第11話「僕は暗闇で迸る命、若さを叫ぶ」
「ミヤさん。二人乗りするならするで教えててほしかったっす…… せっかく気合い入れて免許なんかも取ったのに…… カブ、中古で十万もしたし、どうせ買えなかったんですけど……」
トコトコとのんびりカブを運転するミヤモトに、私はタンデムシートから少し拗ねるようなことを言った。
「ノノ、お前はさ、学生証以外で初めて自分を証明したんだよ。今いる場所が息苦しいなら好きな場所に行けばいい、自分の意思で選んだ場所に、何処までだって歩いていけるってことをな」
——トクトクトク……
エンジンの音で消えないくらいの大きな声で、でも、とても優しく語りかけるような声で、ミヤモトは私を、一人前だと肯定してくれた。
「……そういえばカブって二人乗りして大丈夫なんですか?」
私は照れを隠すように、どうでもいいことを聞いてみた。
「あー、このカブ、こいつはなァ、ボアアップっつって排気量を増やす改造をしてるんだよ。だから二人乗りだって大丈夫だ。法律的にも認められてるぞ! ボロだしトロっちいけどな……」
原付の二人乗り! なんだか悪いことをしているみたい! って少しウキウキしていたことはナイショにしておこう……
——
そういえば、出発前、タバコを吸っていたミヤモトに、一本くれと、ねだったとき、
「これな、今や一本 四十円くらいするんだ。うまい棒とブラックサンダーをセット
で買えちまう大金だ!!! そんな大事なもん手放すかよ!!」
って断られたんだったな……
意外と真面目な人なのかも、だなんて、そんなことを考えていると——
「……おう! ノノ!! もうすぐ着くぞ! 海だァ!!!!!!」
ミヤモトがはしゃいだ声を出した。
——
「くそ熱いっすね……なんなんすか海って……引きこもって、ネットばかりやってるアングラ・ピープルには、真夏のビーチは過酷なんすね……」
私達は死んだ顔で、逃げるように、人のいない場所を探して歩いていた。
どこにいっても、ちゃらい人達で溢れていた。
ああいう人達、本当に「ウェーイ」って言うんだ……
「ノノ、夏の海ってもっとこうさぁ……白いワンピースを着た少女が、一人で寂しそうに立っているみたいな場所だと思ってた……死んじまうやつが最後に見る場所だと思ってた……うぅ……」
ミヤさんはガチで泣いていた。私にはかける言葉もなかった……
彼も私も、ヒョロヒョロした体で、まるでゾンビのようにうなだれ、腐りきっていた。
——死人のように海辺を歩く。
……
…………
「ねえ、ミヤさん。ミヤさんはさ、なんでVTuberになったんですか?」
沈黙しているのももったいなので、私は前から気になっていたことを聞いた。
「そうだな……ウン。ちょっと待っててな」
ミヤモトは自販機でサイダーを二つ買って、一つを私に差し出した。
「ありがとうございます」
喉を鳴らして一気に飲み干してしまった。
夏の海にやられた後に飲んだサイダーの味を、私はたぶんずっと忘れられないんだろうな。
——
「VTuberってのはさ……単なる流行りの一ジャンルとかじゃなくて……生き様、魂の在り方の名前だと思うんだ。」
ミヤモトは汗でぐっしょりした頭を押さえながら、真剣に自分の言葉を探していた。
「魂……ですか」
私は彼の一言一句も聞き逃すまいと、全神経を心に集めた。
「人種、宗教、外見、性別、年齢……なんだって関係ないんだ。 ただ、自分の中に迸った若さみたいなものをさ、叫ぶことができるんだよ。魂一つさえ持ってりゃな。……例えば、狭い教室の中で溺れちまって、言葉を出せなくなったやつなんかでもさ、誰とでも同じ土俵に立てる。魂一つ、馬鹿なガキみたいに殴り合える場所なんだよ」
ミヤモトは真摯に言葉をつむぐ。
でもさ、それって……
「でも、それって……めっちゃ怖くないですか……?」
私は、素直に自分の気持を言葉にした。
「あぁ、めっちゃ怖えよ。だからいいんだ。だからいいんだよ、ノノ……」
彼は優しい声で話してくれた。
「俺はさ、俺の死を死にたいんだ。ちゃんと傷つきたいんだよ。だから俺はVTuberになった。答えになってるか?」
日差しが、チリチリと、真っ白な肌に傷をつけていく——
「ノノ、もし、お前がさ、本気で傷つきたいなら、もう死んでしまいたいほど、ダメになった時は、魂だけ残してあとは捨てちまえ! そしたらさ、ノノ。お前は何者にだってなれるよ。」
私は彼に、思うままに生きてごらんよ、と言われた気がした。
————
物語は夏と一緒に始まって、夏と一緒に終わっていく。
その日の夜の配信を最後に、ミヤモトはネットから消えた。
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