第2話「蝉時雨と午後の光 その2」

 ——ぐぎゅうううううううううううんん……

 部屋の中にエレキギターみたいな音が響いた。


 そういえば、今日は朝から何も口にしていなかった。

 机の端に積まれたカロリーメイトを一つ、ぬるくなったカフェオレで流しこむ。


 脳みそが動き始めた感覚がする。

 頭の運動のために自己分析ってやつをしてみようかな。


 私は……

 ノノってあだ名で呼ばれている。

 十六歳で高二。

 電気もついていない部屋で自分の殻にこもっている。

 俗に言うローファイガールってやつかも。

 

 髪型は前下がりの黒髪ボブ。

 最近流行ってるみたいで少し気恥ずかしい。

 だけど昔からずっとこの頭だったから、今さら変えるのもなんか負けた気がして嫌だ。


 起きて数時間経ってもパジャマ姿のままでいる。

 中学生の頃から身も心も成長していない。

 なんか置いていかれている気がして焦るけど特に何もしていない。

 

 部屋の床に座っている。お尻が少し痛い。


 教室の空気がなんとなく息苦しかったからとか、みんなが私を笑っている気がしたとか、そんなフワフワした理由で教室に行かなくなった。

 何ヶ月か前の話。

 

 こうして平日の真っ昼間からインターネットでダラダラしている。


 あらためて自己分析するまでもなく、ダメ人間!!!!!

 でもダメなのが私なんだよな。

 自分だけは認めてあげないと本当に何も残らないと思うよ。


 ——あいーにできーることは……ああ、変なとこ投げんなよ!

 流行りの歌を歌いながらキャッチボールをする子供たちの健康的な笑い声が聞こえてくる。


 ——うあああああぁ……なんやこの人生……もうこんな人生いやや……うぅ……


 机の上からは、不健康なうめき声が聞こえる。

 そういえば配信を観ていたんだったと、パソコンに意識を戻す。

  

「俺、こないだ河原でタンポポ食ってたんだよ、タンポポ、お前知ってるか? タンポポ、そうあの黄色くて愉快なやつな……タンポポ食ったら何か分かると思ってさ、食ってたんだよ。そしたら職質されちゃったんだよ。あれ多分陰謀だよ。見張られてるんだよ。昔のフォークシンガーだって食ってたんだよタンポポくらいさ……」


 なんかよくわからないこと言ってるね。

 少しだけ興味がある話だったけど、今日は他にも大切な用事があるんだった。


 ラップトップパソコンの蓋を閉じて軽く伸びをする。

 二万円で買ってきた中古パソコンよりのんびりした起動速度で、私の今日が始まった。


 数ヶ月ぶりに着替えた制服はどこかよそよそしかった。もうちょっと優しくしてほしい。生きてるだけで褒めてほしい。


 スクールバッグに、ちゃんと退学届が入っているか確認して家を出る。

 

 人生で一番気持ちがいい時って何かを諦めた時なのかもしれないね。


 そんなことを考えながら真っ黒なコンバースで地に足をつけて歩き出す。


 夏の日の午後、快晴の世界は、眩しくて綺麗で……

 私にはやっぱりどこかよそよそしく思えた。

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