第4話 召喚されし者たち3

 フォルトたちの前には、簡素なロッジが建ち並んでいた。

 丸木が使われており、日本のそれと似ている。しかしながら、随分とみすぼらしく見える。無料の宿泊所であれば、こんなものかもしれない。

 案内してくれた女性神官は、すでに三人の前からいなくなっている。詳しい話は夜が明けてからと言い残して、この場から去っていた。


「なんかキャンプみたいね!」

「いいんじゃない?」

「………………」


 フォルトにとってキャンプは、学生時代が最後だった。

 それはともあれ、今までは親のすねをかじっていたのだ。どう考えても、ロッジで生活できるとは思えない。


「あたしは端っこにする! おっさん、のぞかないでね!」

「僕もそうしよう」


 女性神官からは、どのロッジを選んでも良いと聞いている。

 すぐに行動を起こしたアーシャとノックスは、遠く離れたロッジを選んだ。覗くなと言われると覗きたくなるが、そんなことをしている場合ではない。

 彼らを見送ったフォルトは、手近なロッジに決めた。


(まぁどこでもいいよな? さてと、中はどうなって……。え?)


 そして、室内を見て絶句する。

 何も無いのだ。ベッドや布団は無く、床にシーツらしき布だけが置かれている。しかも、テーブルや椅子も無い。当然のように、電化製品は見当たらない。

 火を起こすことも難しいか。簡単に着火できるライターなども無い。室内を見渡すと、火打石のようなものが置いてあった。

 とりあえず照明が欲しいので、扉を閉める前に木窓を開ける。七つの月からに差し込む光で、室内が明るくなった。


「どうすんだよ。これ……」


 フォルトは天井を見上げて途方に暮れる。

 それと合わせたかのように、遠くからアーシャの大声が聞こえた。叫びたくなる気持ちはよく分かる。

 当然だろう。若いギャルにとって、電気の無い生活は無理だ。


(はぁ。なんでこんな目に……。母さんは心配してるだろうなあ。書置きも何もできなかった。俺のことは諦めて、姉を頼ってもらえればいいんだけど、な)


 日本に帰れないことは確定なので、フォルトは母親を心配する。しかしながら、どうすることもできない。

 そもそも世界が違うため、手紙など送れないだろう。


(俺にできることは……。寝るだけだな)


 フォルトは諦めたように、布を床に敷いて寝転んだ。

 自宅のベッドであれば柔らかいが、生木の床はゴツゴツして痛い。引き籠りの中年には堪えてしまう。

 続けてポケットに手を入れ、カードを取り出した。


「そう言えばスキルか。俺は何か持ってるのかな?」


 名前と称号以外にも、何か閲覧できるようだ。

 フォルトはカードを操作して、スキルと書かれている項目に指を置く。すると称号と同様に、透明な板が現れて内容が表示された。

 それにしても、空欄が目立つ。


(どういうことだろ? スキルも称号と同じように空欄だ。みんなのカードを後ろから覗いたときは、同じような空欄は無かった。俺だけ?)


 何も無いわけではなく、項目自体はあるが空欄なのだ。

 表示されているスキルは一つだけで、「エウィ語」と書かれていた。言葉が通じているのは、このスキルの効果なのだろう。


「異世界ものの定番、チート級のスキルは無しか。はぁ……」


 フォルトは溜息ためいきを吐きながら、カードをポケットに戻した。

 そのまま首だけを動かして、改めて室内を見渡す。とはいえ殺風景な部屋で、こんな場所で一カ月も暮らせる自信が無い。

 そう思いながら再び天井を見上げ、考えにふける。


(俺と同じようにハズレを引いた奴らも、ここで生活してたのかな?)


 フォルトは典型的な日本人で、黒髪の黒目である。しかしながら今は、透き通るような赤目に変化していた。

 もちろん泣いたわけではない。


「さ、寝るか……」


 フォルトは自分の変化に気づかず、その目を閉じた。

 明日になれば色々と話が聞けるので、とりあえず今は寝るしかないだろう。目覚まし時計も無いので、勝手気ままに起きることになる。

 そして今までの出来事を思い浮かべながら、深い眠りに入るのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトが目覚める。

 どれぐらい寝たか定かではないが、木窓から太陽の光が差し込んでいた。月明かりとは違って、完全に室内が見渡せる明るさだった。


「んんっ! 朝かあ」


 まだ眠いが、フォルトは起きることにした。

 普段であれば、二度寝に入っている。とはいえ今日は、世話役の女性神官から話を聞く必要があった。

 それでも、なかなか起きられない。生木の床に横になったので、全身が悲鳴を上げているのだ。もちろん、歳のせいもあるだろう。


「痛たた……。ベッドが恋しいぜ」


 フォルトは関節を動かして、体をほぐす。

 肩や首を回すと、ゴリゴリと耳障りな音が聞こえた。


「ロッジから出たくねぇなあ。面倒臭い」


 体の痛みが治まったフォルトは、ぶつくさ言いながらも立ち上がる。

 それからロッジの扉を開けて、ゆっくりと外に出た。雲が一つも無い晴天で、太陽の光がまぶしい。

 この刺激は、自宅に引き籠っていた中年には辛い。アーシャの「マジ最悪」という言葉が脳裏に浮かぶ。

 思わず真似して言い出しそうになった。


「おっさん、まだ寝てたの?」

「もう昼過ぎだよ」

「え? ええっ!」


 ロッジの前を、アーシャとノックスが歩いていた。

 フォルトに気付いて声をかけてくるが、そのまま通り過ぎる。


(はぁ……。冷たいもんだ。起こしてくれてもいいのにな。起きなかった俺が悪いけど。さて、世話役の女神官はどこかな? 確かジェシカさんだっけ)


 ジェシカの居場所を知らないフォルトは、二人に尋ねようと考えた。とはいえ思考の回転が遅かったのか、二人はロッジに入ってしまう。

 フォルトはやるせなくなってきたが、いま嘆いても仕方ない。とりあえず、彼らが歩いてきた方向を見渡した。

 昨日は周辺を見る余裕もなかったが、遠くに教会らしき建物が見える。


「教会? 神が存在するなら、教会くらいはあるか」


(あの二人はジェシカさんに会ったのかな? 時間まで聞いてなかったから、彼女を探すのか呼ばれるかは分かってないんだが……)


 フォルトは教会に向って歩きだす。

 他に目指す場所が見当たらないからだが、その足取りは重かった。引き籠ってからは運動をしていないので、少し歩くだけで息を切らしてしまう。


(体が鈍ってるなあ)


 目的地に到着したフォルトは、扉が開いていたので中を覗いた。

 確かに教会のようで、横長の椅子が並んでいる。また奥には、神父が立つような主祭壇が見えた。


「どうされましたか?」


 不意に後ろから、女性に声をかけられる。

 フォルトが振り向くと、ジェシカが立っていた。昨日は緊張してあまり見られなかったが、聖女ソフィアと同様に奇麗である。

 歳は二十代前半のようで、顔立ちは整っていた。


「あ……。お話を伺いに来ました」

「それについては、先ほどの二人にお伝えしましたわ」

「え?」

「そう言えば、貴方もいらっしゃいましたね」

「いましたよ!」

「失礼しましたわ。今からでもお聞きになりますか?」


(なにそれ。さすがにどうかと思うぞ。時間の指定があったわけでもないのに、俺を誘わないで聞いてさ。ジェシカさんも忘れていただと?)


 怒りの感情に囚われそうになるが、ジェシカは聞いても良いと言っている。

 この場で怒っても大人げないと思い、フォルトは折れてしまう。


「お、お願いします」

「分かりました。では中にどうぞ」


 教会の中に通されたフォルトは、入口に一番近い椅子に座らされる。

 ジェシカは面倒臭そうな表情で、対面の椅子に座った。さっさと終わりにしたいという思いが、ビンビンに伝わってくる。


「何をお聞きになりますか?」

「この世界のこと。生活に必要なこと。仕事について、ですかね」

「そんなにですか? 質問を絞ってください」


 ジェシカの言葉に、フォルトはあきれてしまう。

 質問を絞れるわけがない。こちらの世界に召喚されて、右も左も分からない状態なのだ。数日をかけて、ジックリと聞きたいと思っていた。

 それでも性格的に言えないので、目を閉じて天井に顔を向ける。


「うーん! まずは……」

「質問される前にお伝えする話があります」

「何でしょうか?」

「先ほど来られた二人は、シュン様の従者に任命されましたわ」

「は?」


 考え込んだ矢先に、ジェシカから聞き捨てならない話を聞いた。

 アーシャとノックスが、勇者候補に選ばれたシュンの従者になったらしい。ならば城から退去するのは、フォルトだけになる。


「お、俺は……?」

「お話は聞いておりませんわ」


(まさか俺だけ放り出されるのか! ってことは、シュンがソフィアさんたちと話してた内容って……。でもレベル三だしなぁ)


 やはりフォルトは、諦めの境地に至っている。

 シュンの従者になったところで、彼らの戦いについていけるわけがない。また城から退去したとして、今後も生きていけるかどうかすら怪しい。


「そうですか」

「貴方はどうされますか?」

「他に召喚された人は何をされていますか?」

「その前に。貴方の年齢を教えてください」

「四十七歳です」


 フォルトの質問に答えたくないのか、質問で返されている。

 しかも年齢を聞いたジェシカが、醜いものでも見たように顔を背ける。続けて何かを考え込んだ後、こちらに向き直りながらも目を逸らした。

 どうやら視線を合わせたくないようだ。


「冒険者ギルドや職業紹介所から、仕事を斡旋あっせんされていますね」

「そうですか」

「若い人たちでしたので、すぐに決まったようです」

「今までに召喚された人は若者だけですか?」

「はい。そう聞いております」


(俺の歳じゃ仕事は無いと言ってるのか? それに召喚されたのは若者だけ? まさか年齢が高いのって、俺が初めてかよ!)


 フォルトは肩を落としてしまった。

 別の世界に召喚されても、氷河期世代には仕事が無いということだ。世知辛いにも程があるだろう。まさに呪われた世代だ。

 しかも今までは、若者だけが召喚されていたようだ。勝手に召喚されて迷惑この上ないのだが、わざわざ中年の自分を選ばないでもらいたい。

 そしてジェシカには、詳細を聞こうとすると嫌そうな顔をされる。


「分かりました。いつまでロッジにいられるのでしょうか?」

「最大で一カ月です。食事は教会で用意しますわ」

「では、冒険者ギルドと職業紹介所のことを教えてください」

「はい」


(一カ月後には出ていけか。アパートの立ち退きみたいだな。飯は教会で炊き出しを食べるのか。さて、これからどうするか。参ったな)


 ジェシカからは、最低限の話だけ聞いた。

 この性格も考えものだが、今さら変えられない。


「食事をもらえますか?」

「分かりましたわ」


 ジェシカとの会話が終わり、用意されていた冷めた炊き出しを食べる。フォルトは最後まで浮かない顔で、溜息ばかりを吐いていた。

 ロッジに戻ってからも同様である。

 床の上に寝転んで、天井を見上げながら考えに耽る。


(飯は食えるが、一月後には出ていく必要がある。働くと言っても、職業紹介所と冒険者ギルド? 冒険者ギルドだと魔物を倒すんだろ?)


「無理に決まってんだろ!」


 フォルトは我慢ができなくなって、思わず大声を上げる。

 これでは世界が変わっても、死を選択することになりそうだった。大人になってから泣いたことはなかったが、涙腺が緩んでくる。

 すると、どこからか声が聞こえてきた。


(絶望を確認。取得済みである七つの大罪を解放しますか?)


 フォルトは顔を動かして周囲を見るが、部屋の中には誰もいない。

 それにしても、聞いたことのある声だ。


「誰だ?」


(取得済みである七つの大罪を解放しますか?)


 フォルトは何度も誰何するが、声だけが聞こえてきた。目を擦ったところで、やはり誰もいない。

 その後も同じ質問が、繰り返し聞こえてくる。


(七つの大罪って、確か……。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲だっけ。しかも取得済みだと?)


「よく分からん。よく分からんが……」


 姿の見えない声の言ったとおり、フォルトは絶望していた。

 どうせ死を選択するなら、この声に反応しても良いだろう。もちろん、何が起きるかは分からない。

 それでも自暴自棄になり、怒鳴るように答えを言った。


「あぁ解放してやる。解放してやるよ!」


(確認しました。七つの大罪を解放しました。称号「大罪をまといし者」と「神々の敵対者」が生成されました。続いて、アカシックレコードを解放……)


 フォルトは片手で目を覆い隠しながら、周囲に響く声を聞いていた。

 これが運命を左右する答えとは知らず、成り行きに任せるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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