第6話 言語スキル

 かつて冒険者ギルドでスキル鑑定士をやっていたというガスパルさんは、主人であるモイゼスさんからの依頼を受けて「あるモノ」を入手し、それを水晶の中に封じ込めていた。


 それこそが――言語スキル。


 ガスパルさんの説明だと、商人が交渉を優位に進めるために身につけるスキルらしいんだけど……どうやら、それで俺は言葉を話せるようになるらしい。


 にわかには信じられなかった。

 由緒ある魔法使いの家系であるグルーザー家の人間はスキルに頼らない――それが父の教えでもあったからだ。


「スキル進呈の儀式……話には聞いていたが、こうして直接自分の目で見るのは初めてだな」

「ほっほっほっ! 貴族の方には――特にグルーザー家の方には無縁でしょうからなぁ」

 

 未だに呆然としている俺を置いて、準備は着々と進んでいく。

 そして、


「……順番がおかしくなったが――おまえはもう一度話せるようになりたいか?」


 モイゼスさんの問いかけに、俺は間髪入れず頷いた。

 幼い頃から弟と妹のふたりと比べられ、周囲からの視線に恐怖し、誰とも話せなくなってしまった俺が……また話せるようになるなんて。


「よし……始めてくれ、ガスパル」

「分かりました」


 モイゼスさんからの命を受けたガスパルさんは、水晶を部屋の中央に設えられた丸テーブルの上に置き、それに手を添える。すると、途端に水晶が発光し始めた。


「鑑定士のスキルを持つワシでなければこうはなりませんぞ」

「な、なるほど……」


 スキル進呈の儀式を初めて見るというモイゼスさんも、興味津々のようだ。

 

「では、ハーレイ様――こちらの水晶に手をかざしてください」

「…………」


 言われるがまま、俺は青白い光を放つ水晶へと手をかざした。

 すると、水晶からまるで蒸気のような煙がたちのぼり、それは次第に広がって俺の体を包み込んだ。

 不思議な感覚だった。

 嫌悪感はない。

 むしろ、心の奥底から力が湧いてくるような感じがした。


「いかがですかな?」


 経験のない感覚に浸っている間に、進呈の儀は終わったらしい。

 

「うーむ……見た目にこれといった変化はないようだが……」


 顎に手を添えて、俺の全身を見回しながら言うモイゼスさん。

 ――その時、



「俺も、特にこれといって変わったところは――」


 口から自然と言葉が流れ出ていた。


「「!?」」


 俺とモイゼスさんはたまらず顔を見合わせる。

 それから、ふたり揃ってガスパルさんへと視線を移すが、当人は満面の笑みを浮かべながら親指を立てていた。


「す、凄い……どれだけ頑張っても声が出なかったのに……」

「これがスキルの力か……」


 長年苦しめられていた「言葉が出ない」という悩みが、こんなにもあっさりと解決するなんて……本当に信じられなかった。


「やったな、ハーレイ!」


 まるで自分のことのように大喜びしているモイゼスさんへ、俺は声をかける。


「……モイゼスさん」

「うん? なんだ?」


 振り返ったモイゼスさんへ、俺は力の限り叫んだ。



「ありがとうございます!!」


 

 これまで、伝えたくても伝えられなかった感謝の気持ち。

 今回のことだけじゃない。

 全部だ。

マシューやロレインからボロクソに言われた時も、父に理不尽なお説教を食らった時も、俺を励まし続けてくれたことに対して――そのすべてに対しての感謝の言葉だった。

 それを受けたモイゼスさんは「おう!」とだけ言っていつものように笑ってくれた。

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