第9話 森に引き籠り2

 まさに今、フォルトは引き籠っている。

 日本にいた頃と違うのは、自宅の中ではなく森の中ということだ。体力があり余っているため、家の中だけで過ごすのは限界があった。


(あぁ堕落する。幸せだなあ)


 自宅の隣に立つ大きな木には、人が座れるほど太い枝が伸びている。

 そこに足でぶら下がったフォルトは、腕をダランと伸ばして遠くを眺めていた。頭に血が昇りそうなほど時間が経過しているが、気持ち悪くなることもない。

 魔人の体に感謝である。


「御主人様!」

「どうしたカーミラ?」

「ちゅ」

「おう!」


 パタパタと近くまで飛んできたカーミラから、ほほに軽く口付けされた。

 フォルトは現在、『変化へんげ』を使って若い姿に変わっている。彼女と過ごすのにおっさんの姿だと、自虐心に苛まれるからだ。


「お肉ですよぉ。あーん」

「あーん」

美味おいしいですか?」

「もちろんだ! カーミラは料理の天才だな」

「えへへ」


 行儀は悪いが気にしない。

 カーミラと一緒に森に引き籠って、三カ月以上が経過していた。フォルトもそうだが、彼女も今の生活に満足している。

 それに魔人と悪魔は、なんと便利な種族なのだろうか。どれだけ食べても、完全に消化しきってしまう。

 つまり、トイレが必要ないのだ。風呂は近くに流れる川を使って、二人でイチャイチャしながら水浴びをしている。


(すばらしい生活だ。最初は勝手に召喚されたことに憤りを感じが、今は感謝しかないな。充実した引き籠りの生活を満喫中だ)


「カーミラ」

「何ですかぁ?」

「アレは何だ?」

「どれですかぁ?」

「ほら。森の端っこ……」


 ぶら下がっている大きな木を登ると、広大な森が一望できる。

 人間の手が入っておらず、緑の絨毯じゅうたんが敷かれているような錯覚を覚えるほど絶景だ。まさに大自然である。しかしながら視線の先には、煙が立ち昇っていた。


「あの辺はゴブリンたちの巣がありますねぇ」

「そっか。ゴブリンたちも難儀だな」

「人間でも来たのかなぁ?」

「家まで人間が来るかな」

「森の奥地には来られませんよぉ」

「そうか」


 魔人に変わったところで、フォルトの人間嫌いが改善したわけでもない。だからこそ、森に引き籠っていた。

 目の前のカーミラは、日本から召喚されたときから親身に接してくれた。彼女と出会わなければ、森での幸せな生活が送れていないだろう。

 そう考えたら、無意識に彼女の腰に手を回してしまった。

 逆さまの状態だが……。


「あんっ! 御主人様ぁ」

「一緒にぶら下がらないか?」

「見えちゃいますよ?」

「そっそうだったな!」

「でも御主人様なら……」

「っ!」


 フォルトは慌てて枝の上に座りなおした。

 カーミラの挑発にタジタジだ。他に誰もいないので行為を始めても良いが、太陽がサンサンと降り注いでいる。

 今は自制して、夜を待つのだった。



◇◇◇◇◇



 ゴブリンの巣から煙が昇っていても何のその。

 フォルトとカーミラは、自宅の中で食事を始めていた。二人きりの生活を邪魔されなければ、他で何が起きていても構わないのだ。


「カーミラはカルマ値って知ってるか?」

「性格ですねぇ。上は極悪から下は正義までありまーす!」


(上が極悪? さすがは悪魔。悪が上なんだな)


 カーミラがテーブルに並べられた肉料理を取り、フォルトの口に近づける。

 もちろん旨そうに頬張りながら、彼女の頭をでた。


「えへへ」


 ちなみに材料となる獲物は、ブラッドウルフに狩らせている。

 この召喚されたおおかみの魔物は、通常の個体よりも一回りほど大きい。またすばやいうえに、とても凶暴である。狩りをやらせれば、確実に獲物を仕留める。

 野菜や果物などは、トレントと呼ばれる木の魔物が担当していた。幹から伸びた枝が手。根っこの部分が足となる魔物である。

 この魔物には、自宅から離れた場所の大地から養分を吸い上げさせていた。新しく耕した畑に使うことで、収穫を早めている。


「そのカルマ値を上げるにはどうすればいいんだ?」

「大罪に忠実であればすぐですよぉ」

「飯を食べても上がるのか?」

「奪って食べれば上がりますねぇ」

「惰眠を貪っても上がるのか?」

「それで誰かが迷惑すれば上がりますねぇ」


(物を奪ったりして、他人の迷惑になることをやれば上がるのか? でも寝てるだけで誰かが迷惑するのか? まぁとにかく悪事をしろって話だな)


 昔からフォルトは、悪事らしい悪事をやったことがない。理解をしたが何をやって良いか分かっていない。

 とりあえず香辛料などをカーミラに奪わせているので、それが悪事になるかもしれない。使えば無くなるため、今後も続けさせるつもりだ。


「御主人様は魔神になるんですかぁ?」

「カルマ値が足りないって言われてな」

「魔神になるとですねぇ」

「なると?」

「神々を殺せるらしいでーす!」

「らしい?」

「神話の戦いで殺したという伝承があるようですよぉ」

「神話か……」

「そうでーす! でもご主人様は知ってるんじゃ?」

「すまん。情報を引っ張り出すのが面倒だから聞いた」

「さっすが怠惰!」

「ははっ」


 二人は笑いながら食事を楽しむ。

 以降も同じ生活を続けて、自堕落な日々を過ごしている。カーミラと二人、変わらない日常に変化を求めることもない。

 そして、こちらの世界にフォルトが召喚されてから半年が経過した。


「カーミラは幸せか?」

「幸せですよぉ。御主人様とマッタリ……。えへへ」


 フォルトは寝室で横になりながら、カーミラに腕枕をしている。当然のように密着しているが、この温もりは心が安らぐ。

 彼女も同様のようだが、前々から疑問に思っていた話をする。


「森の外に出たいと思わないのか?」

「御主人様が出るなら出ますよぉ」

「そうではなく、何かやりたいことが無いのかなと思ってな」

「いつもやってますよぉ」

「そっそうだったな!」


 フォルトは考える。

 悪魔を人間と置き換えるのは滑稽だ。しかしながら、カーミラは可愛くて奇麗で見た目も若い。常識から考えれば、友達や恋人と町で遊んでいるような女性だ。

 何も無い森に引き籠っていて良いのだろうか、と。


「だっ誰かいませんか?」


 そんなことを考えてると、自宅の外から女性の声が聞こえた。

 自宅は森の奥地に建てたが、もしかしたら誰かが森の奥地まで来たのか。カーミラと二人きりの自堕落生活を邪魔されて、久しぶりに不快な感情が沸いた。

 そして、彼女と顔を見合わせる。


「こんな森の奥地に誰だろ?」

「誰かいませんか?」

「応対しますかぁ?」

「そうだな。カーミラは『隠蔽いんぺい』を使ってくれ」

「はあい!」

「俺も『変化へんげ』を解除しておっさんに戻っておく」

「そのままでもいいのに……」


 フォルトは中年のおっさんに戻り、カーミラは人間の女性に変わる。

 その後は二人で寝室を出て、外に出る扉を開けた。すると、布製のローブを着た女性が立っていた。後ろには、鉄製のよろいを着た男性が二人である。三人とも疲れきっており、ヘロヘロになりながら地面に腰を落とした。

 これには顔をしかめてしまう。


「どちら様ですか?」

「あ……。良かった。人が住んでたんだ」

「え、えぇ」

「森でゴブリンを狩ってたら迷っちまってよ」

「難儀でしたね」

「見てのとおりだ。休憩がしたい」

「家の中は狭いので……。隣の木の下ならいいですよ」

「助かる。ついでに水と食料をもらえないか?」


 この人間たちは、うそを言っていないように思える。

 三人ともボロボロの姿で、何かと戦闘した形跡があったからだ。鎧は傷だらけになっており、ローブは破れて汚れていた。

 全体的に、血と汗と泥にまみれいる。


「カーミラ、飯と水を頼む」

「はあい!」


(戦士が二人と魔法使いが一人か。合ってるよな? ゲームやアニメだと、こんな感じだもんな。でも迷ったとはいえ、森の奥地だぞ。よく来られたもんだ)


 フォルトは、三人を木の根元まで連れていく。以降は詳しい話を聞いた。

 それにしても、人間が嫌いだからこそ森に引き籠っているのだ。自宅まで来たのが三人だけなら良いが、後から何人も来られると困る。


「まず言っておきますが、森の出口は反対側ですよ」

「げっ! 本当か?」

「ほら。後ろに山があるでしょ?」


 自宅の裏手には、大きくて高い山がある。

 森は山を中心に広がっているので、三人は出口から離れてしまったのだ。位置を調べられないほど、魔物に追い回されたのかもしれない。

 フォルトにはご愁傷様としか言えないが、言葉にすることはなかった。


「必死に逃げてたからよ。気付かなかったぜ」

「家の周辺は安全ですよ」

「そうみたいだな」

「近くに川が流れています」

「ほう」

「魔物も出ません。後で汗を流せばいいですよ」

「助かるぜぇ」

「お待たせでーす!」


 フォルトが川の場所を教えていると、カーミラが食事と水を持ってきた。

 三人は受け取るが否や、暴食の大罪を解放したように食べ始めている。もちろん魔人と比べるまでもない。

 そして、ここまで来た経緯を話し始めた。


「こんな森に人間が住んでるのね」

「弱そうなのにな」

「あ、ははっ……。隠者みたいなものですよ」

「森には魔物がいるからな。人間は入らないんだぜ」

「そうなんですか?」

「あぁ。でも王国が森の資源を欲しがってよ」

「そうそう。それで私たち冒険者の出番ってわけなの」

「入口にいたゴブリンを倒したんだがよ」

「ちょっと魔物の数が多すぎない?」

「ゴブリンの他にオークやオーガがいやがってよぉ」

「どう考えても勝ち目がなくてね」

「で、こうなってるわけですね?」


(こいつらは冒険者か。仕事で魔物を倒すって言ってたな。それにエウィ王国が森を欲しがってるのか。拙いな。自堕落生活を満喫してるのに……)


 ここでもフォルトは考える。

 安住の地と言うべき森に、エウィ王国が手を出してきた。森は誰のものでもないので仕方ないが、引き籠りの自堕落生活を邪魔されるようで怒りが沸いてくる。とはいえ、まだ話だけだった。

 この程度で憤怒が顔を出すことはない。


「じゃあ川に行ってくるぜ」


 食事を終えた三人の冒険者は、体を洗いに川に向かった。

 フォルトは怠惰なので、彼らを送っていく気はない。勝手に行って、勝手に戻ってくるだろう。

 その間に、エウィ王国と森について分析する。


「うーん。王国の本気度はどんなもんかな」

「本気度ですかぁ?」

「奴らの話では魔物の数が尋常じゃない」

「言ってましたねぇ」

「なら魔物が倒せずに、森を諦めるかもしれない」

「でも御主人様?」

「何だ?」

「対策を考えるのが面倒臭いだけですよね?」

「やっぱり分かる?」

「さすがは御主人様です!」


 現在の生活を壊されたくない。しかしながらエウィ王国を相手に、何かを考えるのが億劫おっくうだった。対策を練ったところで、何かをやる必要があるからだ。

 それは、とても面倒な話だった。


「あいつら……。さっさと帰ってくれないかな」

「三人だけなら殺しちゃいますかぁ?」

「うーん。頼られたのを殺すのはちょっと……」

「でしたら、何日か休憩させて帰ってもらいましょう!」

「となると、夜はお預けだな」

「え? やだっ!」

「食事の量を、な。保存してる食料が足りないだろ?」

「あ……。御主人様は意地悪です!」

「はははっ!」


 半年ほど続いたカーミラとの自堕落生活。

 このすばらしい暮らしを邪魔されて、フォルトは戸惑ってしまう。少しだけ我慢すれば良いか、と考えてもストレスがまりそうだ。

 そう思って肩を落としたところで、彼女と一緒に自宅に戻るのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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