⑨お節介

「オーダー入ります。ペペロンチーノ一つ、ミックス定食一つ。デザートは杏仁豆腐です」

「オーケー。ペペとミックスな。紘子、クラブハウスとサンドイッチが上がってる。先にそっちを持って行ってくれ」

「うん」

 厨房へ向かう道中、九と栗花落のやり取りが聞こえてくる。今はお昼のピークの真っ只中であり、さすがの栗花落も冗談を吐いている場合ではないようだ。

「オーダー入ります。オムライス一つ、ペペロンチーノ一つ、コーヒーセット一つ」

「オーケー。オムとペペとセットが一つな」

「パフェはできそうか?」

 先ほど入れたオーダー分について聞く。「プラムレイン」特製のパフェは作るのに結構手間が掛かるのだ。九が実際に作っているところを見たことがあるが、食材の盛り付け順が非常にややこしい。

 すると、横から見事な出来栄えのパフェがスライドされる。

 司店長が自ら作ったものだった。

「ありがとうございます」

 俺が礼を言うと、片手を出して返事をされた。



『忙しそうですね』

「なんだよ」

 ホールの喧騒に戻ろうというとき、唐突に乙裏さんが口を出してくる。

 さっきから大人しいと思ったら、どうも店長作のパフェに見とれてしまったようだ。

 女ってホントこういうの好きだよな。すぐ写真撮ったりするんだから。さっさと食って、さっさと会計してくれっての。

『わたし、思い付いたんです』

「何をだよ」

『わたしが表野さんにしてあげられることですよ』

「いいよ、そんなことしなくても。今はただでさえてんてこ舞いなんだから」

 んで、さっさと成仏してくれ。

『でもそうしないと、兄を探すの手伝ってくれないんでしょう』

「いや、言ったけどさ……」

 何も今発表しなくてもいいじゃないか。物事には適切なタイミングがあるわけで。

『このパフェ、重いですよね。すぐに運びたいですよね』

「そりゃそうだろ。それがどうした」

『体の一部を貸してくれませんか? ひとまずは右手だけでいいので』

「貸したらどうなるんだよ」

 トレイから右手だけ解放し、乙裏さんの行動を待っていると、前触れもなく右手が硬直した。糸の切れた人形のように言うことを聞かなくなり、危うくパフェを落としそうになる。

 な、なんだこれ……。どうなって……!

 異常事態は困惑する俺を置き去りにする。

 今度はそのパフェがゆっくりと浮かび上がったのだ。

『すごいでしょう? これがわたしの霊能力の片鱗です。表野さんの右手を介して、パフェを浮かせてみました』

「危ないじゃないか。落としたらどうする?」

 現に宙を漂うパフェは、紐の結ばれていない風船のようだ。

『大丈夫です。ヘマはしません。で、どこに運べばいいですか』

「あそこの女性二人が座ってるテーブル席だけど……」

『了解しました! では、サササっと運んで見せましょう!』

「あ、おいっ!」

 慌てて止めようにも一歩遅く、手元を漂っていたパフェは「射出」されてしまっていた。

 乙裏さんの語る霊能力の恩恵を受けたパフェは一気に加速し、女性客の元へ飛んでいく。

 客はもちろん、自分たちに向かってくる「弾丸」に気づいていない。

「やめろって! 危ないだろ!」

『……っ!』

 次の瞬間、店長が作ってくれたせっかくのパフェは、見るも無残な姿になっていた。

 中身は飛び散り、器も砕け散り、それらすべてが壁に波紋状に引っ付いている。

 恐らく俺が声を荒げたせいで、乙裏さんの狙いがずれたのだろう。当人もこの結果は予期していなかったと表情を見て取れる。だがむしろこれは好転で、そうでなければ間違いなくパフェは客に直撃していた軌道だった。

 店内が一気に騒がしくなり、俺は慌てて取り繕う。

「申し訳ありません! 手を滑らせてしまいまして! おケガはありませんか?」

 俺が問うと、客らは返事をするよりも何が何だか理解が追い付いていないようだった。

 これはチャンスと捉え、急いでパフェの成れの果てを片付けて撤収する。

「すぐに新しいものを用意します! ご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」

 終始愛想笑いでごまかす自分が恥ずかしくて堪らなかった。

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