第12話「野々宮宇宙人」
——ミンミンミンミン……
ロマンポルノで流れるジムノペディみたいなわざとらしさで、蝉時雨が夏をアナウンスする。
大きめな白Tシャツと学校指定のハーフパンツというラフな格好で、私は近所のコンビニの入り口につっ立っている。
手に溶けたバニラアイスがちょっとベタベタしていて嫌だなァという気分になっている。
空を見上げる。嫌味なほど青くて広い。
黒いヘルメットみたいなおかっぱ頭は、余すことなく夏の熱気を吸収する。次、美容院行ったらもう少し軽くしてもらおうかな。でも今みたいに重たい感じも好みなんだよな。
——タッタッタ……
痩せた黒い猫が、駐車場の影からどこかへ走っていく。涼しい場所にでも行くんだろうか。暇だしついていこうかなぁ……
アイスを食べ終え、「あたり」が出たかどうか確認する。
……アイスの棒には、やっぱり何も書かれていなかった。
「はずれ」でもさぁ、「はずれ」ってちゃんと印刷してくれないんだよな。
そんなの、なんか、やっぱ、少しだけ期待してしまうじゃんかね。
店の入口付近に設置されたゴミ箱に、「はずれ」を捨てようとした時——
「あれ、野々宮さん。野々宮さんだよね。」
見覚えのある女の子から声をかけられた。
クラスメイトの……えーっと……誰だっけ……なんかこんな人いたのは覚えているけど……小田さんだっけ……? 山田さんだっけ……?
「あ、こんにちは……いい天気ですね……夏で……熱くて……えーっと……」
私はあんまり人に興味をもって生きてこれなかったんだろうなァ……
自分で何かを決めなきゃならない場面で、人任せにし続けたたツケが回ってきた気がしていた。
「小山田だよ。野々宮さん、久しぶりに会えて嬉しいな! 元気してた?」
小山田という名前を頼りに、記憶の糸をたどっていく。
高校の……入学式の後、少しだけ話したことがある子だ……なんだかすごく遠い日の出来事のような気がするけどさ。
確か、彼女が、私の好きなロックバンドのクリアファイルか何かを、持っていたことがきっかけで、私が話しかけたんだっけ……
「小山田さん! 久しぶりです……私はそこそこ元気にやってます……! そっちはどうです? うまくやれていますか……?」
急に親近感が湧いた私は、よくわかないテンションで返事を返した。
「私はね——」
——
小山田さんはたまに、教室が息苦しく感じていたことを話してくれた。
そんな気持ちになったとき、登校しなくなった私のことを思い出していたらしい。
自分と同じで、ネガティブでポジティブな音楽が好きだった女の子は、どんな気持ちでいたんだろうって……
ある日、彼女はちょっとだけ死にたくなって、学校をサボって、あてもなく町をブラついたことがあったそうだ。
せっかく平日の真昼間で空いてるからと、人気のラーメン屋でチャーシュー麺を食べていたとき、店に貼られていたチラシが少し気になったのだという。
そのチラシというのが……
「極真空手よ」
そう言って笑った彼女はどこか自慢げで、それがちょっとかわいかった。
「心を磨く」と書かれたチラシを見たその日の帰り道、頭の中で何かが爆発したような感覚になり、そのまま入会したそうだ。
「今から道場なんだ。それじゃ、また会えたらいいね。あ、そうだ、気が向いたら、今度ゲーセンとか一緒に行く?」
彼女はそう言って、持っていたメモ帳にLINEのIDを走り書きし、ちぎった紙を私に手渡した後、ボロボロのママチャリに乗って道場へと消えた。
私はなんだか、にわか雨が通り過ぎた後のような、不思議な心地よさに包まれていた。
——
私は……
私は、ついこないだまで、自分がまるで宇宙人みたいだって感じていたんだよ。
周りの人たちの、話す言葉が、どこか知らない言語のように思えてしまって……
自分以外が、みんな全員、共通の価値観を持っているような気がしていた。
でもさ、ミヤさんに出会って……自分に近い周波数を飛ばす人間がいることを知ったんだ。
宮本だって野々宮だって、たぶん小山田さんだって……
どんな人でも、私と大きく変わりはしないんだろうな。
みんな私と同じように、モヤモヤしたり、いらいらしたりしながら……
吹っ切れて、ブチキレながら、自分なりの道を見つけて、突っ走って……
そうやって、自分の宇宙を好きになっていくだけなんだ。
——
————
「あー、というわけで! 今日が最後の配信になります!!!」
数日前、一緒に海に行った日の彼は、どんなことを考えていたんだろう。
どんな宇宙に生きていたんだろう。
夕日が入って赤くなった部屋で、私は、いなくなってしまった彼が最後に行った配信のアーカイブ映像の再生ボタンを押した。
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