⑯望まぬケンカ
明らかな敵意に俺の言葉に動揺が混ざり出す。
ついに超えてはならない一線を越えたというのか?
『わかった。じゃこうしましょう。わたしとここで戦うの』
「戦う? は、なんでだよ」
今度は少年マンガみたいなこと言いやがって。マジで頭おかしいんじゃないか。
『わたしが勝ったら、問答無用でわたしの言うことを聞いてもらう。それならどうですか?』
「実力行使に出るってことか? 理詰めで無理だとわかって喧嘩に走るとか、今のJKはそんな物騒なのかよ」
『小言は結構です。表野さん、あなたは自分がすべてをわかり切っているとお考えのようですが、それは違う。今からわたしがそれを証明します』
「ああ、そうかよ。じゃあそれができなかったら成仏してくれるのか?」
『ええ、少なくともあなたの傍からはお望み通り消え失せましょう』
よし、これでようやく厄介払いができる。
だったらその勝負、俺も乗ってやろうじゃないか。
『行きますよ』
乙裏の開始の合図と共に、ビル内に散らばっている資材やら瓦礫やらが見えない力で浮かび上がる。初っ端から突っ走る気満々だった。
「はは、さすが能力者って感じじゃねーかよ!」
俺はそれを見て壁伝いに駆け出した。
『逃げ切れると思いますか!』
「そうしなくちゃやられるからな!」
俺が駆ける動きに合わせて無数の攻撃が雨になって降り注ぐ。
それらはすべて壁に直撃し、大きな痕を残した。
まーまず人間の体に食らっていたらただでは済まないレベルだ。
「っ! っ! っ!」
我ながら驚くような身のこなしである。さっきまでの紳士の感覚が残っていたのか、跳躍したり身を縮こませたりを交えつつ、すべてを躱していく。
『くっ! このっ! ちょこまかとっ!』
その光景が乙裏には良くないように映ったようだ。
俺は勢いのままに大きく飛び込んで、柱の陰に身を隠した。
さぁどうするか。相手は完全にやる気だな。だけど真正面からどうやって戦えばいいんだか。
傍らには乙裏の放った攻撃の一部である鉄パイプが転がっていた。
俺はそれをやけくそになって握りしめる。
イチかバチか、やってみるか!
『さぁ出てきてください。我慢比べで勝負しようというわけではないんですよ』
「んなことわかってるよ!」
柱から飛び出し、乙裏のいる方角へと足を弾く。
『大人しく負けてください』
乙裏が俺の姿を視認すると同時に再び資材がこちらに向かって放たれた。
なるほどな。あいつは俺の姿を見て、俺に向かって攻撃をしているんだ。
つまり、乙裏の視線の先を追えば、どこから攻撃が飛んでくるか――、
「全部丸見えだぜっ!」
俺は乙裏を眼前まで捉えたとき、潜り込むように姿勢を低くした。
深く深く――えぐり込むように。
右手に握るパイプを刃に見立て、下から上へと薙ぎ払うように。
「オラァァァ!」
きつい一撃を乙裏に叩き込む。のだが――、
「え……?」
俺の一撃は空を切っていた。
さながらホログラムを切ったような状態だ。
やはり霊体である乙裏には、こちらから攻撃することなどできなかったわけだ。
『うるさいですね。静かにしてください』
乙裏の背後から、その身を突き抜けるようにして鉄の塊が飛んでくる。
それは俺の腹部にめり込み、俺と共に壁へと打ち付けられた。
「ぐふぅあっ!」
い、今のは……結構効いたな……。
くそ……そもそも幽霊とケンカするなんて初めてなんだ。どうやって戦うんだよ。
『どうですか? 負けを認めますか? まだやりますか?』
「ちぃ……」
『表野さん、あなたなんて所詮その程度の人間です。他人の体で好き勝手生きてきた人間が講釈を垂れないでください』
「好き勝手だと……? 俺がここまで生きてくるのに……どれだけ身を削ってきたと思って」
――お母さん。こんな遅くにどこに行くの?
――フフッ、これからとても大切な人に会いに行くの。だからおめかししておかないとね。とてもとても大切な人なのよ。
――ねぇお父さん。お母さんはどこへ行っちゃったの?
――あいつのことは忘れろ。会えない奴のことなんか覚えていてもしょうがない。
いや、今は不幸自慢をしている場合じゃない。
一瞬幼い日の頃を思い出してしまう。
たくさんの人たちの記憶で壁を作って、その奥底に眠らせたはずなのに。
会えない奴のことなんか忘れろ……か。
「……っ!」
とにかく今は時間稼ぎが必要だ。あいつに対抗するためにどうすればいいのか冷静に考えないと!
『ちょっと逃げる気!?』
戸惑いの言葉を振りまく乙裏に対し、俺は構わずに階段の方へと駆け出した。
俺は壁に背を預けて息を整えていた。
心拍数が尋常じゃないほど上がっている。今のうちに少しでも回復しておきたい。
俺が乙裏に対抗するには、あいつの体に触れなくちゃならない。
だが乙裏が霊体である故、それはそもそもとして不可能になっている。
だからと言っておめおめと負けを認める気なんてないけどな。
わたしが勝ったら、とか……もっと穏便に済ませられなかったのだろうか。
「……ふぅ」
嘆いていても仕方ない。
この状況を突破する方法がどこかにあるはずだ。今のうちにそれを見つけるんだ。
俺はこの数日の出来事を脳内で反芻した。乙裏の挙動にそのヒントがあるはずだ。
たとえば、乙裏が能力を使っている際に、決まってしているような何かが……。
「……あ」
素っ頓狂な声が口を衝いて出る。
そういえば乙裏の台詞の中に、不自然に何度も出てきた言葉があった。
『体の一部を貸してくれませんか? ひとまずは右手だけでいいので』
『体を貸してください。すぐに許可してください』
『……だったら右手を貸して』
「体を貸してくれ」――。乙裏は何度もそういう風に俺に頼んでくることがあった。
そしてそれからまもなくして、彼女の能力を目の当たりにしている。
乙裏はすでに亡くなっており今は霊体。
だから能力を使う際に俺の体を借りている。
そういうことになるんじゃないか?
このビルに来たときに手を貸してくれと言ったのは、何も手を握りたかったわけじゃなくて、俺に「体を借りる許可」を得たかったのだとしたら……?
「もしかしてあいつは今、俺の右手を介して能力を使っているってことか? つまりこの手も、あいつの専有化にある」
言っていて何を滅茶苦茶な仮説を立てているんだろうと自虐する。
手のひらを開いたり閉じたりしても違和感なんて微塵もない。
だけど、この状況を説明するには、他に納得のいくものが思い付かなかった。
「だとしたら、あいつに一矢報いるにはこれしかないかもな……」
俺はなおも痛む体に鞭を打って立ち上がった。
まともに言うことを聞かなくなっているが、無理をしてでも全身を運んでいく。
「くそ………派手にやってくれたな」
眼前に階下が見える吹き抜けが広がる。
これなら高さ的にもちょうどいい。さすがに死ぬことはないはずだ。
『いい加減諦めてくださいよ』
そんな俺に、追い詰めたと言わんばかりの声が降りかかる。
振り返ると、最初から何ら変わりのない恰好をする乙裏の姿があった。
余裕の笑みを零し、またもや攻撃を仕掛けようとしていた。
「諦める? そんなことするようだったらここまで必死になってないね」
『であればどうすると言うのですか? あなたには何もできないんですよ。わたしに触れることさえできないのに、何か打つ手があるっていうんですか?』
「触れる必要はない。触れずに倒す!」
俺は虚勢を張り、吹き抜け前の柵をよじ登った。
この機を逃したら、こちらの負けが確定してしまう。
『それで……?』
「ははっ! こうするんだよっ!」
我ながら空元気もいいところだ。
俺は最後に乾いた笑い声を無理やり出しながら、その穴に背を預け、階下へと飛び降りた。
『な、何を馬鹿なっ!』
皿のように目を見開き、またもや戸惑いの言葉を振りまくブラコンに、俺はざまぁみろと言わんばかりに叫んでみせる。
「乙裏っ! この体のすべてをお前に貸してやるっ!!」
そして次の瞬間――、
ぐはぁあああっ!!
俺と乙裏は「同時に」苦痛に満ちた悲鳴を上げていた。
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