第9話「ガソリンの揺れ方 その1」

「……ということがあったんですよ! めっちゃくちゃ苦かった……二度と飲むかあんなもん……ふぁっきゅー!!」


 先日、ミヤさんがアップした「カップうどん 食べ比べ感想動画」のコメント欄を伝言板代わりにして課題の進捗を報告した。

 ちょっと、個人的すぎる話かもしれないけど、再生数七回くらいだったし大丈夫だろ、たぶん。どこに報告すればいいかわかんなかったしさ……


 こんなに真剣に課題……というか宿題をやったこと、今までなかったな。

 小五の夏休みの宿題なんか、最終日に答え丸写しにしたせいで、一晩で神童になっちゃったし……もうちょっとわざと間違えるとかさ……あるじゃんね。


 あの夏に、机の上に投げっぱなしだった宿題にいまさら手をつけ始めた気がした。

 まるで自由研究をしているみたいで。


 遠回りばかりの人生だな。スタート地点にはいつ追いつけるんだろう。

 ようやっとたどり着いたって、教室にいたやつらなんて、もうとっくにそこにはいないんだ。

 でもさ、なんか今は呼吸がラクになったよ。


 どこに向かってるかわかんないけど……歩かなきゃな。

 せっかくなら自分のやりたいことに向かって。どうせ死ぬんだし。


 そんなことを考えながら、クーラーの効いた部屋でウトウト……


 ——

 

 寝落ちから目覚めると……

 外が真っ暗だった。たぶん夜中。

 

 部屋の時計の電池なんかとっくに切れていたので、適当にマウスを動かしてパソコンをスリープから復帰させる。


 ——ファーーーーーン

 まるで私みたいにゆっくり大げさに起動するラップトップパソコン。

 ここまでいくと愛着が湧く。壊れるまで使い倒してやりたいと思うよ。


 画面右下の時計を確認すると……午前二時をすぎていた。

 こんな時間に目覚めても、天体観測しにいく友達なんていないんだよな。


 ブラウザを更新すると、動画サイトから通知が届いていた。

 コメント返信があったらしい……ミヤさんだ!


 私がまずいコーヒーを飲んだって言ったら、彼はどんな言葉を返してくれるんだろう。


 私にはさ、一緒にほうき星を追いかける相手も、夏の大三角を自慢気に教えてくれる気になる人もいないんだけどさ、一緒に革命を夢見る世捨て人みたいなオッサンがいるんだぜ。オッサンっていってもたぶん三十過ぎくらいなんだろうけどさ……


 少しばかり興奮してコメント欄を覗く。


 そこには——


「ノノ! 海にいくぞ! 行きたいだろ、海! 原付でよ! 中古のスーパーカブに乗って海まで!」


 なに言ってるんだこのオッサン……

 そんなん……


 超・行きたいに決まってるんですけど……


 「行きましょう!」

 脊髄反射でメッセージを返した後、しまった! と思った。


 そう、私は原付の免許だなんて、そんな、クラスでもイケてるやつだけが持っているモンを持ってなかったのである。


 じゃっ、取っちゃうか。免許。


 免許取って行っちゃうか。海。


 まァ、夏なんで。

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