⑧社会科見学?

 外を歩いてみるとすぐにわかったことがあった。

 どうやら彼女――乙裏妙の姿は、俺以外には見えていないらしい。

 まあ、死んで今は霊体となっているわけだし、その理由も俺の能力と彼女の能力のせいなのであれば、何らおかしいことはない。

 傍から見ると、俺は見えない何かと喋っているわけだ。

 現に「プラムレイン」へ向かう道中、モーニングセットを食べるためチェーン店に寄ったのだが、そこで周囲に訝しむような目を向けられた。しばらくは気を付けておかないと。

 人前であまり話しかけないように言うと、小さな声で『気を付けます』と返ってきた。

「センパイ、おはようございます」

「おう栗花落! おはようさん! 今日も元気にやってるか」

 店内ではウエイトレス姿の栗花落と、その父である司店長が開店の準備を進めているところだった。店長とはここからでは距離があるので、後々、改めて挨拶するとしよう。

「まあボチボチですけど。なんかいつもと雰囲気違いますね」

「ああ、何だろうな。お前を見ると安心しちゃってさ」

 日常に戻ってきたって感じがするよな。俺の人生はこれくらいでいいんだよ。

 結局は平凡が一番なわけだ。

「いつの間にか私はセンパイを攻略していたってことですか。これはこれは……私の隠された才能が明らかになったようで。では、この力を沈黙の狙撃手と名付けましょう」

「お前にオトされたわけじゃないぞ」

 こいつ、朝っぱらから調子のいい奴だな。

「なんだなんだ、何の話してんだ?」

 そこにコック姿に着替えた九がやってくる。

「スナイパーとか言ってたけど、ゲームの話でもしてたのか?」

「あ、いや、そういう話はしてなくて……」

 急にしおらしい態度に変化する栗花落。

 栗花落のウィークポイントは九そのものなのである。

「センパイ、今回はホールの清掃は任せますね。私は看板を出してくるので」

 右手を頬の下に掲げて今度は真面目な顔つきになる。

「看板なら重いから俺が出しとくぞ」

「ピンチになると、女にも精は出せるんですよ」

 は、意味がわからんのだが。

 一方的に捲し立てると、栗花落は脱兎のごとく事務所の方へ逃げて行った。

「どした、紘子の奴?」

「あいつはいつもあんな感じだろ」

 感情の起伏が激しすぎるが故に、若干投げやりになってしまう。

 九、お前もいい加減気付けよ。鈍感幼馴染とか、時間が経ちすぎると、次第に関係が悪化する傾向があるらしいぞ。

「まあいいや。駿一も早く着替えて準備手伝ってくれ。今日は文月先輩休みだから、ちょい忙しくなるぞ」

「ああ、そうか。急ぐわ」

 九の言葉を聞いて大事なことを思い出す。そういや今日のシフトは、厨房が二人、ホールが二人なんだった。ピークに入る前にできることはしておかないと。

 ちらりと後方を顧みると、真顔で成り行きを見守る乙裏さんが揺蕩っていた。

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