⑪またお節介
翌日のシフトは、ホールが俺と文月先輩の二人きりだった。
料理を運ぼうとすると文月先輩がレジの前で客に絡まれているのが目についた。
帆花ちゃんはホントかわいいね。彼氏いないの? いないならうちの息子はどうかな。
そんなことをいい年のおじさんに延々と話しかけられている。
「あはは、それはちょっと難しいかもですねー」
助け舟でも出してやるべきか。
『あれ、助けた方が良くないですか』
すると、後方から声が飛んでくる。今日は朝から静かだった乙裏さんだったが、さすがにこれに目を瞑るわけにはいかなかったようだ。
「気にすんな。常連客だし、いつものことだよ。文月先輩も上手くやるはずだよ」
『表野さんってなんか冷たくないですか。女性が困ってるんですよ。ここはバシっといかないと』
「その年で大層にも正義を掲げるなんて結構だが、時には大局を見ることも大切だ。本当に助けを求めるようならそのときは何とかするさ。それがなければ基本はこのままでいい」
特に君の場合、それが空回りすることがあるみたいなんでな。
『だからわたしのことも見放すんですね。わたしは助けを求めているのに』
「いい加減その話はしないでくれ。どうしようもないって言ってんだろ」
また兄探しをぶり返してきやがる。これ、マジで怨霊じゃないのか。
『方法はあるでしょう? やる気がないだけじゃないですか』
「俺は探偵じゃないんだよ。知らない人なんて探せるか」
『……っ!』
俺が若干語気を荒げると、乙裏さんは箍が外れたように声を漏らした。
『わかりました。……じゃあ、いいです。でもわたしは、表野さんとは違います。わたしは彼女のことを助けます……!』
「は、お前、何言って……」
『体を貸してください。すぐに許可してください』
「体を貸す?」
『いいから早く!』
「わかったから一回落ち着けって!」
俺が言い終えるや否や、乙裏さんは自らの霊体を俺の体に潜り込ませた。
霊能力を用いた憑依の力とでも言うのだろうか。
今度は前回と打って変わって全身の制御が満足にできないでいる。
くっ、こいつ、勝手なことしやがって……!
「もうお客様ったら、何かいいことでもあったんですか」
客のスキンシップが激しくなり、文月先輩の顔色が悪くなる。
手を触るところから始まり、それが段々と上の方へ伝っていく。
それが乙裏さんの引き金を引いてしまった。
『させません!』
俺の全身の制御は、完全に彼女の手中に収まっていた。
あろうかことか突進を仕掛けようというのか、彼女にされるがままありえない力が働き、俺は肉塊となってその全身が発射される。
眼前には中年男性の姿が迫っていた。
「どどど、どいてくださいぃぃ!」
俺の忠告なんて間に合うわけもなく、もみ合うように男性の体は吹き飛ばされた。
そのまま勢いよく出入り口に体を打ち付ける。
「いててて……あっ、大丈夫ですか!?」
痛めたところをさすりながら体を起こすと、男性の方は軽く失神していた。
無理もない。俺はまだ若いからいいが、今のはかなり応えたはずだ。
「しっかりしてください! 僕の声が聞こえますか!?」
呼吸はしているから大事にはならなかったようだが、周囲は切迫した空気に支配されていた。
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