第8話 森に引き籠り1

 カーミラは調味料を奪いに、城塞都市ソフィアに向かった。彼女を見送ったフォルトは、ブラウニーたちが家を建てている大木まで戻っている。

 そこでは周囲の木が伐採されて、大量の木材に変わっていた。何本かの柱も立っており、建築の工程を驚いた表情で見た。


「建てるのが早いな!」

「アト少シデ完成デス」

「そっそうか……。頼もしいな」


(日本の家よりは立派じゃないが、建築技術や材料が違うから仕方ないな。でも組み立て式にしたのか。これなら確かに早いな)


 ブラウニーたちの作業を眺めていると、黙々と組み立て作業を進めている。

 この早さなら、数時間後には立派な家が完成するだろう。


「休憩しないのか?」

「魔力モラッタ。働ク」

「そっそうか……。よろしく頼む」

「了解」


(グサッとくるな。メチャクチャ悪い気がする。自分は働きたくないのに、ブラウニーには休みもなく働かせる。俺は駄目な奴だ。駄目男だな)


 召喚された魔物は、フォルトの魔力を取り込んでいる。

 その魔力は、命令を聞く契約の対価だ。契約の効力は絶対であり、召喚主に対して従順になる。しかしながら、勇者召喚とは違うようだ。

 もしも同様なら、異世界人は意思に関係なく使い潰されているだろう。


「こうやって考えられるのもカーミラのおかげか」

「はあい! 御主人様、呼びましたかぁ?」

「おわっ!」

「ただいま戻りましたあ!」

「速いな!」

「御主人様のために猛スピードで飛んできましたよぉ」

「それはうれしいな」

「ほらほら! 奪ってきたよ!」


 建築作業がスムーズで見入ってしまったが、結構な時間が過ぎていた。

 カーミラはドヤ顔を決めて、背中に背負っていた袋を地面へ置く。続けてゴソゴソと手を入れ、何個かの中型のつぼを取り出した。

 これは、多種多様な香辛料である。


「塩と砂糖に胡椒こしょうがあるのか。十分だな。それに量もある」

「カーミラちゃんってば偉い?」

「あぁ偉いぞ」

「えへへ」


 カーミラの頭をでると、満面の笑顔を向けられた。とても可愛らしいので、フォルトは思わず撫でまわしてしまう。

 そして、疑問に思っていたことを問いかけた。


「人間を殺したのか?」

「殺してないですよぉ。魅了の魔法を使いましたあ!」

「魅了か!」

「何でも頼みを聞いてくれて便利なんですよぉ」

「よく殺さなかったな」

「ぶぅ。カーミラちゃんは馬鹿じゃないもん!」

「ははっ。殺すと騒ぎになるからな」

「そうそう。そっちのほうが面倒でーす!」


 この森は、フォルトたちの安住の地となる。あまり派手に人間を殺して、捜査の手が入るのは避けたい。

 カーミラは良く分かっている。


「御主人様、家が完成したらどうするんですかぁ?」

「もちろん惰眠を貪る!」

「怠惰ですねぇ。さすがでーす!」

「嫌か?」

「嫌じゃないですよぉ。怠惰と色欲でまったりと過ごしましょう!」

「しっ色欲は……」


(人一倍あると言えばあるが……。でも、この生活は完璧だな。飯は召喚した魔物に狩りをさせて、俺は好きにしてればいいのか)


 色欲に関しては、リリスのカーミラは遠慮がない。少しでも隙を見せると挑発してくるので、慣れていないおっさんはタジタジであった。

 そして、召喚魔法は便利だ。魔力を渡すだけで、何でも命令を聞いてくれる。怠惰なフォルトには、まさにうってつけの魔法だった。


「日本より快適だなあ」

「日本ってどういう所なんですか?」

「聞きたいか?」

「話せるなら聞きたいでーす!」

「たっぷりと時間はあるからゆっくり話すよ」

「そうですね!」


 フォルトは日本のことを、少しずつ語りだす。あまり良い思い出はなかったが、日本は好きだった。政治や社会は嫌いだったが……。

 まずは自身が楽しく思えたものを、カーミラに教える。人との対話が苦手でも、彼女との会話は楽しい。


「面白そうですねぇ」

「そうでないものもあったけどね」

「でもでも、こっち世界のほうが楽しいですよぉ?」

「そうか?」

「好きなことができますからね!」


(そうだな。俺は人間から魔人に変わって、弱肉強食の世界で好き勝手できる。なんと良い世界だ。でも人間のままだったらと思うとゾッとする)


 フォルトは体の内からあふれる魔力を感じ取る。

 次に顕在意識のアカシックレコードに思考を向けると、膨大な量の魔法やスキルが認識できる。

 これらは、人間だった頃に感じなかったものだ。カーミラが言ったように、魔人は強食に分類されると自覚した。


「そう言えば力を試しましたかぁ?」

「試したよ。その辺の木を足の裏で蹴ってみた」

「どうでしたかぁ?」

「蹴り上げたら空に高く飛んでった」

「だから言ったじゃないですかぁ」

「ははっ。そうだな」

「あっ! 御主人様、家が完成したようですよ!」


 ブラウニーたちは、完成した家の前に整列していた。

 城のロッジより少し大きい程度で、見栄えはあまりよろしくない。とはいえ魔法を使って建てているので、あちらの世界では考えられないスピードで完成した。

 二人で住まうには十分過ぎる家だ。


「えっと……。家具を作ってもらっていいか?」

「「了解!」」

「ブラウニーちゃんは凄いねぇ。偉い偉い」


 家具を作るのも早かった。

 それはやはり、簡単に製作しているからだ。機能性など無いに等しい。粗悪品になるが、家を管理する能力を使っているだけに過ぎないのだ。

 そして暫く待っていると、屋内に家具が配置された。


「じゃあ中に入ろうか」

「うん!」


 二人は家の中に入った。

 建てたばかりなので、生木の良い匂いが部屋の中に充満している。部屋はダイニングと台所、それと寝室があった。

 満足したフォルトは、ブラウニーたちを送還する。

 送還とは、召喚魔法を使ったときに設定される終了条件だ。召喚した魔物を、元々存在していた場所に戻せる。


「ブラウニーはすばらしいな」

「十分に住めますねぇ」

「じゃあ他の魔物を出して、獲物の狩りに行かせるか」


 住む場所を確保できたなら、次は食料の調達が必要だ。

 これも、召喚魔法で魔物を呼び出せば良い。フォルトはアカシックレコードから、自身が召喚できる魔物情報を引き出そうとした。

 するとカーミラが、とある情報を口走る。


「御主人様、森には魔物がいますよぉ」

「え?」

「人間の町から帰ってくるときに見てきましたあ!」

「偉い偉い!」

「えへへ。でも私たちの相手になる魔物じゃないですねぇ」

「なら安心だな。どんな魔物がいたんだ?」

「知能は低いけど、ゴブリンやオークでーす!」

「小鬼と豚顔の亜人だっけ?」

「そうですよぉ」


 ゴブリンとは、身長一メートル程度の小鬼の亜人である。

 非常に醜悪な顔であり、とがった耳と潰れた鼻が特徴的だ。大きな口には、鋭い牙が生えている。

 オークはいのししのような牙を持った豚顔の亜人だ。

 ほとんどの人間種と交配できるので、とても繁殖力が高い。遺伝子が強いため、産まれる子供はオークとなる。


「家の近くにいるのか?」

「見かけたのは、もっと森の出口のほうですねぇ」

「なら安心だな」

「心配でしたら、森の中を調べてきますよぉ?」

「いや、一緒に行くよ」

「御主人様は惰眠を貪るんですよねぇ?」

「貪るけど、カーミラとも一緒にいたい」

「えへへ。じゃあ行くときは一緒ですね!」

「散歩がてらでいいさ」

「はあい!」


 そして、二人の引き籠りの生活が始まった。

 食べては寝て、誰もいない森を散歩した。駄目男が過ぎるだろうと思ったが、こういう生活がやれてしまうのでやってしまう。

 カーミラも満足していた。


「御主人様、この生活は快適すぎますね!」

「ははっ。そうだな」

「カーミラちゃんはとっても幸せでーす!」

「そう言えば、前の主人との生活ってどうだったんだ?」


 フォルトは、カーミラの前の主人が気になっていた。

 力や能力を受け継いだが、それ以外の話を聞いたことがなかったからだ。


「前の御主人様は色欲が無かったんですよねぇ」

「そうなのか?」

「だから、カーミラちゃんに手を出さないんですよぉ」

「他の大罪は持ってたのか?」

「暴食と怠惰だけですねぇ。常に食べてましたあ!」

「人間も、か……」

「そうでーす! 食べては寝ての繰り返しでしたあ!」

「今の俺と変わらんな」

「御主人様は……。えっと……。あの……。きゃ!」

「まっまぁそうだなっ!」


 カーミラは前の主人のシモベとして、食料調達ばかりをやらされていた。しかも食べられるものなら、何でも良かったらしい。

 フォルトも暴食の大罪を持っているが、そこまで酷くはない。すべての大罪を持っているので、バランスが良いようだ。


「んで、何で消えたんだ?」

「飽きた、だそうですよお」

「飽きた?」

「本心までは分かりませんけどね!」

「飽きたねぇ」


(食べて寝るだけか。俺は好きだけどな。大罪が偏るとそうなるのかな? 俺も飽きたら消えたくなるのだろうか……)


 フォルトにとっては、食べて寝るだけでも十分に満足できる。とはいえ自殺を考えていたときは、人生に飽きたと本気で思っていた。

 もしかしたら、そういった話なのかもしれない。


「御主人様は消えないですよねぇ?」

「今を満喫してるからな」

「良かったぁ。消えないでくださいねぇ」

「頑張るとしよう」

「それじゃ怠惰になりませんよぉ?」

「だな。では惰眠を貪るか」

「カーミラちゃんもお供しまーす!」


 眠くなったフォルトは、寝室のベッドで横になる。続けてダイブしてきたカーミラを受け止めて、隣に置いた。

 そして腕を頭の後ろに組み、目を閉じて寝息を立てる。


「ぐぅぐぅ」

「ツンツン」

「ぐぅ、んがっ」

「起きたらまた私と、ね?」

「ぐぅぐぅ」

「クスクス。私も寝よっと!」


 それからも、二人は飽きることもなく寝る。

 この生活は最高である。魔人になったフォルトは、不老で永遠の命になった。また悪魔も同様なので、リリスのカーミラと永遠を生きることになる。

 この可愛くて奇麗な小悪魔を独占できる喜びを感じながら、今後も自堕落な生活を続けていくのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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