第4話「蝉時雨と午後の光 その4」
河川敷が見えたので電車を降りて歩いていく。
道中、夕日に照らされてトコトコと歩く猫がいて嬉しかった。
もう少しで電車から見えた河川敷に着く。
その証拠に白い羽虫の大群が私の顔面につっこんできた。
つけっぱなしだったイヤホンを外す。
ノイズキャンセリングで守られていた聴覚が真っ裸にされて……
——んんああぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
うめき声が聞こえてきた。
いや、違う。これはただの叫びじゃなくて……
——歌だ。
私はその場から一歩も動けなくなった。
頭と耳と心だけに全神経が集まったから。
——泣き笑うような彼の歌は……
音程なんかとっくに迷子で、お世辞にも上手ではなくて……
泣いてるみたいで、怒ってるみたいで、愛するみたいで……
それはまるで弾けないギターを弾くようで……
人生に諦観を決めこんだフリをして、そのくせ諦めきれずに迷子の子供みたいに泣き叫んで……
ミヤモトは長い前髪の隙間から己を取り巻く世界を睨みつけていた。
悔しいけど涙腺が熱くなるのを止められなかった。
天使にふれた気がした。
その瞬間、私の中で初めて物心が産まれたんだ。
腐りかけていた心が死んで、また産まれたんだ。
夕暮れの河川敷、泣き笑いのような歌にやられちまった赤ん坊の私は、産まれて初めて命の使い方を知ったんだ。
ドキドキしたんだ。
私も彼のように魂を丸裸にして、ちっぽけな世界に駄々をこねる人間になろう。
時間の流れってのは、自分に興味が無くなった瞬間に加速する。
あっという間に追いつけなくなってしまう。
でもさ、生きると決めた日には、世界がスローになったんだ。
大事なものが全部わかった気がしたよ。
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