第10話「ガソリンの揺れ方 その2」

 ブックオフの百円コーナーで買った『サルでもわかる原付免許!』を開き、赤シートを使って問題を解いていく……


 ヨシ! 完璧だ。私は、原付のこと全部わかった! 完全に理解した!!


 なんせ受験料に八千円も払ったんだ。今日は絶対に合格したいね。

 

 なんか免許持ってたらかっこいい! とかそんな理由だけど。

 かっこいいこと、それこそが今、私が、本当にやりたいことだから。


 免許試験場の休憩スペースに行き、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを補給する。

 スーパーカブだって、ガソリン食って、走ってるからね。私にだって、エネルギー補給は必要なんだよな。命を燃やせ! 今を生きろ!


 机に戻る。伸びをする。いよいよ学科試験が始まる……


 ——


 ————試験の終了を告げるタイマーが鳴った。


 ドキドキしながら採点を待つ。大丈夫だ。手応えはある。


 待合スペースの天井にぶら下がったディスプレイに、合格者の試験番号が表示された。


 私の番号は、八十八番……


 ——八十八……あった! 少し安心した。


 なんかさぁ、嬉しいね。

 こんなささいなことでもさ……ちゃんと嬉しくなれるんだね。


 一安心した後、実車での講習を受けた。


 生まれて始めて、原付に乗った。

 鉄の塊に命を預けていることに不思議な高揚感を抱いたよ。


 ねぇ、ガソリンの揺れ方って知ってる?


 なんだかさ、生きてるみたいにドクンドクンって揺れるんだ。


 私の心臓も喜んじゃって、まるで、真っ赤なタンバリンになったみたいに、愉快な音を刻んでいたよ。


 ——

 

 講習の終了後、係の人から免許を受け取る。

 あんまり美人ってわけでもない、生気のない日本人形みたいな女の子の写真が写っていた。


 ……自撮りアプリを使いたがる同級生たちの気持ち、少しだけ分かった気がする。


 ——


 帰り道、せっかくなので、バイク屋に寄ってみることにした。


 カブっていくらくらいするんだろう。

 こないだ、夜中にやっていたアニメだと一万円とか言ってたけど、さすがにあれは安すぎるだろうな……

 なんせカブはこの世で一番素晴らしい乗り物だし……


 店までの道を、地図アプリにしたがって歩いていく。


 ——バイク屋さん、こんなところにあったんだ。


 今まで脳に入らなかった、灰色の景色に色がついていく。世界が広がっていく。

 あぁ……こんな感じがするんだな。知らないことばかりだな。


 くそ熱い、夏の日のアスファルトに焼かれながら、私は静かに胸を一杯になるのを感じていた。


 ——


「あ、この小っさめのヘルメットと……あとはそうだな……手袋、手袋ください!!  あ、でも、ちょっと待ってください! 俺、ノノの頭の大きさとか知らねえわ! あ、スミマセン店員さん! ちょっとタンマで……」


 ——店に入るなりでっかい声が聞こえてくる。

 こんなに声が大きい知り合い、一人しかいない。


「ミヤさん! 私のサイズ! たぶん、もう一個下のやつっす!!」

 入り口から大声で叫んだ。


「おォ!! ノノじゃねえか!!! 助かった!!!!」

 さっきまで、眼をギョロつかさせていたミヤモトの顔が、飼い主を見つけた犬みたいに、ぱぁっと華やいだ。


 偶然の出会いに話したいこともあったけれど、立ち話をするのも何なので、さっさとサイズ合わせと会計を終え、お店を後にする。


「ヘルメットと手袋、ありがとうございます。でも、また急に会いましたね」

 私は素直にお礼を言った。プレゼントしてもらえるなんて考えてもいなかったし……

 真っ黒で、つや消しのかかったジェットヘルメットと、シンプルな白い手袋。無骨で、ミヤさんらしいチョイスだと思ったよ。すごく嬉しかった。


「おう!」

 ミヤさんは、からからと笑った後、


「そんじゃさノノ、今から行くぞ! 海! 夏は待っちゃくれねえ!!!」

 と言った。



 ……今から!?

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