第2話 召喚されし者たち1

 餓死で死のうと考えた男性が寝ていると、近くから声がする。とはいえ、深い眠りに入っているために気付くことはない。

 それでも徐々に眠りが浅くなり、周囲の声を聞き取り始めた。


「おっさん。起きろ、起きろよ!」

「うーん」

「きゃは! マジ寝てんだけど? ウケるぅ」

「寝てる場合じゃないのですが、どうしましょうかね?」


 男性は横っ腹に痛みが走り、頭をたたかれたような痛みも感じた。

 そこまでされたら、さすがに目が覚めるというものだ。


「おっ! おっさん、起きたか?」

「さっさと起きてくれるぅ」

「申し訳ないですが起きてもらえますかね?」

「う、ん?」


 男性は目を擦りながら、周囲を見回した。すると近くには、二人の男性と一人の女性が立っている。

 その三人は若者だった。

 一人はホストのような男性で、もう一人は知的な大学生のような男性。女性は今どきのギャルである。


「なっなんだ! なんだ君たちは!」

「なんだ、じゃねえよ! とりあえず起きろ」

「きゃは! 放っておけばいいじゃん!」

「ですが四人で来たわけですしね」


 状況に混乱した男性は、ホストのような男性に言われたとおり起き上がる。しかしながら、どう見ても自分の部屋ではない。

 豪華な造りのうえ、高級そうなテーブルとソファーが置かれている。

 男性は人間が嫌いで苦手だが、会話ぐらいは可能だ。状況を確認するためにも、まずは疑問を呈する。


「この部屋は何だ? 俺は自室で寝てたはずだが……」

「いいか、よく聞けよ? 今いる世界は日本じゃねえ!」

「は?」


 男性の問いかけに、ホストのような男性が答えた。なんとも突拍子もないことを言っているので、男性は怪訝けげんな表情に変わる。

 それにしても、ホストのような男性がふざけているようには見えない。知的な男性も真面目な顔をしている。

 唯一ギャルだけは、ニヤニヤと笑っていた。


「信じられねえだろうなあ。俺も信じられねぇ」

「きゃは! でもさあ。信じないと駄目なわけ」

「異世界ってやつだね。まさか本当にこんなことが起こるとは……」

「い、異世界?」


 知的な男性が異世界と言った。

 そういった創作物は知っているが、はっきり言って想像の域だ。いくら男性がゲーム好きでも、その程度の分別はあった。

 それでも三人がうそを言っているようには見えない。ギャルは置いておいても、二人の男性は真面目な顔を崩していない。


「どういうことだ?」

「おっさんは落ち着いてんな」

「まぁ年の功ってやつか」

「そりゃ結構。お偉いさんが俺らを召喚したって話だぜ」

「信じるのか?」

「信じられねぇが信じるしかねぇな。外を見な!」


 ホストのような男性に促されたので、立ち上がり窓から外を見る。地面は暗くてよく見えないが、薄っすらと大きな庭が見えた。

 それから視線を、空に移すのだった。


「月が……。七つだ、と?」

「作りもんじゃねぇぜ。後で担当者が来るってよ」

「担当者?」


 男性は唖然あぜんとしてしまう。餓死して死のうかと部屋で寝ただけだ。

 それが起きたら、異世界に転移していた。

 何の笑い話だろうか。ライトノベル作品やゲームではお約束のシチュエーションである。とはいえ、現実で起こるとは思ってもいなかった。


「自己紹介が遅れたな。俺はシュンだ。二十五歳だぜ」


 シュンと名乗る男性は、現役のホストらしい。

 召喚されたときは仕事中だったらしく、黒いスーツを着ていた。長めの金髪で、典型的なホストに見える。


「あたしはアーシャね。十七歳よ」


 アーシャと名乗る女性は、クラブへ通っていた露出の激しい女性である。

 踊っていたときに召喚されたらしい。ヘソまで出して、今にもパンツが見えそうなミニスカートを履いていた。


「僕はノックス。二十歳」


 ノックスと名乗る男性は、現役の大学生である。

 スマートフォンゲームで遊んでいたときに、こちらの世界に召喚されたという話だった。おしゃれなシャツとジーパンを履いて、上着を腰へ巻いている。


「あれ? 君たちは日本人じゃ……」


 そして、男性は部屋着である。

 少し汚れたシャツに短パンだけの簡単な服装だった。この格好で自宅から出たら恥ずかしい思いをするだろう。

 家の近くにあるゴミ捨て場へ行くなら問題はないが、コンビニエンスストアすら行きづらい格好だ。

 三人と比べると恥ずかしい。


「みんなは名前を覚えてねぇんだ。おっさんは覚えてるか?」

「え? 俺の名前……。名前? 俺の名前は……。なんだっけ?」

「分かったようだな」

「君たちの名前は?」

「俺らを召喚した奴がカードをくれてな。それに書いてある名前だ」

「カード?」

「ほれ。ポケットに入ってんだろ?」


 なぜかは分からないが、確かに名前を思い出せない。

 シュンから言われたとおりポケットに手を入れると、確かにあった。ならばとカードを取り出してマジマジと見ると、名前らしき文言が書かれている。


「えっと……。フォルトと書いてある」

「フォルトか。歳はいくつだ?」

「四十七歳だ」

「マジおっさんじゃん! その格好はどうかと思うよ?」

「寝てる間に召喚されたんでしょ」

「そうだけどさあ。でもキモッ!」

「名前は思い出せないのに、歳を覚えてるのって変だよね」


(若いギャルにキモいとか言われるとへこむな。ギャルは死語か? でもノックスが言ったように、年齢は覚えてる。思い出せないのは名前だけか)


 気落ちしたフォルトは、窓際から近くにあるソファーに向かう。

 どうも立っていると疲れるので、一言発して座った。


「どっこいしょっと」


 運動量が極端に不足しているためだ。

 ソファーはフワフワで、尻が大きく沈んだ。背もたれに寄りかかると、気持ち良さのために息を吐いてしまう。


「ふぅ」

「おっさん臭いっつーの! でもおっさんだったね。きゃは!」


 アーシャがフォルトを馬鹿にしてくる。

 顔は笑っているが、目がゲテモノを見るようだ。そんな目で見られる筋合いは無いのだが、すでに諦めていた。

 現状で口論しても仕方ない。四十代後半のおっさんが、若者と口喧嘩けんかしても勝てる見込みは皆無である。


「ところで君たちは、誰かに会ったのか?」

「聖女って女にな。そいつの近くにいた兵士に取り囲まれてよ」

「聖女? 兵士?」

「逃げようと思ったがよ。どうしようもねぇぜ」

「言われたとおりにするしかないしぃ」

「取り囲まれて武器を向けられれば、ね」

「おっさんは寝ながら運ばれてきてさ。超ウケる!」

「そっそうか。済まなかったな」


 話を聞くかぎり、その聖女という女性が日本から召喚したらしい。兵士に守られているのなら重要人物だろう。

 三人が不用意な行動に走らなくて良かった。もしも何かしていたら、フォルトは寝ている間に殺されていただろう。


(ん? それでも良かった気もするな。寝てたなら痛みもなく死ねる。どうせ死のうとしてたんだし、それでも良かったかもしれんな)


「とりあえずよ。日本には帰れねぇって言ってたぜ」

「マジ最悪。どうすんのよ? 訴えてやるわ!」

「訴えるって言っても、ここは日本じゃないしね」

「そうだったあ。もぉおっさん! どうにかしてよ!」

「どうにかって……。帰れない?」


 アーシャが突っかかってくるが、今は無視しておく。

 それよりも、シュンの話は聞き捨てならない。詳しい内容を聞くと、どうやら一方通行の召喚らしい。

 フォルトは愕然がくぜんとしてしまった。


「俺ら以外にもよ。何人か召喚されてるらしいぜ」

「シュン君は色々と知ってるな」

「君はやめろ。呼び捨てでいい」

「そうか」


 おっさんが若者に君付けすると嫌われることが多い。

 例に漏れず、シュンにも嫌われた感じがした。これには溜息ためいきを吐きたくなった。しかしながら、そんなことを気にしている場合ではなかった。


「言われたとおりにしながら質問攻めしたんだよ」

「あの状況でマジ凄いんだけど!」

「聖女が好みだったからな。第一印象は重要だぜ?」

「さすがはホストだわ。あたしなんて震えちゃったよ」

「僕もだよ。いきなりで混乱した」


 シュンはホストらしい話術で、聖女から情報を聞き出していた。

 大人しく紳士的に振る舞ったおかげで、優しく教えてくれたようだ。様々なことを質問したらしいが、やはり異世界という結論だった。

 今いる場所は、エウィ王国という国である。

 魔物討伐のために、フォルトたちを召喚したらしい。


「魔物?」

「いるんだってよ」

「ゲームみたいだ」

「そいつらを倒すらしいぜ」

「あたしたちに倒せるわけがないじゃん!」

「僕らは普通の日本人だよ? 魔物なんて無理だよ」


 ノックスの言ったとおりだ。

 フォルトも魔物どころか動物すら殺したことがない。肉は好物だが、加工した食品を食べているだけだ。

 狩りをして捕まえることは不可能である。


「そうでもないらしいぜ」

「え?」

「俺らより前に召喚された奴らがよ。魔物を退治してるぜ」

「どうやって?」

「冒険者をやってるんだとよ」

「へぇ」


 冒険者。

 異世界ものの創作物では定番で、フォルトも知っている職業だ。とはいえ、自分がやれるとは思っていない。

 氷河期世代の引き籠りに、肉体労働など無理な話である。


「仕事の依頼で魔物を倒してるって聞いたぜ」

「マジ? 凄いじゃん!」

「でもよ。そいつらはハズレらしい」

「ハズレってなんなの?」

「聖女が言うには勇者候補が当たり。それ以外はハズレ」

「マジ最悪じゃん! ハズレなら放り出されるってこと?」

「ハズレの基準って何だろうね」

「後で説明してくれるらしいぜ」


 ここまで会話したところで、部屋の扉がノックされた。

 続けて二人の男女が入室してくる。女性はシスターのような格好で、とても清楚せいそな印象だ。屈強そうな男性は、重そうなよろいを着ている。

 フォルトは立ち上がって、二人に席を譲った。すると女性のほうは、一礼してからソファーに座った。

 そして、対面の席に座るよう促してきたのだった。



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