DAY 37-2

「百二十年前⋯⋯?」

「そうだ。勇者ブラギ様が軍勢を作って、魔王城に攻め入った時とされる、百二十年前。魔族なら知ってるだろ? なあ、その時の事、教えてくれよ。どんなだったんだ?」

 目を輝かせながら、少女はベレスに問いかけます。ですがベレスにはその当時の記憶はありません。ベレスはありのままを少女に伝えました。

「ごめん、昔の事は記憶に無い」

「はあ? 知らないはず無いだろ? だって、お前らの根城が攻められてんだから──」

「⋯⋯?」

 二人の会話を遮ったのは、外側から聞こえて来る誰かの足音でした。次第に近づくその音で二人ともが違う表情で警戒していました。

 これ以上誰かに自分の存在を知られるのは不味い。そう思ったベレスは少女の手を掴むと急いで茂みの中へ隠れました。

「な、なになに!? 怖いんだよお前⋯⋯!」

「ごめん⋯⋯今は静かにして欲しい」

 少女の口を静止させて、茂みから足音のした方向を見つめると、ガタイの大きいギガント族の男二人が森に入って来るのが見えました。

 さらに耳を凝らして会話を聞いてみる事にしました。


「通報の通りだと、賊はこの森を歩いていったんだよな?」

「ああ、絶対ここに身を隠すはずだ」



「⋯⋯」

「あのおっさん達、町の見回りの人だ⋯⋯もしかして、追われてるのか?」

 少女は小声でベレスに問いかけますが、ベレスは無視して身を潜めます。

 

「まあ何にせよ、あんなあからさまに罠の坑道を通る賊がまだいるなんてな〜」

「全くだなあ。もう取り壊そうかって話も出てたのによ」

 ギガント族の男たちは面倒くさそうに話し合っていました。


 その会話を聞いた白い髪の少女は呆れた顔を浮かべながら、ベレスをジロジロと見つめながら言いました。

「おい、もしかしてあの坑道を堂々と通って来たのかよ⋯⋯」

「な、何か悪かったのか?」

 世間に疎いベレスの反応に、少女は小声でありながらも、自分の子供を叱るような雰囲気で、ベレスよりもツノを大きくさせながら怒りました。


「あったりまえだろバカ魔族! 通行証が無いと警報が作動する道になってんだよあそこは!」

「そんなの知らなかった⋯⋯」


 カロンから一切聞かされていない事実に思わずションボリしてしまいます。

 少女は怒りを抑える為にため息をつきました。

「はぁー⋯⋯なんだよこの魔族は⋯⋯」

「ごめん⋯⋯」

「もう良いよ⋯⋯ちょっと待ってて」


 少女は諦め茂みから飛び出すと、ギガント族の方へと歩いて行ってしまいました。


「あ、おい、今は──」

 

「お、アンちゃん、また補習受けてたのか?」

「⋯⋯まあな。おっさん達こそ、なんかあったの?」

「ああ。実はアルターから通報が入って来ててな」

「アルターって事は賊? あの坑道を通る奴なんてまだ居たんだ」


 ベレスは少女とギガント族達の会話をただ指を咥えて見ていました。聞き慣れない単語が飛び交うたびに、己の無力さを実感し、少し反省するのでした。

「そうなんだよな〜。で、仕方なくオレらが見回ってんだよ。ま、アンちゃんがこうして無事な訳だし、森には何にも無いな」

「うん。わたし以外に森に入った奴は見てないよ」


「そっか〜、じゃあ引き返してるのかもしれないな⋯⋯おう、ありがとなアンちゃん、ちゃんと勉強しろよ〜」

「うっせー! わたしだってやれば出来るっての!」

 何気ない会話を交わすと、ギガント族の二人は森を去って行きました。

 しばらくして、ベレスは申し訳無さそうに茂みから姿を表します。


「終わったぞ〜、ポンコツ魔族」

「ごめん、また助かった⋯⋯」

 魔族の癖に情けない、少女はそんな気持ちで一杯になって、ベレスの事を少し下に見てしまいます。


「魔族ならもう少しシャキッとしろよな〜。まあその様子からして、昔の事、本当に全く知らないんだろうな」

「ああ。私が目覚めたのは、つい最近の事だ。えっと⋯⋯」

 少女は名前を知りたい素振りを見せるベレスに気付くと、両手を頭の後ろに回し、にっこりと笑みを浮かべながら優しく答えてくれました。

「アンジェ・リンガナル。わたしの名前な」

「アンジェか。アンジェ、本当に⋯⋯ありがとう」

 純粋な優しさを受ける事に慣れないベレスは、とにかく感謝を述べ続けました。

 アンジェは照れながらもそれを受け入れてくれて、ベレスに対しての敵対心も次第に解いていってくれました。

 そして、助けてくれたアンジェにお礼がしたくなったベレスは、何か恩返しをしようと提案してみるのでした。

「そう何回も言われると、ちょっと照れるな」

「ご、ごめん。嬉しくなって、ちょっと感情が溢れた⋯⋯そ、そうだ。だから、何かお礼をしたいんだけど⋯⋯何でも言って欲しい⋯⋯何でも、出来る事なら」

 気持ちの昂りが抑えられず、フードを深く被り赤くなった青い顔を隠すベレスでした。そんな姿を見る度、アンジェはベレスを魔族とは思えなくなって来たようでした。

「ええー? 魔族のお前が? とことん似合わない事しようとするなあ⋯⋯う、う〜ん。お礼、お礼ねえ⋯⋯。あっそうだ」

 表情をハッとさせて、アンジェは何かを思いつきます。

「な、なにかあるか?」

「お前の事、なーんにも知らないから、まず名前を教えてくれ」

「ああ⋯⋯そうだったな。私はベレスだ。ハニバル・クレアーレ・ベレス⋯⋯」

「なるほど⋯⋯ハニバル・クレアーレ⋯⋯え、ハニバル!?」

 ベレスの名前を耳にした瞬間、アンジェは大きく口を開け、身体をのけぞらせるように驚きました。

「ど、どうかしたのか?」

「いやお前、ハニバルっつったら魔王の名前と同じじゃねえか! てことは⋯⋯ベレス、お前魔王の娘なの!? こんな弱そうなのに!?」

「一応、そうだ」

「え、え、じゃあさ、魔法とか、使えたりするんじゃあ?」

「ま、まほ⋯⋯? なんだそれは?」

「もー! そっからかよおお!!」

「⋯⋯?」


 身体は成長しても、中身はそんなに変わっていないベレスなのでした。

 

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