第10話 青い髪の見習い騎士

突然現れた少女。

外見から察するに、年齢は恐らく俺と同じくらいで、十五、六歳ってところか。

青色の髪をなびかせ、翡翠色の瞳でゴブリンを見下す。

端正な顔立ちは、勝利の余韻で緩んでいた。


 ――というか、彼女が着ているあの服……俺も通っている王立学園の制服じゃないか?

 そう思った直後、


「「「「「エルシー!?!?」」」」」


 絶叫する大人たち。

 その中のひとり――たぶん、馬車の護衛団リーダーと思われる男性が続けて少女に声をかけていた。


「ば、バカ者! おまえはまだ見習いなんだから戻れ!」

「いえ、グラン様! 私と同じ学園の生徒が頑張っているというのに、現状を黙って見過ごすわけにはいきません!」


 勇ましいというか向こう見ずというか。


 それでも、一撃でゴブリンを葬り去った。そのことから、あの子には年齢以上の実力が備わっているのだろうと推察できる。

 ……というか、俺が同じ王立学園の生徒だって知っていたのか。


 ともかく、あれなら戦力として期待できる――と、思った瞬間、エルシーと呼ばれた少女はその場にペタンと座り込んでしまった。


「あ、足が震えて……」


 一転して弱気な声になるエルシー。

 どうやら、さっきのアレは相当な強がりだったようだ。


「お、おい!」


 声をかけようとしたら、背後に気配を感じた。咄嗟に横っ飛びすると、さっきまで俺のいた場所に大きな棍棒が打ちつけられた。オークの一撃だ。


「このっ!」


 すぐに体勢を立て直して斬りかかろうとするが、オークは俺を避けるように距離を取った。どうしたんだ? ――答えはすぐにわかった。


「女の悲鳴を聞きたかったが、命令じゃどっちの子どもでも問題ないんだ!」


 命令?

 あいつ、誰かに命令されて馬車を襲ったのか?

 女ってことだけど……まさか、そこで腰を抜かしているエルシーのことか?


「お嬢様を守れ!」

「おおう!」


 負傷した兵たちが気力を振り絞ってオークに飛びかかる。

 その時に兵士が口にした「お嬢様」という言葉――まさか、オークはお嬢様を狙っているのか?


『どけ! 雑魚ども!』


 オークの進撃を止めようとする兵士たちだが、そのパワーには敵わず、ひとり残らず蹴散らされる。

 これって、兵が弱いのか? 

それとも、あのオークが強過ぎるのか? 

まったく相手になってないぞ。

どちらにせよ、このままじゃ危険だ。


「逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 俺はエルシーにそう訴える。

 だが、エルシーは恐怖でもうわけがわからなくなっているのだろう。


 無意識のうちに俺は駆け出した。

オークはその巨体ゆえ、パワーはあっても足は速くない。

あいつがエルシーにたどり着く前に追いつける。


『ガキが! まだ邪魔をするか!』

「見殺しになんてできないね」

『ほざけ!』


 大袈裟なモーションで、オークは棍棒を力いっぱい振り下ろす。

威力は申し分ないのだろうけど――そんな大きな動作じゃよけてくれって言っているも同然だ。


 ヒラリとかわし、カウンターでオークの腕を狙う。

さすがに小柄なゴブリンみたく一刀両断は無理なので、部位破壊を選択した。

 まずは右腕だ。


『ぐぎゃあぁあああぁああぁっ!!!』


 激痛による大絶叫が木々の葉を揺らす。

弧を描いて飛んでいくオークの右腕に気を取られることなく、俺は振り向きざまに左手を切り落とすと、再びオークの叫び声が響いた。そして、


「今だ! 全員で取り押さえろ!」


 リーダー格の男性――名前はグランさんだったか。その人が叫ぶと、兵たちが最後の力を振り絞って一斉に飛びかかった。

先ほどとは違い、両腕を失ったオークは成す術なく攻撃を浴び続け、とうとうその巨体を地面に横たえた。


『くそったれ! あの男は無敵の強さになるって言っていたのに、話が違うぞ!』

「えっ?」


 オークが最後に言い放った言葉。

 その真意を確かめようとしたのだが、とどめの一撃とばかりに胸へ剣が突き刺さり、結局オークはそのまま絶命した。


「……とりあえず、今は助かったことを喜ぶべきかな」 


 ふぅーと大きく息を吐いて額の汗を拭った。

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