第7話 魔人と小悪魔3

 人に出迎えてもらったのは何時ぶりだろうか。

 引き籠りのフォルトは、他人と接する機会が皆無だった。家族でさえ行動時間をずらして、顔を合わせないようにしていた。


「御主人様、お帰りなさーい!」

「あぁ。ただいま……」


 カーミラに出迎えられて、フォルトは思わず戸惑ってしまった。

 それでも彼女の満面の笑みを見ると、ジェシカに抱いていた悪感情が洗い流されるようだ。どちらが悪魔かと思うほどである。

 そんなことを考えながら、床に置かれている服を広げた。


「さて着替えるか……。うん?」

「御主人様、どうかしましたかぁ?」

「いや。この服は大きくないか?」

「魔法の服だから体型に合わせますよぉ」

「なるほど」


 カーミラの言葉に納得したフォルトは、吸血鬼のコスプレを着た。すると服が勝手に縮んで、ピッタリと調整される。

 これには年甲斐としがいもなく大声を上げた。


「おおっ! 凄いな!」

「似合いますよ!」

「そっそうか。後は体型を変えておこう」


 さすがに小太りのおっさんでは、カーミラが不憫ふびんである。

 フォルトは『変化へんげ』のスキルを使って、細マッチョな姿になった。顔については悩んだが、二十代前半だった頃の顔立ちで落ち着いた。

 あまりにも急激な変化は、自分が耐えられない。


「かっこいいですよぉ」

「この年齢のときは彼女もいたしな」


 学生時代のフォルトは、モテないまでも嫌われることはなかった。

 いわゆる普通だが、歳を重ねることで、贅肉ぜいにくが付いてシワが増えていったのだ。四十歳に近くなると、見事なおっさんになっていた。

 考えようによっては残酷である。


「カーミラ、角とか翼とか尻尾は隠せるのか?」

「隠せますよぉ。『隠蔽いんぺい』のスキルは持ってまーす!」


 スキルを使ったカーミラは、可愛らしい人間の女性に見える。

 『隠蔽いんぺい』とは、見る者の視覚に働きかけて誤認させるスキルだ。あくまでも誤認なので、実際には消えていない。

 都市を歩くだけなら、何の問題もないだろう。


「ロッジを出ると城塞都市ソフィアに出るらしい。聖女と同じ名前か」

「御主人様は働くんですかぁ?」

「え?」

「今すぐ都市の外で暮らしましょう!」

「は?」


 確かにフォルトは働きたくないが、もう親は頼れない。

 しかも、今は生きようとしているのだ。都市で金銭を得なければ、日々の食事にもありつけないだろう。

 最低限の衣食住を確保するためには、都市の外に出るべきではない。


「金が無いと生きられないよ?」

「外で獲物を狩ってれば生きていけまーす!」


(いわゆる隠者みたいな生活か? そういった生活は望ましいが、俺は獲物なんて狩れないぞ? いや、カーミラは肉を用意してたよな?)


 人間と会わずに、カーミラと静かな場所で暮らす。

 すばらしい提案であり、フォルトにとっては理想的な生活だ。とりあえず水と食料さえあれば、当分の間は生きていけるだろう。

 そこで、確認だけはしておく。


「可能なのか?」

「ぶぅ。カーミラちゃんに任せれば、万事解決ですよーだ!」

「そっそうか……」

「御主人様だって強いんですよ?」

「ま、まだ試してないからな」

「それにですよ。召喚魔法がありますよねぇ」


 カーミラが笑顔で教えてくれる。

 フォルトはカードをポケットから取り出して、スキルの項目を確認する。確かに彼女が言ったように、一覧の中に召喚魔法があった。


「これかな?」

「ですねぇ。召喚した魔物に狩らせれば大丈夫でーす!」

「ふむふむ」

「簡単じゃないですかぁ」


 召喚が可能な魔物は、アカシックレコードで分かる。

 この魔法さえあれば、フォルトが動かずとも、食料を調達できるらしい。ということは、都市で暮らさずとも良いのだ。

 ただし、もう一つだけ問題があった。


「ここは城内だよ。どのみち都市に出ないと外に出られないな」

「飛んでいきましょう! 翼を出せますよね?」

「え?」


 スキルの『変化へんげ』を使えば、翼が出せるので簡単に飛べる。フォルトは人間が嫌いなので、これは願ってもないスキルだった。

 人混みを避けて都市を出れる。


「カーミラよ」

「はい?」

「おまえは天才だ」

「やったあ!」


 フォルトは『変化へんげ』のスキルで、黒い翼を出してみる。これは魔力から形作られるものらしく、服を破らずに通り抜けた。

 そしてカーミラの手ほどきで、天井まで飛んでみた。

 これは飛ぶというよりは、魔力を流して浮いている感じだ。科学を無視した行為だが、そういうものだと納得しておく。

 魔法が使える世界なので、難しく考えても意味はなさそうだ。


「力の使い方が分かってきた感じですねぇ」

「そう、なのか?」

「はい! じゃあ行きましょう」

「空を飛ぶと目立たないか?」

「透明化の魔法があるじゃないですかぁ」

「えっと……。あるな」


 フォルトはカーミラに感謝していた。

 こうやって自分の知らないことを、ポンポンと教えてくれる。彼女は悪魔だが、神に仕えるジェシカとは大違いだ。


「消えちゃうと見えなくなっちゃいますからねぇ」

「そうだな」

「だから、飛ぶときは手を握ってくださいねえ!」

「あ、あぁ……」


 ここまでされると、おっさんでもデレてしまう。

 フォルトは顔が高揚しているのが分かった。恥ずかしいが、とりあえずカーミラと一緒にロッジから出る。


「手を放すなよ」

「はあい!」



【マス・インジビリティ/集団・透明化】



 空を見上げたフォルトは、カーミラを抱え上げて魔法を使う。

 それから二人で浮いて、グングンと上昇した。あっという間に都市が小さくなり、地面ははるか下である。高所恐怖症なら震えていたかもしれない。

 そんなことを思いながら、周囲を見渡して住める場所を探す。


「御主人様! あの高い山の麓に広い森がありますねぇ」

「いい感じの森だなあ。奥地にするか」

「はあい!」


 カーミラが言った場所は城塞都市ソフィアからだと、数日はかかりそうだ。しかしながら、森に向かって落ちるように飛ぶ。飛行訓練がてら魔力を使って速度を上げると、まるで弾道ミサイルのような速さで到着した。

 眼下に広がる森は広大で、人間から隠れ住むには十分だと思われる。


「御主人様! あそこに大きな木がありますよぉ」

「目印になるな。木の近くにしようか」


 カーミラが指で示した場所には、一本の大きな木が立っていた。上空から見れば目印になる。近くに川が流れており、住まいを構えるには絶好の場所だ。

 二人は大きな木を目指して飛び、ゆっくりと根元へ降りた。その大きな木を見上げたところで、フォルトは重要なことを思い出した。


「家はどうしようか? 俺は建てられないぞ」

「ブラウニーを召喚して建ててもらいましょう!」

「それって家の管理人みたいな精霊じゃ?」

「いっぱい呼び出せば大丈夫でーす!」


 カーミラは満面の笑みだ。

 きっと可能なのだろう。駄目なら送還すれば良いだけなので、ブラウニーを召喚することにした。

 アカシックレコードのおかげもあってか、フォルトはポンポンと魔法が使える。本当に異世界なんだなと改めて思いながら、苦笑いを浮かべた。



【サモン・ブラウニー/召喚・家の精霊】



 フォルトが魔法を使うと、前方の地面に魔法陣が浮かび上がる。

 そして、身長が一メートルほどの小人が召喚された。ボロい服を着て、赤い帽子をかぶっている。これがブラウニーだろう。

 初めて見るが、まずは家を作るように頼んでみる。


「二人だし小屋でいいか……。建てられる?」

「大丈夫デス」

「じゃあ、この大きな木の横に……」

「了解!」


 作業道具は無いのでどうかと思ったが、ブラウニーは魔法を使っている。周囲の木を伐採して、木材を作成していた。

 フォルトは「ほぅ」とうなって、木材の出来栄えを見る。

 少し雑ではあるが、表面をうまく削り取っていた。ならばともう五十体ほど召喚して、建築作業に参加させる。

 そしてカーミラと一緒に、大きな木の根元へ座った。二人で作業を眺めるが、なかなか興味深い光景である。


「こんなにも召喚できるなんて、さすがは御主人様です!」

「多いんだ。まだ魔力に余裕があるようだけど?」

「人間だと多くても三体くらいじゃないですかねぇ」

「そっか」

「御主人様、どこかに行きませんかぁ?」

「なら作業はブラウニーに任せて、周辺を探索するか」

「はあい!」


 指を絡み合わせた二人は、上空から見えた川に歩いていく。

 空を飛んでも良いのだが、カーミラと散歩がてら歩きたくなったのだ。


「空気が美味うまいな!」

「森の中だからですねぇ」

「そうなのか?」

「木は酸素を作りまーす! 出来立てのホヤホヤですよぉ」

「そうだったな」

「あっ! 御主人様、川が見えてきましたあ!」


 どうやら小川のようで、それほどの幅は無い。深さは膝ぐらいのようだ。透き通っており、川底が良く見えた。

 そしてフォルトは、川の水を飲んでみる。


「おっ! 飲めるな」

「飲み水を確保でーす!」

「魚でも泳いでないかな? 腹が減ってきた」

「なら探してみますねぇ」


 スキルの『隠蔽いんぺい』を解除したカーミラは、川の上に飛んで魚を探している。

 それはすぐに発見したようで、腕を振り上げてから下ろした。



【ダーク・アロー/闇の矢】



 カーミラが闇属性の矢で、次々と魚を仕留めていく。

 この魔法は、初級の闇属性魔法である。名称どおり黒い矢の形をしており、目標に向かって真っすぐに飛んだ。

 その後も闇の矢を使って、十匹ほど仕留めていた。もちろん川に流される前にすくい挙げて、フォルトの前に放り投げている。


「悪いな」

「カーミラちゃんにお任せでーす!」

「落ちてる木の枝を刺して、焼き魚にするか」

「はあい!」


 続けて二人は、木の枝や落ち葉を集める。

 それを一カ所にまとめて、き火ができるようにした。後は火を起こせば良いが、今度はフォルトが魔法を使ってみる。


「俺にやらせて」

「はあい!」



【イグニッション/発火】



 初級の火属性魔法である。

 ただ発火させるだけなので、ライターのようなものだ。指先に出た火を使って、枝や葉に点けるだけだった。

 そして、魚の口から枝を突き刺して焼く。すると、周囲には焼き魚の香ばしい匂いが立ち込めだした。

 十分に火を通した後は、焼けた魚を食べる。


「うーん。旨いけど……」

「どうかしましたかぁ?」

「こっちの世界って、調味料はあるのか?」

「人間は作ってるみたいでーす!」

「人間は?」

「カーミラちゃんは持ってないですよぉ」

「塩でもあればなあ」

「じゃあ都市で仕入れてきますねぇ」

「お金なんて無いよ?」

「奪ってくるから平気でーす!」

「ちょっと待て!」


 これが、二人の違いだ。

 フォルトは魔人になったとしても、人間の常識があるので盗みはやらない。言うまでもなく、カーミラにやらせるつもりはない。しかしながら、彼女はやる気だった。悪魔らしく、悪事に対して何のわだかまりも無い。

 欲しいなら奪う。ただ、それだけだった。


「御主人様は考えすぎでーす!」

「そうか? でも盗みは悪いことだぞ?」

「この世界は力が悪なんです! だからいいんですよ?」


(力が悪? 力は正義って言いたいんだな。さすがは悪魔。でもなぁ。捕まっちゃうんじゃ……。いや、人間には捕まえられない?)


 フォルトは考える。

 カーミラは悪魔だ。肉を食べたいと所望したら、人肉を用意すると言っていた。またロッジから追い出されると伝えたときは、国を滅ぼそうとも……。しかも魔界に移動できるし、空も飛べる。

 人間に捕まるところが想像できない。


「いい、のか?」

「御主人様は七つの大罪を持ってますからねぇ。強欲でーす!」

「強欲かぁ」

「はい! だからいいんです!」

「その良し悪しは誰が決めるんだ?」

「御主人様ですよ?」

「俺か!」

「世界は弱肉強食ですよぉ! 強い御主人様は強食でーす!」

「な、なるほど?」

「そして、人間は弱肉でーす!」

「弱肉かぁ」


 天を見上げたフォルトは、カーミラの言葉に納得してしまう。

 それは日本から勝手に召喚され、城から放り出された件に起因する。シュンが見捨て、アーシャが罵倒していたことも原因だ。また召喚される前から絶望しており、世界が変わっても絶望したのだ。

 それが引き金となって、人間から魔人に変化した。


「俺は人間が嫌いだった」

「嫌いならどうなってもいいですよねぇ」

「勝手に召喚して、勝手に放り出したしな」

「人間のクセに生意気ですよねぇ。御主人様を何だと思ってるのよ!」

「ははっ。吹っ切れたよ」

「さすがは御主人様! じゃあ後で奪ってきますねぇ」

「俺が行こうか?」

「まだいいですよぉ。御主人様は力の加減を慣らさないとね!」

「そうだった。なら任せる」

「はあい!」


 二人は魚を食べながら談笑する。

 食事が済んだ後は、探索を続けた。とはいえ変わったものは無く、木や草が茂っているだけだった。

 それでも楽しさが込み上げていたフォルトは、カーミラの手を強く握った。彼女は一瞬だけキョトンとするが、手を握り返して笑顔を浮かべる。

 この笑顔は反則だった。


「えへへ。御主人様!」

「どうした?」

「何でもないですよ!」


 女性と二人で過ごすのは何十年ぶりだろうか。フォルトが若かった頃は、手も触れることも難しかった。

 そして、歳を取るのは残酷なものだ。今は照れもなく握れてしまう。


「急激な変化についていけないが……」

「はい?」

「これって、森の中で同棲どうせいってことか?」

「私は御主人様のシモベでーす!」

「言ってたな」

「メチャクチャにしていいんですよ?」


(メチャクチャにって……。最初に出会ったときのアレか! 前の主人は、そんなことのためにシモベにしたのか? それでいいのか?)


 常識が少しずつ変わっていく。

 その過程は、異世界人であれば誰もが通る道だった。カーミラは、可愛く見えても悪魔である。フォルトも、人間の敵対者である魔人なのだ。当然のように、悪側に変わっていくことになる。

 こちらの世界の倫理観は日本に近いが、七つの大罪を持っているので崩れてきてしまう。人間から物を奪うことを容認したように……。


「じゃあ御主人様、行ってきまーす!」

「気を付けてな」

「大きな木の下で待っていてくださいねぇ」

「そうしよう」


 ふわふわと浮いたカーミラは、城塞都市ソフィアに飛んでいった。

 そして一人になったフォルトは、レベルの話を思い出す。

 国民の平均レベルは七という話だった。彼女のレベルは分からないが、何となく遥か上のような気がする。

 根拠は無いが、心配という感情は沸いてこないのであった。




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