょ? 自力で帰ってください」

「ふざけんな!」

「ふざけてるのは貴方たちでは?」

「無理だわ。死んじゃうわよ」

「ここまで来られたなら帰れますよ」

「たまたまだ! 運が良かっただけだよ!」


らちが明かないな。帰らない気か? ハッキリ言って邪魔なんだよ)


 森での暮らしは最高である。

 そのすばらしい生活を邪魔されているのだ。彼らの話を聞くだけで、フォルトはムカムカと苛立ってくる。

 そのとき、カーミラが声をかけてきた。


「御主人様、ご飯ができましたよ!」

「あぁ。ありがとう」

「どうかしましたかぁ?」

「森の出口まで送れだとさ」

「ぶぅ。さっさと帰ってほしいんですけどぉ」

「だから頼んでるじゃねえか!」

「もぅ面倒臭いなぁ」

「「何だと!」」

「ねぇ。何とかならないかしら?」


 二人の男性冒険者は激昂げきこうする。

 アイナは一歩引いているが、どちらかと言えば男性冒険者の味方である。無事に森を出て、城塞都市ソフィアに帰りたいようだ。


「御主人様が決めてくださーい!」

「そうだなぁ」


(カーミラの言ったとおりだな。面倒臭い……。でも、ここまで頼られたら断れないよな。助け合いの精神ってやつだ。俺って良い奴だな!)


 フォルトは人間の倫理観を持っているので、結局のところ折れてしまう。

 とりあえず、この場に居着かれても困るのだ。森の外まで送ってさえしまえば、いつもの平穏な自堕落生活に戻れる。


「はぁ……。分かりました。分かりましたよ!」

「送ってくれるのね!」

「報酬は要りませんので、一つだけ約束してください」

「なっ何だ?」

「俺たちが森で暮らしていると誰にも言わないように、ね」

「そんなことか。平気だぜ」

「本当に?」

「黙ってればいいんでしょ? 簡単よ」

「俺は口が堅いんだぜ。信用しろ!」

「では行きましょうか」


 冒険者たちは着の身着のままなので、もう出発できる。ならばと倉庫から食料を持ち出して、さっさと森の出口に向かう。

 それからは数日を使って、森の中を歩いた。途中でオーガと遭遇したが、フォルトは簡単に倒してしまった。

 これでは拙いと思って、以降は自身の強さを隠すために芝居を打った。


「やっぱり強ぇな」

「たまたまですよ。もう疲れちゃって……。はぁはぁ……」

「細い木の棒なんかでオーガは倒せないわよ?」

「だから、たまたまいい具合に当たったんです」

「そうか? まぁその後は苦戦してたしな」

「そうそう」


 冒険者たちが信用したかは定かではない。しかしながら、フォルトは演技に自信を持っていた。

 魔人に変わる前の自分を演じるだけなのだから……。


「じゃあ野営しましょうか」

「明日には森を抜けられるか?」

「そうですね」


 五人で野営の準備を始める。

 野営といってもテントがあるわけではない。草木を刈って、木の枝など集めて火を起こすだけだ。魔法使いのアイナがいるので、そのあたりは任せた。もちろん森の中なので、木に燃え移らないように配慮していた。

 それらの作業が終わった後、フォルトは小声でカーミラに話しかける。


「カーミラ、出口までの魔物を片付けておいてくれ」

「はあい!」

「どうした?」

「いえ。少し周囲を見回ってきます」

「ありがてぇ」

「なら私たちが見張りをやるわ」

「ありがとう。カーミラは反対側を見回ってくれ」

「分かりましたあ!」


 フォルトとカーミラは、別々の方向に歩きだした。

 それから冒険者たちが見えなくなったところで、木の幹に寄りかかる。自分が行っても良かったが、演技を続ける必要があった。

 周囲の見回りを終わらせて、息を切らしているところを冒険者に見せるのだ。弱いという印象を与えて、箸にも棒にも掛からぬ人間と思わせる。

 そして適当に時間を潰し、ゆっくりと野営地に戻った。


「何もいなかったです。今夜も安心して寝られると思いますよ」

「安全に戻れるものなのね」

「ははっ。運がいいようですね」

「だな。まぁ見回りをありがとな」

「約束を忘れないように、ね」

「大丈夫よ」

「疲れてヘトヘトなので先に休みます」

「見張りは任せな!」


(ふぅ。明日には終わるな。やれやれだ。これで引き籠りの生活へ戻れる。家に帰ったら惰眠を貪り尽くしてやる!)


 冒険者が訪れてからのフォルトは、規則正しい生活を送っていた。人間と顔を合わせたくないのに、人間と顔を合わせている。

 そのような生活は望むものではないのだ。

 それから暫くして戻ってきたカーミラに、小声で報告を受けた。


「御主人様、言われたとおりに倒しといたよぉ」

「悪かったな」

「お嬢ちゃんもお疲れだぜ!」

「明日まで休んでていいわよ」

「はあい! じゃあ寝ますねぇ」


 カーミラも欲求がまっているようだ。

 戻ってきてからは、体を密着させて離れようとしない。とはいえ、それ以上は我慢している。気を遣っているのだろう。

 フォルトは考える。

 冒険者たちを送り届けた後は、恋しいベッドまでひとっ飛びだ。カーミラとの甘い情事も復活である。あと少しの辛抱なのだ。

 ならばとそれを楽しみに思いながら、深い眠りに入るのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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