第166話 エルフ族の青年の言葉

 トーネスの森近くで瀕死の重傷を負っているエルフ族の青年に出会った俺たち。

 早速、通訳として同行している彼から情報を得ようとしたが……彼は俺を見るなり「今すぐここから逃げるんだ」という衝撃的な言葉を告げる。


「どうした、ハーレイ。彼はなんと言ったんだ?」


 エルフ族の言葉が分からないガインさんたちはすぐにでもその内容を知りたいのだろうが、俺はどう伝えたものか迷う。

 ――が、このまま何も言わないわけにはいかないので、すぐに思い直してありのままの言葉を告げた。


「彼は……俺たちに『今すぐここから逃げるんだ』と言いました」

「逃げろ、だと?」


 顔を見合わせる騎士たち。

 アシュリンさんに至っては顔面蒼白になっている。


 さらなる情報を聞きだそうと、俺は再びエルフ族の男性へ近づく――が、彼は目を閉じてしまい、呼吸も弱くなっている。

 まさかと思ったが、どうやら生きてはいるようだ。

 

「気絶をしただけのようです」

「そうか……もう少し詳しい話を聞きたかったのだが」

「ともかく、このまま突っ込んでいくのは危険ではないかと」

「それもそうだな」


 ただでさえ、俺たち人間にとっては未知の領域となるトーネスの森。おまけにそこでクーデターが起きているとなれば、治安の悪化も十分に懸念される。


 事態の詳細を把握するためにも、彼を保護しておくべきだろう。

 今は気絶しているだけだが、だからと言って放っておいたら間違いなく命を落とす。

 この考えは他の騎士たちも同じだったようで、メンバーの中でもっとも体格のいいゼオルさんがおぶっていくことに。


「よし。一旦この場を離れよう。トーネスの森へ入るのは彼の回復を待ってからにする」


 ガインさんからの指示を受けて、俺たちは足早にその場をあとにする。

 振り返れば、トーネスの森の目前まで迫っていたが……今は無理をせずに、安全策を取ることにしよう。

 まだ本隊はこの後ろに控えているのだ。

 俺たちが確実な情報を持っていかない限り、向こうも動きだせないからな。



 トーネスの森から離れた場所でキャンプをすることとなった。


 俺とアシュリンさんのふたりでエルフ族の青年を見張り、他のメンバーはテントの設営に汗を流す。

 青年は魔法使いであるリエルさんの回復魔法によって傷を癒し、今は静かに寝息を立てている。


「それにしても……どうしてクーデターなんて起きたのかしら」


 不意に、アシュリンさんがそんなことを口にする。


「エルフ族は純血至上主義ですからね。同族以外を嫌悪する者が多いらしいです」

「それは私も資料を見て知っているけど……」


 納得いかないという様子のアシュリンさん。

 その時、俺の脳裏に浮かんだのは――ソフィの顔だった。

 ハーフエルフである彼女は森に捨てられ、リザードマンのセスや、優しいモンスターたちによって育てられた。

 セスに出会わなければ、ソフィだって……そんなことを考えていたら、


「う、うぅ……」


 エルフ族の青年が目を覚ましたのだ。

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