君は暗闇で迸る命、若さを叫べ

あじその

第1話「蝉時雨と午後の光 その1」

「俺だってなあ! 本当はカート・コバーンみたいになりてえんだよ!!! こんな人生なんの意味もねえんだ。昨日、真っ赤な空を眺めてたら涙が出てきたんだよ。何なんだろうな。お前何だと思う? ブルーアイズのキラカードが当たった日だってこんな気持ちにはならなかったよ」

 エアコンの効いた暗い部屋に、やつれた男の慟哭が響く。


 業務用ペットボトルの焼酎を、水道水で割った何ともいえない液体を一気に飲み干した彼は、風邪薬で眠たくなった子供のような目で、カメラの向こうにいる視聴者を睨みつけた。


 ミヤモトと名乗る彼は、まるでネットゲームの初期設定そのままみたいな、白シャツ、黒パンツ姿のアバターで配信活動をしていた。


「だってよ……お前本気で生きた事はあるか!? 何かに夢中になったり狂ったりしたことはあるかってんだよ。俺は……ないんだよ。本当にそれが悔しくて……いつも冷めたふりして目をそらすことだけ上手くなって……悔しがる資格なんてないのかもしれないけどさ……今日だけ今日だけは……」


 いつもこんな調子だから熱心な視聴者だって私以外ほとんどいない。

 いわゆる底辺VTuberってやつなんだろう。それでもさ。


 ——彼は私の神さまだった。


 己の魂をここまで丸裸にして、全世界に訴えかける人間なんて、そんなもん心の底からかっこいいと思うよ。

 

 きっと今だって長い前髪の隙間から己を取り巻く世界を睨みつけているんだよ。

 人生に諦観を決めこんだフリをして、そのくせ諦めきれずに迷子の子供みたいに泣き叫んで。

 

 たぶん外の世界から見たら本当に些細で、通俗で、甘ったれた理由で教室に行くことを辞めた。そんなしょっぱい私は、顔も知らない彼に対して、少しの憧れと反抗心を抱いていた。


 ——ミンミンミンミン……ジジジジジジジジジ……

 外では蝉が短い命を燃やすように鳴いている。

 夏って季節はなんだか生命力に満ちている。

 

 ——げほっ、あ、んんー……

 掃除をサボっていたエアコンから淀んだ空気が流れてきて少しむせた。


 目の周りに熱を感じた。少しだけ痛くて痒い感じ。

 あぁ……この感覚は……

 

 ポロポロとこぼれた涙は妙に生暖かく、私はちょっとだけいやだなァと思ってしまった。

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