⑬ちょっと一息
「聞きましたよセンパイ。パフェ事件の後、またやらかしたそうじゃないですか」
「ああ、栗花落か……」
「凄まじいタックルだったそうで。とうとうセンパイ、そういう趣味を露わにしたんですか」
いや、中年に発情するほど俺は困っていない。
「だったらどうするんだ。お前の力で矯正してくれるのか?」
「矯正どころか、私の手にかかれば、センパイを従順なペットにしてあげますよ。センパイのちんちん、見たいですね」
「お前さ、客少ないからって、そういうド直球の下ネタはどうかと思うぞ」
「何言ってるんですか。犬の芸の話をしてるんですよ」
「……」
ダメだ。これ以上会話を続ける気力は今の俺にはない。
「加えまして、挙句の果てには、帆花先輩とひと悶着あったそうですね」
「なんでそこまで知ってんの」
できれば思い出したくない事実が脳裏をよぎる。
あれから数日が経った。
俺が邪魔をするなと明言して以降、乙裏は姿を見せなくなった。
まあどうせ俺の傍に存在はしているんだろうが、大人しくしていて何よりである。
「いえ、それは女の勘って奴です。ていうか、ホントにひと悶着あったんですね」
「あー、カマかけたわけね。やるじゃないか」
「……どうしました? 噛みついてこないセンパイなんて、らしくないですよ」
お前、俺を近所の猛犬か何かかと思ってるのかよ。今日は犬ネタで詰める気か。
「夏バテしてんのかもな……。俺もおじさんになったのかも」
いつかの九の一言を思い出す。あながち間違っちゃいなかったのかもしれない。
「そうですか。じゃあ、気分転換にどこか遊びに行きません? ボディメンタルリフレッシュです。実は九が帆花先輩も入れて四人でプールでも行かないかと言っていまして」
「いいかもな、そういうのも。俺はオーケー出しとくよ」
「はぁ……そうですか」
もう少しラリーを楽しみましょうよ、と言いたげな顔だ。
すまんな栗花落、今回ばかりは九で暇を潰してくれ。これをきっかけに九との距離を縮めるのもアリだぞ。案外素のお前で行けばコロっと行くかもしれん。
俺がそんな風に、栗花落の恋煩いの処方箋でも考えて気を紛らわせようとしていると。
「あ、センパイ。忘れ物です」
犬のごとく、栗花落の示す先を目で追ってしまう。
そこに設えられているのは、店長のセンスが光るおしゃれなコートハンガーだ(しかも店長の手作り)。それの頂点を見ると、いつも決まって掛けられているグレーのハットが今もそのままになっている。
「……またか。最近こんなことばっかりだな」
こんな風になってしまったそもそもの発端がフラッシュバックするが、かぶりを振って冷静に努める。
「まだ遠くまで行ってないかも。ちょっと外出てくるわ」
「はい、ではお願いします」
俺の反応が予想外だったのか、やや心ここにあらずといった栗花落。
あとのことは信頼できる仲間に任せ、俺は店外に飛び出した。
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