第8話「泥水のすすり方 その2」
生まれて初めてのブラックコーヒーは、どうせならとっておきの場所で飲みたい。
そう思った私は、コンビニのブラックコーヒーを飲むためだけに、今こうして電車に乗っている。
私は今日、少し大人になる。自分のやりたいことをするんだ……
平日の真昼間、ガラガラの車内に座ってニヤニヤしていた。
大人っぽいジャズとか聴いてみようかな……
うっきうきである。楽しそうで大変良い。
サブスクで「はじめてのJAZZ」なるプレイリストを再生したんだけどサッパリわからなかったので、結局、いつも聴いている「神聖かまってちゃん」ってバンドに落ち着いた。
でもさ、JAZZだって、なんだって、いつか自分の人生の一部にしてやりたいなと思ったよ。
そんなことしている間に、次の駅は目的地。
あの河川敷の最寄り駅まで到着していた。
——
「百十円になります」
「あ、SUICAで……レシートいいっす……ありがとうございマス……」
ペコリと頭を下げてレジを後にした。
ブラックコーヒーを飲むためのカップを手に入れた!
ついに……である。私が、心底やりたかったことだからね。
コンビニの出口の近くにあるコーヒーを出すマシーンの前に行く。
そういえば、コーヒーを出すマシーンってなんて名前なんだろう……
コーヒー・ロボとかそんなかっこいい名前がついているといいな……
死ぬほどテプラの貼られたコーヒー・ロボ。
惨めな姿になっちまったな……
でもさ、毎日たくさんの人に美味しいコーヒーを届けてくれてるんだもんな。このロボは……そんなん、めちゃくちゃかっこいいと思う。
——
「1 カップをセット」
承知!
「2 ホットコーヒーのMサイズはここを押す」
押した!
——シャアアアアアア
あっという間にカップに、丁度いい量のコーヒーが注がれる。
テプラの的確な指示の下、私はついに、ブラックコーヒーを手に入れたのだった!
なんだかすごく感動してしまった。
めちゃくちゃすごくないか……コーヒー・ロボ……
一体どれだけの人間を美味しいコーヒーで笑顔にしたんだ。
すごいな。ノーベル平和賞ってやつじゃん……
もしかしてこのマシン作ったのノーベルさんか……???
すげえな……私ももっと勉強して人を笑顔にしてみたいな。ノーベルさんみたいにさ……
ホクホクの笑顔でコンビニを後にして、河川敷に向かう。
こんないいもの、やっぱ特別な場所で飲みたいからね。
トコトコ歩いたよ。横目で猫とか探しながらね。
それにしてもさ……
カップから手に伝わる熱、めちゃくちゃ熱いんだよな……
なんか夏にホットコーヒー飲んでるのが、大人っぽい気がしてこれにしちゃったけど……
私の後ろに並んでた知らないオッサン、普通に冷たいやつ用のカップ持ってたんだよな……
でもなんだかんだ、このやっちまった感も心地よかった。
ちゃんと、真っ直ぐ、思うままに失敗が出来た気がした。
ちょうどいい具合に、川がよく見える橋を見つけた。
茜色に染まっていく景色をぼんやり眺めながら……
生まれて初めてのブラックコーヒーに口をつけt……
——
苦っ……
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