第7話 親子

 それから、屋敷にいるすべての人に、俺がこちらへ養子に入ったことをモイゼスさんの口から直接語られた。


 もちろん、とんでもない大騒ぎに発展する――かと思いきや、意外とみんなすんなりと受け入れていた。

 本来ならこんなトントン拍子に進む話じゃない。

 もっと動揺してもよさそうなものだが……なぜこうも落ち着いて受け入れられているのか。

 不思議に思っていたら、ひとりのメイドさんが事情を教えてくれた。

 俺の私室となる部屋へ案内してくれたそのメイドさん――マノエルさんはこう語った。


「旦那様はずっとあなたのことを心配しておりました」

「俺のことを?」

「はい。いつも本家から戻られると、奥様はもちろん、私たちメイドや庭師のガスパルさんにも『兄上はハーレイを冷遇している!』と憤慨しておられましたから」


 普段からそう思ってくれていたのか。

 ――って、そういえば、このあと夕食があるって話だったけど……


「あの、マノエルさん」

「なんでしょうか?」

「ひとつ……教えてもらいたいことがあるんです」


 俺はマノエルさんにそう尋ねた。



 しばらくしてから部屋を出て、マノエルさんから聞いた場所へ向かって歩きだす。

 等間隔に設置された窓の並ぶ廊下を歩き、突き当りを左に曲がってすぐの部屋――そこが目的地だ。


 俺はその部屋の扉をノックする。

 

「どうぞ」


 中から聞こえてきたのは女性の声だ。

 ……この声を聞くのも久しぶりだな。


 俺は深呼吸を挟んでから室内へと足を踏み入れる。

 そこには一組の男女がいた。

 ひとりは俺をここまで導いてくれたモイゼスさん。

 そのかたわらにあるイスに座っている女性――この人こそ、モイゼスさんの奥さんであるホリーさんだ。


「! ハーレイ……」


 俺の顔を見た途端、驚きの表情を浮かべたホリーさん。

 きっと、モイゼスさんから事情を聞いた直後だったのだろう。


「…………」


 俺はふたりの近くまで歩み寄ると胸に手を当てて頭を下げた。


「父上。母上。至らぬことの多い息子ではありますが、これからよろしくお願いします」

「「!?」」


 ホリーさんは俺が喋っている姿を初めて見るはず。

 そこからくる衝撃はあるのだろうが……やっぱり「母上」と呼んだことに相当な驚きがあったようで、瞳が潤んでいた。


「ハーレイ……」


 モイゼスさんも感極まったようで、最終的に俺たちは三人で抱き合った。

 


 その後、俺たちは三人揃って夕食をとる。

 楽しい会話をしている中で、モイゼスさんからホリーさんもずっと俺のことを気にかけていたことを明かしてくれた。

 ホリーさんがあの屋敷に来たのは一度きり。

 もう何年も前の話だが……その際に俺が庭園を案内したことを覚えていたらしい。

 ――あの頃はすでに他人との会話が困難になっていたが、なぜかホリーさんには恐怖感を覚えなかったのをよく覚えている。

 とはいえ、やはり声をかけることはできなかった。

 それでも、モイゼスさんと一緒に庭園を一緒に歩いたんだ。


 ホリーさんとモイゼスさん――いや、母上と父上のふたりと一緒にとる初めての夕食は、これまでに食べたどの料理よりもおいしいと感じた。

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