第8話 森の村
翌日。
俺は朝から父上と一緒に外出をした。
目的はふたつ。
ひとつは父上が治めるファルゲン地方を見て回ること。
そしてもうひとつは――俺が屋敷へ来る途中に立ち寄ったあの村にモンスター対策として設置してあるバリケードの強化用資材を届けるためだった。
父上はそこで俺を村人たちに紹介するつもりらしい。
到着すると、早速村人たちが集まってくる。
そこへ、俺と父上が降り立つと、領主と共に現れた見知らぬ若造を目にし、みんな一斉にポカンとしていた。
……まあ、昨日ここへ寄り道した時は顔出ししなかったしね。
「紹介しよう。俺の息子のハーレイだ」
ここでも、父上は使用人たちにしたような軽いテンションで紹介をする。
しかし、使用人たちとは違い、事前情報が何もなかった村人たちは大きく動揺――も、やがて「モイゼス様だしなぁ」と妙に納得し、落ち着きを取り戻していた。たぶん、俺が村人の立場でも同じ反応だろうな。
その後、父上は馬車数台分にわたる資材を村人たちへ与えた。
驚いたのは、その搬入作業に父上自身が加わっていたことだ。
本来、貴族という立場の者がこういう力作業に汗を流すなんてことはないのだが、父上は積極的に参加した。
こうしてみると……本家の人間とはまるで正反対の性格だとしみじみ思う。
父上――いや、ドノヴァン兵団長とは年齢が離れている兄弟とはいえ、ここまで違うとなると、どこかで強い影響を受けた人がいそうだな。
ともかく、俺も黙って見ているわけにはいかない。
父上と共に作業へ参加し、汗を流した。
「ハーレイ様、お疲れ様です」
「本当に助かります」
村人たちから次々と贈られる感謝の言葉。
それらにこそばゆさを感じながら、俺は初めて他人とかかわれていることに喜びを覚えていた。
搬入を終えると、次は実際にバリケードの強化作業へと移る。
その際、バリケードの外側――つまり、モンスターの出没する森の方へ出なければいけないのだが、それはさすがに危険ということで村人たちが中心となって行われることとなった。
「モイゼス様、お茶の用意ができました」
「む? ありがとう、村長。行こうか、ハーレイ」
「あっ、俺はもうちょっとだけ村の様子を見て回ってもいいですか?」
「分かった。じゃあ、俺は村長の家にいるから」
「はい」
俺は父上にそう告げると、バリケードの方へと向かった。
モンスター。
俺はこの目でその姿を一度も見たことがない。
もちろん、危険性は重々承知しているが、バリケードの内側からその姿を確認できるかもしれないという好奇心もあった。
俺と父上が馬車でこの森を通過する際は護衛を引き連れて万全を期しているため、襲われてもしっかり対処できるが、昔からここで暮らしている者たちからすればこのバリケードの存在は大きいよな。
「お疲れ様です」
「ハーレイ様? いかがなされました?」
「ちょっと森の様子を見てみたくて」
「今のところ、特に異変は――あっ!」
森へ視線を移した村人は、何かを発見したらしく、一点を見つめて叫んだ。
「何かありましたか?」
「お気をつけください、ハーレイ様……あそこの木の陰にゴブリンが二匹います。どうやらこちらの様子をうかがっているようですね」
「えっ?」
村人が小声で教えてくれた場所。
そこには、木の幹からわずかに顔を出している二匹のゴブリンの姿があった。
――しかし、その姿は俺の想像しているものとはだいぶ違った。
うまく説明ができないけど……あの二匹のゴブリンからは敵意を感じないのだ。
「ちっ! 薄気味悪いモンスターどもめ!」
やがて、伐採に使う巨大な斧を手にした偉丈夫が俺たちの前に出た。
彼の名はダナンさん。
村でも一、二を争う腕っぷし自慢だそうで、この村の自警団を務める猛者だった。
「下がっていてください、ハーレイ様。あんな小物……俺が軽くぶった切ってやりますよ」
「やっちまえ、ダナン!」
「悪さできねぇように懲らしめろ!」
戦闘態勢に入ったダナンさん。
しかし、その姿を見たゴブリンは慌てた様子で森の奥へと逃げ帰った。
「けっ! 腰抜けが!」
結局、戦うまでもなくモンスターを追い払った――が、
「うん?」
何かが聞こえた。
最初は気のせいかと思ったが、念のため耳を澄ませると、
「――――」
かなり遠くから聞こえたけど、たしかに人の声だ。
しかもなんだか切羽詰まっている感じ――それこそ、誰かに襲われているような逼迫したように聞こえた。
「どうかしましたか、ハーレイ様」
「……声だ」
「えっ?」
「こっちの方から聞こえたぞ!」
「えっ!? ちょっ!? ハーレイ様!?」
ダナンさんの声に耳を貸さず、俺は全力ダッシュで声のした方向へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます