第18話「恋泥棒ごっこ」

 画面の中にいる、少しもぞもぞと喋る、おかっぱの女の子……この、パッとしなさは……ノノだ! 俺にはノノだとわかるぜ! 根拠はない。運命的なやつだと思う。

 強いていえば、アバターと声が本人にそっくりだ。自分のことが大好きなやつほど、魂と実体は似るんだよ。ソースは俺。

 

「ノノか?」

 俺は急いで、アカウントを再取得し、コメントをした。

 仮にノノじゃなくても、「ノノ」という文字の形からは、アリクイの威嚇ポーズしか想起されないはずだ。


 ノノ……らしき、レトロゲームの実況している女の子は……コメントに気づかず、のんきに裏ワザなんかを試している。

 もうちょっと視聴者さんに気をつかわないと、動画も伸びないんだよな……と思った後「俺もじゃん!!」と馬鹿みたいな声を漏らした。


「えーここで……虫眼鏡を使ってですね……左横の木を調べると……あれ、ここかな……あ、いけましたね。なんと……女湯が覗けるんです……!! これは……なんというか、思ってたより味のある感じですね……!」


 令和になって、桃鉄の「女湯が覗ける裏ワザ」を試す高校生がいるんだ!? 俺も中学生の頃、試したことあるから何も言えんのだけれども。『大技林』っていうゲームの裏ワザを集めた、辞書みたいな本があって、そこにはたくさんのスケベな裏ワザが掲載されていてだな……


「あれ……? ミヤさん? 本物……? いやまぁ、別に人気者でもないし偽物なんかいないか……」

 画面の中の女の子は、ようやく、女湯から目を離し、コメント欄に目を向けてくれた。微妙に失礼なことを言う彼女は間違いなくノノなんだろうなと思った。


「おう。元気してたか」

 俺は手短に返答する、画面の中の女の子は、まるでアニメみたいにわかりやすく、目をパチクリとさせて驚いていた。とはいえ他の視聴者さんが……三人くらい、いる手前、あんまり、個人的をするのも失礼だな、と思っていると……


「えーとですね! みなさん! この前の配信で私が話していた、私が尊敬するVTuber、ミヤさんが、なんと、VTuber活動を再開されるということで……今から、コラボしたいと思います!!」

 えぇ……マジ? 俺はVTuber活動を再開するのか……そうか……ずいぶんと安い引退詐欺だな……まぁいっか……楽しいし。

 それにしても、なんだ、いきなりコラボって……。そんなん……絶対面白いじゃん……


「俺はやるぜ……! コラボでもなんでもよ……! でも、なんか、思いがけない再会に、もうちょっと驚いたりしてくれてもよくねぇか……?」

 俺は苦笑いをしながらコメントで返した。

 いや、別に期待していたとかじゃないんだけどね……もうちょっと、反応とか、こうね……言いたいこと言って、急にアカウント消したりした俺が百パー悪いんだけどさ……


 ノノはしばらく考えるように首をかしげた後……

「……だって、ミヤさんみたいなメンヘラおじさん。殺したって死にやしないじゃないですか! 普通にそのうちアカウント転生するんだろうなって思ってましたよ!」

 メンヘラおじさん……! 

 ……かわいい姪が反抗期に突入して、俺のことを、何やってんのかわからん、不審なおじさんを見るような冷たい目で睨んできた時のことを思い出したよ! 『鬼滅の刃』の単行本を買ってあげたら、手のひら返して懐いてきたんだけどさ……ありがとうな、炭治郎……


 ——


 コメント欄に直接、ビデオチャットのIDを書き込んだり、なんやかんやしているうちに、ノノの配信画面に、俺のアバターが現れた。

 結構サクサクやるんだね。今のヤングってすごいんだなァ……と俺は、おじさんみたいなことを思い、頭を掻きむしった。おじさんかぁ……

 三十……何歳だっけ……、三十代前半って、お前どう思う? おじさんだと思うか? まぁなんだっていいんだけど! なんだっていいよ! この話、終わり! 閉廷!!


 その後、俺たちは、ワザップという裏ワザ投稿サイトで手持ちのゲームのスケベな裏技を検索しては、試していくという不毛すぎる配信を、日が登るまで続けていた。

 途中、悪質なガセネタを掴まさて、本当に悲しい気持ちになった。まさか、スカートじゃなく、セーブデータが消えるなんて……


 視聴者さんは当然のようにゼロ人になっていた。いつか、誰かを楽しませれる人間になりたいな、と思った。人って何が見たいんだろうな。アンタは何が見たい?


 二人とも疲れて、口数が少なくなった頃……

 ——グゥ〜〜〜

 と間抜けな音が、どっちかのお腹から鳴って、俺たちはヘラヘラと笑った。


 ——


「なぁ、ノノ。今からとっておきのご馳走を食べに行かないか?」

 友達と徹夜で遊んだ後、河原で朝焼けを見ながら飲むコンビニコーヒーや、きつねカップうどんは、多分、絶対、美味いから。

 生きているということ。それはミニスカート、プラネタリウム、コンビニコーヒー、きつねカップうどん……


「行きましょう!!!」

 ノノは勢いよく返事をし、配信が終了した。


 ——

 

 そんなこんなで、俺はノノと、一時間ぶりの再会を果たした。革命爆弾が生まれたあの河川敷で。

 お互いやつれて目もパンダみたいになっていたけど、朝焼けが美しくて、世界に祝福されているような安心感に包まれた。こんな時間、ずっと続けばいいのにな……続かないからいいんだろうけどさ。


「まだ生きてたんすね」

 ノノが笑った。俺も釣られてヘラヘラと笑った。夏ももうすぐ終わるってのに、お互い、少し汗臭くて、目やに、とかもついていて、白いTシャツもヨレヨレで……本当に、絵にならねえなぁ……


 適当な、湿ってなさそうな草の生えた坂に座って、コンビニで買ったご馳走に手をつけた。俺は、いつものアイスコーヒーと、きつねのカップうどん。お湯はイートインで入れてきた。ぬかりはない。

 隣に座ったノノは、いちごのジャムパンと、紙パックのミルクティーを両手にニコニコしている。


 こちらの視線に気がつくとノノは、

「いや、やっぱね。糖分ですよ! 時代は糖分! 糖分で脳をクラックしましょう! カフェインもいいんですけどね! 糖分も最強! それはまるで虎と竜のように、お互いがお互いを称え合っている!」

 との主張をし、ストローをズイッと吸い込み、幸せそうな顔をして笑った。俺はただ、なんかいいなあと思って、ヘラヘラと笑っていた。


 コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へ向かうため立ち上がる。ノノのゴミも受け取ろうと手を伸ばすと——


「ミヤさん」

 お礼でも言われるのかと思った。そんなの、気にしなくてもいいのに、と、一言「おう」と、返事をする。


「ミヤさん。好きっすよ」


 君は、僕を見上げ、少し笑った。

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