第3話「蝉時雨と午後の光 その3」

 クソ暑い……夏をなめていました。

 コンビニに駆け込んでスイカバーを買う。夏の唯一褒められるとこはスイカバーが売られることだけ。それ以外はカス。


 最近、何をしてもあまり楽しくない。

 溶けたアイスで手をベタベタさせながらそんなことを考えている。


 大嫌いな学校だって、大好きだったゲームだって。何をしてもなんか焦るんだよ。

 何となく、誰か私のことを楽しませてくれないかって、そんなお客様みたいな気分で生きてるのかもな。雑魚じゃん。嫌んなっちゃうね。

 ハッピーになりたいな。ハッピーってなんだろうな。


「ハッピーですかー!!!!????」


 アスファルトでぐったりしているハトさんに聞いてみたら迷惑そうにこっちをちらっと見て、その後、どっかに飛んでいった。


 久しぶりに声を出した気がする。ちょっと裏返ってたかも。


「あー……」

 周りの視線が今更気になって、声にならない声で発声確認をする。


 ——ジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!


 蝉時雨に掻き消されて、なにも聞こえなかった。でもなんかさ……

 「生きてるって言ってみろ!!!!」

 とか、そんなことを言われた気がして少し恥ずかしくなったな。

 死人でもあるまいにね、嘆きの喜びいじくってよ。


 ——ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ……!!!!!!

 はぁー。でもなんかやっぱさ。うっせえわ。とも思うよ。

 

 そよぐ風に吹かれ、ぼんやり歩いていたらいつの間にか学校の前にいた。

 

「辞めてどうするんだ」

 別居している父に言われたことを思い出す。

 通ってどうすんだ。そんな反抗心が心に擦れて少し熱くて痛痒い気持ちになったけど何も言えなかったんだよな。


 校門の前でしばらく立ち尽くして……結局入れずに踵を返した。

 これで何度目だったっけ。諦めることすら諦めるの。


 嫌味なほどいい天気だったのに、なんだか妙に肌寒くて、私は私を見失わないよう大げさに……

 ——フゥーーーーー

 深呼吸をしたら、少しむせた。

 青すぎる空が私を笑った気がした。


 とりあえず、ここではないどこかに行こう……


 電車乗って……海とかいいかもしれない……

 遠いから河川敷でもいいかな……

 駅までの道をスマホで検索して歩き出した。


 改札を抜け、各駅停車に駆け込む。

 入ってすぐの隅っこの席に座る。

 時間の流れがゆっくりに感じる車内は、心地が良かった。


 Bluetoothのイヤホンをつけてミヤモトのアーカイブ動画を適当に再生する。

 脱毛すれば男にモテて全てが上手くいく……って早口で説明する下品な広告にスキップボタンを押す。こういうの、心が緩やかに静かに死んでいくよね。


「俺こないださ、生まれて初めて納豆が美味しいと感じたんだよ。すごくねえ!? 世界広がっちゃった。今までは灰色に見えていたスーパーの納豆売り場がさ、すごく美しくて鮮やかな場所になったんだよ」


 その日のミヤモトは静かに震えていた。まるで初めて補助輪無しでチャリに乗れた小学生みたいに……


「モンハンで初めて上位に行った時みたいな……下位のティガレックスでもあれだけ苦戦したのにあいつよりも強い奴らが待ってんだなってちょっと怖いけどドキドキするみたいなあの感じがさ……」


 例えまで小学生でわかりにくいんだよな……


 でもさ、そんな気持ちで世界を見ていたいなんてさ、ちょっとだけ思ちゃったよ。


 向かいの車窓から見える空は真っ赤で、とても綺麗だと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る