第165話 目前に迫るトーネスの森

 クーデターが起きているというトーネスの森へ近づいていく俺たち。

 最初のポイントとして警戒していた渓谷地帯を無事に抜けて、とうとう森は目の前にまで迫ってきた。

 しかし、


「妙だなぁ……」


 ガインさんが首を傾げる。

 その気持ちは俺たちも同じだった。


 ――あまりにも順調すぎる。


 人間との交流を盛んに行おうとする長の考えに反発して起きたとされるクーデターだが、もしそうならその敵対意識を強めている人間がここまで森に近づいて何もアクションを起こしてこないというのは不自然だ。


 かといって、穏やかな空気が流れているとも言い難い。


 森へ近づくと、辺りには折れた剣や弓などが散乱しており、近くの木や岩にはそうした武器によってつけられたと思われる傷が多く見られた。

 間違いなく、ここで戦闘行為はあったのだ。


 それなのに……なぜエルフ族は何もしてこないんだ?


「リエラ、周囲の状況は?」

「異常なしです」


 ガインさんは魔法使いのリエラさんに状況を確認させる。

 ……これでもう何回目だろうか。


 でもまあ、それくらの慎重さが必要になってくるだろうな。

 ここから先は未知の領域なのだから。


「異常なしと言われても……やっぱり、異常ありって思っちゃうわよねぇ」


 自信なさげに呟いたのはアシュリンさんだった。

 ……学園時代には憧憬の眼差しを送られていた彼女も、ここではあの頃のように振る舞えないようだ。


 周囲を警戒しながら進んでいくと、同行しているベテラン騎士のひとりが何かを発見し、それをガインさんへ報告した。


「ガイン殿、あれを」

「む? ――あれは……」


 彼が指さす方向へ視線を向けると、そこには大きな木があった。さらに目を凝らすと、その大木の幹に身を寄せる何者かの姿が確認できる。


「エ、エルフ族か……」


 どうやら、負傷して動けなくなったエルフ族の兵士のようだ。

 それにしても、まったく動かないな。

 もしかしたら――すでに亡くなっているのか?

 確認のためにガインさんが近づくと、それまで垂れ下がっていたエルフ族の顔がゆっくりと持ち上がる。生きてはいるようだ。


「誰……だ……?」


 振り絞るような声で尋ねるエルフ族の兵士。よく見ると、緩いウェーブのかかった金髪をした青年で、年齢は人間でいうと二十代前半くらいだ。

 さらに何かを訴えようと口を動かす青年――が、ガインさんたちではその言葉を理解することができない。

 ――いよいよ俺の出番が回ってきたようだな。


 ガインさんに目配せをし、俺は恐る恐る青年へと近づいていく。


「大丈夫ですか?」

「っ! 人間……? 俺の言葉が分かるのか?」

「えぇ。そういうスキルを持っていますので」

「…………」


 話が通じると分かった瞬間、エルフ族の青年は必至に口を動かして、



「今すぐここから逃げるんだ」



 とだけ伝えた。

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