第13話「夏休みはやっぱり短かくて」

「こないださ、お医者さんにな、もう長くないって言われちゃったんだよ。どういう病気だとかは……まぁいいか……辛気臭くなっちまうしな」

 画面の中の男はからりと笑う。


「そんでさ、死ぬまでになんかやりたいことはあるかって……考えたんだよ。真面目にな。考えたんだけどさ……何もなかったんだよなぁ……」


「あーじゃあ、まあいいか、とっとと死んじまうか! って思ったんだけどさ……ふと川のせせらぎみたいなのが聞きたくなったんだよな」


「それで河川敷に行ったんだ。そしたらそのとき視界にさ、これでもかってくらい見事な夕焼けが広がってさ……悔しいんだけど、生きたい、だなんて思っちゃったんだよな……」


「そしたらさ、涙が出てきた、なんなんだろうな。」

「未練なんてさ、ないと思っていたのにな。」


「毎日明日死ぬって思いながら生きてたんだけどさ、そんな安い強がり吹っ飛ばしちまうくらいに美しい空だったんだ。東京の空は」


「俺はあの日みた茜色の世界を誰かと分かち合いたくてさ、そのために今も生きてる。薬とか飲んでひーこら生きのばしてる」

 ミヤモトは照れを隠すように矢継ぎ早に心境を語り、いつもみたいにもどかしそうに頭を掻いた。


「そんな時さ、一人の女の子が俺を見ていたんだよ」

「ほんの数分前の俺と同じ目をした女の子が、な、俺を見て泣いていたんだよ」


「あぁ……この子は俺なんだって思ったよ。とんでもなく諦めたフリして、ニヒル気取って生きてるけどよ。どうでもいいって面してな。でもさ、好きなんだよ。生きてることがさ。どうしようもなくよ」


「……そんな、どうしようもない、いくじなしが俺以外にもいるんだなって思ったんだよ」


「そんなヤツがさ、俺を見てさ、俺のどうしようもない歌を聴いてさ、俺みたいになりたいって言ってくれたんだ。……人生のエンドロールで流れるボーナス映像みたいな幻覚だと思ったよ」


 ミヤモトは深く息を吸い込んで——

「あー! ノノ! みてるか!」

 とめちゃくちゃ大きな声で叫んだ。


「ノノ、お前が俺を救ったんだよ。俺はさァ、あの時、昔の自分と仲直りできた気がしてさ、自分革命が成功したことを知っちまったんだよ」


「でもさ、ノノ。だからこそだ! 俺には未練ができちゃったんだよ」


「つまりノノ、俺はお前を笑顔にしたかった。お前がどうしようもなくなっちゃって泣いているように見えたから。迷子の子供みたいにさ」


「でもさ、ノノ、お前は俺の助けなんかなくたって、なんでも出来るんだ。免許だって取れた! コーヒーも飲めた! 世界と仲良くなった!」


「だからノノ、お前は大丈夫だ! この先、二本の足でどこへだって歩いていける! 大丈夫だ! 虫さんも鳥さんも猫さんも、タバコ屋のおばあちゃんも、気になるあいつも、こうやって暑苦しいオッサンも……」


「全部、大丈夫だ! 幸福であろうとする限り、全部、大丈夫だ! きっとな!」


 言いたいことを言い終えたのか、ミヤモトは満足そうな顔をして、最後の配信を終えた。

 全世界に繋がったインターネットで、ひどく個人的なメッセージを叫ぶだけ叫んで——


 ——ミヤモトがネットから消えた。


 動画サイトのアカウントも、自分で編集したであろうウィキペディアですらも、なにもかも消えた。

 残っているのは、私がローカルに保存していた最後の配信のアーカイブ映像だけ。


 まるで狐にでも化かされていたみたいに、真夏の夜に見た幽霊のようにこつ然と消えた。


 あっけないものだなと思った。


 ……

 …………

 

 さっきまでうるさかった部屋が静寂に包まれる。


 ——

 ————


「あーーーーーーーーー!」


 私は誰も聞かない声で叫んだ。

 

「ミヤさん! ミヤモト! あんた勝手に自己完結して満足してんじゃねえぞ!!!

 私はな、私にはさ、まだまだあんたが必要なんだよ! 勝手に納得してどっかいこうとしてんじゃねえよ! 何が幸福だよ。悟ったふりなんてすんな!」


 遅れてきた反抗期みたいに駄々をこね、部屋の中で暴れようとしたのはいいのだが

 ——グキッ……

 運動不足がたたり、腰から鈍い音がした。


 痛いな……泣きそうだ……涙目になって我に帰ってしまった……


 ……


 何も大丈夫なんかじゃないんだよ……


 ——だってミヤさんさ、海に行ったあの日、ずっと寂しくて泣きそうな顔してたじゃないっすか……


 私にとってミヤさん、アナタはさ、ひとりぼっちの宇宙人だと思っていた世界で初めて出会った、電波の通じる人間で……どうしようもなく泣き虫で、プライドの高い、ただのいくじなしで……

 

 それでさ——


 ——私が、世界で初めて見つけた気になる男の子なんだ


 ——


 ……私たちは大切な何かを、どこかに置き忘れてきた気がする。

 卒業した中学校のロッカーとか、小さい頃に乗せてもらった友人の親が運転する車だとか、ゲームボーイの中古のソフトを探して乗り回していた自転車の前カゴの中とかに……


 ——たぶん、それが足りないと革命爆弾なんて一生、完成しないんだ。


 

 ——


 私は、裸足のまま、スニーカーを履いて、団地の裏に止めっぱなしだった錆びついたチャリンコに飛び乗って——


 今まで見過ごしてきた時間に追いつこうとするように

 ——ガッ!!!!!!!!!!!っとペダルを強く踏み込んだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る